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第2章 初任務2

2021/03/27 表題・行間を見やすく修正しました



 数十m、まだ背後から前線指揮所の光が届く範囲を進んだ程度だったが、警戒しながら進むと、かなりの長時間が経過したかのように思えた。


「一回深呼吸しな。その調子で進めばすぐにへばるよ」


 こちらの失調に気付いたのか、住良木は尻を叩いて落ち着くように言い聞かせた。

 確かに、このまま進む以上、緊張し続けるのは危険だ。言うとおり、二回、三回と繰り返し、何とか緊張を解きほぐす。


「よし、前方に注意。何か居る」


 暗視モードの液晶ゴーグル上に動体探知の表示。深呼吸を止めてゆっくりと前進を開始する。

 四歩ほど歩くと、左の壁面に横穴があった。マップを確認すると、横穴はすぐ近くの空洞に繋がっているらしい。


「まずそっちから片付けましょう」


 背後の住良木の提案に逆らう意味も無い事もあり、横穴の端に辿り着くと、息を整えてから一気に身を乗り出す。

 敵の気配は無い。

 数秒確認した後、住良木にそう伝えると彼女はモーションセンサー爆弾を横穴の入り口に設置する。

 奥から来たゴブリンに背後を取らせないための措置だ

 数匹程度なら爆破で処理出来るし、それで処理出来なくても爆破で背後の敵に気づけるという算段だ。ついでに、こっちが着けているビーコンが圏内に入れば、自動的に安全装置がかかるようになっている。

 至れり尽くせりの爆弾だが、その分値が張るためできる限り回収することが推奨されている。


 背後でモーションセンサー爆弾の設置の完了を待って前進を開始。

 息が切れない程度に殺しつつ、ゆっくりと前進。程なくして空洞の入り口に到着。停止して住良木に合図。

 彼女が背中を叩くのを待って、突入を開始。

 発砲せずに人影を確認。九個の小柄な体躯を確認した後、改めて発砲を開始する。

 単発で二発ずつ。きっちりと頭か胴体を吹き飛ばしていくが、七匹目を吹き飛ばしたところで、二匹がこちらに飛び込んできた。


「チィッ」


 舌を打ち、即座に片方を撃ち殺し、更に目前にまで接近したゴブリンに視線を。

 狙うのは無理と判断し、そのまま振り向きざまに銃口を――その先に着いた銃剣をゴブリンの腹部に深々と差し込み、そして発砲。

 心臓を撃ち抜かれたゴブリンが反動で銃剣から抜けたのを確認し、地面に落ちた所で念入りに頭に一発撃ち込む。


「……クリア」


 ゴブリン達が死体になった事を確認し、一度深く息を吐いて住良木に伝える。


「ご苦労様。……どうやら『繁殖場』の一つらしいわね」


 肩を叩き、前に出た住良木が天井に楔を打ち込み、LEDランタンを灯す。暗視鏡が不要な光量になったため、モードを通常に変更してバックライトパットを外す。


「――ッ」


 そして、目視になった事で色を得て、凸凹した床だと思っていたモノが視界に浮かび、息を呑む。

 『繁殖場』と言うとおり、そこにあるのはゴブリンを生産するための母胎――乱雑に寝かされた女性達だった。


「大抵は三日ほどで精神が壊れるから正気の奴は居ないわね。身元確認するから、『リスボン』作業はお願いね」


 客観的というか、同性としての同情の欠片も浮かべず、網膜認証機を取り出し、事もなげに彼女はそう言い放った。


「言っとくけど、この仕事をしていく上にはこういう光景は『普通』よ。一々反応してちゃ身が持たないから、慣れそうに無いなら引きこもってなさい」


 無造作に、微動だにしない女性の傍らに座り、網膜認証でデータベースから身元を特定。数秒で完了し、次に映る。

 視線を向けられる迄も無く、義務として銃口を眼を見開いたまま微動だにしない女性の頭蓋にクロスヘアを定め、発砲。

 瞬間、頭蓋を砕き、中の脳漿を攪拌。思考するための器官は勿論、生命維持の為の器官も破壊され、女性は知性体としても生命体としても死亡する。


「宜しい、次」


 黙って「処理」した事に気をよくしたのか、住良木はにんまりと笑顔を浮かべて身元確認を進めていく。

 大体、半径五m程の空間には十五人ほどがひしめき、大半が腹を人間以外の命で膨らませていた。


 ゴブリンのような単一生殖の亜人種の精液は、人間などの生命体の中に潜り込むと、その奥で細胞を多能性幹細胞化してから生殖可能な変異した卵子へと細胞を変化させ、それと受精することでゴブリンという生命体を生み出す。

