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第1章 初任務

2021/03/27 表題・行間を見やすく修正しました





「うぉっ!?」


 大きく車体が跳ね上げられ、後部居住区に居た六人は同時に座っていた椅子から吹き飛ばされる。


「スマン。大丈夫か?」


 数秒の減速の後、完全に停車するのを待ってから、運転席の男が後部に首を出して問いかける。

 全長一〇m程の広大なスペースは、前部の貨物スペースから居住区に繋がっており、その居住区では壁側には三段ベッドが畳まれて設置されている。二〇人分の寝床を片付けると大体3×6m程の広さがあり、そこに四人の男女が伏していた。


「大下! 手前ぇ何処見て運転してやがる!」

「運転押しつけておいて文句言わないで。水たまりが予想外に深かっただけよ」


 下敷きになった一人が這い出た後、開口一番に怒声を上げる。中肉中背と言った体格の男は、野性的と表現出来る顔つきに怒気を一杯に込めて怒鳴る。

が、直後に助手席に鎮座していた小柄な女性が運転手を押し退けて顔を出すと共に、不満をありありと浮かべるままに反論を返した。男同様、二十代前半かもしくは下手をすると十代でも通りそうな容姿に、むっつりとした可愛げの一切を廃した表情だった。


『こちら一号車、大丈夫か? 結構跳ねたみたいだが』

「こちら二号車、大丈夫よ。怪我人無し」


 外側から見てもかなり派手に吹っ飛んだのか、後続車両が通信で問いかけてきた。


『そうか。そろそろ現場だ。警戒を厳に』

「了解。……だってさ」


 苦笑しながら女が振り返ると、全員は同時に溜息を吐いた。




「つーか、お前今回が初陣だっけ?」

 動き出した車両の中、振動の中手慣れた様子で緩めたブーツを締め直し、戦闘服の上に防護服を着込んでいく男が問いかけてきた。


「え? あ、そうです。『こっち』に来たのは一か月前で、先週までずっと訓練でしたので」


 訓練、と言っても戦闘訓練ではない。この『特殊』な土地がどうなのか、生き延びるためにはどうすればいいのかの一通りのレクチャーを受けたという話だ。

 『身体の動かし方』に関しては『こっち』に来た段階で済ませてある。


「そうか。ってことは貧乏籤を引いたな」

「そうなんですか?」


 手を止めないまま、苦笑を浮かべる男を見上げる。既に彼は装備を着込み終わり、両足の太腿にガンベルトを巻いていた。


「ああ。今回襲撃されたキャラバンは結構大規模だったからな」


 そう言い、ホルスターを右腰に取り付け、右太腿のガンベルトで固定する。

 キャラバンは『こっち』で言う輸送部隊の事だ。各拠点を行き来し、物流の主流として使われている。

 小規模なものでも一〇台前後で、大規模なものになると一〇〇台の大型トラックで構成される。

 先ほど車体が跳ねた水たまりも、そういったトラックが通り過ぎていく中で、僅かな段差が長期間に渡る時間の中で掘り進められたものだ。


『目的地まで十分!』

「全員、弾倉を装着。装填はするなよ」


 二号車からの声に、男は戦闘ベストから弾倉を一つ取り出し、自分の突撃銃に装着する。

 そして、彼に倣って装備を終えた面々が次々と弾倉を装着。

 まだ薬室への装填は行っていないため、撃つ事こそ出来ないが、それでも銃に弾倉を取り付けたという事実自体に緊張で内心が震え上がる。


「落ち着け、深呼吸だ」


 緊張したこちらに気付いたのか、男が肩を叩いてくる。


「ん? あ、宮川。ちょっと来てアレ見て」


 運転席から声が響き、次いで壁にかかっている大型モニターが起動。前方を走る警戒用の軽装甲を施した車両が映し出されれ、次いで視点が上がって森の向こうから空に立ち上る黒煙が映し出された。




「周辺警戒! UAVを飛ばして周辺の捜索! 第二班は前方、炎上している車両の消火だ。第二小隊は警戒しつつ、四人ずつで生存者の捜索を行え!」


 目標地点に到達してすぐ、二号車に乗っていた指揮官の鏑木は矢継ぎ早に指示を飛ばした。

 幅十m程の道はキャラバンのトラックで埋め尽くされ、一部は森に突っ込む等はしているものの、大半は無傷で一見では渋滞しているだけにも見えた。


「宮川、お前は新人と行動しろ。それ以外の二人の人選は任せる」


 早速、鏑木の指名で所属が決定する。もっとも、最初の班決めの時点で、鏑木である宮川の配下になっていたので、変更は無いのだが。

 ともかく、小隊長であり、班長である宮川の指示の元、行動を開始する。

 もっとも、行動と言ってもやることは車両にそって進み、一台一台叩いて声をかけ、次いで車両の中を確認して生存者が居ないのかを確認することだけであり、大半の車両の運転席部分が破壊され、中が荒らされている車両が十台を超えるに辺り、生存者は絶望的なのは十分に理解出来た。


