第二章12 救出、休息
サソリ型の討伐を確認した戦艦アルテミスは、気絶し海へと落ちた瀬戸ミオを回収した。
そして、コアスピア基地に到着してから一週間が経過した。
「(結局俺はーー…なにもできなかったな)」
コアスピア基地内にある病院にて、ミシェルは今日もミオの見舞いに来ていた。
未だに彼女は目を覚ます気配がない。
ミシェルは病室で眠っているミオを見ながら、ここ数日の出来事を思い返した。
■
「ーーーっ」
「おい、ミシェル。大丈夫か!」
消えてしまいそうなミシェルを見たアーカイルは黙ってられず、すぐに駆け寄った。
こんなことはエルサイア防衛戦でも見たことがなかったのである。
ミオが高火力の魔法を使用した結果、同時にミシェルの体にも異変が起きた。
息苦しくなり、膝をついたのである。姿を維持するのも厳しく、体が透けて見えてしまってる。
原因は、周囲の人工精霊が一時的にと言えど大量に消滅したからだ。その上で、ミオが意識を失ったからだ。
身体を構成するための必要な物(精霊と情報)が急に消えてしまったことはミシェルにとって致命傷にも等しい。
そんな状態でもミシェルはミオを心配した。
「大丈夫だ。俺よりも、ミオの方が心配だ。あんな戦い方をして無事なはずがない」
「管理者は海に落ちても大丈夫だ。俺達ですぐに見つけられる。お前の方がやばいだろそれ。」
アーカイルは、ミオを助けに行こうとするミシェルを止める。
艦内放送が入る。オペレーターの雪平白によるものだ。
「戦艦アルテミスの被害、最低限に抑えられました。アイテール少将は瀬戸ミオの救出に当たってください」
その放送内容に異議申し立てをするようにミシェルが反応する。
止めるアーカイルを無視して、直接雪平白に通信した。
「俺も行かせてくれ。俺でもミオの居場所ぐらいわかる」
「駄目です。アーカイルさんにも止められたと思いますが私達でも彼女の居場所は十分把握してます。休んでてください」
それでも、すぐにでもミオを助けたかったミシェルの願いは叶わず、雪平白に止められた。
ミシェルは見てることしか出来なかった。
そこから少し離れた戦艦アルテミスのミーティングルームにて、似たような会話があった。
雪平白からミオの回収を任されたキリナが、ミオの父親である瀬戸一彦に同行するように申し出たのである。
「行ってきます。私は生身でこのまま行きますけれど、一彦さん、貴方もサドネスに乗って行きますか?」
「俺はいい。お前一人だけで十分だろ」
「ーー……分かりました。私には少し、彼女が寂しそうに見えたので。また話してあげてください。」
「余計なお世話だ」
雪平白が怒りそうな会話であったが、彼女の耳に入るよりも速く一彦が断ったため何も起きずに作戦が始まった。
ミオの救出方法は至ってシンプルなものだった。
魔法を使って救出するため、高速移動の予定が無ければ、アージェリカは必要ない。
ピリットが出現するという予知がないタイミングを見計らってミオの救出は行われる。
戦艦アルテミスの現在地周辺の天気は至って晴天で、雪平白の予知通り、精霊型のピリットが出現する気配もない。
「キリナ、大丈夫なのか?ヨミは管理者の現在地をマップで確認しても、管理者本人の生命反応と海中の生命反応がごっちゃになって生きてるかどうかさっぱり分からないのだ」
「海に落ちましたからね。それにスフロン水晶の力も使い切ってるでしょうし、生命の維持に対して最低限のエネルギーしか使っていないはずですよ。あ、ちょうど目標地点に到着しました。この海域の周辺に彼女がいるはずです」
キリナの使い魔である、闇の属性を司る精霊「ヨミ」が、ふと現れれて彼女を心配した。
金髪と赤い瞳、黒のワンピースが特徴的な彼女は幼体で、キリナの使い魔だけあって実力は申し分ない。
彼女は今回、キリナを少し手伝うという名目で一緒に出撃したのだが、あまり役に立てないというのが分かって落ち込んでいる。
キリナは雪平白と通信する。
