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第3章 初任務3

2021/03/27 表題・行間を見やすく修正しました



 巣穴から出てすぐ、ゴブリンの巣での激闘の騒音は聞こえなくなり、グレネードの僅かな振動だけが響いていた。

 すぐそこで死闘が行われているのに、気配の殆どが消えているのは不思議な感覚だった。


「又か。……本部、データリンクが切れた。UAVの位置を調整してくれ」

『解……た。少……待て』


 ノイズが酷い会話に、表示を変更するとデータリンクによる周辺の生命反応の表示が消えていた。

 鬱蒼と茂る森の中では、UAVによる通信が届かない時は良くある。受信装置を固定しているゴブリンの巣の中では絶対に通信不良が起きないように飛行ルートを調整しているが、動いている部隊に対しては完璧にサポート出来る事は少ない。


「俺達には感じないが、森の連中は異変に気付く。警戒を怠るな」


 森の動物たちにとっては、人類もまた獲物の一つと認識している。特に救援部隊は、狩ることこそ厄介ではあるが、数十人が一カ所に集まっている事から、特に大型の、それこそAレックスの類いなどは喜んで近づいてくる。

 自分以外は大口径のバトルライフルで武装しているとはいえ、その程度ではAレックスを相手にするには厳しいを通り越して無謀である。

 そういう意味では宮川に貰ったドラゴンブレス弾の花火の方が心強いと思えるくらいだ。

 つくづく、人間が入るには厳しすぎる森である。

 そう考えながら、担架で運ばれる少女の隣で進んでいくと、無線機が雑音を成り立てた。


「本部。こちら三班。よく聞こえなかった。もう一度――」


 僅かに声が混じった事から、上空のUAVの位置のせいで通信が上手く繋がらなかったのだろう。全員がそう判断し、一旦脚を止めて班長が再度の通信を要請している間に、彼らは『何の』通信だったのかを理解した。

 『何か』の足音が、地面を通じて感じることが出来たのだ。


「グレネード準備!」


 誰かが叫ぶと共に、即座に全員が腰のライフルグレネードのポーチからライフルグレネードを取り出し、銃口に取り付け構える。


『……西からAレックスの……が急速に接近中!』

「気付いてる! ……新人! 救助者を橇から外して担げ!」


 漸く繋がった通信が今更な事実を伝えるも、既に手遅れだ。そう判断し、ライフルグレネードを持たない新人に班長が指示を飛ばす。即座に彼は銃剣を取り出し、少女を固定するベルトを切断した。

 そうしている内にも、全員が感じていた足音が地面の震動だけでは無く、足音として聞こえるようになってきた。


「視認! 一時方向!」


 声がしたのと、彼が少女を担ぐのはほぼ同時だった。

 そして、鬱蒼と茂る森において、視認出来る距離は数十m程度でしか無い。その新距離で漸く視認した全高六mほどの巨大な体躯と、鰐よりも遙かにゴツく、巨大な顎、そして頭部を覆う外部の骨格を視認した瞬間、全員が発砲。

 バトルライフルの弾丸を受け止めたライフルグレネードは7.62mm弾の発射圧力を全て受け止め、弾丸よりは遅いものの放物線を描いて飛翔し、Aレックスの頭部へと連続して着弾した。


「第二射準備!」


 四発のライフルグレネードでは、Aレックスの外骨格を破砕は出来ても、その奥の内骨格、そして更にその内側の脳髄を破壊することは不可能だ。

 勿論、四発のライフルグレネードを頭部という小さい範囲に集中させれば、同一箇所に連弾が当たる可能性はあるが、可能性が高い程度で警戒を緩める理由にはならない。


『戦闘を止め、撤退しろ!』


 通信機ががなり立てるが、同時に頭にライフルグレネードを受けたAレックスはゆっくりと前のめりになっていき、頭蓋を半分吹き飛ばされた骸となって地面に倒れ伏した。


「本部、Aレックスの駆除を確認。今から帰還を――」

『聞こえてないのか!? Aレックスは『群れ』で接近している! すぐに撤退しろ!』

「……え?」


 同時に、未だに足下の振動が消えてない事も気付く。そして、漸く復帰したデータリンクによって表示された周辺の動体反応に、脚が無意識に震えた。

 先ほどのAレックスを除いても、七匹近い巨体がこちらに近づいてきている。


「新人、走れ! 要救助者を本部まで何としても連れて行け!」

「は? はいっ!」


 一人で逃げろ、と言うわけでは無い。要救助者を逃がすためには、最も火力に劣る者に運ばせ、残りが時間稼ぎをする。

 そんな当たり前な残酷な理屈に、反論する程彼も危機感が薄い性格では無かった。


 少女を担いだまま、森林地帯を駆け出す。

 背後では、なけなしのライフルグレネードでAレックスを迎撃する音が響くが、そんなものは気休めだった。

 必死に木々の間を縫うように走り、張り出した根を乗り越える。一度来た道だからある程度歩けるようにはしてあるものの、それでも、人間の脚で全力疾走をするには不十分な広さしかなかった。

 息が徐々に上がってくるが、休む間もない、数十秒かけて通過した森林は、Aレックスにとっては数秒で踏破出来る。


「ギャッ!?」


 木々の隙間を通った際に、少女の頭に木の幹がぶつかり、悲鳴が上がる。

 意識が戻っているのだろうか?

