第一章4 儀式
トレシィは神崎の実家に帰ってきたことを悟られたくないと言って再び姿を消してしまった。再び彼女の姿を見ることができるのはもう少し後のことになるだろう。
「まったく。勝手な奴だぜ。そういえば神崎。お前、兄弟は?」
「10歳年が離れた兄がいます。今はストリジアのエルサイアにいて、実家にいません。昔はよくしてくれました」
さり気なく聞いた質問だった。資料を流し読み程度しか把握してない彼女は、家系等は本人に聞けばいいと思っていた。
改めて十夜の話を聞いて、ライベルトは妙に納得してしまった。
「(なるほど。だから課長達はあまりこいつのことを疑ってないんだな。上の兄貴が後を継いでる可能性が高いから)」
エルサイアというのは国の名前だ。日本の太平洋側にある『塔コアスピア』を経由して惑星ストリジアに入り、行くことができる。また、エルサイアはライベルトが育った故郷だ。そのため、ライベルトはエルサイアの情勢はよく分かった。故に彼女はその兄が現在どうしてるのかも予想が着いた。
十夜も聞く。
「確かライベルトさんもエルサイアで育ったんですよね。トレシィとはそこで?」
「まぁな」
十夜の発言に、トレシィから私達の関係を聞いてないのかとびっくりするも彼女の性格を思い出したライベルトは「そういえばトレシィは聞かないと話さない奴だった」とがっくりする。
「お前、私の使えるスキルについては知ってるか」
「えっと、基本的なことなら存じてます。あなたは死ねないっていうスキルを持ってるんですよね。他にも超能力をたくさん使えるんですよね」
「意味も理解してるか?」
「とりあえずは理解してます。デメリットのことですが、もし戦闘になってもトレシィがなんとかしてくれますから大丈夫です。」
「ならいいんだが、後から文句言うなよ。本当に」
神無月達とは付き合いが長い博士だが、一緒にいながら十夜とはあまり話したことがなかった。
不思議に思いながら十夜と話を続けた。
「地球に来て長いんですね」
「長いな。生まれてからずっとエルサイアで仕事してたが、それも昔のことになるな。地球での暮らしも今年で35年目だ。日本が中心だが、仕事だとロシアとかベトナムとかが多いぜ」
ライベルトの容姿は多く見積もっても三十代後半だ。エルサイアでもずっと働いていて、地球でも長く住むと言われ思わず彼女に「何歳ですか」と聞きそうになった。さすがに失礼になるからか、十夜は別の質問をする。
「ライベルトさんの種族ってヒューマンですよね?」
「それもトレシィに聞いてないのか。私は種族、ヒューマンじゃないぞ」
見るからにヒューマンの容姿であるのに、そうではないと叱責されてさらに十夜は驚く。だから見た目の容姿よりも若く見えるのか等納得する。
「はぁ、行くぞ(こいつ、透視能力で心ん中見てみたが嘘言ってねえ。ほんとに兄貴の方が怪しいな)」
「分かりました」
ライベルト達は電車を使い、C地区の教会に向かう。ライベルトは契約者で様々な超能力を使う。その変わり、魔術や魔法を使えない。
一方で、十夜が得意とする能力は魔術だ。ライベルトのように超能力は使えない。魔法や、錬金術も使えない。戦力としては十夜の方が劣った。アンバランスであるが、今回は戦闘はしない予定の編成だ。ライベルトが持ち前の経験で補う。
「変ですね。いつもなら誰か出迎えてくれそうなんですけど」
「いつも出迎えてくれるのは誰だ?」
教会について、あまりの静けさに驚く。もう時刻は夕方だ。十夜によると親族以外にも男性の牧師が数名いるのだと言う。
「爺さんが、よく出迎えてくれましたが...!」
扉を開け、礼拝堂に入ると血臭に思わず吐き気を感じる。70代半ばだろう、男性が血を流して倒れていた。腹部からの出血が激しい。
「ごほ、ごほ」
「まだ生きてる。治療する。神崎、お前は応援を呼べ。予想が正しければ、このままだと増援も必要な案件だ」
「爺さん...!!っ、了解です」
ライベルトは能力を使う。淡い炎が森柚輝の傷を癒す。彼女は元々エルサイアでは軍医だった。医療知識は充分ある。衣服で隠れて分からなかった首元にある首輪を見て、ライベルトは状況を悟る。
「ゴホッ」
普通ならば完治するはずのそれも治療が間に合わず彼は大量に吐血した。それどころか全身がパラパラと割れる。
「ーーーダメか!」