 この方式だと、体外でも男性でも生殖可能だが、体外の場合は外部環境に耐えきれずに胎児は死に、男性は大腸で生育こそ出来るものの腸閉塞を引き起こすため、出産時に腸ごと破裂した結果死亡するため、母胎に出来るのは一回きりである。

 継続的な繁殖を行うには子宮を持つ女性の方がいいと、連中は本能的に理解しているらしい。


 現実逃避気味にそんな事を考えながら、黙々と女性達を「処理」していく中、最後の一人の身元確認で異常が起こった。


「ああ、糞っ!」


 今まで、人形のようだった女性の一人が、唐突に悲鳴を上げて暴れ出したのだ。


「生まれる。処理した子達に異常は無い?」


 振り返り、頭蓋に大穴を開け、脳漿が漏れてる女性達を見やる。

 少なくとも、最後の女性のように育ちきった腹をしている女性は居なかった。


「なら良いわ。たまに死体からも生まれる事があるから気を抜かないで。……よし、身元特定」


 悲鳴を無視し、顔を押さえつけて網膜認証を済ませると、離れて促す。

 即座に頭蓋を撃ち抜くと、当然の事ながら女性は黙る。だが、住良木は警戒したまま彼に離れるように促し、その瞬間、女性の腹腔が破裂したように血しぶきが飛ぶ。

 いや、破裂したように母胎の血塗れになったゴブリンが「生まれ」た。

 数は十匹か、十数㎝の小型のゴブリン達は、まだ様子が解らずに腹の上で蠢いて、周囲を観察している。


「ホント、こいつら趣味悪い生態してるわ」


 その様子に、眉一つ動かすこと無く、住良木は血塗れのゴブリンを女の腹から蹴落とし、そして地面と靴底で潰していく。

 計十匹、全てを潰し終えると、土で潰した靴底を洗いつつ、まだ胎の中にゴブリンが残っていないのか確認する。


「じゃあ先行くわよ。こんな所に長居しても気が滅入るだけだしね」


 住良木は、些事を済ませたような軽やかな歩調で、ランタンを回収して出口に向かう。

 凄惨な死臭は防毒マスクでシャットアウトしているから感じないし。ランタンが消されたので、赤と灰色と肌色が入り交じった凄惨な光景は暗視モードの白黒の無機質なモノへと変化した。

 有るのは、自身の脳裏に刻み着けられた光景のみ。暗視鏡越しの光景が色づいて見える幻覚と、嗅いでもいない死臭が感覚を刺激し、あたかも頭を蝕む虫のように思考を停滞させる。


「早く動きなさい。それと、前に出る前にバックパックから弾倉を取っておくようにね」


 住良木の言葉に、ゴブリンに十五発程、リスボンにも十五発程を使い、既に弾倉一個を使い切った事を思い出す。

 機械的に弾倉交換していたが、流石に無自覚に弾倉交換するのは問題だな、と思いつつ、バックパックから弾倉を一つ取り出し、空のポーチに押し込んだ。




 『繁殖場』を皮切りに、次々と横穴を潰していく。大半は同じような繁殖場だったが、一部には男が詰め込まれた『食料庫』もあった。

 その全てを丹念に潰していき、潰した空洞が六を超えた所で、マップ上の未踏破の空洞は残り一つになった。


「ここまでは順調ね」


 発砲を殆どせずに済んでいる事もあり、住良木の声は比較的上機嫌だった。

 もっとも、周辺警戒やこちらのミスのフォロー等、彼女が居ないと危険だった事例は数知れないが。


「次の空洞は広いわね」


 肩を掴み、前進を一時停止させつつ、住良木はマップを確認しながら思案し、楔を打ち込むタイプの簡易バリケード形成機とその点火装置、それに発炎筒を取り出す。

 そして、簡易バリケード形成期はそのまま天井に手で刺すと、短機関銃の銃床で何度も叩いて完全に食い込ませた。


「新人はここで待機。私が戻ってきて横を通ったら、バリケードを作動させて」


 点火装置を受け取りつつ、こちらが頷くと、彼女はにんまり笑って、鼻歌が混じってるかのような軽い足取りで前進。大体三十m程歩き、マップ上で空洞の入り口に辿り着いた所で、発炎筒を着火して中に投げ込んだ。