 そう思いつつも、確認する時間も無いので少女を担ぐ手に力を入れつつ、右手の散弾銃を握り直す。

 音が遮られているのか、もしくは、発砲が止んだのか、感じる振動は足音だけになる。


「――ッ!」


 一瞬、背後を振り返り、同時に恐怖で一瞬脚がもつれかけた。

 木々の間、それをすり抜けるようにAレックスが1体、こちらに接近しているのが見えた。


「クソッ!」


 咄嗟にM870のフォアエンドを引き、右手だけで背後に居るAレックスに銃口を向け、発砲。

 片手打ちの衝撃に、グリップを手放しかけるが、反動を上方向に逃がすことで何とか握り続ける。そして、一度背後に身体を向けて戦果を確認しつつ、フォアエンドを引いて逃亡を再開。


 宮川から借りた散弾銃の威力は絶大であった。

 ダメージという意味では大したダメージは与えられて居ないが、発砲と共に発生したドラゴンブレス弾のマグネシウムの火花は、Aレックスには脅威として捉えたのか咄嗟に向きを変えて離れていった。

 これで助かった訳では無いが、少なくとも時間は稼げた。

 もはや、形振り構っていられない。枝や藪が身体を引っ掻こうが、騎にせず全速力で走って逃げる。随分前から息が上がっているが、そんな事を気にする余裕なんてない。

 視線の隅のマップを確認。方向は間違えてはいない事を確認し、同時に巨大な生体反応がすぐ背後に迫っている事に気付く。


「このっ!」


 振り向きざまに発砲。マグネシウム片による火花でAレックスを牽制しつつ、再度走る。

 残りは五〇m。森さえ抜ければ、後は本部からの火力支援を得られる。

 機関銃は無いものの、対物ライフルによる斉射ならばAレックスにも効果はある。

 希望が目前に表れた。そう思った瞬間、担いでいた少女が唐突に暴れ出した。


「……!」


 咄嗟のことで、何を言っているのか解らないものの、既に限界に近づいていた体力と、想定外に強い少女の力にバランスを崩し、地面へと身体を叩き付けられる。


「ぷぎゃっ!?」


 転倒により、頭から突っ込んだ少女を助け起こそうとして、「それ」を視認したところで全身を硬直させる。

 ドラゴンブレス弾の閃光から立ち直ったAレックスが、こちらの意図を計りかねているかのように、その場に立ち尽くしていたのだ。


「――」


 一瞬で周囲に視線を巡らせ、放り投げた散弾銃を見つけ、咄嗟にそれに飛びつく。


 が、同時にAレックスも行動に移していた。

 そして、彼が散弾銃を掴むのと、Aレックスが彼の左足を噛んで骨を砕くのは同時だった。


 悲鳴が上がったが、それは骨を砕かれた彼本人すら知る由も無かった。

 兎も角にも、彼は散弾銃の銃口をAレックスの、目前に位置する眼球に突きつけ、発砲。

 花火とはいえ、発火した高温のマグネシウム片を高速で命中させられたAレックスは激痛に吠え、歯に引っかかった彼を振り回した後に放り投げ、短い前肢でしきりに焼かれた片目を擦り続けた。


 ひとまず助かったと思いつつ、大切なことを思い出し、周辺に視線を再度巡らせる。

 救助対象の少女は何処に行った?


「人間の身でよく粘るわね。少し感心したわ」


 彼は天からの声のような、よく透き通った声を聞いた気がした。

 そして、思わず視線を上に向けると、未だに顔を擦るAレックスと同じ高さ――六mほどの位置に飛んでいた少女の姿を認め、そして次の瞬間には、目を疑う光景を目にした。

 いつの間にか手にしていた長剣を振りかぶり、振ったと思うとAレックスの首を外骨格ごと切り飛ばしたのだ。


「……ぇ?」


 声とは言えない、空気が漏れた音が喉から出た。

 どう考えても錯覚としか思えない光景。そも、Aレックスの首は少女の持つ長剣よりも太いはずで、どう足掻いてもAレックスの首を『両断』など出来ないはずである。

 その筈が、現実に目の前でAレックスの切断された首が落下する振動を受け、我に返る。


「んー、まあこんなものかしらね? 意外と柔らかかったわ」


 そう言い、背中に剣をあてると、どういう原理か背中にそのまま剣が張り付いた。


「……」

「いつまで馬鹿面しているつもり? あのトカゲまだ来るけど、次は助けてあげないわよ?」


 開きっぱなしの口と、地面の震動が再度接近している事に気付く。そして、同時にこれ以上考える事を止めて振り返って走ろうとして、


「こっちです!」


 少女をこのまま置いていく事は出来ないので、本部の方へと手招きした。




「後藤、五色! 七番の岩に集中射!」


 命令に、自動散弾銃を構えた二人が、予めマーカーを仕込んでいた洞窟の壁面――露出した岩肌に向けて立て続けに散弾銃を発砲。

 鳥類向けの無数の小粒を内蔵した散弾は、狙いを違わず岩に命中。着弾位置から様々な方向に散弾をばらけさせつつ、着弾時に割れた岩肌を巻き込み、横合いからゴブリンの群れへと無数の文字通りの弾幕を浴びせつける。


