第二章9 戦闘開始
「調子はどうだ、後藤大尉」
「大丈夫です。問題ありません。防衛プログラムも異常なく作動してます」
通信する。会話しているのは瀬戸一彦と後藤カナンだ。
後藤カナンは中型ピリットの戦闘経験こそあるが、大型ピリットの戦闘経験がない新人パイロットだ。
現在搭乗するα型アージェリカ「プロテクトα」も今回の戦闘が初めてだ。
プロテクトαのデザインは起動エンジンであるスフロン水晶の効果で、彼女が元々乗っていたβ型アージェリカ「プロテクト」のデザインとほぼ同じ物となっている。操作方法はβ型とあまり変わりない。
「ーーーーー」
サソリ型がプロテクトαや他のβ型のアージェリカ目掛けて弾幕を無数に張り巡らす。
それをカナンは次々に銀色の盾を構築する。機体に命中する前に銀色の盾が弾幕を吸収して防いで行く。
「さすがに大型だけあって、威力と連射速度は凄まじいですけど防衛プログラムの許容範囲内です。護れます」
「了解だ。作戦でも言ったが、本当に無理をするな。前に出るのは主に俺とオリバーだ。俺達二人は自分で身を護れる。作戦会議でも散々言ったが心配するな」
「了解です。(今回はキリナもいる。多分、余程のことがない限り陣形は崩れない。私は新人、新人は新人らしく、自分の任務をこなす!皆を護るんだ)」
カナンは自信家で努力家だった。要領よく任務をこなせないのがたまに傷であるが、体力には自信があった。運動神経も飛び抜けて自信がある。陸上競技の大会では一位を取るほどだ。彼女は幼少期にキリナ・アイテールと契約したことで自分に自信をつけた。私でも頑張れることがあるのだと。そんなキリナ・アイテールの階級は少将だ。彼女は安藤俊則やアルテミスの次に重役だ。
一彦の会話に彼女も参加した。
「カナン。この大型戦はプロテクトαを使用しての、初陣であることを忘れないでください。相手は未確認です。新型です。我々も手探りでサソリ型を倒すしかありません。」
「うん。ありがとう、気をつけるねキリナ。」
「アイテール少将の言う通りだ。後藤大尉。β型と違ってα型は攻撃力が上がる代わりに起動力が下がる。通常より被弾しやすいことを忘れるな」
「はい!」
オリバーが苦笑いしながら言った。カナンは笑顔で返事する。オリバーは話を続ける。
「しかし、こんな光景が見れるとは。40年前だと、とてもじゃないが考えられないな」
「それ前も言ってませんでした?私のせいなのは分かりますけど」
「そうだったか?」
「あ、それって所謂忘れた頃に言うって奴ですね」
「喧しいわ」
カナンの言葉に思わず、オリバーはむせそうになる。オリバーとキリナのコンビは長い。それは40年前からの付き合いだ。当時新人だったオリバーが担当した事件でキリナを逮捕した時からのものだ。故に、キリナは訳あり将軍だと言われ、階級が少将でも指揮をとることが許されない状態が続いてる。元天界ミカエル派の神だ。戦艦アルテミスの隊員一同周知の事実で、大佐であるオリバーが第二部隊の隊長を勤めてるのもこのためだ。
「えへへ」
「褒めてないぞ。まったく、誰かなんか言ってやれ」
「えー」
「じゃあ私が」
アルファルドが話す。
「カナンちゃん、ほんとに無理しなくていいからね。いざとなったら私の重力であんなやつ捕まえちゃうから!」
「はい!」
「おい。誰が励ましの言葉を言えといった」
「可愛いのでつい」
「お前らなぁ」
アルファルドの機体名は「桜」。ピンクと白が特徴的なアージェリカだ。彼女が言った通り、アルファルドは重力に負荷をかけることができるスキルの持ち主だ。会話をしてる内に、オリバー達は指定ポイントに辿り着いた。
