第二章15 それは西暦2087年に起きた冬のこと
その日はとても寒い、クリスマスの日だった。
西暦2087年12月25日。私の父、後藤哲也は戦艦アルテミス所属、第4部隊隊長として最前線勤務だった。
13年前と言えば、私がまだ7歳の時だった。父の帰りを家族みんなで、楽しみにして待っていた。
ーーー結局、父は帰って来なかったけれど。
私はどうしても許せなかった。父を見捨てたあの人達に復讐すると心に誓った。
どうしても理解できなかった。なぜ、父ではなくて、父の部下だったあの二人は生き残ったのか理解出来なかった。
天才と呼ばれたからあの場所に居たんだよね?そう、何度も彼女に怒りをぶつけた。
私は東阪ミノルとギラン・ニフルヘイムを許さない。
そして、この世界の運命を、父が死ぬように設定した加藤義光を絶対に許さない。
この手で全て無に返す。絶対に許さない。
だから私は、後藤カノンはアイナ・デメテル・テスモポロスと契約した。
この世界は脆くて、儚い。
全て、滅ぼしてやる。
■
コアスピア基地の海上は緊張した状態が続いていた。
コアスピア基地は、コアスピア基地と呼ばれるだけあって塔コアスピアから距離がそんなに離れていない。
塔コアスピアが定めた条約の関係で、天界もピリットも人類もこの付近で戦闘行為をするのはなるべく控えるのようにしていた。
皆、恐れているのだ。塔コアスピアの管理者による仲裁を。何故ならそれは全てを無に返す勢いでやってくるからだ。
現在の塔コアスピアの管理者に一般市民を巻き込まないように仲裁を降す理性は残ってない。
天使ミカエルがPNTウイルスなんていう生物兵器を使ってジャンヌ・ダルクを感染させ彼女の理性を崩壊させたから。
彼女はただ、条約に従うしかない機械に成り果てた。
「やはり、奴らの目的は管理者かのう。後藤カノンの阿呆のことじゃ、管理者を殺せばこの世界の運命を変えられるとでも思ってるのじゃろうな」
「我が孫のことながら、何も反論できんな。こればかりは」
そんなリスクを背負ってでも、彼女がこの場所を戦場に選んだのは、加藤義光と瀬戸ミオという殺しても足りないぐらいの、この世界において最も儚くて尊い、神々しい存在があるからと推測は容易かった。エルサイア防衛戦で衝突がなかったのは、ミカエルとサリエルのせいでアイナ派としても利害が一致していたため、下手なことができなかったからだと予測できた。
戦艦アルテミスの艦長、安藤俊則はアルテミスの言葉に間違いはないと推測に同意した。
「ーーーーーー」
「此処には一歩も侵入を許さないわよ。一網打尽にしてあげるんだから!」
既に大型ピリットが海上からコアスピア基地に侵入しようとしている。
コアスピア基地の軍隊が、デウス・エクス・マキナが操縦するα型のアージェリカを筆頭に大型ピリットを誘導していた。
大型ピリットのそれは、精霊型でプロトタイプと呼ぶに相応しい物だったが、本当に巨大だった。130mにもなろうとするその巨大さは、同じように巨大を誇るα型アージェリカでも対処しきれないほどの大きさだ。
サソリ型も100mと巨大であったが、こうして間近で見るとその迫力差は歴然だった。
「フロンティス流の真髄を見せてあげましょう」
それでも生身で、マキナと共に大型ピリットを迎撃するエルフの姿があった。
アージェリカにも乗らずに、空中を飛ぶ彼女は大型ピリットにとって豆粒にも等しい。
彼女は堂々としていた。
彼女、サラ・フロンティスは世界的にも拳神と呼ばれる武術のスペシャリストだ。
そして彼女は瀬戸一彦と契約している関係だ。
あの病院では姿を見せなかったが、こうして塔コアスピア付近の戦場では防衛のために度々姿を見せる。
青色のオーラを纏って彼女は大型ピリットに超高速接近した。
「ーーー!!」
「フロンティス流「蒼の型」!!」
彼女の攻撃はあっという間に、大型ピリットが反応する前に巨大な体に風穴を開けた。
衝撃に耐えきれずに大型ピリットは海上に倒れていく。倒れた衝撃で津波が発生してしまうため、サラはさらに追撃する。