「冷却は!?」

「完了! ですがCマグは最後です!」

「こちらも!」


 双方同時に最後のCマグを装填し終え、冷却も終わった八九式を持ち直す。


「住良木、残弾は――」

「百本ってとこ。一匹で一発なら兎も角、この調子だと足りなくなるかもね」


 散弾銃の残弾は数えるだけ無駄だ。弾倉分使い切った後、装填し直す時間が余るとは思えない。


「ったく! 面倒臭い奴らだ!」


 悪態を吐き、ゴブリンの群れに弾丸を叩き込む。

 既に五千匹を超えているだろうか? まだ三千匹なのか七千匹を殺したのかは既に解らない。解るのは、最悪の中で最善を尽くして持ってきた弾薬が底をつきかけているという事実のみだ。

 弾切れの弾倉を抜き、次の弾倉を装填する。既にエントランス入り口には無数の薬莢と空弾倉が転がっていた。


「八九式弾切れ」

「こちらもです」


 とうとう機関銃(代わり)が弾切れになり、銃手を埋めるように数人が中に入る。


「正面戦闘はこれ以上は無理か。……弾倉が十を切ったら爆弾で入り口を崩す! 間違っても巻き込まれるなよ!」


 爆破による崩落は最終手段だ。これを使った場合、深部の攻略は諦めざるを得ず、崩落で時間を稼いで撤退するしか手が無くなる。

 そうなれば依頼失敗で今まで使った弾薬は完全に無駄になり、最低限の報酬は貰えるとはいえ赤字は避けられなくなる。リスクを取った結果とはいえ、一番最悪な事態に陥る事になる。

 宮川が顔を顰める中で、断続的な発砲音が継続して鳴り響く。

 いい加減居なくなれ。全員が祈るような気持ちで発砲を続け、そして徐々にそれぞれの発射のリズムが遅くなっていくことに気付く。


「住良木」

「勢いが弱くなってる。短機関銃は射撃を停止。散弾銃で対応」


 宮川の言葉に頷き、住良木が命令する。

 言わんとすることをすぐに理解した面々は、即座に短機関銃の安全装置をかけ、肩にかけた散弾銃を抜いて銃口をゴブリンに向ける。

 岩に当てて弾幕を形成する必要も無い。散弾の暴力により、確実に一匹一匹を吹き飛ばしていく。余裕ができ次第弾を弾倉に込めていき、そして数十秒もしないうちに、発砲数が装填数を上回り、最終的には停止した。


「終わった?」

「まだ警戒は解くな。五色、ガソリン缶を持ってこい。一旦通路を焼き払う」

「了解。今――うわっ!?」


 エントランス中央部に集積した弾薬の横に置かれた、発電機用の予備燃料。それを取りに行った五色が突然悲鳴を上げたかと思うと、同時に地面が大きく揺れ、彼女の方に引き寄せられる感覚と共に全員が転倒する。


「銃剣を地面に突き刺せ! 楔にして固定するんだ!」

「五色、そのまま動かないで!」


 宮川の即座の指示と、状況を瞬時に理解した住良木が即座に彼女に飛びつき、そのまま数m転がってその場から離れる。

 全員がその時点で何が起こったのか理解していた。

 ゴブリンの一部が、地面を掘ってエントランス直下に穴を開け、五色がそれに引きずり込まれたのだ。

 もっとも、崩落はしたものの予め張っておいた防護ネットにより、穴の中にまでは引きずり込まれる事は無かった。だが、最悪なことにゴブリンは本部用の機材を置いてあった地点の真下に穴を開けたため、ネットごと穴に吸い込まれた結果蟻地獄の形相になり、そして、エントランスの他の面々は辛うじて銃剣をネットごと地面に突き刺して引きずり込まれるのを耐える羽目になった。

 そして、崩落して緩んだ地面の上に居る五色と住良木はナイフを突き立てても土ごと崩れるため、徐々に穴の中央部へとずり落ちていく。


 ネットの下、落下してくると思っていた獲物が全く来ずに、そしてエントランスに侵入しようにも邪魔なネットで入れない事に気付いたゴブリンが、手近な獲物である二人に眼を着ける。