 そして、彼女は即座に踵を返すと来た道を真っ直ぐ駆け抜け、


「バリケード!」


 すぐ横を通り抜けつつ声をかける。

 事前の指示もあり、聞くまでも無く点火装置の着火レバーを三回叩き、着火。

 爆音と共に、蜘蛛の巣状にピアノ線のバリケードが扇状に飛び出し、地面に深くめり込んで文字通りの簡易的なバリケードを構築する。


「OK。じゃあ、バリケードに当たらないよう、気をつけつつ発砲開始」


 住良木がそう言うと同時に、背後から強烈な光源で暗視鏡の視野が真昼の屋外のように明るくなった。

 狭い通路をこちらに向けて全速力で走ってくるゴブリンに、単発で二発ずつ撃ち込む。

 四匹、五匹と数えたところで『ガチン』と撃鉄だけが落ちる音と共に停止。


「リロード!」


 背後の住良木に叫び、ボルトハンドルを引いて固定、次いで弾倉を外して腰のダストポーチに押し込み、新たな弾倉を挿してボルトを戻し、初弾を装填。

 その間に、住良木が発砲のマズルフラッシュを幾度と無く光らせつつ、ゴブリンを次々と屠っていく。


「リロード!」


 住良木の声と共に、発砲を再開。数十匹程度の数だが、交互に弾倉交換をこなしつつ、絶え間ない弾幕でゴブリンを屠っていく。

 そうして、数分をかけて最後の一匹を屠り終えたところで、洞窟内に静寂だけが残った。


「そこそこの量だったわね」


 一分ほど待って、後続のゴブリンが来ないことを確認し、彼女は簡易バリケードのワイヤーをペンチで切る。張り詰められてたピアノ線は、天井側で切れらると同時に音を立ててただの鉄線へと戻って地面へと落ちる。


「安心するのは最低でも前進基地でね」


 一瞬気を抜きかけた事を気取ったのか、住良木は視線を前方に向けたまま命じ、警戒を解かずに前進、最後の空洞に辿り着く。と、燻った藁らしきモノが一面に敷き詰められ、その藁に火をつけた発炎筒が未だに部屋を煌々と照らし出していた。

 恐らく、周辺警備の役目を負うゴブリンの寝所だったのだろう。間に合わずに炎に巻かれてそのまま焼死したのであろう小柄な人影が数十単位で転がっていた。


「拙いわね」


 一通り確認し、全てのゴブリンが死に絶えたことを確認した所で、住良木が漏らした独り言が聞こえ、振り返ってどういうことなのか視線で質問する。


「ゴブリンは警戒心が強いけど、視覚以外の感覚器官が弱いのは知ってるわよね? だから、『本来』は大抵の寝床は巣の最奥にある筈なのよ」


 だと言うのに、本来一割ほどしか居ない筈の浅い上層部の一部分に、大体百匹がたむろしていた。もし、他の横穴に入ったグループも同様のゴブリンと遭遇したとすると、大体数百匹が上層部に居たと言うことになる。そして、上層部に一割ほどの数を配置するというゴブリンの習性からすると、この巣の総勢は五千匹を超える可能性が高い。

 今の部隊は六千迄なら対抗可能だが、流石にそれ以上となると厳しくなる。何より、弾薬が足りなくなる。

 数に任せたゴブリン相手に弾切れになれば、後は銃剣や打撃で何とかするしかないが、銃剣は弾丸よりも殺せる数は少ない。上手く使えば百匹や二百匹を刺突出来るかもしれないが、戦場での銃剣攻撃じゃ十数匹刺したところで無理な体勢や位置からの刺突で銃剣か銃身が歪んで使い物にならなくなってしまうだろう。


