第4章 帰還
2021/03/27 表題・行間を見やすく修正しました
「全員整列! 点呼!」
シェルシティ外郭。関門に入った所で声が上がり、非武装のまま全員が外に出ていく。
関門は前後を大門で塞がれ、コンクリート製の壁で囲まれた全長三〇〇m程の空間で、シェルシティ内部に入る際に敵対勢力かどうかを確認する箇所だ。
「ヒラサク救助保障社。総勢二八名。内、四名は殉職でリスボン、と。相変わらず面倒な仕事ばかり引いてるみたいだな」
「恵まれてるのは人材だけだ」
「違いない」
確認用の書類と実数を見比べつつ軽口を言うのは、シェルシティ外郭の防衛を担当している警備保障社である。
外に出ている救助保障社に比べれば安全ではあるが、毎日外郭に出勤する必要がある上、比較すると桁一つ分程度収入が少ないという欠点がある。が、当然のことながら危険度が高い救助保障社よりも人気が高い。
もっとも、広大なシェルシティ外郭を常時警備するという都合上、必要な人材数は救助保障社とは比べものにならないほど多く、人気が高くとも人材も予算も足りていないのが本音だった。
その分、危険はあるが少数精鋭で進出して事を成す救助事業の方が人材の余裕があり、ついでに一人当たりの報酬も破格になるという案配である。
まあ、警備保障社の一部は志願者で救助事業も兼業している所もあり、区別を着けるのは難しい所はあるのだが。
「ガンラックはいつも通りシェルシティ内のヨウニ装備商に送るって事で良いな? 車両や装備一式は日色商会か」
「ああ、それで頼む」
「OK。ではいつも通り、と。……よし、ではシェルシティ内部への立ち入りを許可する。お帰り、だな」
「ああ、ただいま」
装備一式と車両の受け渡しが終わると、中からそれぞれが私物を入れた鞄を持ち出し、一旦解散。
もっとも、解散すると言っても行くところは全員同じである。
「まあ、流石に一〇日も風呂入ってないまま、街に繰り出すわけにもいかんしな」
全員が一斉に関門に併設された温泉施設に向かういつもの光景に、鏑木も苦笑を浮かべて着いていく。
「しっかし、今回は面倒な仕事だったな」
疲労を癒やすように熱い湯船に浸かり、半分意識が飛んでいる一同の中で、誰にともなく宮川は愚痴った。
「六千体を超すゴブリンの巣に、Aレックスの群れ。正直、何で俺達任務に成功したんだろうな」
魂が抜けたような虚ろな表情で、鏑木も呟く。見ると、リラックスしている全員が脱力すると共に虚ろな表情を浮かべていた。
まあ、今回の獲物に関しては、二個小隊の部隊では手に余る。実際、全滅する可能性は十分に有ったわけで、死線をくぐっていたことを改めて思い出し、今更ながら実感していた。
「……あ」
「どうした?」
「いや、一人初陣が居たんだったな。秋月、お前どうだった?」
「え? あ、はい」
完全に魂が抜けてた新人の秋月は、名前を呼ばれて慌てて意識を取り戻す。
「割と死にかけてたがどうだった?」
「どうだったか、と言われましても」
Aレックスに足に食いつかれ、そのまま食われる所だった。
それを思い出した瞬間、フラッシュバックのように、そのときの事を思い出し、噛み砕かれた左足が疼く。
「ともかく必死でしたし、その、考える間も無かったというか、それ以上に訳が分からない事が起こりすぎたと言うか」
「「あー」」
話を聞くだけだった他の隊員が、彼の言葉の意味を即座に汲み取った。色々衝撃的な事が多かった今回の仕事だが、全員が満場一致でその最大だと思うのは、保護した少女の事だろう。
「あの子、剣一本でAレックスの首を跳ね飛ばしたってマジか?」
「事実ですよ。森の木々を足場に一気に高度を取って、首をあの剣で一閃です。どういう仕組みなのかは知らないですけど、あの剣、保護した時に刀身握ったら軽く掴んだだけでグローブ貫通して俺の指切りましたし」
「切断力が高いってか。……だが――」
「あの剣の長さじゃAレックスの首を両断は無理だろうな。出来て頸動脈と言った所だろう」