「糞ッ!」


 住良木は左手でネットを掴もうと足掻きつつ、右手で短機関銃を掴んで足下のゴブリンに向けて発砲。


「二人を援護し――」

「隊長! ゴブリンがまた来ました!」


 地面に突き刺した銃剣を足場に、通路を伺っていた一人の言葉に、宮川は援護を中断してそちらを見る。

 数は少ないが、この忙しい中ではとても楽観出来る数では無い。


「住良木!」

「五色は任せて!」


 一言で互いのやるべき事を確認。


「残弾使い切るつもりで撃ちまくれ!」


 全員、足場がおぼつかない状況ではあるものの、すぐさま短機関銃でのゴブリン迎撃に移行。既に八九式が弾切れの二人は、拳銃を引き抜いて迎撃する。


「五色、覚悟を決めた!?」

「先輩と一緒なら何処までも!」


 下に何匹のゴブリンが居るのかは解らない。だが、流石にこのままゴブリン達の直上で宙づりになれば、槍衾で突き上げられる事は確かだった。

 後輩の半ば投げやり気味の冗談じみた返答に、彼女は苦笑しつつ、発炎筒を取り出し、穴の中心部に投擲。

 ネットの隙間を通り抜けた発炎筒は、煌々とした炎でもって、穴の中を照らし出した。

 比較的浅い。確信した住良木は、即座にネットに銃剣をつきたて引き裂き、その中に飛び込み、命じられる迄もなく、五色が即座にその後を追う。

 そうして、二人は奈落に落下した。


「――ッ!?」


 浅いと言っても、転がって地面に叩き付けられた衝撃は、受け身をとっても相当なものだった。

 悲鳴までは行かないものの、呻き声を上げた五色は、すぐさま左手を捕まれて引き上げられる感覚に、直ぐに衝撃の混乱から立ち直る。


「すみません」

「謝罪は後」


 至って平静に言い放った住良木。だが、周囲の光景を見て五色は息を呑んだ。

 少なくとも十数匹。彼女たちの足下に作り出した空間にひしめくゴブリンが、発炎筒の光に照らされていたのだ。


「大丈夫、数は少ないわ。一匹一匹仕留めればいいから」


 最早、諭すに近い言葉の後、彼女は即座に発砲を開始。近づくゴブリンを片っ端から撃ち抜いていく。

 だが、それでも数が多く、囲まれている状況では発砲だけでは間に合わなくなる。


「鉛弾が嫌だってんなら、鉄棒が良いって訳ね!」


 ゴブリンが飛びかかってくる光景に、銃撃が間に合わないと判断した住良木は左手で抜いた予備の銃剣で、飛びかかってくるゴブリンの首を正確に突き刺し、そして横なぎで頸動脈も切り裂く。


「リロード! ――イィッヤァッ!」


 五色が短機関銃の弾切れに、即座にマガジンポーチから弾倉を取り出そうとするも、ゴブリンの殺到に交換が間に合わないと判断。咄嗟に右手の短機関銃の銃剣で気合いのかけ声と共にゴブリンの胴に突き刺す。

 だが、人よりは軽いとはいえ、それでも数十㎏はある体躯を片手で持ち上げることは出来ず、崩れ落ちるゴブリンに引き摺られ、短機関銃ごと身体のバランスを崩しかける。


 咄嗟に短機関銃を放し、拳銃を引き抜いて更に近づくゴブリンに発砲。


「五色、それ頂戴!」


 背後からの声に、即座に左手に握ったままの弾倉を背後に差し出し、それがもぎ取られるように住良木が掻っ攫っていく。


「五色!」


 呼ばれ、無意識に背後に伸ばした手に拳銃の弾倉が収まり、ほぼ同時に拳銃のスライドが後退して停止した。

 戦闘しながら自身の発砲数も数えてた事実に驚きつつ、即座に弾倉を交換して発砲を再開。

 短機関銃と弾薬は同じとはいえ、装弾数や銃身長が違う拳銃では制圧力が低く、徐々にゴブリンの迎撃距離が短くなっていく。


「何とか死守! こっちも逃げ道無いよ!」


 思考を読んだかのような住良木の言葉に、出かかかった泣き言を引っ込め、同時に目前に散弾銃のストックが差し出された。

 何を言いたいのかは直ぐに理解し、拳銃をホルスターに戻して散弾銃を掴み、構え直してゴブリン達を片っ端から撃ち抜いていく。


「数は減ってる! 気を抜かないで!」


 直ぐに散弾銃が弾切れになるも、即座に銃身を握ってストックでゴブリンを殴りつける。

 肉が潰れ、骨が砕ける嫌な感触に顔を顰めるが、直ぐに銃身を握り直して次のゴブリンを殴りつけ、


「――ッ!」


 同時にゴブリンの手から離れた短剣がこぼれ落ち、重力に従って落下した後、五色の左手のグローブを貫通し、人差し指と親指の間に突き刺さった。


「大丈夫?」

「少しかすっただけ――」


 言い終わる前に発砲音が響き、五色の左手はその音と同じ数の穴が空いて千切れ飛んだ。


「毒剣よ、気付きなさい」


 背後から怖いほど冷静な声が響き、次いで肩を掴まれて引き倒される。

 激痛に朦朧としながら顔を上げると、彼女を跨いで前後左右、三六〇度に発砲を続け、銃剣やストックの打撃で接近するゴブリンを排除し、その挙動のまま新しい弾倉を差し直し発砲。