「確認しました。ミーティング通り、瀬戸ミオの救出を行ってください」
「了解です」
今回、救出を大勢で行わないのは理由があった。それは周囲のピリットに感知されないようにする必要があるからだ。
人数が少なければ少ないほど、道中ピリットに遭遇する確率も減少し、安全に救出活動ができるというものである。
その上で、ミシェルや一彦でなく、彼女達が救出に選ばれたのも理由があった。
キリナやヨミであれば自由に気配を消したり、もしピリットの索敵にひっかかっても戦艦アルテミスにすぐに合流できたり、周辺を索敵したり魔法で一気に要救助者を救出することができるからである。
雪平白に言われて、キリナは魔法の詠唱を始める。緑色の魔法陣が展開されていく。
「アイテールの名において、惑星の導きを記します」
魔法名を言わなくとも、イメージのみで実行することができるその魔法は、詠唱のみで瀬戸ミオを海中から救出する。
海中から救出された瀬戸ミオはずぶ濡れだった。
「ーーーー………。」
「瀬戸ミオの救出、完了しました。容態の報告としては、眠ってますが、呼吸もできて、特に異常はありません。安静にしていれば目は覚ますと思いますが、一応そちらでも確認お願いします。」
キリナが雪平白に瀬戸ミオの容態について要請する。
「救出確認しました。確かに、目視では特に異常ありません。体温、血圧、脈拍ーー共に正常値です。意識はないですが、アイテール少将が話されてる通り、時間経過で回復するでしょう。任務お疲れ様でした。アイテール少将は帰還してください」
「了解です」
「うむ。妾も確認したが、大丈夫じゃ。こちらの医療機関でなんとかなるじゃろうな」
アルテミスだ。その言葉に、ヨミが不満そうに苦言を言う。
「ヨミの出番ほとんどなかったのだ~~!サソリ型での戦い方が少し気になったから来てみたけれど、これじゃ全然分からないのだ」
「妾も気になるが、そこは時の運に任せるしかないじゃろな。ご苦労じゃった」
雪平白がミオのバイタルを確認する。アルテミスもチェックする。ヨミの苦言も苦笑いしながら受け流す。
体温、血圧、脈拍共に正常値。海中に居たことによる低体温症にもならずに、健康体そのものであるが、彼女の意識は無かった。
それがコアスピア基地に到着するまでの出来事である。
■
戦艦アルテミス内では特にトラブルもなく過ごしたレッド隊。
この間もミオは目を覚ますことなく、そのままコアスピア基地内の病院施設へと移動になった。
同時に、コアスピア基地に到着したこともありパイロット達が休暇に入った。
「やっとお休みだわ。街で買い物するわよ~~~!!!」
「あはは、因みに何を買いに行くんです?アルファルドさん」
「もちろん、服にアクセサリーに、あと香水とかも買いに行くのよ。それから美味しいケーキのお店があるから行きましょ」
休暇に一番喜んでいたのはアルファルドだ。戦闘が続いていたのもあり、よほどストレスが溜まっていたのだろう。
「日本じゃないし、特に予定がないよ」と言っていたカナンを無理やり引き連れて買物に行った。
休暇でも仕事をしているのはアージェリカの整備が終わったら休むと言ったソーサリーと、戦艦アルテミスで待機する雪平白ぐらいだ。
戦艦アルテミスの管制室は彼女しか居なかったが、遅れてアルテミスが入室した。
「さすがに今日は休みたい者が多いみたいじゃの。ま、それが普通かの」
「お疲れ様です」
「ミシェルは今日もミオの見舞いに行ったそうじゃよ」
雪平白がアルテミスに気付いて話す。アルテミスも、コーヒーを「お疲れ様じゃの」と言いながら雪平白に渡す。
「アルテミス様はお休みにならないのです?」
「ちょっと政府に送るための書類が残ってての。それが終わったら妾も今日は休む予定じゃ」
仕事があるのは嫌じゃのと言いながらアルテミスも仕事に取り掛かった。
「分かりました」
「世間話ですまぬが、少しばかり聞いて貰えるかの?」