「いつでも攻撃できます。オリバーさん、一彦さん。くれぐれも気をつけて」
「あいよ」
「勿論だ」
キリナは魔法陣を次々に展開し、魔力弾を連射できる体制にする。キリナ、オリバー、一彦の順番で言った。オリバーも一彦もサソリ型を倒すのは当然と言いたげな自信満々の表情だった。
彼女の機体クイーンはβ型なのに巨体に見えるデザインでとても華やかなのが印象的だ。色は赤と白が主軸だ。
「ーーーーーー」
サソリ型の攻撃は続いている。無数の弾幕は鮮やかな模様を描き、一寸のズレのない射撃が続く。
「(大丈夫、大丈夫。みんなは私が護る)」
それをカナンの防衛プログラムが自動で防ぐ。弾幕に追尾機能がある無し関係無しに、アージェリカに届く前に防ぐことに成功する。戦艦アルテミスへも届かない。あちらの弾幕は永遠に止むことがない。
太陽さえあれば機体のエネルギーは自動回復するが、今回の隔離結界の効果は紫の雨だ。太陽の光は届かない。節約する必要があった。カナン達は消耗戦を強いられた。一彦が言う。
「雪平の誰かが怪我をする、死んでしまうという予知はよく当たる。そうならないように今回も速く終わらせるぞ、オリバー」
「当然だ。」
オリバーと一彦の機体がようやく射程範囲内に入った。
オリバーが言う。
「まずは胴体の部位破壊を目指す。尻尾はそれからだ」
「了解」
オリバーのディザイアと一彦のサドネスはサソリ型の弾幕を回避する。
「切り刻む!」
「ーーーーー!」
サソリ型に超接近したオリバーが赤いブレードを構える。ディザイアの効果でブレードをサソリ型に充分にダメージを与えられる長さにする。連続で斬撃を繰り出した。その斬撃数は6連撃だ。更に勢いを利用して、巨大な刀身を二振りサソリ型の胴体へ突き刺した。
サソリ型はその衝撃に、痛みに咆哮する。まだ胴体の部位破壊はできていない。
「(追撃は距離が近すぎて無理か)」
「ーーーー!」
「自動回復入るぞ、後衛!追い込め!!」
「私がやります!」
オリバー達は器用に咆哮を回避する。サソリ型は負けないと言わんばかりに傷を自動回復する。傷が癒えていく。
弾幕もまとまってオリバー達を襲ってくる。接近しすぎているオリバーと一彦は攻撃することができない。
かなり後方で待機していたキリナが、魔法陣を展開して詠唱をしようとする。
「ーーー!(この未来は、私一人ではとても決断できない...!)」
その直前で少し先の未来が彼女には見えた。詠唱を中断した。
「ダメです。胴体の部位破壊後、サソリ型が分裂する未来が見えます。正確な数は分かりませんが、このまま撃てば被害は甚大です」
「分裂か」
キリナの忠告にオリバーは納得した。
戦艦アルテミスから通信が入る。雪平白だ。安藤俊則も会話に参加する。
「私もその未来が見えました。このままだとまずウォーター2とウォーター3の被弾が避けられません。ーーー未来予知、更新しました。部位破壊しなくともこのままサソリ型が分裂する危険があります。部位破壊ができないままサソリ型を分裂させた場合、被害はさらに拡大します。」
「二人の護衛はアルテミスにさせる。アイテール少将は詠唱を続行、サソリ型の部位破壊に挑め」
ウォーター2とウォーター3はアルファルドとカナンのことだ。被弾すると言われ、二人とも表情が変わる。
艦長の安藤俊則に命令されて、艦内の防衛に集中していたアルテミスも会話に参戦した。
「その方法しかないの。二人とも、妾が責任もって護ろう。紫の雨が終了するまでは当艦も迂闊に攻撃できぬ。妾のみなら対処可能じゃ」
「申し訳ありません。助かります」
アルファルドが申し訳なさそうに言う。そんな彼女に対してカナンはむしろエールをキリナに送った。強気の姿勢だ。