「恐らくは前方車両がAレックスに襲われたな。前方が止まった事で玉突きが起こり、後方は逃げようと切り返したら森に突っ込んでスタックしたかで詰まり、身動きがとれなくなったか」


 一々避けるのが面倒になり、トラックの上に載って飛び移りつつ、数百m前方から繋がる車両で埋め尽くされた大地を一瞥した宮川がそう判断する。


 Aレックスは実物は見ては居ないが、レクチャーで最重要な危険生物として名前が挙げられていた。曰く、不整地を時80kmで走破する脚力と、その肉体を支える頑丈な内骨格に加え、小銃弾程度なら弾く装甲車並の強度を持つ外骨格。

 ライフルグレネードなら外骨格は破壊出来るものの致命傷にはなり辛く、小隊レベルで撃ち込むか、それとも対戦車ロケットを撃ち込まないと止められない厄介な生物である。

 ただ、Aレックスはその巨体を維持するために食欲旺盛で獰猛ではあるが、頭が良いこともあり、キャラバンの規模でも食えるのは運転席に乗ってる二~三人程度と知っており、よっぽど腹を空かせてない限りはキャラバンを襲うことは無い筈だ。


「この様子だと、小鬼ゴブリンかオーク、それか獣人コボルト辺りが逃げるために道におびき寄せたか」


 ゴブリン・オーク・コボルト。総じて、この森に住む人間タイプの生き物だ。

 繁殖力が高く、基本的に森の生物においては食物連鎖の最下層に位置する小鬼。小鬼よりは繁殖力に劣るが、ヒグマ並の体格と膂力を持つオーク。そして、屍肉漁りがメインではあるものの、数を生かした狩りでは厄介な知能をもつ獣人。


 総じてAレックスからは逃げることしか出来ない生き物ではあるが、森の中でも知能が高く、生身の人間からしたら驚異以外の何物でも無い。


「って事は、Aレックスも付近に――」


 言いかけるが、その言葉は宮川が手を掲げると共に止まった。

 手信号で前のトラックの運転席を指され、目を凝らすと奥に何かが動いているのが見えた。


「隊長。生き物らしきモノを発見。今から確認する」

『了解、気をつけろ』


 小声で通信を行うと、宮川は拳銃を引き抜きサプレッサーを取り付け、そしてこっちを指さす。

 意図を察し、拳銃を引き抜いてサプレッサーを取り付けると、宮川は口の端を緩めて指を右周りに回し、次いで自分を指すと左回りに指し示す。最後に、残り二人を指さし、下を向けてこの場で警戒するように指示するとゆっくりと地面へと降り立った。

 ゆっくりと、水たまりを踏まないように慎重にトラックの横へと接近し、運転席のすぐ前に到着。宮川も同様に到着したところで、視線を待機していた二人に。

 一人に警戒を任せ、監視をしていたもう一人が親指を上げた所で、宮川はドアを叩くよう指示を飛ばし、運転席へと手を伸ばした。


「……」


 一度深呼吸し、大きくドアを叩く。車内で何かがそれに反応し、激しく動くのを感じ、そして次の瞬間にはサプレッサー独特の音が三発響いた。


「フラッシュライトをフロント側から照らしてくれ」


 そう言われ、拳銃下部に着いたフラッシュライトを点灯。左手で割れたフロントガラスの縁を掴み、バンパーを足場に這い上がって中を照らす。


「――ッ」


 そして飛び込んできた赤い車内と、濃厚な腐臭に息を呑んだ。

 無数の蠅が飛び交う屍肉が奥に転がっており、そして座席前方にはついさっき肉塊になったばかりの小さな子供のようなシルエットが転がっていた。


「隊長。ゴブリンを確認。一匹駆除」

『群れでは無く、か?』

「斥候の可能性もある。全員に警戒を」


 隊長に通信を入れつつ、拳銃からサプレッサーを取り外し、ポーチに入れつつ周辺に視線を巡らせた。


 ゴブリンは身の丈一mほどの小柄な人型で、そして森では食物連鎖の最下層に位置するほど脆弱だ。

 だが、個体の脆弱さと引き替えに、連中は数が多い。小規模な巣でも数百、他の餌にならずに規模が増え続けたら万に達する数の暴力を獲得する事がある。

 ヒグマ並の体格のオークであっても、7.62mm弾を頭部に集中射すれば容易に駆除出来る。すばしっこいコボルトも散弾銃のバードショットで脚を止めれば、あとは拳銃なりでも簡単に駆除できる。