「はい。私でよろしければ」
言って、アルテミスもコーヒーを飲みながら話す。
「最近、気になることがある。瀬戸隊長のことじゃ。あやつ、少しは自分の娘ぐらい心配すれば良かろうに、一度も見舞いに来ないで、今日も聞けば「墓参りに行く」の一点張りなのじゃ。」
「…お言葉ですが、それは仕方ないのでは?私には彼の気持ちが分かりますよ。エルサイア防衛戦で彼女がやったことは私も未だに許せません。操られて、いくら正気ではなかったとは言え、彼女が態々彼の目の前で、残酷にリロナさんやゼルクさんが殺されてしまったら、思うところはたくさんあるはずです。サーニャさんだって、ミシェルさんやアーカイルさんの目の前で殺されてるのに。」
「確かに、戦死した者達の墓参りに行くのは悪いことではないの。妾もまだ許せぬよ。あの時の、瀬戸ミオの愚行の数々をな。ただ、あの弱り方を見てると、彼女に同情してしまうのじゃ。管理者に至っては一度自殺しかけとる。彼等にとっても、不本意だったのじゃろうなと痛いぐらい伝わった。だから思うのじゃよ。一回ぐらいは娘のことも心配しても許されるのではないのか、とな。」
アルテミスの言葉に雪平白が驚く。自分が知らない間に、アルテミスが彼女のことを理解してきていると。
「お言葉の真意は、なんですか?」
「…後悔する前に、一度ぐらいきちんと話をした方がいいと言ってるのじゃ。何も話さぬまま死に別れる辛さは、知っとるじゃろ?妾の嫌な予感はよくあたるから嫌なのじゃ。何もせんかったら、このままだとろくに家族に再開することもなく、瀬戸ミオは死んでしまうとな。だから、焦ってるのじゃよ、妾は。このまま彼女が死ねば、先に死んでいった同胞達が報われぬ。皆、少なかられ、エルサイア防衛戦では国を護るだけでなく瀬戸ミオの救出、後藤カノンの救出も視野に入れとったはずじゃ。それが死んでしまっては、意味がないじゃろ?」
雪平白は、アルテミスが言いたいことを理解する。同時に今まで何故この問題を放置してきたのか少し後悔するようになった。
今までずっと雪平白は起きてきた問題を、戦死した者達の償いの責任を瀬戸ミオのせいばかりしてきた。
彼女にばかり責任を問い詰めても意味がないことは分かっていた。
この空気を艦内に留めておくことは、つまり親である瀬戸一彦も瀬戸ミオと同じように責任を感じさせることも意味していて。
だから、彼は瀬戸ミオに会わないのだとも雪平白は理解していた。
アルテミスが言う「このままだとよくない」と言ってる理由は実に簡単なことだった。
瀬戸ミオも自分達と同じ被害者なのに、自分達のせいでろくに家族と再開できないまま死んでしまうのはどういうことか、ということだからだ。
「そうですね。…失念してました。すみません」
「分かれば良いのじゃ、分かれば。ミシェルは理解していたようじゃが、彼が言うとどうしても此処じゃと角が立ってしまう。誰かがこの空気を止めないければ、管理者の次は瀬戸隊長が居なくなる。遅かれ、速かれな」
「そうですね。気をつけます」
確かに、ミシェルが言えば焼け石に水で終わってしまう。それどころか諸刃の剣にもなりかねない。
雪平白も、ミオが死んでしまうことはともかく、一彦が死んでしまうことは防ぎたい。
気をつけようと感じた。彼女や瀬戸一彦が困っていたら、助けようとも。
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コアスピア基地の墓地は集落の外れにあった。
沿岸沿いの近くには海が見え、順番に墓が立てらていた。
宗教の関係で、この墓地は十字架の墓標が多い。それでも、やはりそれぞれの家系に合わせて、日本でもよく使われてる墓標があった。
そんな墓標を沢山越えた先に石碑があった。
ーーーエルサイア防衛戦で亡くなった方々の名前を刻んだ石碑だ。
瀬戸一彦は石碑の下に、未だ沢山ある花々の贈り物のそばに、一束の花を添えた。