それ以前に、本来はAレックスの外骨格は対物ライフルか対戦車ロケットでなければ砕けない。一応小銃弾も外骨格に食い込む程度はできるが、分厚い故にその奥に届かせるためには数百単位で撃ち込まなきゃならない。
それを剣で切り裂くには、切断力は勿論、膂力も人間を逸脱したものでなくてはならない筈だし、足場も無い中空でそんな事をするためには、どれほどの速度が必要なのかは想像も出来なかった。
「まあ、いずれにしろこんなややこしい仕事は金輪際無いだろう」
「そう願いたいもんだ。今回は古参ですら『始めて』が多すぎた」
2小隊からなる鏑木救助保障の実働部隊。救助事業を行っている会社としては、このシェルシティでも最古参の部類ではあり、その鏑木もまた最古参の一人である。
その隊長格二人が揃って今回の異常性を愚痴っているのだ。
『まだまだこの世界には解らないことがある』と実感を持っている中堅以下が、隊長格が感じていた異常性の一端を理解するには十分だった。
「結局、あの少女は何だったんでしょうか?」
助けたつもりだったが、自分よりも遙かに格上の実力を以て逆に助けられた。言葉にすればそうだが、あそこまで現実離れした実力を見せられれば、気にならない訳がなかった。
秋月のその感情は理解しているのか、宮川は一瞬考える素振りを見せたが、直ぐに首を振った。
「考えるだけ無駄だな。はっきり言えることは、もう二度と関わり合いにならない方がいいって事ぐらいだ」
人間と隔絶した身体能力からいって、あの少女はこの世界の管理者である監査官共の関係者だ。
下手に世界の根幹に関わるような人間と関われば命が幾つあっても足りないし、間の悪いことにこの世界においては命は無限なので『死んで逃げる』なんて事は出来ない。
時間さえあれば、人間が思いつく限り全ての拷問法どころか、それ以上を味わう事になるだろう。
触らぬ神に祟り無し。好奇心で地獄を味わうよりは、全て飲み込んで忘れた方がマシである。
少なくとも、それ一点に関しては全員の意見は統一されていた。
命の洗濯を終え、早々に着替えを済ませて壁から街を繋ぐシャトルバスで移動し、そこから街を地下鉄に乗り込んで繁華街に移動。その後いつも集まっている居酒屋に入店する。
「いつものだが入れるか?」
「大丈夫っすよー。つーか先客が既に確保してるっす。まあ、よしんば空いて無くても鏑木さんなら客追い出すっすから」
客商売としてはどうなんだ、とツッコミたい返事の後、直ぐに座敷の広い一室に案内され、既にビールやワインや取り置きされている蒸留酒の酒瓶が並べられていた。
「お疲れさん、先にやってるぞ」
そう言って、広々とした室内で先客の四人がコップを掲げた。
「席取りありがとうな。帰るときほど死んだ奴がうらやましくなるのはどうかとは思うが」
秋月にもその相手には見覚えがあった。と言うより、先の戦闘で彼を逃がすためにAレックスの足止めを行い、全滅した分隊の仲間である。
「もう大丈夫なんですか?」
「大丈夫と言ってもな、こっちにリスボンした時点で身体は健康体に戻ってるし、まあ、身体を噛み千切られた嫌な感触はまだ覚えてはいるが」
分隊長は苦笑しつつ、左脇腹から右脇までを手でなぞった。どうやら、そのラインを食いちぎられたと言うことらしい。
「積もる話は後回しに酒を回せー!」
「今日は帰る気なんてないからねー!」
そして、話もそこそこに全員に酒が分配され、酒が飲めない者にはコップの他に2Lペットボトルの烏龍茶が回された。
「さて、回ったところで、オホン」
いつの間にか音頭を取る住良木が、テーブルの上に足を載せつつわざとらしい咳払いをして、何故かビール瓶を掲げる。ちなみに、救助保障社のトップである鏑木は端で苦笑を浮かべていた。
「今回の仕事はお疲れ様。死者こそ出たけど、あれだけの数を相手に生還出来たのは全員のお陰よ!」
そこで言葉を切り、彼女は視線を秋月に向けた。
「特に、そこの新人は唯一全滅した分隊の援護があったにしろ、自分の役割を全うし、少女を無事生還させた。まあ、実際は逆だったって話もあるけど、そこの所詳しく聞かせて貰うわよ」
「……はい」