 だが、ゴブリンは厄介の一言に尽きる。拳銃弾の数発で駆除出来る癖に、それが数百数千単位で襲いかかってくるのである。百発百中であっても、人一人が持つ弾薬は大体弾倉十個、三百発程度。一千匹を超える相手では、部隊単位であっても弾薬が足りなくなる。

 そうでなくとも、数十匹に囲まれてしまえば、数人では太刀打ち出来ずに連中に狩られる羽目になる。


『総員、ゴブリンの群れに警戒しろ。間違っても不意打ちで囲まれないようにな』


 ドアの窓枠に脚をかけ、屋根によじ登った宮川の手を掴み、同じく屋根の上に登る。

 そして、登り終わった後で、拳銃からサプレッサーを外し、それぞれホルスターとポーチに収めた。




 全てのトラックを調べるのに一時間を要したが、生存者は0。その内、トラック内で休息と『食事』を取っていたゴブリンは五十匹程。

 『はぐれ』とするには数が揃いすぎている。恐らくは他に獲物が残っていないか探していたのだろう。


「結論から言えば、キャラバンの構成員の内、『リスボン』した六十人を除いた百人ほどが行方不明になっていると考えられる」


 二号車の側面に設置された大型モニターを前に、鏑木が状況説明を開始した。

 路上に駐車した四台の多目的車両と、二台の大型輸送車輌に、二台の大型支援車両。そしてそれを囲むように折りたたみ式の簡易柵が設置され、各車両の上部には対物狙撃銃と、対戦車ロケット砲のコンテナが積み上げられていた。

 物々しいが、Aレックスの痕跡がある以上、当然の警戒か。

 そう考えつつ、視線をモニターに、UAVが感知した対人反応と、その周辺の赤外線や可視光線画像を表示する。


「数から言って、ほぼ全員がここに連れ込まれたのだろう。周辺に百匹ほどのゴブリンが警戒しているている事から、ここは数千匹規模のゴブリンの巣と考えられる」


 全員が総じて表情を歪めた。数千匹でも、五千匹を超える規模の巣であった場合、30人ばかしの部隊では荷が重い。本部の警戒と指揮に十人ほどが必要になる事を考えると、一人頭300匹程度を相手にしなければならなくなる。

 正直、中の生存者を無視して巣穴を毒ガスや火炎放射器で入らずに焼き払いたいところだが、この規模の巣穴は数百mにも達するため、火炎放射器は勿論、毒ガスも全体に充満させることは難しい。


「困難であることは承知しているが、だからといって援軍を要請し、Aレックスが付近で徘徊しているであろうこの地で数日間野営したいか?」


 規則上、30人の部隊は6000匹までのゴブリンなら駆除が可能とされているが、それはあくまで成功率がそこそこ期待出来る範囲だからで、『安全に』駆除が可能な数からは数千単位で開きがある。

 なので、この場合は援軍を呼ぶのが正道なのだが、それがシェルシティ近辺ならまだしも、シェルシティを繋ぐ街道で、双方の距離が千㎞程も離れている事実が重くのしかかる。

 整地されているとはいえ、所々に穴や泥濘がある街道ではおおよそ平均時速で時速三十㎞出せれば良いくらいであり、夜通し走っても三日はかかる。事実として、彼らは五日駆けてここまで辿り着いたのだ。

 その三日間、Aレックスなら容易く破れる簡易柵に護られつつ、数千規模のゴブリンの巣穴近辺で野営するのである。その間の精神的疲労を想像すれば、無数のゴブリンがひしめく巣穴を掃討する方が魅力的にさえ思えてくる。


「……」


 その場の全員が、重苦しい雰囲気で包まれ、それぞれが何か妙案が無いかと視線を見合わせ、最終的にはその視線は鏑木へと集中した。


「まあ、クソったれな状況だが、やるしかない。やり方はいつも通りだ。狙撃小隊で巣周辺の警戒してゴブリンを掃討。その後、十五名の突入班を投入し、内部を制圧する。突入班の現場指揮は宮川、各班毎に司令部から指示を飛ばす。質問は?」


