第二章1 セイレーンの翼
ミシェルに保護されたミオは彼が所属する組織で保護する流れになった。
「ごめん。サリエルを殺せなかった俺を許して欲しい」
「(ミシェルは何も悪くない。悪くない…困った。サリエルに言霊で命令されてからの記憶が何も無い)」
ミオが喋れないことに気付いたミシェルは今にも泣きそうな声で言った。
ミシェルはミオを抱えて離さない。ミシェルの身長は170はある。ミオの身長は変わらず140cm。
5年の月日が流れたというのは本当だろうか。それまで自分は何をしていたのか考えると恐ろしかった。
義光は周囲を見渡した。この世界に来てから初めて見るものばかりだった。
神殿。激しい戦闘の跡があり、柱が倒れ瓦礫が散乱していた。この場所もどこなのか検討がつかない。
青色の電子パネルが開く。
「ミシェル。はやく撤退しないとやばいぞ。ミカエルが作り出したピリットの大群がすぐそこまで来てる。」
「分かった」
男の声だ。若い男の声。声だけでは誰か分からない。音声通信のみだろうか。義光は電子パネルの方を見た。
幸いにも相手の容姿がわかるタイプの通信だった。青年は褐色の肌に銀髪が特徴的だった。義光はよくその人を知っていた。
「(ジェット・リブ…!彼は確か政府直属の独立部隊「セイレーンの翼」所属だった。戦艦ニーナのCIC担当オペレーター。未来予知が使えて、天気操作が得意な天才だ。種族はヒューマン。契約者で、地球人。…そうか、ミシェルは俺を助けるために軍に入隊したのか)」
通信相手のおかげで義光はようやく状況を少しだけ理解できた。
ミシェルの現在の所属は政府直属独立部隊「セイレーンの翼」。誰と契約して存在を保っているのかは不明。
彼がどうやって軍に入隊できたのかは想像できた。
神崎の事件のあと、「軍も兼務してる」と聞いていたミシェルはライベルトに軍人になることを志願した。サリエルからミオを助けるために。
日本の捜査一課には幸いにもライベルトのような軍を兼務してる人達は沢山いる。
元々訓練校に所属していたミシェルは勉学と訓練さえ熟せばノウハウをライベルト達から聞ける。
大学まで編入するように推薦してもらうことによって最短二ヶ月で卒業できただろう。
ジェットも義光と視線が合い、表情が変化する。
それはまるで大罪を犯した罪人に再開したような軽蔑するような瞳だった。
「本当に普通の女の子なんだな…。まったく違う」
「(えっ、あ、そうか。ジェットなら確かに何度も記憶がなくなる前の俺と会ってそうだな。俺は何をしたんだろう)」
ジェットの表情を見て、思わず義光は臆してしまう。
取り返しのつかないことをしてしまったような、この体はこんなに綺麗なのに5年の年月が風化させないと言わんばかりに襲ってくる。
喋れなくとも表情に恐怖の感情が出てしまってるだろう。
本当なら自らの命を捧げてでも謝罪しなければいけない場面で義光は怯えて震えてしまってる。
「ミオ。辛いかもしれないけれど俺もいるよ。少しずつ、現実を受け入れて行こう」
「ーーー!(涙が止まらない。なんで、え、俺は本当に、何をしてしまったんだろう)」
ミシェルが笑顔で、それでも寂しそうにミオの手を握った。
義光は涙が止まらなくなる。もし声が出たらミシェルに叫びそうになってただろう。
私は(俺は)一体どれだけの人を殺してしまったの(んだ)、と。
「大丈夫。俺達の箱船に行こう」
「(箱船…戦艦ニーナのことか。セイレーンの翼の拠点でもあり、惑星でもある、彼らの住処。)」
これから起きることを考えてしまい、義光は落ち込んでしまう。
ジェットが「殺戮マシーンが何もしないでこっちを見た」という表情でこちらを見てきた。
普段は温厚である彼でもこんな表情をするのだ。彼ら以外の人に会うのが怖い。
「移動するよ」
「(うん)」
義光が頷いたのを確認して、ミシェル達は今にも崩れそうな神殿を後にする。
ジェットが移動しながらでいいので聞いてくれと言う。
「初めましてだな。一応何度も君とは会っては居るんだが、その様子だと以前の記憶が無いことが確認できるな。例え管理者としてこちらのことを知ってようが、自己紹介させてもらう。独立部隊「セイレーンの翼」所属、オペレーターのジェット・リブだ。」
「(やっぱりいぃぃ!初対面じゃなかった。そりゃあの表情する!!ごめんなさい、ごめんなさい)」