軍事基地だということもあり、それぞれの遺骨や遺留品の埋葬先が違えど、あるのだ。
ここ、コアスピア基地には多忙な兵士達のために。
「(アドルフさん。俺には、あんたの考えがまだよく分からない。俺なんかが、勤まるはずがないんだ。ミオのことも。未だにどうしたらいいのか、分かっていない)」
瀬戸一彦は、恩師とも言える人の死を忘れることができなかった。
その人が死ぬまで、彼はまだ第三部隊の隊長ではなかった。副隊長でもなかった。
ただのエースパイロットして、戦ってきただけだった。
死を嘆いても先には進まないぐらい理解していたが、それぐらい彼には考える時間や決断する時間が無かった。
「あ、ほんとにここに居たわ。さすがアルテミス、情報の根回しはピカイチね」
「……久しぶりだな。デウス・エクス・マキナ」
「あーもう、久しぶりに会うとすぐこれだよ。フルネーム呼びは禁止って日本でもエルサイアでも言ったでしょ一彦!!マキナと呼びなさい。上官命令です」
後ろを振り向くと、ピンク髪のツインテールが特徴的な女神デウス・エクス・マキナが居た。
忘れたことは一度も無い。自分の息子に彼女を契約させたのは紛れもなく一彦自身だから。
瀬戸神無月の契約者で、現在は新政府連合コアスピア基地空軍所属だ。
そのおかげで、日本には滅多に戻らない。戦艦アルテミスの所属でもないので滅多に会いもしない。
彼女の階級は、神である者達は原則として少将からと法律で決まっている。
一彦の階級は少佐。所属は違えど、もれなく彼女は一彦にとって、上官になるのである。
「どうして此処に来たのか分かってるわね一彦。サラさんも言ってたわよ。可愛い可愛い瀬戸家の末っ子、ミオちゃんのお見舞いに行くために私が態々迎えに来てあげたの。褒めてくれたっていいのよ」
「行かないし、余計なお世話だ。」
褒めてくれると思ってたマキナは、一彦の心底興味が無さそうな断りの一言にずっこける。
因みに、サラという名前は一彦がスキルを使うために契約したエルフの名前だ。
マキナと同じコアスピア基地勤務になる。
「冷たっ!!ちょっと、昔はあんなに可愛がってたじゃない。なんで行かないの!!」
「行きたくないからだ」
「それは今のミオちゃんが昔とはまったくの別人に見えるから?」
むすっとしながら、マキナが言う。図星だったのか、一彦は黙った。
マキナが話を続ける。
「皐月ちゃんとは話した?皐月ちゃん、言ってたよ。電話では大丈夫だ、見舞いにも行ったとか話してたけど心配だって。あんた自分の奥さんにまで嘘ついてどうするの。心配で私にまで電話してきたんだからね!!!」
「皐月がそんな電話までしたのか」
「そうだよ。皐月ちゃん、泣いてたよ。ちょっと、腹立って来たからこれは皐月ちゃんの分ね」
言って、マキナが平手で一彦の顔面にパンチする。一彦は避けることもなくまともにパンチを受ける。
痛がらないが、痛そうだ。
瀬戸皐月。紛れもなく、自分の妻の名前である。ミオにとっても大事な母の名前だ。
「ーーーっ、」
「あんたが瀬戸家で一番ミオちゃんに近い場所にいるんだから、少しぐらい親らしくしてあげなさい。確かに、今のミオちゃんは外の世界から来た魂と混ざってるから別人に見えるかもしれないけど、彼女は生きてる。管理者とは別に生きてるのよ。消えて無くなってないの。彼女がいなくならないように、少しぐらい護ってあげなさい。私達も手伝ってあげるけど、あんたはあの子の親でしょ。」
「……今更会いに行ったところで、間に合うのか」
「間に合うわ。もちろんよ。因みにだけど、彼女が封印されなくてもいいようにしたのはアルテミスだから、私よりも彼女に感謝しなさいね」
マキナは涙を流しながら、言った。
彼女もエルサイア防衛戦で大切な友人を亡くしている。
それでも、何が正しいことなのかは一彦より理解していた。
今、瀬戸ミオが死ぬことは世界にとって大きな痛手なのだと。
これから起こる、災いに立ち向かうために進まなければいけないと。