 全員が、それ以上の案が浮かばず、黙ることで返答とする。


「よし。では突入班は対ゴブリン装備に変更。支援班は狙撃装備に変更し、ゴブリンの警戒を排除だ。数は多いが対応出来ない規模では無い。全員、今までの訓練の成果を見せろ。行動開始は一時間後だ」


 鏑木の檄に、隊員達が『了解!』と背筋を伸ばして返答し、すぐさま大型支援車両に駆け込んでいった。




 トレーラー内の武器庫を開き、自身の短機関銃を取り出す。

 一種類に統一されたアサルトライフルと同様、その種類は統一されており、それぞれが自身の好みに合わせたパーツが取り付けられている。

 そして、自身に割り当てられた棚から取り出したのは、初期型とされる固定銃床と着剣ラグが着いたUZI短機関銃と、フラッシュライトとレーザーサイトを取り付け、銃床に七発分の弾帯を貼り付けたベネリM4オートショットガンを取り出す。

 ラック内には、個人毎に区分けされており、その一つ一つにアサルトライフルやバトルライフル、スナイパーライフルやグレネードランチャーなどが鎮座してあり、完全に武器庫の様相をしていた。

 ちなみに、アサルトライフルや短機関銃が統一されているのは、弾倉や弾薬を共有するために複数種類を持つ事が出来ないからである。


「プレートは外して、代わりに弾丸は持てるだけ持っておけ」


 数百発の弾丸を梃子を利用した装填機で数十個の弾倉に詰め込んでいると、背後から宮川が声をかけてきた。

 何故かと聞くと、ゴブリンの装備なら防弾繊維で十分止められる上、必要以上の装備で動きが鈍るよりは、必要以上の弾薬を持って行った方が安全、と言うことだった。

 確かに、子供のような体格のゴブリンの刺突や斬撃にセラミックプレートは過剰なのはその通りだ。

 納得し、プレートアーマーからセラミックプレートを取り出し、他の面子が積み重ねたプレートの山にそれを置く。


 弾倉への装填を一通り終えた後、それらを弾薬ポーチに収めて戦闘ベストに取り付けていく。計十個、三百発分を身体に取り付け終わると、残りの十数個の装弾済みの弾倉を背嚢に押し込む。

 弾倉を使い切ったらここから取り出して補充する他、弾を使い切った仲間が射撃中に取り出せるように、である。

 それが終わると、左胸に五発弾帯二列で散弾銃のスラッグ(一粒)弾を十発、散弾銃の銃床の弾帯に七発、背嚢にバードショット弾五十発と、スラッグ弾を三十発。

 そして最後に、拳銃用の弾薬ポーチを右胸と左太股に計四つずつ取り付ける。

 拳銃用はそれ以外の弾倉は無いが、流石に拳銃を使い続けなければならないほど追い込まれたら素直に自決すべき状況だ。

 『いざとなったら自決する』。その思考に己の事ながら暗澹とした気持ちになるが、ともかく意識を取り直してそれ以外の装備――ケミカルライトや水筒、防毒マスク、銃剣を複数等々、装備一式と更にその予備――を装備し終わり大体の装備を調え終わり、最後にウェアラブルコンピュータのモニター兼用の防弾ゴーグルと軽量ヘルメットを被って完了。


「全員、準備は終わったな?」


 流石に手慣れたもので、彼の準備が終わった頃には他の隊員達は準備を完了していた。

 手に持つのは短機関銃では無く散弾銃、もしくはグレネードランチャーなのは、ゴブリンの巣に着く前にゴブリン以外と遭遇した場合に備えたものだ。Aレックスなどの大型獣には為す術が無いとはいえ、それ以外の人間より一回り大きい程度の中型獣を相手には効果がある。

 例外として、89式小銃に百発装填のドラムマガジンを取り付けた隊員が二人居る。規則により、機関銃の類いの携行が禁止されているため、フラッシュハイダーがマズルブレーキを兼務している八九式小銃は、機関銃の『代わり』として使われることが多い。

 似たようなアサルトライフル改良型の機関銃も禁止されているため、思想的に機関銃として『も』使えるように設計されている89式の多弾倉化でギリギリ許容範囲とされていた為、設計の古い64式共々使われる事が多い小銃である。