 一連の動作を淀みなく行っていく様子を見上げながら、五色は朦朧とした意識が覚醒していくのを自覚する。


「起きた?」

「もう大丈夫です」


 『左手』で引き抜いた弾倉を住良木に手渡しつつ、肩から自分の散弾銃を取り出し、彼女の背中に合わせて発砲を再開。

 三匹四匹五匹と撃ち抜いた所で、視界からゴブリンが消え、同時に背後の発砲音も消えた。


「……」


 二人は、示し合わせる迄も無く発炎筒を取り出し、投擲。

 光で辺りを照らしながら、壁にぶつかるまで飛んだ発炎筒だが、その範囲に動くゴブリンは確認出来なかった。


「大丈夫か?」


 安堵する間もなく聞こえた声に視線を上げると宮川が穴の縁からこちらを見下ろしていた。


「安全を確認したなら持ち上げてくれないかしら?」

「解ってる。五色、お前からだ」


 返り血に塗れつつ、疲れた様子で若干不機嫌気味の住良木の声に、宮川は苦笑をしつつ手を伸ばした。




「脚遅いわね! 早く来なさい!」


 人間とは思えない速度で、張り出した木の根や枝を足場に、飛ぶように駆け抜ける少女を必死に追いかける。

 あれでついさっきまで意識を失っていたのだから、同じ人間とは思えない機動力だ。

 根や枝や藪を乗り越えくぐりながら全力疾走し、爆発しそうな肺が酸素を求めるのも構わず森を駆け抜ける。

 そんな状態でも、地面から伝わる振動が徐々に近くなっているのを感じる。

 なので、返事を返す気力も勿体ないと全てを疾走に費やし、そして、とうとう目の前が真っ白になった。


「本部って、あそこ?」


 薄暗い森から直射日光が照る草原に出たことで、一瞬遅れるが、直ぐに前に居る少女が指し示す方向に本部の姿を認め、頬を緩めて頷く。


「あー、でもギリギリかな?」


 『どういう事?』と口に出そうとして、直ぐに理由に気付く。

 背後の森林から、Aレックスが飛び出してきたのだ。


「走って!」


 そう、一言叫び、散弾銃を構えて引き金を引き、

 発砲どころか、撃鉄が落ちる音も、何も起きなかった。


「あ……」


 直ぐに装填を忘れていたことを思い出し、フォアエンドを引いて装填。

 その時点でAレックスは目と鼻の先に接近していたが、心臓が早鐘を打って冷や汗が吹き出すものの、何とかパニックになる事だけは抑えつつ、発砲。

 マグネシウム片の閃光がAレックスを驚かせると同時に踵を返してAレックスから離れたところで、本部から複数の発光が見えた。

 直後、頭上を高速で何かが通過するのを感じ、振り返ると背後でAレックスの頭骨の複数箇所に罅が入り、閃光でのパニックとは違う、確実なダメージを受けた様子で頭を振っていた。


『援護する。こっちに急げ!』


 通信が入り、即座に散弾銃を投げ出して駆け出す。

 既に少女は本部の柵の前に到着。待機していた本部要員が、予想外の到着の早さに慌てて勝手口を開け、少女は悠々と本部に入る。

 同時に、対物ライフルの発砲音が連続して発生し、Aレックスの外骨格を砕き、そして生身の肉に着弾。彼が本部に辿り着いた頃には外骨格の大半が剥離し、無数の銃創から大量の血を流し、巨体を崩れ落ちさせていた。


「早く中に入れ!」


 振り返って足を止めた所に、勝手口で待機している隊員が叫ぶ。


「すみません!」


 慌てて中に入った所で、背後で盛大な地響きと共にAレックスが転倒した。


「気を抜くな! まだ四匹残ってる!」


 怒声に対物ライフルを持った四人が同時に弾倉を交換し、突破された場合の為に対戦車ロケット砲を構えた更に四人も気を入れ直す。


「保護した少女は一号車のシェルタースペースに――」

「気にしないからここで観戦させて貰うわ」

「……。新人、装備を調えてその子の護衛に回れ」

「え? あ、了解」


 何故か、安全の為に少女に強制しようともせず、確定事項のような少女の要請を即座に受け入れた鏑木に疑問を感じるものの、口を挟むほどの立場も経験も無い彼は、喉まで出かかった疑問を飲み込んで二号車の武器庫に飛び込んだ。




 そして数分後、Aレックスの複数の死骸が転がった所で、大型の生命反応は全て消えた。


「よし、警戒を継続しつつ休息を取れ。狙撃班は一人ずつ交代で銃のメンテナンスだ」

「了解」

「……さて」


 彼らが先んじて逃げたお陰で、Aレックスが数珠上に繋がって各個撃破出来た。

 これが複数方向から攻撃されれば対応しきれずに本部も危ない所だったろう。


「とりあえず、保護は完遂出来たようで何よりだ。まあ、四人失ったがね」

「すみません」


 ヘルメットを取り、頭を掻きつつ嫌みのように呟く部隊長に、思わず謝罪の声を上げる。


「いや、嫌みじゃ無いから謝る必要は無い。目的である少女の保護は達成出来ている以上、お前は十分以上に任を果たしているからな。……さて」


 グレネードランチャーを持った新人に肩を竦めて。溜息と共に少女に向き直る。


「あら? 何かしら?」

「貴女はどなた様ですかな? 私もこの世界に来て長いが、『少女を見たのは初めて』でしてね。……それに、何故かデータベースに貴女の情報が無かったのも気になります」

「んー、そうね。じゃあ、とりあえず貴方たちの街と連絡を取れないかしら? 多分、私の身元を話すと面倒になるから、まずは話を着けておきたいの」

「……解りました」


 軽いやりとりではあったが、新人の彼ですらその話の異様性は理解出来た。

 とりわけ『少女を見たことが無い』という部隊長の言葉は異様だった。確かに、この世界に来た時点で身体は成人年齢辺りなので、子供が居ないのは確かに当然と言えば当然なのだが。