「どうします?」

「一応宮川には連絡しているから本部に連絡を行かせるとして、人手不足の問題は解決しないのよねぇ」


 人員増が叶ったところで、この地でAレックスに怯えながら数日過ごすという選択肢になるだけだ。まあ、現状の前線指揮所を防衛しつつ、本部から弾薬を運んでゴブリンを火力で圧倒出来るよう要塞化する、という案はあるにはあるが、準備中にそのゴブリンに襲われては全滅もあり得る。


「少し考えても碌な結果になる案はありませんね。他に何か案は――」


 げんなりして呟いたところで、住良木が手を掲げて警戒を促す。

 即座に口を閉じ、右手で銃を構えつつ、左手のウェアラブルコンピュータを操作しマイクの集音機能を最大にまで高める。

 洞窟の壁面の土に音の大半が消されているが、奥の方から銃声とは違う甲高い金属音のようなものが聞こえて来た。


「何でしょうか?」

「正気が残ってた奴が逃げ出したのかもしれないわね。……急ぐわよ」

「了解」


 マップ上では、ここから先は一本道で、奥に小さめの空洞が有るだけだ。罠に注意しつつ――ゴブリンではなく、逃げ出した生存者が罠を仕掛ける可能性から――早足で洞窟を進んでいく。

 マイクが拾う金属音は徐々に大きくなっていく。少なくとも、ゴブリン以外の『何者か』が居るのは確かだろう。


「状況の確認が最優先。むやみに発砲しないで」


 背後の住良木の言葉に頷き、音の発生源に急ぐ。残り十歩という所で、肩を住良木が掴み、歩みを止めさせる。

 振り返ると、ピンを抜き終わったフラッシュバンを掲げて見せる住良木。彼はすぐにその意図を理解し、空洞直前で脚を止めるとそのすぐ横を、安全レバーを跳ね飛ばしながらフラッシュバンが飛翔。固い地面に二回、三回とバウンドした後、その内部の火薬を炸裂させた。

 その後に発生したのは、猛烈な閃光と轟音。感覚器官以外への殺傷能力を最低限に抑えつつ、その感覚器官を一時的に麻痺させる程の強烈な閃光と轟音の後、二人は同時に空洞内へと踏み込んだ。


 ゴブリン五、いや十二匹。ゴブリンの貧相な肉付きとは違う小柄な体躯が一。

 内部の確認で躊躇したのは、立っていたゴブリンが五匹であり、それ以外にゴブリンらしき物体が七匹分転がっていたからだ。一瞬無力化されていると判断しかけたが、死んだふりの可能性も十分考えられるため、改めて数に含めて一瞬だけ考えてしまったのである。

 そして、その一瞬の躊躇は、住良木が代わりに五匹の胴体と頭を撃ち抜くのに十分な時間だった。


「……すみません」


 警戒しつつ進み、地面に転がっていた七匹のゴブリンの胴体に銃剣を突き刺しつつ、本来前衛の自分が躊躇で撃たなかった事実を謝罪する。


「問題になる間でも無いし別に良いわよ。倒れてるゴブリンを驚異と認識する事は良い判断だったしね」


 判断ミスでは無い。そう言っている住良木の言葉に内心安堵しつつ、銃剣でゴブリンを突いて反応が無い事を確認。

 とりあえずこの空洞の安全は確保したと判断し、住良木はLEDランタンを天井に取り付け、LEDパットを外す。

 そう、先ほどフラッシュバンの直撃をくらい、仰向けに倒れて「うぅーん」と唸って気絶している「少女」を肉眼で捉える。


「……。女の子?」


 真っ先に、経験豊富なはずの住良木が首を傾げた。何でかは解らないものの、とりあえず外傷が無い事を確認。服装はキャラバンの制服じゃ無く、見るからに高級そうなシルクっぽい白い布で出来た上下に、貫頭衣を外套として着ているようだった。

 世紀所か一千年紀以上年代がズレてそうな随分レトロな服装だな、と思いつつ、彼女の傍らに転がっている大剣を見やる。

 恐らくゴブリンと戦ってた時に使っていたモノだろう。柄を合わせても一mに達しそうな大剣は両刃で、一カ所欠けている。身長百三十程度の少女が振り回すには無理がありそうな気がするが、ゴブリンが持つ石斧や槍とは明らかに文明度が高いそれは、外から持ち込まれたモノであることは確実だし、少女より体格の劣るゴブリンが扱える代物ではない。