 準備が完了し、先行していた狙撃小隊と合流するため、徒歩で森へと進軍を開始する。

 車両を使いたいところだが、木の根が張り出している他、木々も密集しているため、徒歩以外は不可能であり、手持ちでは嵩張る装備を橇に乗せ、三人一組で五個運んでいく。

 中にある装備は様々で、伸縮式の簡易バリケードや爆破用の爆薬やバッテリー、そして最重要な超音波探査機等、予備も含めて大量に用意されている。

 それを大体1㎞先のゴブリンの巣まで引き摺って進軍するのである。疲れはしないものの、目的地に到着するまで一時間も必要だった。

 流石に鬱蒼と茂る森を進むのにうんざりしてきたところで、前方を歩く仲間が手を上げて制止するように指示する。


「……」


 その指示に、全員がすぐに橇の牽引を止め、近場の木々の根元に隠れる。


『味方だ。撃つな』


 こちらの警戒に、無線から声が聞こえた。

 視線を上げると、ギリスーツで樹上に殆ど同化した狙撃支援班が、ゴーグルのディスプレイに緑色の縁取りされて浮かび上がった。手には大口径遷音速弾を使う特殊消音狙撃銃のVSSヴィントレスを持っている。


「状況は?」

『警備のゴブリンは排除した。巣はここから五十m先だ』


 近いことに一瞬意外に思うが、この鬱蒼と茂る森の視界は十m程度しかないことを思うと、五十mでもそこそこの距離はある。

 そして、狙撃支援班に警戒を任せ、最後の準備にかかる。


 簡単に言えば、散弾銃の弾の脱包――未使用弾の取り出し――を行い、弾帯の弾をスラッグからバードショットに変更するのである。

 当たり前だが、スラッグ弾を装填したまゴブリンの巣に突入するわけにはいかない。

 そして、弾薬の交換を終えたところで、防毒マスクとヘッドセットを取り付ける。

 ヘッドセットは耳栓兼用で、音はマイクで拾って洞窟内の音を直接聞かないようにするためのものだ。洞窟内で撃てば、撃った人間だけではなく、近くに居る人間までも聴覚が麻痺しかねない。

 防毒マスクについては、単純にゴブリンの巣は酷い臭気の為、意識を保つ為にそうなっている。


 最後に、橇の荷物をそれぞれ背負い終わると前進を開始。木々の根元の陰に隠れた、二m弱の直径を持つ巣穴の入り口が見えた。


「簡易バリケードを構築、超音波探査機を準備」


 即座にその入り口を伸縮式のバリケードで封鎖し、巨大な機械を持った隊員がそれを下ろし、中心部の支柱のような円筒内に、赤で塗られた何かを設置し、封鎖。

 それは爆破による衝撃波を地面に撃ち込み、反射波で地中の組成を調べる超音波探査機であり、地面に突き立たせたそれを押さえつけるように二人が上に載る。


「やれ」


 宮川の指示の元、探査機上のカートリッジが爆発。衝撃波が瞬く間に地中に伝播し、内部の反射波を返していく。


『こちら本部。超音波探査機とのデータリンクを確認。マップデータを作成するので数分待機せよ』


 待機と言われたものの、全員緊張状態を維持する。


 警備の排除は消音狙撃銃でなるべく音を出さずに済ませたが、先ほどの超音波探査機の衝撃波はその都合上地底のゴブリンの巣までよく響くのだ。

 衝撃波に泡を食って中のゴブリンが出口に殺到するか、もしくはここ以外の出口から逃げて、逆にこちらを包囲する事態になれば、ミイラ取りがミイラになってしまう。

 移動よりも長く感じる数分間だったが、それも程なく終わった。


『解析完了。マップデータを全員にダウンロードした』


 本部からの通信と共に、上空の無人機を経由した無線通信で蟻の巣穴状のゴブリンの巣が液晶ゴーグルに表示される。


「巣穴に突入し、最初の広場エントランスに前線指揮所を構築する。支援班は帰還して本部の護衛に着け」

「了解。幸運を」


 宮川が示した巣穴の最初の広場が強調表示されたことを確認すると、グローブの操作端末でマップデータを縮小し、銃を握る手に力を込める。


「よし、突入開始」


 液晶ゴーグルにバックライトのカバーを掛け、暗視モードに変更。大人二人が屈んでギリギリ通れる巣穴へと突入を開始する。


「新人、お前は左に着け」


 振り返った宮川にそう言われ、首を傾げつつ言うとおりにすると、代わりに右に着いた一人がレッグホルスターと弾倉を外し、左右逆に着ける。

 そこで、漸く自身がホルスターを右腿に着けたまま右に着いていたことに気付く。規則として、閉所戦時は中央側の大腿にホルスターを着ける事が義務づけられていたが、うっかり忘れていたのだ。

