第二章14 診察
「エーディン。久しぶりね」
そう言ったのはマキナだ。エーディン・クライスはマキナ達に会釈する。
「お久しぶりです。……そして、初めまして。管理者、瀬戸ミオ」
「初めまして」
ミオも挨拶されたので挨拶する。エーディンはじっとミオを見る。彼女は様々なミオを見てきた。それでもこうしてミオと話すのは初めてだった。彼女が見てきたのは、こうして眠っていたミオと、エルサイア防衛戦のミオ。また、エーディンは16年前に胎児として母親の胎内にいたミオを診た過去がある。この場でそのことを知るのはマキナと一彦ぐらいで、ミオはエーディンについてよく知らない。
「(本当……普通の女の子ね。)これから診察と処置をします。アヤノ」
「はい」
エーディンはそう言って、精霊の名前を呼ぶ。精霊アヤノと呼ばれた彼女はふらっと姿を現す。精霊アヤノは緑色の髪に、糸目が特徴的な精霊だ。彼女は6枚の精霊羽が特徴的な人型の精霊だ。上級精霊だ。とても神秘的な女性だ。雰囲気だけで同じ上級精霊であるシェルヴァよりも年上であることが一目で分かる。彼女の周囲の人工精霊が緑色に輝いて、さらに神秘さを増していた。
「アヤノと申します。あの時、皐月の胎内にいた子とこうして話せるのは時代を感じますね」
「えっ、お母さんも知ってるの……?!」
「えぇ」
アヤノの発言でミオは昔、母が言ってたことを思い出した。一彦が言う。
「あっ、そういえば昔、私が産まれる前は日本じゃなくてラウル王国に住んでたってお母さんが言ってた。もしかしてその時に……?!」
「あぁ。そうなるな。俺の契約相手……サラの関係でむこうに住んでたことがあってな。マキナとの付き合いもその頃からだ」
詳しくは話さない一彦だったが、そうミオに説明する。マキナの方を見ると彼女も頷いた。ミオも一彦の契約相手ぐらいは知っていたが、日本以外で住んでたことに改めて驚いた。アヤノが話を続ける。
「エルサイア防衛戦の件は残念でしたが……。そうです。転属前はラウルでエーディンと共に軍医として働いてました。だからこうして会うのはとても運命を感じます。」
「そうなんですね。義光にもっと聞いとけばよかった……」
過去のことや未来に詳しいのはミオではなく義光だ。もっと身近に家族のことに詳しい人がいたのにと気付く。
アヤノが診察を終えて結果を言う。
「異常はとくにありませんね。ですが、薬のことで困ったことが一つあります。話しても大丈夫ですか?」
「困ったこと、ですか」
アヤノにそう言われて、ミオは少し考える。覚えがないといえば嘘になる。サソリ型戦で、一人になってから異様な恐怖を感じた。もしかしたらそのことかもしれない。大丈夫ですと返事をする。
「はい。単刀直入で言います。あなたは先端恐怖症になってしまってる可能性が高いです。」
「先端恐怖症……?」
「はい、先端恐怖症です。」
そう診断され、ミオは困惑する。ミオだけでなく、ミシェルや一彦も動揺した。皆して、サソリ型戦でのミオのことを思い出したのである。サソリ型は鋭く尖った鋭利な体つきをしていた。診断が本当ならミオにとって相当負担があったに違いない。それぞれの反応を見て、アヤノは話だした。
「あなたに注射しようとして、あなたが異様に怯えて気絶してしまった未来が見えました。それから、桜谷さんが話されていたことと合わせて診断しました」
「……!」
心当たりがまったくない訳ではない。アヤノに言われてミオも確信する。桜谷に言われたことはサソリ型を相手に戦ったことも含まれてるだろう。ミシェルが聞く。
「それはいつから……?」
「昔は全然大丈夫だったからたぶん、エルサイア防衛戦の後……正気に戻ってからだと思う。ごめん、ミシェル。あの時大丈夫だって言ったのに、確かに私……すごく怖かったの。また自分が自分でなくなるかもしれないと思うといてもたってなれなくて……」
落ち込みながらミオは話した。
「役に立てなくてごめんね。」