「とりあえず外傷は無いみたいですね。……住良木さん?」

「え? あ、うん。彼女は私が運ぶから、キミはその剣をお願い。間違っても指を切らないようにね」

「いや、流石にそんなへまは――ッ!」


 言った側からその『へま』をやらかした。そこそこ厚手のタクティカルグローブで有ることに油断していた訳ではないが、持ち運ぶために鎬辺りを掴んだ瞬間、指と掌に走った激痛に思わず剣を取り落としたのだ。


「ちょ、大丈夫?」

「はい、何とか……何なんですかこの剣? 刀身を軽く握っただけでグローブ貫通して骨までいきましたよ」


 握った左手が血塗れになっているのを冷静に眺め、そして程なく左手の傷跡が『瞬く間に塞がっていく』様を確認すると、今度は慎重に柄の方を掴んで持ち上げた。

 重心部分から離れた場所を掴んでいる事もあるが、やはり剣の重量は彼が持っている短機関銃の倍以上の重量があるように思えた。


「一体何なんでしょうね、この子」

「私が知りたいわよ、そんな事」


 網膜認証機を戻しながら、何か、苛立ちのようなニュアンスを滲ませた返答を返す住良木。何が不満なのかは解らないものの、明らかに少女が自分達の知る『常識』とは違う存在であることは、彼でも理解することが出来た。




「以上が現状だ」


 各々が横穴を制圧し終え、最後の二人が戻ってきたところで、全員の報告を統合した宮川があからさまに『言いたくない』といった表情を浮かべて説明していた。

 そして、当然その場の全員も聞きたくない』といった表情を浮かべている。


「解っていると思うが、現状の戦力で五千を超えるかもしれないゴブリンの群れと戦うことは厳しい。一応本部には連絡しているが……まあ、なんだ……」


 言葉を濁す理由は誰も理解している。最低限ならばギリギリで対応可能だが、それ以上となると流石に彼らの手に余る。

 誰もその事実は口にしたくないし、されたくもない。数秒間の躊躇の後、宮川は観念したように大きく溜息を着いてから、口を開いた。


「戦力の増強は厳しいし時間的余裕も無い。多少の無茶は覚悟しておいてくれ。……まあ、多少って言っても『多』の可能性が高いが」


 宮川の言葉に、全体の士気は瞬く間に最低限にまで落ち込んだ。

 どうしようも無い問題というモノはどうしてもある。今回がそれだったというだけに過ぎないのだが、それにしたって弾薬が心許なくなる相手に消耗戦というのは、全員の気力を削るに十分な威力があった。


「……まあ、仕方ないとはいえ、流石に無策で力押しって訳じゃ無いんでしょう?」


 流石に気を利かせた住良木が言葉をかける。


「とりあえず武器使用の無制限の許可は取った。神経毒や爆破による落盤、取れる手段の全てを使ってここを防衛する。既に弾薬は本部から輸送を手配済みだ」


 宮川の言葉に、全員が簡易的な救護所としてビニールで覆われた救護所を――正確には、その中に居る向く。神経毒の類いは全員がガスマスクを着用しているから問題無いとして、現状では非戦闘員と見なせる女の子をこの場に置いておくのは問題である。


「弾薬が届いたら輸送した本部要員と一緒に本部に戻す。ただ、保護した状況の報告のため、新人は一緒に帰還しろ」

「え? 私は?」


 『帰還』の言葉に安堵しかけるが、同時に除外された住良木が抗議の声を上げる。


「ただでさえ人手が足りないんだ。腕利きを一緒に向かわせる訳にはいかない」


 抗議の声を制するように、宮川ははっきりとした声で言い切った。

 まあ、新人を同行させるだけでもきつい状況では、古参の住良木を行かせるわけには行かないのは確かだ。


「ちぇー。ケチ」

「窮してるんだからケチれるもんは何でもケチるしかねーだろ」


 愚痴っぽく呟くと、宮川は気を取り直すように溜息を吐き、そして顔を上げて全員の視線を集めつつ、今後の予定の説明を再開した。




 とはいえ、弾薬が届くまでは前線指揮所の要塞化の手伝いは行う。

 先行部隊を出し、下層部に続く坑を偵察し、安全を確保しつつトラップを仕掛け、更に数カ所に落盤が起こるだけの爆薬を仕掛けたり、坑道を掘ることでの奇襲を避けるため、地面にナイロン製のネットを敷き詰めて地面を崩された時の対策し、壁にも同様にネットを張り巡らせる。