 特に、二人がやっと通れるスペースでは、壁側にホルスターがあると、抜く際に壁に引っかかってしまう事故が起こるのだ。恐らくは、こっちが気付くか試されていたのだろう。

 そして、手痛い失敗をする前に、突入前に場所変更という方法で自発的に気付けるように仕組んだようだ。


 実際、無数にある教本の全てを実地で行うには、身体で覚えるしか無いのは誤魔化しようのない現実であった。

 そうして、初っ端から失敗して落ち込む新人を無視して突入が再開。綺麗に距離を開けた整列形態を取って中への突入する。

 洞窟内は森林部のジメッとした空気とは違い、湿度はあるものの若干ひんやりしていて、どこか薄ら寒い澱んだ空気が立ちこめていた。

 そして、ほぼ光源が0にも関わらず、洞窟の岩肌が若干発光している為、暗視ゴーグルで十分な光量を確保出来る。『ヒカリゴケ』というこの世界特有の苔らしく、ほぼ全ての洞窟で繁殖が確認される苔らしい。


「……よし、ここを拠点とする。バリケードを設置しろ」


 発光する壁面を観察していると、数発、イヤーマフ越しにも聞こえる発砲音が巣穴に響き、宮川の命令と共に最初の空洞に全員が突入。大体直径五〇m、高さ二m程の空間に出る。

 知識だと、エントランスと呼称される空間で、巣穴の外へ収奪に向かうゴブリンが集結する一時待機所だ。その為、千匹余りが集結出来るだけの十分な広さが確保されており、その分前線拠点としては十分な広さがある。

 宮川の命令に、即座に隊員達は持ってきた鉄条網等の簡易バリケードを取り出し、いつでも展開して封鎖可能なよう、全ての横穴と、そして入り口に設置。その後、宮川の命令で、横穴の一つと入り口を封鎖し、次いで肉眼での活動が可能なように、LEDランタンが複数灯される。


「まず横穴の掃討を行う、ここから下はその後だ。ツーマンセルで行動。住良木スメラギ、新人のお供は任せた」

「え? あー、ハイハイ。了解了解」


 指さされた一人が驚きつつも、溜息交じりに了承し、こちらに手を伸ばす。古参兵の女性で、少数の班長は出来ても、指揮には向かない性分であるため、万年曹長のあだ名を持つ人物だった。

 少なくとも、そのキャリアの長さから、恐らく宮川が一番信頼している人物でもあった。


「後方警戒と後詰めは任せて、アンタは前に集中して。銃剣は着剣しておいていいわ。ただ、振り返るときに私を切らないように」


 銃剣はゴブリン相手なら有効だが、彼らが持つ銃剣は刃渡り三〇㎝の大型のものが主流であるため、銃床込みで六〇㎝程度しかない短機関銃の長さの半分もあり、元のサイズの感覚で使うと、振り返った際に壁にぶつけて銃身を痛めたり、最悪味方に刀身が触れる可能性もあった。


「キミは左、私は右。横穴を見つけたら慎重に。この洞窟は土だから散弾銃の使い所は少ないから、非常時は拳銃を使って、質問は?」


 立て続けの指示に、理解に一瞬の時間をかけたものの、基本三つの指示であることと、洞窟内での基本の焼き直しであることを理解し、散弾銃の負い紐を締め直し、拳銃の位置を調整する。


「大丈夫ね? じゃあ、私たちの担当はこっちよ」


 満面の笑みの住良木に着いていき、横穴の左側で構える。この横穴もギリギリ二人が通れるサイズで、気をつけないと銃剣が引っかかる狭さだった。


「全員、通信をチェック。不良は居ないな?」


 その声に、全員が振り返ってハンドサインでOKを返す。


「宜しい。構造上はゴブリンの本隊は下だが、上層部に残しがあれば背後の危険も考えにゃならん。前哨戦だが気を張れ。もし、想定外の数に遭遇した場合は連絡しつつ撤退しろ。少数で無理して戦うな。……以上、行動を開始しろ」

「よーし、じゃあGO」


 かけ声と共に、腕を叩かれ、入り口に押し出された。





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