第一章3 捜査開始「警察と軍」
白い結晶がぱらぱらと地面に落ちる雪の中、そこには一人の男が血を流して倒れていた。その男は右足を骨折した跡があった。複数打撲した跡があった。何もかもが血で汚れていた。ようやくそこから逃げれたのに、全身を鋭利なようなもので切り裂かれて即死したことが鑑識によって判明した。
捜査会議室。そこでは複数の人が集まっていた。捜査資料が電子パネルに表示した。捜査一課の東阪課長が状況を説明する。
「捜査一課の佐藤晴人係長の遺体がB地区の住宅街で発見した。鑑識の結果、犯行は堕天使サリエルによるものと断定。殺害現場は遺体発見現場で間違いないだろう」
会議室には沢山の職員が出入りしていた。鑑識や捜査一課、さらに協力を依頼した科捜研もいる。佐藤晴人係長は、契約者で若手を教育する立場の人間だった。推理の勘も良く、今回も幼児の行方不明事件を捜査中に起きたものだった。彼の死を嘆く者は多い。
そして、堕天使サリエルの名前を聞いて顔を顰める者もいた。25年前の終末戦争で、家族を殺された者、被災してケガをした者等が存在するからだ。東阪課長は話を続ける。
「佐藤係長の衣服に、他者の血痕、それも複数が大量に付着していることが判明した。戦時中ならまだしも、発見したB地区でそのようなケースが起こることは非常に稀だ。どこで、何を見て、何をしようとしてサリエルに殺害されたのか、軍に事件内容を引き継ぎをする前に我々で解明する必要がある。まずは、科捜研から提供してもらったこのデータを見て欲しい」
電子パネルに、今回の事件に関連する行方不明者リストのDNAサンプルと、佐藤係長に付着していた血液とDNA結果が一致したという資料が表示される。それを見て他のメンバーも、行方不明者が生きている確率が絶望的であることを察する。
「鑑識の透視と念写結果、行方不明者が事件に巻き込まれ既に死亡している可能性が判明した。より具体的に調べるために科捜研に依頼した。すると他にも衝撃的なことが分かった」
電子パネルに、教会と鑑識の捜査員が念写した写真が表示される。念写した写真は行方不明者が監禁、及び殺害された写真だ。それを科捜研が特別に開発したマップに照らし合わすと、その現場が教会と一致するのだという。
「そんな馬鹿な話があるか、そこはプロテスタント教会だぞ。しかもそこはC地区だ。B地区からかなり距離が離れている」
ざわつく。会議室のメンバーにとって、そこはよく見知った教会だからだ。
黒髪の青年、瀬戸神無月が言った。彼は捜査一課に所属する刑事だ。佐藤係長の後輩だ。彼はまだ十八であるが、刑事になってから三年が経つ。そんな神無月の声を聞いて、ごほんと東阪課長は咳く。
「科捜研が開発した念写専用の用紙については知っているかね?」
「分かりますよ。用紙にはスフロン水晶が使われていることや、コアスピアを経由して念写されたものがどこにあるのか、専用のマップと照らし合わせるためにその用紙が開発されたことぐらいは。だから、佐藤係長がそこに行ったことは否定しません。ただ、どうしても衝撃が隠せれません。あそこにはそんなところがあるふうには思えない」
神無月はその教会をよく知っていた。
何故ならその教会は、同僚である神崎十夜の実家だったから。二人は訓練校時代からツーマンセルでチームを組み活躍していた。お互いの実家についてもよく理解していたのである。当然、それについて東阪課長は把握済みである。
「青二才がでしゃばるんじゃない」
「いっった」
神無月が言った言葉が失礼だと思ったのだろう、捜査一課の藤堂警部が彼の頭を叩いた。
「今のはよくなかったな。今回の事件、課長も言ってるだろ。俺達じゃお手上げだってな」
「えっ、木村さんまで」
「静かにしたまえ、静かに」
その隣にいた木村も小声で神無月に話す。木村は佐藤係長とよく行動していた。それは藤堂警部にも言えることであるが、彼に会ったのは木村で最後だった。佐藤係長が亡くなった件について一番悲しいのは彼のはずである。藤堂警部は再度静かにするように言う。
「失礼しました」
「…」
藤堂警部は神無月を座らせた。
「今、神崎巡査の住所はこの付近のマンションだったね」
「はい。訓練校に入学してからずっと暮らしているマンションです。実家にはしばらく帰ってません。正月に顔を見せるぐらいですかね」
頷きながら東阪課長は話した。
「神崎巡査。君は今回の事件で、何か思うことはあるかい?経歴を調べてみたら、君の家はこの資料にあるプロテスタント教会だそうだが、君の家系は代々エルネアの血が流れてるそうだね。このことに疑問を感じたことは?」
突然のカミングアウトに十夜は驚く。