 どこか疲れた様子で、通信機に向かう部隊長の背中を見ながら、やることが無くなった彼は、溜息と共に急に感じた強い疲労感に膝を折った。


「お疲れさん。初仕事でなかなかハードな仕事ぶりだったようだな」


 目の前に差し出されたペットボトルを受け取り、中の水を一気に呑む。

 無意識に喉が渇いていたらしく、疲労感が緩和されると共に冷たい水が喉を潤した。


「流石に、ここまで走る羽目になるとは思いませんでしたよ」

「Aレックスに追いかけ回されて逃げ切ったんだから大したもんだ。お陰でこっちも各個撃破出来たしな」


 飲み終わったところで、差し出された手を握って立ち上がる。声をかけて着たのは本部付きの先輩であり、経験が少ないまだ若輩の分類にある人物だった。

 彼らが逃げた事で、追いかけるAレックスは自然に整列し、その結果一列に並んで一匹ずつ対処出来た。

 これが二カ所以上から同時進行された場合、突破を許した可能性が高い。ロケットランチャーで迎撃したとして、連射が効かない以上、命中弾次第では対処しきれなくなる可能性もあった。


「逃げ切ったと言うか、あの少女に助けられたのが大きいですけどね。……本当に、何なんですか、あの子」

「俺も解らねーよ。ただ、部隊長がいつになく不機嫌なのは気になるが」

「少女ってこの世界じゃ珍しいんですか? 確かに見たこと無いですが」

「ん? ……ああ、言われてみると確かにそうだな。俺達は大抵が成人のままこっちに来るし」


 今気付いた様子からすると、隠されている訳では無いが、積極的に提示するような事でも無いらしい。少なくとも、長期間ここに居る人間ほど、違和感を感じる類いのモノという事か。

 そう考えつつ、彼はグレネードランチャーを負い紐で肩にかけ、代わりにアサルトライフルに持ち替える。


「ところで、ゴブリンの方はどうなりましたか?」


 人心地着いたところで、出発の時点で激戦になっていた小隊の安否を思い出す。Aレックスに追いかけ回されたせいで、思い出す余裕が無かった事もあって完全に頭から記憶が抜けていた。


「全員無事らしい。ま、想定外に多い程度じゃ、宮川さんや住良木姐さんが負けることは無いだろうし」


 肩を竦めて苦笑する先輩につられ、彼も思わず苦笑を浮かべる。

 軍歴の長さから言って、随一の経験を持つ二人なら、愚痴を言いつつも大抵の状況に対応出来るだろうというのが、この部隊の共通認識だった。


「そういえば、足は大丈夫か?」

「え? ああ、骨は折れましたが、既に治ってます」

「そりゃ良かった。走れてるから問題無いだろうが、戻ったら曲がってないか検査して貰え」

「そうですね。……それにしても」


 骨折が一瞬で治った自身の身体を見下ろし、溜息を吐く。

 この世界において、肉体は魂の入れ物であり、それ以上でも以下でも無い。

 肉体が滅びれば、SHELLと呼ばれる都市の中心部で新たな肉体と共に復活する。肉体自体も人間のそれとは違い、予め必要な知識や技能がインプットされている他、致命傷を受けない限りは欠損は自動的に修復され、手足が吹き飛んだり、子ゴブリンが腹腔を突き破ったりしても数分で修復される。

 もっとも、腸閉塞で累積ダメージが加算されている状態で、腹腔を突き破られると高確率で死亡する等、死ぬか生きるかの境界線は比較的はっきりしはしているのだが、都合が悪いことに、栄養失調などで死ぬ事は無く、身動きがとれない生き埋め状態だったとしても、呼吸さえ確保出来れば衰弱死する事はまず無い。


 そう、ある主のゲームの身体に近い、自分達が知る「人間」とは全く違う身体だった。

 自分の知る「現実」とは全く違う、吐き気すら覚える「現実」を前にしつつも、その「現実」の最たる身体は殆ど機械的に動くのだ。

 もっとも、「何をしたいか」を思考するだけで、身体が勝手に最適解の動きを行うので、困惑をしようが目的を見失わなければ問題は無いのだが。


「身体に関しては気にしない方が良いぞ。誰だって身体に違和感を覚えるが、そんなものはここで生きる上じゃ邪魔だ」

「まあ、一応頭では理解しているつもりなんですけどね」

「慣れる迄はどうしようも無いだろうな」


 傷を負えば痛いし、娯楽を楽しむことは出来る。便利な分、一歩間違えば生き地獄一直線ではあるものの、そうで有ることを拒絶出来ない以上は、この身体を自分のモノとしていくしかないのだろう。


「さて、休憩は終わったか?」


 普通の人間の身体なら、全力疾走を続けた身体の回復には不十分な時間だったが、それでもその身体は通常の健常な状態に戻った。


「大丈夫です」

「ならいい。……まあ、お前は現状員数外だし、宮川さん達が巣穴の調査と破壊を完了するまでは警戒だけだ。先に着換えた方が良いんじゃ無いか?」


 Aレックスに噛まれた足が破れたままな事もあるが、ゴブリンの巣で戦闘で泥や返り血を浴び、密林を全力疾走したせいで所々引っかけた箇所が破けており、着直した小銃装備用の真新しいアーマーと相まって余計に汚れが際立った様子だった。


「……確かに」


 指摘に、自分の身体を見下ろして苦笑すると、彼は踵を返して予備の装備を取りに二号車の荷台へと向かった。




「横、良いかしら?」

「え? あ、はい! どうぞ」


 陽が落ちきり、兎に角疲れた初仕事が一段落ついたと、漸く人心地着いたところでレーションのカレーを食べていると、いきなり横に座り込んできた少女に彼は眼を丸くして立ち上がった。