「そんなこと、ない…!あの時ミオがいなかったら何人か死んでたかもしれないんだ。謝らないでくれ。むしろ、謝るのは俺達の方だ。そんな状態になってるかもしれないって予測できたかもしれないのに戦わせた、俺達のせいだ…」
「ミシェル…」
ミオの言葉に、ミシェルが慌てて撤回を求めた。一彦も異論はない様子で、表情を暗くする。
エーディンがその会話を聞いて呆れながら話す。
「過ぎてしまったことに関して、あれこれ言っていても仕方ないわ。重要なのは、その後の話ね。今はいいけれど、また薬の副作用で倒れる可能性があるのは分かるわよね」
「はい。分かります。あの時みたいに、副作用で倒れないためにも、治療のために注射しなきゃ駄目なんですよね?」
「残念だけど、そうなるわね。」
その言葉に、ミオはごくりと唾を飲み込んだ。まだミオは、きちんと意識があるうちに注射をしたことがない。治療をするときに、どういう反応をするか自分でもよくわからないミオだったが、治療するための方法がそれしかないなら受け入れようと思った。こうして休んでる今でも、自分たちに危機が迫ってる自覚がミオには会ったから。
「彼…サリエルが使っていた薬物の副作用から解放されるには、現代の医学ではこの方法しかないことを許してほしい。すぐに処置が済むように、先端恐怖症であるあなたが、できる限り恐怖を感じないようなデザインで、簡易キットを開発してみたけれど…。それでもあなたにとって、毒であることには変わりないわ」
「…わざわざ、私のために作ってくれたんですか…?」
ミオが恐る恐る尋ねる。エーディンが言う。
「誰だって、自分が担当する患者が苦しむ姿は見たくないでしょ?だから、あまり気にしないで頂戴」
「…!ありがとうございます…!」
エーディンの言葉に、優しさを感じながらミオは感謝の言葉を伝えた。
■
ーーー警告、コアスピア基地海上にて、中型クラスの精霊型ピリット及び大型クラスの精霊型ピリットが複数出現する未来予知が計測されました。各隊の戦闘員は配置に着いてください。周辺地域の一般市民の皆様は地下シェルターに避難してください。
「管理者は目覚めたかの?第一級警戒アラート発令じゃ。大至急瀬戸隊長とミシェルは持ち場に戻るように」
「了解」
エーディンから処置を受けようとしたその時のことだった。コアスピア基地中に、警報が鳴り響く。
今日の未来予知ではピリットが出現するという情報がなかったが、こんなことになるのはこの世界では別に珍しいことではなかった。
当然ながら、ミシェルや一彦、マキナは自分の持ち場に戻らなければ行けない。
マキナが所属するコアスピア基地の軍は勿論ながら、戦艦アルテミスも今回の出撃の対象だ。
「さて、私もそろそろ行きますか。」
「マキナ。お主もおったか。」
「いたわよ~~。今回の件は一つ借しね。また時間があったらお茶しましょ」
マキナがアルテミスにそう言うと、自分の能力を使ってその場を後にする。
アルテミスもマキナの言葉に、さり気なくやりおると思っていると、ミオが会話に参加して来た。
「あ、あの。私も戦います。戦わせてください」
「駄目です。せめて薬を投与してから…!」
「エーディンの言う通りじゃ。今回、お主の出番はあらぬ。」
「で、でも…!」
あまりにミオが申し訳なさそうに話すため、ミシェルが言い出す前にアルテミスがはっきり言った。
「大丈夫じゃ、プロトタイプの大型2体と中型が5体あるだけじゃよ。それから後藤カノンの目撃情報もある。それがどんな意味を持つか、管理者から話を聞いてるお主なら分かるじゃろう?これは妾達の戦いじゃ。お主がいなくとも、物語は進む。瀬戸隊長とミシェルの二人は、合流が大変じゃろうからこちらで回収させて貰う。お主はしっかり休むのじゃ」
「ごめん。また、後で。俺もまだ、ミオはゆっくり休んでた方がいいと思う。」
一彦とミシェルそれぞれに転送用の魔法陣が展開して、二人とも戦艦アルテミスへ帰還した。
アルテミスの会話もそこで終了する。
「(みんな…。どうしよう、これでいいの?義光)」
未だに目覚めない義光のことを心配しながら、ミオは戦場へと旅立ったミシェル達を心配した。