ついさっき、その事を忘れようとしたばかりなのだが、彼女の勢いに圧されて思わず返事をしてしまう。
「よーし! じゃあ、今回も成功を祝って、チアーーーズ!」
「「「チアーズ!」」」
何故か英語のかけ声と共に、全員がグラスを掲げそのまま一気に飲み干し始める。
その唐突な静寂に秋月が硬直している間に、どうやってか瓶一つを瞬く間に飲み干した住良木が空の瓶をテーブルに叩き付けた。
そして、同様に飲み干した順からコップをテーブルに叩き付けていき、最後に五色が時間をかけつつも、飲み干したコップで控えめにテーブルを叩いた。
途端、沸き起こる歓声。
どうやら、これがこの飲み会の流儀なのだろう。そう理解した秋月は、まだ残ってるコップを見下ろし、意を決して中身を飲み干した。
「よーし、新人もいいノリよ! 飲み代なんて気にせずじゃんじゃん呑んで食いな!」
再度上がる、怒号のような歓声。
その瞬間から、座敷は文明社会の居酒屋から、蛮族の宴の間へと変貌を遂げるのだった。
「ぅー……ん……」
朦朧とした意識の中、妙に頭が重いと言うことだけは理解出来た。
何故かが思い浮かばなかったので、昨日の記憶を掘り起こす。
確か、昨日は初仕事を終え、関門で解散後風呂に入り、そして数人が別れた後、シェルシティの歓楽街に飲みに行った筈だ。
だが、そこからの記憶が曖昧だ。
何件飲み回ったんだろうか。
少なくとも、直前の記憶では今回の一件で相当の収入が得られるからと、『良い酒』を呑むと言われていた気がする。
と言うことは、恐らくは二日酔い。『良い酒』なら二日酔いにならないと聞いていたが、さすがに限度があるという事だろう。
「どれだけ酒を飲んだんだ」
曖昧な記憶に首を傾げるが、取りあえず家に帰れた事は確からしい。
頭を抱えつつ、聞き慣れたメロディーが鳴っていることに気付く。
顔を上げると、枕元の棚に置いた携帯が鳴動していた。
「……はい、秋月です」
『起きたか。宮川だ。……休みのところ済まんが、そこら辺に転がってる不法侵入者を連れて出てきてくれないか?』
「は? 不法侵入――」
「失礼ね。殆ど寝てたけどちゃんと許可は取ったわよ」
背中に柔らかい感触とともに、自分のものではない体温を感じて硬直する。
『……酔い潰れた人間の許可なんて取ってないも同然だろうに。まあ起きてるなら構わん。とにかく急いで出てきてくれ』
「了解。……ったく、折角の休みに」
背後の人間が愚痴るとともに通話が切れる。そして密着していた身体を離したところで、距離を取ろうと振り返りながらあとずさりして、ベッドから転落した。
「あーあ、大丈夫?」
床に背中を打ち付けて動けないでいるところで、ベッドの端から『不法侵入者』が顔を出した。
「……大丈夫です。住良木さん」
「おはよ。寝床とシャツ借りたけど良いよね?」
「え? まあその位は――」
「よっしゃ、不法侵入回避」
なんかガッツポーズされた。
「でも、なんで俺の家に居るんですか?」
「帰るの面倒臭くって、丁度秋月君の家が近いってことを聞いたから酔い潰れた君を運ぶついでに、ね」
ね、と言われても、男の家に無警戒に居着くとか、この人の貞操観念どうなってるんだろうか。
「まあ襲うかどうか正直理性がギリギリだったことは確かだけど」
「取りあえず貞操の危機を感じたので不法侵入で宮川さんに報告しますね」
「……冗談よ」
一瞬考えている辺り、冗談とは思えなかったが、取りあえず早々に事務所に出る準備を整え、寝癖を直す。
「……っと」
財布や携帯をポケットに滑り込ませていく最中、腰回りに足りないモノを感じ、洗濯物の山を引っかき回す。
そして、脱ぎっ放しのズボンのベルトに着いていたインサイドホルスターを取り、自身の腰に取り付け、更に中に入っていた四五口径の中型拳銃を確認。
弾倉を抜いてスライドを引き、薬室が空である事と弾倉内の弾を確認。スライドを戻して、一度引き金を引いてハンマー戻すと、弾倉を差してからホルスター内に収める。
「個人的にはデトニクスのステンレスってチョイスは好感持てるけどね」