「キリナ。私は大丈夫だから。防いで見せるから。サソリ型の部位破壊、お願い」
「分かりました。部位破壊、果たして見せましょう」
「ーーーーー」
「俺が隙を作る。部位破壊は頼んだぞ」
会話してる間に自動回復でサソリ型は持ち直してしまった。このままでは再び戦艦アルテミスを襲った砲撃が来てしまうだろう。
チャージ中のオリバーに変わり、瀬戸一彦のサドネスが前線に出て武器を出現させる。一彦の武器は大鎌槍と呼ばれるものだ。
「喰らいやがれっ!」
大鎌と槍の役割りを果たすそれは一彦の水属性を生かしてサドネスを高速移動させながら衝撃派を3回解き放った。
キリナの詠唱が最終段階にまで入った。彼女が繰り出そうとしてるのは魔術の上位互換に当たる魔法だ。
「宇宙ラの名において、創造主であるアイテールが命じます。その命を解き放て【アクロウ・タ・コルイ】」
「ーーーー!」
「衝撃波、来るぞ!」
凄まじい勢いでサソリ型を中心に海水が凍っていく。叫んだのはオリバーだ。
サソリ型は負けないと言わんばかりに熱と咆哮でキリナの氷を溶かす。
「その抵抗は無意味です。それは貴方も理解してるはずです。そして、反撃するのでしょう」
「ーーーー」
それでも凍結は続き、キリナの言う通り、最後には氷の山がサソリ型の肉体を貫いた。胴体の部位破壊成功である。
最もサソリ型の近くにいたオリバーと一彦は後方へ後退する。
そして一彦が最も速く異変に気付いた。
「後藤大尉とアルファルド大尉!防御態勢とれえええ!!!」
「はい!!」
「こんのッ」
分裂したサソリ型が、猛攻撃を仕掛けてきた。オリバー、一彦、カナン、アルファルド、キリナ。
そして戦艦アルテミス目掛けてそれぞれ一体ずつ合計6体のサソリ型が高速で超接近してきたのである。
「ーーーーーー」
サソリ型は分裂したため身長こそ100mから80mに縮小されたが巨大だ。
そして、その熱量はあまりにも膨大だ。6体のサソリ型が一斉に同時攻撃して来たために、カナンの防衛プログラムを突破した。
防衛プログラムはスキル保有者の想像を超える熱量で攻撃されると破壊されてしまう。
それ以上強度をあげるなら防衛プログラムがカナンに対価を要求する。
「カナン!」
「っーーー!!なんとかする、もう一度再構築する!!」
オリバーや一彦は敵の突然の反撃になれている。それはキリナもだ。三人はその知識を生かして回避に成功した。
しかし、アルファルドもカナンも経験が足りていない。猛攻撃をするサソリ型に圧倒されていた。
「ーーーー!」
「嘘っ!拘束できないっ?!止まって、止まってよ!」
アルファルドはスキル「重力」を使い、円形状の重力場をブラックホールのように発動してサソリ型を拘束しようとするが拘束できずに苦戦していた。
「(ダメ、防戦一方じゃ撃墜される…!)」
「防衛プログラムが通じない…!そんなの絶対、ダメだから!」
防衛プログラムを何度再構築しても破られる。380mのサソリの尻尾がカナンの機体に直撃する。プロテクトαの左腕が破壊される。痛みが左腕に走る。血が左腕から流れる。声にならない悲鳴をあげるが耐える。
「ーーーーっ!!」
「助けに行きます!カナン、耐えてください!!」
カナンの左腕が負傷したことを悟り、キリナは焦る。未来予知が当たってしまった。
「ーーーー」
「あなたに構ってる暇はない!【アクロウ・バーニング!】」
最悪の事態を回避するために交戦中のサソリ型を一気に炎の魔法で叩きつける。超高速で発生する炎にサソリ型は圧倒される。キリナはその隙を生かしてクイーンの速度を最大まで加速して、ビームサーベルでその場を突破した。
「ーーーー!」
「ぐぅっ、でもこのぐらいなら、大丈夫だからァッ!」