もうそれは人でないことをライベルトは悟り、サイコキネシスでそれが出てくる前に切り裂く。何故、いつもこんなに間に合わないのか。ライベルトは歯を噛み締めながら、それを処分する。
「ライベルトさん、やられました。連絡できません。」
「あ?まじかよ」
ライベルトも通信用のデバイスを使ってみるが、エラーで使えないことが分かる。同時に、ライベルトの能力の一つである瞬間移動も使用できないことがわかる。
「結界を張られたな。これはもう外にも出れなくなってる可能性が高いーーー」
自分でも驚く程に、視界が真っ暗になったのが分かった。思ったよりも相手の方がタイミングが速かったようだ。ライベルトは無罪であろう十夜の無事を願った。
ーーー儀式用の祭壇にご招待ってか?よくやるぜ。この時ばかりはトレシィから貰ったスキルに感謝だ。
目を覚ますと、そこは異界だった。建物のデザインから、先程の教会と場所が変わらないことが分かる。違うところは、極端に空気が濁っていること。蒸せるような悪臭。建物は腐っていた。血痕があちらこちらにあった。既に大勢亡くなっていることを悟らせる。
すると、ライベルトの透視能力と複合している過去視が強制的に反応を示した。
「(これは…そうか、周囲の人工精霊が当時のことを私の能力を使って見せてくれてるのか)」
佐藤係長が生き残りの子供達を連れて教会を脱出しようとする光景。
すぐそこまで迫ってくるチェンソーを装備した人型の魔物。
「大丈夫だ。絶対、ここから助けてやるからな」
「だ…め……」
その時には既に佐藤係長は右足を骨折し、打撲も負っていた。
連れていた子供も既に重傷だった。佐藤係長は契約して得たパイロキネシスを使って魔物を追い払っていた。
「私も、もう彼らの仲間だから」
子供の身体が崩れていく。パラパラとパズルのように崩れて、そこから魔物が生まれた。
そこで過去視が終了した。
「ミシェルちゃん、こっち!」
「うん!」
「(あっ、まてこら。そこで終わるんじゃねぇ。佐藤係長を殺したのは結局誰なんだよ!)」
足音と、チェーンソーの音。子供の叫び声で距離もそんなに離れてないことを知る。ガタガタとドアを開けようとする音が聞こえる。
「(そっちの方を優先しろってか)」
ライベルトは扉の方を見て、警戒した。
「(これでダメなら、こじ開けるのみ!)ウパルク!」
「すごい!ミオちゃん、ありがとう!」
義光が風の魔術で無理やりドアをこじ開ける。チェーンソー男から逃げてきたミシェル達だ。
ミシェルを連れて、ライベルトの姿を確認した義光は心の中でガッツポーズしながら彼女の所まで駆け寄る。
渾身のお願いをした。
「助けて。このままだと私達、殺されちゃう」
「(おいおいマジか。佐藤係長を追っかけ回してた奴じゃねーか!)」
ライベルトは彼女達を助けない理由はなかった。何故なら目の前に佐藤係長に重傷を負わせた犯人が来たから。
チェーンソー男が吠える。しかしライベルトは億さない。
「がぁっ!!」
「こちとら仇撃ちだ。よくもうちの連中巻き込んでくれたな!」
チェーンソー男がチェーンソーを振り回しながらライベルトを攻撃する。
それを容赦なく、ライベルトはサイコキネシスで迎撃する。チェーンソー男は一瞬で消滅した。
「…!」
すると、再度ライベルトの過去視が発動した。
「ーーー(辛かったな。佐藤係長、確か子供好きだったろ)」
佐藤係長がパイロキネシスを使って魔物になってしまった子供を殺害した映像が流れる。
こういうことになるのは珍しくない。ライベルトにとってそれは見慣れた光景だったが、彼のことを思うと胸が痛くなった。
「くそ、こんなことをするために刑事になったんじゃねぇんだ。俺は、パイロットの適性が無くとも少しでも人の役に立ちたかったのに」
地上に繋がってる地下通路を見つけることに成功した佐藤係長は傷だらけになりながらそこを通る。
パイロキネシスを使って魔物を倒す。
そしてやっとマンホールを使って地上に出れたと思ったその時だった。
天使が佐藤係長を魔法を使って全身を鋭利のようなもので切り裂いた。
堕天使サリエルだ。
「行方不明の子供を探して辿り着いたプロテスタント教会は隠れミストルンだった。せっかく用意した生贄をかなり殺してくれた。だからこれは罰だ。だよね、白夜君」
「…」