喋れないハンデが益々誤解を与えてしまうのではないのだろうか。
焦りながら、義光はどういうジェスチャーをすればいいのか分からずどんどん表情を青ざめるしかなかった。
二人の表情から悟ってしまう。分かってしまう。
理解してしまうことがただ辛くて仕方がなかった。
「ごめん、ミオ。ほんとはきちんと再契約をしたかったけれど、時間がない。しっかり捕まっててね、舌噛むよ」
「(えっ、あ、速い!すごいミシェル、いつの間に高速移動ができるように)」
ミオを抱えたままミシェルは走り出す。青い光を纏って、高速移動に切り替えた。
あまりの速さに思わず舌を噛みそうになるが抱えられて余程のことがないと落ちないぐらい大事にされていた。
このまま行くと神殿の外に出れるらしい。
ジェットも指示を出す。
「10秒後、ピリットにエンカウントする!数10、どんどん増える!アージェリカは外に出次第飛ばす!持ち堪えろ」
「当然、それぐらいできないでどうする!」
壁をすり抜けて様々な形をしたピリットが出現する。どれも精霊型のピリットだ。
女性の容姿が特徴的なピリット。獣の形が特徴的なピリット。
精霊の翼がPNTウイルスにより突然変異したのだろう、巨大な天使のように見える精霊型のピリット。
得体の知れない巨大なクラゲの様な形のピリットが触手を伸ばして襲ってくる。
「■■■■ーーーー!」
直撃さえすればいいと言わんばかりに彼等は高速でミシェルと同じぐらい速く突撃してくる。
ピリット。それは精霊がミカエルにPNTウイルスを打ち込まれて遺伝子操作され創り出されてしまった生物兵器。
アージェリカ。それは対ピリットを想定して開発された有人兵器。コックピットは空洞になって人の意思のみで操作することができる。
「これでも喰らえッ!」
「(すごい、でもどうやってミシェルはこの力を…場所が天界だから地球と違って、能力を使用できるのか?)」
ミシェルは生身であるにも関わらずピリットの大群を器用に回避して突破する。
追撃もされないように砲撃も複数解き放ってピリットを迎撃する。
「脱出まであと100m!っ、10秒後には大型クラスのピリットが来るぞ!出現する前に脱出しろ!」
「相変わらず、無茶苦茶なミッションだな!ごめん、ミオ。さらに加速するよ!」
ジェットの言う通り、出口にはさらにピリットが出現する兆候が見れミオも本能で危険を察知する。
未来予知が本当なら大変なことだ。大型ピリットは皆70mクラスの巨体を持ち、飛べる。
有人兵器であるアージェリカの約5倍はある怪物だ。
それでもわかるだけマシである。
サリエルを封印した。ミオを取り戻した。それに反応した天使が何もしない訳がない。
それはミシェルも分かってる様子で高速移動の速度上げる。
ミオも含めて能力使用の反動が何もないのはミシェルのスキルによるものか、とにかく速く、超高速移動で凄まじかった。
「来い!!リジャック!」
大型ピリットが出現する前にミシェル達は神殿から脱出することに成功する。
アージェリカは転移する場所さえわかれば核となってるスフロン水晶を使って自由に行き来することができる。
ミシェルが叫ぶことによりリジャックは出現した。約15mはある機体だ。
アージェリカは機体の大きさでαとβに分けられる。
通常サイズのリジャックはβ型のアージェリカだ。
全般的に赤が特徴的であるアージェリカだがリジャックの機体の色は白だった。
「(リジャック、それがミシェルのアージェリカ。β型。俺がミシェルに出会ったことで生まれた機体)」
ミシェル達はリジャックに搭乗することに成功する。
「ごめん、ミオ。しっかり捕まってて」
「(これがリジャックのコックピット。すごく広い。そうだ、大型ピリットがすぐに来るんだ)」
その背後には70mクラスの宙を飛ぶ怪物がミシェル達を殺そうと、捕らえようと出現した。
降ろされた義光は反射的にミシェルを離さないと足元にしがみつく。
それでも間に合わなかった。
「■■■■ーーーーーーー!!!!!」
「まずい、奴らリジャックごとミシェルを地上に落とす気だ。ミシェル、ミオを離すな!!!」
リジャックに乗れたにも関わらず、70mを越える大型ピリットは追ってきたピリット達と共に容赦なく魔法を解き放った。
ジェットの忠告も虚しくリジャックはピリットが解き放った魔法に飲み込まれた。