「喰らいなさい。「オメガ砲」!」
周囲に散らばるオーラを超高速で収束させ、直径50mは下らない大きさの砲撃を大型ピリット目掛けて命中させる。
「ーーーーー!」
それはアルテミスが以前放ったウエルブレイカーにも劣らない威力を誇る。
周辺地域の被害を最小限に抑えるためにサラが修行して得た能力の一つだ。
二体のうち一体の大型ピリットが、拳神サラによって消滅した。
「次、どんどんかかってきなさい」
「さすがサラちゃん。やるねぇ」
その光景を戦艦アルテミスでも確認する。
オペレーターの雪平白が報告する。
「大型ピリット、プロトタイプ1体目消滅確認しました」
「了解じゃ。先を越されたの。俊則、今回の編成はどうする。隔離結界は発生しておらぬが、今回はあやつが来るかも知れんぞ」
アルテミスの言葉を俊則は理解したのか頷く。相談した後、俊則は次々に指示を出していった。
「第一部隊、第三部隊、ミシェルも発進せよ。周囲のピリットを駆逐せよ。後藤カノンを見つけ次第、説得及び捕獲せよ。第二部隊はデメテル神の襲撃に備えてアイテール少将はクイーンのコックピット内で待機。オリバー大佐と整備隊は隔離結界発生に備えて警戒せよ。翔一の侵入に警戒するように」
「了解」
戦艦アルテミスのメンバーはもう何度も天界のデメテル派とは交戦している。
今回のピリットも、自然発生したものではない。デメテル派がピリットを操って襲撃をしてきただけに過ぎない。
大型は2体だけであるが、あちらが劣勢になればなるほど、ピリットの数も増えて行くだろう。
方法が一緒とは言え、相手も馬鹿ではない。持久戦はどちらかと言えば向こうの方が得意だろう。
「各自、戦闘開始!」
安藤俊則の言葉が戦場に響いた。
■
「(カナン……!お姉ちゃんが、迎えに行くからね…!)」
カナンはこの時をずっと待っていた。
戦艦アルテミスのメンバーは何度かカノンを相手に戦闘をしたことがあるが、彼女は今回が後藤カノンを相手に戦闘をするのが初めてだ。
サソリ型戦での怪我もこの一週間ですっかり完治した。
みんなを護る、能力(防衛プログラム)はしっかり機能している。
カノンの双子の姉として、13年前のあの日何が起きたのかカナンは一番理解していた。
だから神であるキリナと契約することができたことも理解していた。
「見つからない…一体どこに?」
「気持ちは分かるが、前に出過ぎるな。囲まれたら集中攻撃を受けるぞ」
α型アージェリカ「プロテクトα」を操縦しながら、カナンはカノンを探した。
「すみません、気をつけます。」
一彦に注意されて、カナンは一度後方へと下がる。
「ーーーーー!」
「遅せぇよ!」
中型ピリットが次々に触手を伸ばして攻撃をしてくる。
それを回避しながら、アーカイルが自分のアージェリカに装備されているビームサーベルを使って迎撃する。
彼のアージェリカの名前は「ギリザン」。高速で移動しやすいようにデザインされている、β型のアージェリカだ。
アーカイルは細剣使いだ。接近することで攻撃をすることが得意だ。
触手もビームサーベルで次々に切り裂いて、衝撃派で中型ピリットを迎撃して行く。
「すごい、アーカイルさん。接近戦が得意なんですね」
「当然。剣技なら誰にも負けない自信があるぜ」
するとアーカイルの真後ろに中型ピリットが出現して、彼目掛けて咆哮しようとする。
「ーー■■!!!
「後ろだ!」
「何?!」
アーカイルが反応するよりもはやく、ミシェルが精霊弾を使って迎撃する。
「た、助かった。すまねぇ、ミシェル」
「次、行くぞ」
「おう」
ピリットも相手の死角に移動してから攻撃する傾向がある。
数もどんどん増えて囲まれて回避する場所がない等、油断するとすぐに足元が巣食われる仕組みになっている。
そうならないようにチームを組んで人類側も彼らに対抗する。
カナン達は協力しながら周囲の中型ピリットをどんどん討伐していった。
「相変わらず、仲良しチームなのね。反吐が出るわ」
その光景を電子パネルで見ながら、エーディンの病院に侵入する人影があった。
後藤カノンだ。