 全て橇に乗せて運んできたものであり、輸送を容易にするために軽量かつ体積も小さくなるように工夫されたツールである。

 急ピッチで行われた本部の強化では有るが、ものの十数分でネットの敷き詰めと固定が完了した。


「弾倉が開いている奴は装填し直せ。それと、新人は弾倉と短機関銃は置いていけ」

「了解」


 手が空いた者から纏められた空弾倉にローダーで弾薬を詰め込んでいく中、短機関銃と

使い切った弾倉をその山に添える。


「それと、これを持ってけ」


 宮川がおもむろに投げ渡した散弾銃を受け取る。レミントンの散弾銃で、自身が持っている自動では無く、銃口下にあるフォアエンドを手動で前後させる事で装填する武器であり、連射速度に劣るものの使える弾薬が多いという利点がある散弾銃である。

 当然、自動散弾銃に比べて発射速度が遅れるので、ゴブリン相手だと最適とは言えない武器の筈だった。


「ドラゴンブレスを入れてある。念のための用心だ」


 ドラゴンブレス弾はマグネシウム弾を射出し、発射で派手に火花を発生させる弾薬だ。だが、その性質上威力は低く、ある主の花火のような使い方しか出来ない武器だった。


「用心?」

「ここの獣も火は恐れる。スラッグ弾が効かない相手なら、そっちで脅かした方がいい」


 すぐに、Aレックスと遭遇した場合の用心であることに気付く。確かに、対装甲火器で漸くと言った相手なら、正面から戦うより脅かしつつ逃げる方が賢いのは理解出来た。


『第二小隊。巣の前に着いた。今から入る』

「了解。全員、入り口に味方だ!」


 入り口を警戒していた隊員が外を伺い、そしてそれを合図のように、弾薬や弾倉、そして爆薬が満載の橇を持った数人が中に入ってきた。


「Cマグ(ドラムマガジン)は持てるだけ持ってきた」

「助かる。……それで、連絡した少女だが」

「あれだな? 同行者は――」

「自分です」


 話が終わるより先に、自身の事を言っているのだと理解し、名乗り出る。


「解った。キミは彼女を寝かせた橇の横から離れないでくれ。周辺警戒は我々が行う」

「了解」


 手早く弾薬類を下ろしきると今度はビニール内に寝かせた少女に酸素マスクをあてがい、二人がかりで橇の上に寝かせて固定ベルトを巻いていく。


「では、我々は本部に戻る。そっちも気をつけて――」


 銃声が洞窟内に響いた。


「どうした!?」

『連中が上の異変に気付いたのか入り口に近づいてきてます! クソッ!』


 断続的に銃声が響く中、宮川は一瞬躊躇するように輸送した班に視線を向け、そして意を決して口を開く。


「こっちは問題無い。お前達は少女の運搬に注力してくれ」

「……解った。幸運を」


 宮川の躊躇の理由を理解した班長は、一瞬戸惑うものの、すぐに気を取り直して先に帰ることを選択する。


『クソッ! 数が多い、下で抑えるのは限界だ!』


 断続的な連射音が響く中、悲鳴に近い叫び声が通信機越しに聞こえる。


「解ってる。すぐにその場を離れ、上に戻れ。グレネードなりを使って足止めして、何としてもここまで上がってこい」


『了解!』

「何してる! さっさと行け!」


 状況が切迫している。それは解っては居たが、躊躇してその場に居た全員を叱咤するように叫ぶ宮川に、全員が即座に準備を整え、要救助者の少女を乗せた橇を引きながら外に出て行った。