エルネアという名前は種族名だ。正式名称はエルネアの民。塔コアスピアを経由して異世界ストリジアで生まれた吸血鬼のことを指す。塔コアスピアは日本の太平洋側に紀元前から存在する。この世界の住民にとって当たり前に存在するものだ。
彼の家系は東阪課長の言う通りエルネアの血が代々流れている。しかしそれは血が薄く、彼らは吸血鬼としての性質を持ち合わせてない。普通の人間と変わりない。
十夜はまたかと呆れながら言った。
「母にも血筋のことについて聞いたことはありますが、家はハグレだからねということしか教えてくれませんでした」
「ハグレというのは」
東阪課長が尋ねる。何故エルネアに東阪課長がこだわるのか、理由があった。
エルネアの民は、代々ストリジアの宗教「ミストルン」であることが多い。ミストルンは、彼等にとって救世主である天使ミカエルを崇拝する宗教だ。
しかし、25年前の終末戦争において天使ミカエルは様々な民を滅ぼした。世界の反感を買った。結果、その戦争を堺にエルネアの民以外のミストルン信者は激減した。
「ミカエル様は間違っていない。悪いのは世界の方だ」
それでも熱心な信者は存在する。それが異様にミカエルに対して恩を感じてるエルネアの民である。進んでテロ活動を行う者もいる。そんな彼等を政府は「エルネアの狂信者」と呼び全世界に対して指名手配を行っている。
「家は他の民とは関係ない、という意味だと思います。親戚付き合いも、あまりありませんでした」
「ふむ…(やはり、彼自体は白か。彼はあの教会では次男だ。長男が引き継いで、ミストルンの教えを彼は受けていない可能性があるな。)」
「(その可能性は高いですね、課長。同じ仕事をしてる柄、彼にそんな一面があるとは思えません)」
「(そうだと信じたいところだな。)」
要は、十夜の家系は少しでもエルネアの血が流れているため、隠れミストルンではないかと警察から疑われているのである。エルネアの狂信者だとバレないように、キリストであり続けようとする慣れの果てだと。東坂課長は木村に周囲には聞こえないよう専用のデバイスを使いながら会議を進めた。木村は巡査長に所属する刑事だ。佐藤係長の死を嘆いて調査を進めていたのは主に彼である。すると、十夜の背後に今まで姿を消していた金髪の幼女が姿を現した。
「その件については、何度も申し上げました。教会の見取り図もそちらにあると思います」
「トレシィ」
「久しぶりね、神無月君。元気してた?」
「戻ってきてたんですね」
彼女の名前はトレシィ。十夜の契約者だ。付喪神だ。神無月も彼女とは訓練校からの付き合いで仲がいい。
彼女の力は強力だ。対価さえ支払えば願いを叶える性質を持つ。『願い屋』という異名を持つ彼女はアイテールの性質を持ち、この場の誰よりも年長者だ。彼女は十夜が契約する前から国と協力関係だ。国との信頼は厚く、十夜が刑事になることができたのは彼女の証言のおかげだ。
「それも確認した」
「念写と該当する部屋はありましたか?」
「存在しない」
トレシィの問いに東阪課長は首を振る。木村が反論する。
「きちんとした建築データを願い屋とまで政府から言われてるお前が提出するわけがないだろ。部屋の内装なんかは幻術でいくらでもカモフラージュ可能だ」
「その手のことに関して彼女が得意だってことは分かりますけれど、本当に何かする時はこういう会議で話題にすら上がらないようにすると思いますよ」
「あら、よく分かってるじゃない。そうよ。私がこの手の仕掛けをするならこんな簡単に気付かれないようにするもの。当たってるわよ、神無月君の推理。」
「はぁ...」
神無月の反応を見て木村が思わずため息をこぼす。元々白と見ている分、何か今回の事件の情報を願い屋が持ってるか聞きたかっただけの木村は外れかとがっくりした。トレシィは口が堅い。ちょっと揺さぶったぐらいでは神崎家について聞き出せれないだろう。東坂課長が言う。
「今回の事件は完全に我々の管轄外と言ってもいいほど不可解なことが多い。現場に突入しても、佐藤係長のようにサリエルに殺害されてしまう可能性の方が高いだろう。しかし、この捜査一課にはこの事件において唯一の手掛かりといいと言ってもいいほど関係者が存在する。それが神崎巡査と願い屋トレシィだ。彼らなら、現場に入ってもいつもの家に帰るのと変わりない。そこで暮らしてた者なら異変には巻き込まれない可能性の方が高いだろう。依頼してもよろしいかね。神崎巡査。」
「私は構いません。少しでも事件解決に繋がるのなら」
十夜は調査について了承する。それを聞いて神無月が十夜を止めようとする。
「十夜、お前それ分かってて言ってるのか。真相が分かったらサリエルに殺されるかもしれないのに」