デトニクスは、有名なガバメントのコピーの中でも、各部を切り詰めて中型拳銃にまで小型化した拳銃だ。基本的に隠匿携帯向きの拳銃であるため、町中で持ち歩くには丁度いいのだ。
「町中で撃つ場合は近距離ですし、まあ、取りあえず胴体に全弾撃ち込んで逃げる用途なら大口径かなって」
「その考えで良いわよ。野戦のサブにデトニクス持ってくなら張り倒すけど。……ただ、どうせなら装填して持ち歩きなさいな」
「暴発が怖くて嫌なんですよね……」
「んな事言っても、万一致命傷を負ったとしてもそこのタワーで蘇生するし、同業者は大抵装填して持ち歩いてるから文句は言わないし、それ以外の一般人はある程度金を積めば二つ返事で許すわよ」
そういうものか。と自身の感覚が麻痺していく感覚を覚えつつも納得すると、銃を引き抜いて装填。ハンマーを手で押さえながらハーフコックに戻してホルスターに戻し、ストラップでハンマー部分を固定して留めた。
「さて、馬鹿話はここまでにして、とっとと事務所に向かいましょう。遅れると変な想像を膨らました宮川に叱られるし」
カラカラと笑いつつ、昨日の服を着込んだ住良木はシグの中型拳銃をジーンズのインサイドホルスターに収め上着のジャケットを羽織った。
シェルシティは各地を繋ぐ輸送路である街道を除き、ほぼ未開の地で構成されるこの世界において、数少ない人間の為の都市である。
『シェル』の名の通り盆地を全長1000kmの外殻で囲まれたこの都市は、広大な穀倉地帯と中央の都市と工業区画で成り立っている。
その巨大なシェルシティでは有るが、その為に一つの問題がある。人口密度が高いために、個人の車両の都市内部への通行は許可されておらず、専ら交通手段は徒歩と公共交通機関のみだという点だ。
なので、事務所には徒歩と電車の乗り継いで行くため、数十分を経て漸く事務所に到着する。
「休みだってのにすまないな」
到着したところで、どこか憔悴した様子の宮川が出てきた。
「まあ、起きてから予定立てるつもりでしたし、今から出動とか言われない限りは構いませんよ」
「ああ、ソレは無いから安心しろ。ってか、ソレだったら俺も逃げてる」
こちらの冗談交じりの問いに、苦笑を浮かべて否定した所を見ると、本当に出動では無いらしい。
「とりあえず中に入ってくれ。来てる奴を見れば大対解る」
「?」
「アンタのその表情からすると、碌な事じゃ無い気がするんだけど」
首を傾げたところで、背後の住良木が声だけで顰めっ面と解る発言をしたため、無意識に前に出しかけた足を下げようとして、
「いいから来てくれ」
泣き言じみた言葉と共に、宮川に腕を掴まれ、事務所の中に連れ込まれてしまった。
「ようやく揃いましたか。全く、一時間も待たせるとは不敬にも程が有るのでは?」
中に連れ込まれたところで、唐突に見知らぬ人物からの叱責が飛んできた。
中には事務所の所長でもあり、部隊長の鏑木の他、フードを被って顔が覗えない長身の人物が三人佇んでいた。
「止めなさい、二等監査官。不敬も何も、彼らに無理を言ったのは我々です」
叱責を言った人物を宥めつつ、他の二人とは若干装飾の違う服装の人物がフードに手をかけ、顔を露わにした。
「一週間ぶり、と言った所でしょうか」
「……。あ、お久しぶりです。あの時の一等監査官殿ですよね?」
口ぶりに首を傾げ、直ぐに前回の仕事で保護した少女を迎えに来た一等監査官だと言うことに気付く。
まあ、笹の葉ような耳をもった所謂『エルフ耳』と呼ばれる為に輪郭が特徴的な事や、様々な種類があるものの総じて目を引く美形揃いと言うこともあり、監査官は個人の記憶に残り易いのだが。
「はい、覚えて頂いて貰えたようで幸いです。自己紹介が遅れましたが、一等監査官のアボウと申します」
「社長の鏑木です」
「第二隊隊長の宮川です」
「一般社員の住良木でーす」
「同じく秋月です」
アボウと名乗った一等監査官に、慌てて全員が名乗る。
全員、歴戦の住良木すらもまさか一等監査官が名乗るとは思ってなかった事もあり、その一瞬で会話の主導権を完全にアボウに握られてしまった。