「ったく。漸く行ったか」


 足下から断続的に響く振動――グレネードの衝撃波――が近づいている事を感じながら、宮川は八九式を持った隊員に配置につくよう命じる。

 幸い、下層に続く横穴は大きく、数人が横並びで射撃しても問題は無い上、一直線だから直線上を一掃するのに十分な長さがある。


「思いっきり未練たらたらだったから連中困ってたじゃないの」

「あのタイミングで躊躇しない、どこぞの漢女のような鋼の心臓ではないのでね」


 茶化す住良木だが、宮川は肩を竦めて笑ってみせる。十数人しか居ない手勢が一つ減る上、本部着きとはいえ増援になり得る一班――四人は額面では僅かな戦力だが、小隊の25%という数は、割合的には喉から手が出るほど欲しい戦力だった。


「ま、現状でどうにかせにゃならんのは変わらんさ。――さて、無駄話はここまでだ」


 グレネードだけでは無く、銃声が聞こえだした瞬間、宮川は溜息と共に気を入れ直し、下層に繋がる横穴に向かった。


「下の連中が登ってきたらすぐにバリケードを構築、八九式での制圧射撃だ。タイミングが少しでもズレれば、その分俺達の生存確率が減る、いいな!」


 全員が同時に腹からの返事を返し、そして同時に、数十m先のケミカルライトに、カバーリングし合いながら必死に斜面を駆け上る隊員を認める。

 全員が、来たるべき消耗戦に息を呑む。

 そして、最後の十数mで、隊員はカバーリングを止めて駆け上り出し、


「あっ!?」


 一人、踏み込みで脚を滑らせ、地面に顔面から突っ込んだ。


五色イツシキ、そのまま伏せろ! 山下ヤマシタ、制圧射撃開始! 天野アマノは待機!」


 即座に、八九式を持った一人が制圧射撃を開始し、ケミカルライトに照らされた無数のゴブリンを瞬く間に圧倒する。小口径とはいえ、貫通力の高い5.56mm弾はゴブリンの華奢な体躯では止まらず、その背後のゴブリンをも貫通して瞬く間にゴブリンの群れを押し返す。


「住良木、手伝え!」

「言うと思った!」


 愚痴りつつも、即座に飛び出した宮川の後を追って住良木も転倒した五色に近寄り、五色を両脇から抱えると、彼女を引きずりながら一気にエントランスへと運び込んだ。


「バリケード!」


 即座に叫ぶが、隊員はその命令を聞くより先にバリケードを閉め、八九式を持った二人の制圧射撃が再開される。


「五色、戦えるか?」

「え? あ、はい。すみません、脚を引っ張ってしまって……」

「ならいいわ。とりあえず弾薬の補充を急いで。手が空いたら空いた弾倉に弾込めしといて」

「は、はい」


 現状は叱責する余裕も無いし、そもそも転倒は不可抗力であったので追求の必要もない。

 恐縮する五色がすぐに補給と空いた弾倉への弾込めを開始した事を確認し、二人は八九式の制圧射撃が続く横穴へと向かった。


 断続的な制圧射撃でゴブリンを押し留めつつ、撃ち漏らしを短機関銃の単発で仕留める。

 今のところは拮抗している、と言った案配だが、既にCマグの交換に入っているのを見て顔を顰める。

 八九式も三桁に達する発砲数でかなり熱を持っている。恐らく次のCマグを使い切る前に一回冷却しなければならないだろう。

 そうなると、八九式の制圧射撃無しでゴブリンを押し留める必要が出てくる訳で、色々考えていると頭痛が感じてくるため、早急な対策を立てることにする。


「山下、制圧射撃中止。八九式を水で冷やせ」

「了解」


 天野がCマグを交換したのを確認し、山下に命じる。即座に八九式の射撃を中止した山下は、熱くなった銃身に水筒の水をかけて冷却し、高温の銃身に触れた水が瞬く間に水蒸気となって立ち上る。

 水による急速冷却は銃身が曲がる可能性があるが、近距離の制圧射撃なら多少銃身が曲がろうが気にする必要は無い。


「山下が射撃再開したら天野が冷却。残弾と銃身の熱に気をつけろ」


 命じつつ、宮川も射撃の列に加わる。

 ゴブリンの死骸はそろそろ千に達する頃だろう。現時点で言えば、幸運にも順調に推移していると言えた。


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