「わかってる。わかってるが、何もやらないよりマシだ。だから今回は俺とトレシィだけで行く。神無月はまっててくれ。巻き込みたくない」
「十夜…!」
「ごめんね、そういう訳だから留守番よろしくね。大丈夫。今回はきちんと強力なスケットもいると思うから」
「強力な、スケット…?」
神無月が十夜が捜査に協力しようとして止めようとする。その反面十夜はこの事件を解決したいと願っていた。佐藤警部補に様々なことを教えてもらった。仇をとりたい気持ちがあった。疑われている以上、調査に協力するのが一番いいと判断した。トレシィの予想通り東坂課長は頷いて言った。
「今回の引き継ぎのための調査だが、こちらからは調査待機中のライベルトに派遣を要請しよう。それでフェアになるのではないかね。願い屋トレシィ」
「あら、十分すぎるぐらいよ。彼女がいるだけで対価の条件はばっちりコンプリートしてるわよ。その代わり、何か起きても文句言わないでよね」
「本人さんは寝てるみたいだけどな」
オレンジ色のサイドポニーテールが特徴的な女性、ライベルトは会議の内容を聞いていない。途中から面倒くさくなったのだろう。会議室の後ろの方で机に足を立てて寝ていた。彼女の名前を聞いた神無月が、彼女の方を見て思わず言った。当然ながら、様々な声が聞こえてくる。
「神殺しと願い屋の組み合わせはよくない」
「何を考えてるのだまったく」
「ん?呼んだか。周知の事実だと思うが、私にできる仕事は単独任務だけだぞ~。それ以外は却下だ」
神殺しというのはライベルトの異名だ。ライベルトだけでなく他の刑事も不満そうだ。急に皆が自分の二つ名を次々に言うので、眠そうにしながら、ライベルトは言った。
「それでもだ。今回君より適任だと思われる東阪ミノルが軍の任務で不在でね。我々もこの件はある程度調べた後に軍の方へ引き継ぐ予定だ。今回の事件は本来、我々の手に終えるものではないのだ。上も分かっててこの件を引き受けた。亡くなってしまった佐藤係長のためにな。今回の事件は君の山だよ。今回は刑事としてではなく、軍人として君に任務を与えたい。肩書きも東京都警視庁捜査一課所属、ライベルト巡査ではなく、本来の君の役職である独立部隊セイレーンの翼所属、ライベルト大佐としてね」
「なんじゃそら」
空いた口が塞がらないというのはこのことか、ライベルトは思わず愕然としてしまう。警察の範疇を超えてしまうような事件はこの時世、得に珍しくない。軍に引き継ぐために軍から派遣された者が現地調査するのはよくあることだ。
しかし、時には相性というものがあるためライベルトは今回選ばれないだろうと思っていた。彼女は言わば疫病神と言われても仕方ないような単独行動に特化したバッドステータスを常に保有している。
スキル「あなたは死ぬことができない」
このスキルは戦闘中のみ発動する。自分が死ねない代わりに、他者が次々不幸な目にあい、最悪ライベルトの代わりに死んでしまうというものだ。
それを承知で東阪課長は自分に依頼してきてるのだと。思わず神崎の方を見た。彼も、その友人も自分のことを他の古い友人の真似をして博士と
呼ぶぐらいには、ライベルトのスキルについては知ってるはずである。
「大丈夫です。彼女が同行することに関してはトレシィがいるので問題ありません」
「確かにトレシィのスキルなら博士のスキルも一時的になら無効化できるか…?今までずっと不在で役に立たなかった二人がついに活躍する…?」
反論されるどころか十夜と神無月、二人から馬鹿にされながら歓迎されライベルトは面を喰らってしまう。
「そういう問題じゃないんだぞお前。あとあまり奴を信用しすぎるな痛い目見るぞ」
「何を思って言ってるのか分かりませんけど、あまり彼女をバカにしないでください。怒りますよ。彼女と契約してる身としては不愉快です」
「えぇ...。まぁ、バカにしたのは謝るよ。すまん」
神無月がトレシィを馬鹿にするのはいいのかと困惑しながらライベルトは謝った。
「あら。あなたが謝るなんてレアな光景。十夜君、素敵でしょ。」
「なんとなく分かったような気がするよ。お前がこいつを契約者に選んだ理由」
「そういう訳だ。神崎巡査にはすまないが彼女と一緒に軍に引き継ぐまで事件調査に当たって欲しい。実力はこの中では一番だろう」
自分ではなく、8年前「ジャンヌ・ダルクと緑の雨」で生き残った当時7歳だった天才少女東阪ミノルが調査をしてくれるとライベルトは思っていた。彼女は階級も中佐と実力だけでなく軍としての立場としては申し分ない。てっきりそんな彼女と十夜とトレシィ、神無月が事件を解決してくれるのだと思っていたライベルトはがっかりしながら資料を見直しつつ、捜査に出掛けた。会議は捜査のため一時解散となった。