「さて、単刀直入に申しますが、ここに来たのは先日貴方がたが保護した御方についてです」
監査官の中でも最上位とされる一等監査官が『御方』と呼ぶ事に違和感を覚えるも、下手に口出しすると拙い事もあり、全員口を噤む。
「本来はこちらが動くべき所でしたが、貴方がたの臨機応変な働きのお陰で最悪の事態も避けられました。まずは監査官を代表してお礼申し上げます」
「……。業務の範囲内での事ですのでお気になさらずに。しかし、『まず』というのはどういうことですか?」
耳敏く、発言の違和感を読み取った住良木の言葉に、鏑木が顔を青くする。
まあ、ここでは最高責任者とはいえ、監査官が居るこの状況では鏑木は中間管理職とさして変わらない。何かあったらとばっちりを受けるのは彼であるので、余裕が無いのは仕方無い事ではある。
「そうですね。本題はそちらになります」
そう言って、背後に控えさせた二等監査官に合図し、書類を取り出した。
「貴方がた、第二小隊を護衛として雇用したいと思います」
アボウはその整った顔に完全と言える笑みを浮かべながら、『本題』について話し始めた。
「……どういうことですか? 正直、貴方がたに警護が必要とは思いませんが」
監査官自体、この世界における原生の知的生命体であり、転生してきた人間とは全く違う人種だ。
有り体に言えば、フィンランドの森に生息する妖精と、そこに突撃する赤兵士ぐらいの差がある。不死の存在というわけでは無いが、キルレシオが簡単に数百対一になる存在であるのは確かで、数十人程度の彼らに護衛を頼むというのはそれこそ猫の手も借りたい状況で無い限りは有り得ない筈だった。
「まあ、そうなんですけどね。これに関しては依頼者の要望だからどうしようもないのです。我々としましても説得を試みましたが、頑として撤回されずに依頼する事になってしまいました」
「……ああ、大体解りました。この場に新人を呼んだのはそういうことですか」
「はい。その方をたいそうお気に入りになられたようで」
どういう話をしているのかは理解出来なかったものの、住良木が『場違いな新人』の話を振ったところで、朧気ながらどういうことなのか、秋月にも漸く理解出来るようになってきた。
「発言良いでしょうか?」
「まあ、この場合の一番の被害者になるのは君ですからいくらでも構いませんよ」
問う前に大体答えを言われた気がするが、諦めて単刀直入の問いをかける。
「この『依頼』を容貌したのは、先日保護した少女によるもの、と言うことでしょうか?」
「ご明察です。あの『御方』は貴方をたいそう気に入ったそうで、この世界の漫遊に是非貴方達に供回りをして欲しい、と」
色々な感情が混じった複雑そうな表情を浮かべたアボウの返答だが、当事者になってしまった秋月の顔は完全に青に染まっていた。
まあ『関わり合いにならない方が良い』というアドバイスを受けた翌日にこんな事態に陥れば、突発的な事への経験が浅い新人では処理が飽和してしまうことは仕方の無い事ではある。
「ま、拒否は無理だから請けることは確定として、仕事の内容は?」
「一応書類に書いて有りますが、有り体に言えば『御方』は各地を見て回りたいと希望されてまして、その道中の警護になります」
「狙われている訳じゃない、と」
「はい。ついでに言えば、『御方』の素性はこの世界においては監査官以外に知るものは居ない、と思われます。なので、基本は近づいてくる『害虫』の排除、もしくは駆除となります」
『駆除』の言葉に、場の空気が一瞬緊張し、秋月を除いて直ぐに弛緩する。
「そんな重要人物の護衛を私達だけで行えと?」
「いえ、勿論こちらからも人員を派遣します。直近の護衛は彼らに任せて頂いて構いませんし、輸送と護衛車両の運用がメインになります。しかし、道中での『暇つぶし』には労力を割いていただきます」
『ふむ』と小さく呟き、住良木が満更でも無い表情を浮かべる。
「いや、待った。この契約だと、一小隊程度しか必要とされない事になる。そうなると、二小隊で運用しているウチは戦力半減で護衛期間中の本業に支障が出る」