そこには十夜にそっくりな青年が佐藤係長の遺体を見ていた。
「(なっ、十夜ーー?!いや、サリエルは白夜って言ってるな!また別人か)」
「あ、あの。大丈夫ですか?」
ライベルトの過去視が終了する。ミシェルに話かけられ、そういえば助けて欲しいと言われたんだったと直前のことを思い出した。
「大丈夫だ。あんた達の方は?」
「なんとか、大丈夫です。ほんとにあと少しのところだったんです。」
「助けてくれて…ありがとう…(ギリギリだったせいで、博士に会えた実感薄い。あーーせっかく、博士に会えたのに、まだ頑張らないといけない。彼女のスキルの巻き添えだけは勘弁だ)」
義光は慣れない魔術の行使にすっかり体力を消耗させていた。本当に走ればいつかは遭遇できると信じての逃亡劇だった。チェーンソー男だけは撃破して貰い、自分達はさっさとこの異界から逃げるのが義光の目標だ。この場に長居をするのは本当に危険なのだ。
「怖かったな」
「ふぇぇぇ」
ライベルトは彼女達を慰めようと、まずはミシェルの頭を撫でた。余程怖かったのだろう、ミシェルはボロボロと泣き出した。
「あと…もうひと踏ん張り…(あー、もっと元気付けたいから喋りたいが、これが限界かぁ。はぁ)」
「うん。はやく、帰りたい。ひっぐ。アスカ君のもの、何もとってこれなかった」
義光も泣いてるミシェルを慰める。義光はミオの性格につられて、あまり自己主張をすることができない。小学生になってから前世の記憶を思い出したことによる弊害だ。彼女は無口な性格で、義光がどんなに心の中で男性口調で話しててもいざ喋ると無口な子供口調になってしまう。
ライベルトもミシェルの話を聞いて状況を大体察する。確認のためにライベルトは2人に尋ねる。
「二人とも、ついさっき契約した感じなんだな。ほんとに、あの魔物を相手によく生き残れた。二人とも訓練生か?初級魔術とはいえ行使するのは大変だったろう」
「はい、ひっぐ。えっと、ミオちゃんは分からない。さっき出会ったばっかりだから。でも、ほんとに、ミオちゃんも、かっこいいお姉さんも、ありがとうございます」
ミシェルが泣きながら言う。ライベルトは久しぶりに他人から褒められて苦笑いする。
「(かっこいいって、おいおい)話せるか。この事態を解決するのに必要なことだ」
「...私から、話します。(最初にミシェルに話させるのはかわいそうだしなぁ)」
ミシェルの精神状態に配慮して、義光から先にこれまでの経緯を話した。学校の帰り道で転移タイプのトラップを踏んでしまい、ここまで飛ばされてしまったこと。学校は普通校で、魔術に詳しいのは親が軍人でそういう本を読んだことがあるからと言えばミシェルは納得してくれた。
「魔術とかも全部家にある本で...分かったの...」
「そう、だったんだ。いきなり契約しろとか魔術を使えちゃうから、訓練生なんだと。年はいくつ?私は精霊だけど、生まれたばかりでまだ10歳なの」
「あ、同い年、だったんだ...」
義光はミシェルの設定を思い出した。年齢に関してすっかり忘れていたのである。
彼女、ミシェルは本編だとすぐに死んでしまうキャラクターだ。
彼女は姿を自在に変えることができる。他人の願い「そうであれ」という思いから姿を得る。彼女の成り立ちは現象に近いだろう。魔法や魔術の源。この世界であればどこにでも存在する、塔コアスピアから生まれた姿の見えない精霊を人工精霊と言うが、彼女の正体はそれである。精霊のクラスも現象で人の姿を一時的に保っているだけであるので、中級精霊の扱いだ。
「その人」がいなくなり、本来なら消滅するはずの彼女は、魔物の力を得ることでその現象を契約がなくとも確立させてしまう。彼女はドラゴンや騎士、巨大な獣になり蹂躙した。
最後はライベルトや合流したミノルが彼女を足止めし、ユナという精霊術士が周囲の人工精霊を停止させた上で魔物の力を浄化することにより「ミシェル」という現象を停止する。ライベルトの様子を見る限り、二人がこちらに来てくれる確率はかなり低いと予想できる。
それまでに大勢の一般人が亡くなってしまうので、彼女を助けられたことはとても大きな成果だろう。
「同級生?えっ、嬉しい!これからも、よろしくね。ミオちゃん」
「うん」
少し落ちついたミシェルが嬉しそうに言う。ミオが自分と同級生だとわかり、笑顔が戻った。