「緊張しなくて良いわよ。あの中で一人食べるのも味気無かったから」


 先ほどまでの白服と違い、裾をまくったカーゴパンツに、ぶかぶかのシャツにジャケットと言った出で立ちの少女は、背中に例の大剣を軽々と背負ったまま、カレーのトレイからライスとルーを掬い取って子供らしい満面の笑みで口に運ぶ。その幸せそうな表情に気が引かれながらも、それでも外に出るのは危険だと諭すも、少女は上品に微笑み、「大丈夫」と有無を言わせない迫力を以て彼の言葉を遮った。


「兵士用だから腹持ちが良くて良いわね、これ」

「お腹一杯ならば残しても良いんですよ? 動き回る兵士用なので、常食にはカロリー過多ですから」

「昼間の事を思い出してみなさいよ。少なくとも貴方よりは動いてるわ」


 言われて、Aレックスの首を瞬く間に跳ね飛ばした際の人外じみた動きを思い出す。確かに、あれだけ動き回っていれば腹は減るだろう。


「……一つ聞いて良いでしょうか?」

「貴方とは違う存在よ、私は。少なくとも『同じ人間』では無いわね」


 問おうとした内容を先に答えられて、言おうとした口が金魚のように無音のまま開閉する。


「それはどういう――」

「こんな所におられましたか、そう軽々と外に出られれば困ります」


 更に聞こうとしたところで、唐突に背後から隊長が声をかけてきた。どうやら、一号車に少女が居ないことに気付き、探していたのだろう。


「バレちゃったか。まあ、味気は少しは出たからまあ良かったかな」


 そう言い、いつの間にか大半を食べ終えていたカレーの残りを一気に口に運び、隊長に空の容器を渡しつつ、少女は立ち上がった。


「あ、そうそう、キミさ」

「はい?」

「なんて名前? 『新人』は名前じゃ無いでしょ?」

「え? あ、はい。秋月アキヅキノゾムです」


 言われて、確かに名乗ってないし、先輩達からも名前で呼ばれていないことに気付いた彼は、慌てて自身の名を答えた。


「秋月、望、ね。解ったわ。必死になって護ろうとしてくれたから一応言っておくわね『ありがとう』」

「え? いえ、助けて貰ったのはこちらですし、こちらこそありがとう御座います」


 彼が呆けた様子で慌てて感謝の言葉を返すと、少女は大輪の花のような満面の笑みを浮かべ、そして踵を返して一号車へと戻っていった。


「……何だったんだろうか」


 よく解らないものの、取りあえず疲労が増したことは確かである事は自覚しつつ、溜息を一つ吐いて、冷め始めているカレーを胃に送り込む作業を開始した。




 ゴブリンの巣の掃討は、一晩を要したものの概ね順調に推移した。

 弾薬の消費が激しかったものの、一掃出来た以上はそれ以上は必要無く、広大な巣の探査と爆薬設置に時間がかかった程度でトラブルは無かった。

 巣の深部にはおびただしい数の『繁殖場』や『食料庫』があったものの、その処分はつつがなく終わり、周囲の安全を確保した上で、夜明けを待って宮川達は時限信管を作動させて帰還した。


「まだ帰還しないのか?」


 そして帰還後、今後の予定を聞いた宮川は、鏑木の返答に首を傾げた。


「救助した少女を『安全に』輸送するため、迎えを寄越すそうだ。それまでは現状位置で警戒して待機、だそうだ」

「Aレックスを潰したんならまあ大丈夫だろうが、このまま数日間の待機は流石に辛いぞ?」


 宮川の口ぶりには、こんな事ならゴブリンの巣の掃討を強行せずに、増援を待っていれば良かった。と言外の抗議が混じっていた。


「数日は必要ない。明日中に迎えが来るという話だからな」

「はあ? 明日中って、それは――」


 瞬間、地面が大きく揺れた。

 ゴブリンの巣に設置した爆薬が一斉に起爆し、その全てを崩落させたのだ。


「……今言えるのは、あの少女が、俺達が思ってるより厄介な存在だって事だな」


 頭を掻きながら呟く鏑木の言葉に、宮川は観念したように特大の溜息を吐くのだった。




 記憶しているのは、階段を踏み外して全身が総毛立った所ぐらいだ。

 何で踏み外したのかは覚えて居ない。ぼんやりしてついうっかりだったのかもしれないし、誰かに突き落とされたのかもしれない。

 解ってるのは、その時に――死んだと言うことだ。


「死んだという自覚はあるようだね」


 これも記憶している。一瞬の後だったのか、それとも数年も後の話だったのかは解らないが、確かにその言葉で俺は覚醒した。


「パニックにならないようで何より。何も覚えてないと教えるのが面倒臭いし、中途半端に記憶しすぎていると面倒だからね」


 この時は何て言ったんだろうか。確か、「アンタは?」だったか?


「私かい? まあ女神様とでも思っておきな。ともかく、アンタはこれからある世界に送られる」


 送られる? どうやって?