住良木が陥落しかけている事に、デスクに置かれた書類を検分していた鏑木が慌てて発言する。確かに、鏑木救難社は二小隊で構成される上、主力の第二小隊は宮川と住良木というシティでも随一のベテランで構成されている。
その上、第二小隊とそれを援護する第一小隊という運用方法により、鏑木救難社は本来なら四個小隊で行う救難作業を半分の二小隊で行えるという利点を持っていた。その結果他の救難保障社よりも安価で仕事を請け負うことが出来る上、二倍働かされる事になる社員への待遇も、二倍とは行かないまでも、他よりも遙かに好待遇が保障されている。
そんな中で、主力を失えば経営が困難になることは確実であった。
「確かにそうですね。……では、二小隊を雇い、道中の護衛は二小隊で、各地のシェルシティ到着後は、一小隊は車両に着き、何時でも発てるよう待機するというのは」
少し考え、即座に満面の笑みで返すアボウ。
考えた風ではあるが、ごねようとした鏑木が口を開閉した後、何も言えずに息を吐き出した辺り、代案を装った本案である事は明白だった。
「見て回りたいってのは旅行って事なのか? 見に行く場所は決まってるのか?」
鏑木の様子に取りあえずといった様子で宮川が問いかける。
「現状では『一通り』としか」
「南方の『急進派』の領域に行く事になると流石に面倒だぞ?」
発言に不穏な空気を感じ、即座に宮川は釘を刺した。『急進派』とは、利益第一を美徳とする一派の事である。宗教じみた労働礼讃で、兎に角『安くて良い物』を生産しようとする連中の事だ。
連中の勢力圏でもし死んでしまった場合、一度も休むことが無いまま労働と過労死のコンボを繰り返させられる為、キャラバンによる通商も途絶するこ事もあり、脱出も困難となる。
「行くかは現状不明だが。その場合は、君達の立場は我々が責任を持って保障する」
「じゃあ、『急進派』勢力圏の情報をある程度貰えるかしら? 一応、あっちにも監査官は居るんでしょ」
「……」
その問いに、二等監査官はは何かを言いかけ、そして飲み込むように口を閉じた。その様子に、宮川と住良木は眉根を寄せて視線をアボウに向けた。
「何か問題が?」
「隠しても仕方有りませんが、どうも監査官も『急進派』に毒されてる気がありましてね。連絡は取り合っては居ますが、彼の地の現状を全く問題視していないようなんです」
監査官はその名の通り、この世界を監査し、違反等の問題行為があったら制裁する立場の存在である。それが、毒されているとはどういうことか。
予想外の返答に、内容の理解で一杯一杯だった秋月は辛うじてパニックを抑えられた状態だったが、彼を一瞥した住良木は構わず問いを続ける。
「監査官の指揮系統から外れている、と言うことなの?」
「いいえ。監査官の仕事として、『急進派』をある程度自由にさせる事は合致する、と認識しているようです」
「漏れ聞こえる程度だけど、連中の勢力圏は地獄でも生温いってレベルらしいわよ? 死ぬまで休まず働かせて、死んだら復活で全回復するから、また死ぬまで働かせるって手法。ソレが合致してるって言ってるの?」
「私に問い詰められましてもね。当人達はそう思っている、という話です。……まあ、そういう訳で、我々としても『御方』が『急進派』共の勢力圏に立ち入ろうとする事は避けたい所であると共に、『口実』に中を調べられないか、と考えていることは確かです」
あっけらかんと、本心を吐露するアボウに、秋月を除く三人の眉間の皺が更に深くなった。
下手をすれば調査のための餌にされる可能性があるのだ。そのリスクを鑑みれば、請けられるような仕事で無い事は確かだった。
「そこまで言って、この仕事を請けるとでも?」
「ええ、勿論」
「甘く見られたモノね、どんだけ金を積まれても無理な事は有ると思うけど?」
「ええ、試しに、ヨウニ装備商に連絡を取っては如何でしょうか?」
「……?」
鏑木は意味が理解出来ずに首を傾げ、話の意味を理解した宮川と住良木は同時に表情を曇らせ、電話を取った。