 我ながら、疑問に思った事がソレというのが情けない。『女神様』の方にもう少し突っ込めなかったものか。


「女神様に近い能力があれば可能だよ。兎に角、アンタはそこで良いと言うまで生き続けることになる。死にたくても死ねないように、ね。ただ、安心しな。衣食住はしっかりと提供してやる」


 今思えば、生き続ける事になるという事自体がフラグだった訳だ。


「どうやって生き続けるのかはアンタの自由だ。まあ、既に数多の先達がアンタより先に生活しているが、一部は私が思ってなかった生き方をし出す者もいる」


 この時はどういう意味かよく分からなかったが、少なくとも今となっては一人は思い浮かぶ。

 今思い返して見ると、住良木は確実にこの思ってなかった一部だろう。


「ただし、一つ忠告しておくが、やってはいけない行為も存在する。それが何かは教える気は無いが、生き続ける事を辛くしたくなかったら、そうなりそうな行為は避けることだ」


 そして、この言葉が今になってもよく分からない。「そうなりそうな行為」とは何なのか、サボりや義務から逃げる事か、それとも全く別のことなのか。

 今、こうやって粛々と死よりも過酷な生存と隣り合わせの鉄火場で生き続けるのも、少なくとも「そうやって居れば現状維持は可能だ」という前任者達のアドバイスによるものだ。

 都合良く、身体がそういう荒事に対応出来るように出来ている事もあって、俺はこうやってこんな仕事をしている。




「おい、起きろ」


 ローテの深夜警備を終え、寝に入った所で起こされる。


「……何の音ですか?」


 時間を確認する前に、妙な重低音に違和感を覚え、起こした宮川に問いかける。


「自分の目で確認しろ。こっちにしても訳が分からん」

「……」


 緊急というわけでは無いようだが、ただならない事態であることは確かだろう。直ぐに上段のベッドに頭をぶつけないようにして下りると、傍らに置いておいた装備一式を取り付け、ロッカーから銃と弾薬一式を急いで装備して外に出る。


「んな……」


 同時に吹き荒れる風と上空の陰に呆気に取られる。

 それは見間違いも無く、ヘリやティルトローター機の姿だった。


「全員揃ったか」


 慌てて整列の一番最後に立った所で、着陸した機体のハッチが開き、中から一昔前の軍装で身を包んだ者達が一糸乱れぬ動きで整列し、最後に高級士官らしい正装をした兵士が降り立った。


「一等監査官殿に、礼!」


 鏑木が声を張り上げると共に、全員が一斉に敬礼。即座に監査官の中でも最高階級とされる一等監査官殿は返礼を返すと、鏑木の誘導に従って先日救助した少女が居る一号車へと向かっていった。

 取りあえず、始めて見る一等監査官が去った事で僅かとはいえ緊張が緩和されたのを感じつつ、ケージの外に着陸した大型のティルトローター輸送機と、上空で警戒待機しているらしい四機の攻撃ヘリの姿を見上げる。


「ヘリなんてあったんだな」


 ヘリと言うより、航空機の存在自体が初耳だった。空輸が出来るのならば、わざわざ野生動物の襲撃というリスクを負う地上輸送なんてしなくて済むんじゃないだろうか、とは思うが。


「ああ、一応監査官用に少数の航空機は存在してる。……だが、監査官の移動や監査時に使われるだけで、基本俺達に縁は無い」


 呟きを聞いたのか、前列の先輩が答える。つまりは、それだけあの少女が重要人物と言うことなのだろう。迎えだけでこんな大げさになっていると言うことは、怪我でもあったら一大事だったかもしれない。

 そういう意味でも無傷で助かったと言うべきかもしれない。監査官は自分達より一段階上の存在であり、自分達の指揮官である鏑木ですら、最も下の四等監査官より遙かに地位が低い。


「その監査官殿がここまで動員するとか、どんな子供なんだ、あの子」

「さあな。口ぶりや態度からすると、あの一等監査官よりも更に上っぽいが」

「一等より上って、そんな地位有りましたっけ?」

「そこ、私語はそこそこにしなさい」


 直立不動とはいえ、私語が多すぎたのか住良木の注意が飛ぶ。


「回れ右! 敬礼!」


 同時に、監査官の檄が飛び、全員一斉に回れ右で一号車に向き直り、敬礼する。


「……」


 同時に、出会ったときと同じ白服で身を包んだ少女が、一等監査官を伴って一号車から出てきた。

 昨日の気安い雰囲気は何一つ消え失せ、まるで王族か何かのような気品を纏ってゆっくり一歩ずつ歩く姿は、見た目にも近寄り難い圧倒的なオーラを纏っていた。

 そうして、誰もが私語どころか身動き一つ取れない中でゆっくりと時間が流れ、少女はヘリのカーゴの中へと消えていった。


「休め。……今回の件はご苦労だった。諸君らの十分な働きは小官が責任を以て上に報告する。以上だ」


 二等監査官はそう言うと、カーゴに乗り込み、その後を追って他の監査官も乗り込み、ものの数分と経たずに全機離陸し、シティに向けて飛んで行った。


「……ふぅ。さて、俺達も撤収だ。ヘリの爆音で暫くの間野生動物は寄ってこないだろうが、気をつけて撤収準備かかれ」

「了解」


 兎に角、疲れた。

 ただ立っていただけなのに全員が異様な疲労を感じていたが、帰還出来ると言うことや、厄介な上役が居なくなった事もあって、全員と嬉々として撤収準備を進め始めた。




 それから幾度かの小休止を挟みつつ、漸くシティに到着したのは五日後だった。

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