カナンに接近するサソリ型がプロテクトαを突き倒して破壊しようとする。カナンは強気の姿勢で反撃しようとしてる。サソリ型はそれぞれ二人に目掛けて容赦なく弾幕を放った。
「ーーーー!」
「こんのッ!まだ死ぬ訳には行かないのよ!」
「アルファルド大尉!」
アルファルドの「桜」もカナンのように被弾こそしてないが似たような状況に立たされていた。キリナのように一彦もなんとかアルファルドを助けようとするも、自分が対峙してるサソリ型を退けるのに手一杯な様子だ。それはオリバーも言えることで皆サソリ型に苦戦していた。
このままでは被弾を通り越して撃墜されてしてしまう。
「ウエルブレイカー!!発射ぁッ!!」
戦艦アルテミスを用意て、アルテミスが極太の砲撃を解き放った。ウエルブレイカー。戦艦アルテミスに搭載された、太陽エネルギーと人工精霊を大量に消費して発射される超高速収束砲である。それを3箇所の魔法陣を展開することで3発同時に解き放つことに成功する。
「ーーーー!!」
「間に合った、ギリギリじゃった...!紫の兵隊に妾の行動が妨害されるとは予定外じゃった」
戦艦アルテミスに接近したサソリ型含め、アルテミスは同時に三体の撃墜に成功する。
「助かった…!もうダメかと思った…!」
「助かった、の…?」
後もう少しで撃墜されそうになったアルファルドとカナンも安堵する。
二人とも、事前に攻撃が来ると分かっていたとはいえサソリ型の猛攻に圧倒されたのである。
「空が」
同時に紫の雨も終了する。猛毒の霧は消滅し、空が晴れる。太陽だ。
それにオリバーが反応する。続けて戦艦アルテミスに契約専用の魔法陣が展開する。カナンが驚く。
「あの魔法陣って」
「あぁ、契約専用の魔方陣だ。誰かが契約したんだ」
オリバーは解説した。しばらくして雪平白がパイロット達に知らせる。
「紫の雨終了しました。艦内の安全確保完了です。管理者とミシェルさんの再契約完了しました。サソリ型第三形態の討伐依頼に応じてくれました。二人とも、共に出撃できます」
「ミオと、ミシェルが」
「すぐに出撃させろ。ようやくサソリ型も本性現したみたいだ」
雪平白の報告に動揺が走る中、オリバーがサソリ型の異変に気付いて二人を出撃させるように命令する。
残ったサソリ型3体、弾幕を放ちながらオリバー達から距離を取ることに成功すると、互いを吸収し合い、一つになった。
「ーーーーーー」
その姿は最初の姿よりもさらに凛々しく、巨体になり、110mの大型ピリットへ進化した。
腕は阿修羅像の様に何本も増えた。足もムカデの様に何本もあった。尻尾も三本に増殖した。
紫の雨と呼ばれる隔離結界は終了した。しかし、こうやって真の姿を見せることにより新たな隔離結界を発生させる危険があった。
それだけは防ぎたい。残りあと一つ。尻尾か頭の部位破壊をすることでサソリ型を完全に消滅できると一同理解していた。
するとカナンが慌てて話す。アルテミスが苦笑いしながら言う。
「まって、ミシェルはともかくミオちゃんもしかして生身で出撃?!アージェリカ、もうなかったよね?!ここおっかない所だよ?!私なんかさっきまで死にかけてたよ?!なのに生身で出撃?!」
「言うと思ったわい。この中であの管理者個体を気にするのは一彦の次にお主ぐらいじゃろと。大丈夫じゃよ。今までサリエルのせいで中途半端だった契約の糸が再契約を果たしたことで本物になった。二人とも、はっきり言って妾と同じかそれ以上の実力をもっておる。心配するだけ無駄じゃよ」
「生身で出撃する」とは、戦闘用語の一つで、アージェリカを使わないで出撃する軍人やエネミーのことだ。防御力はかなり落ちてしまうが、回避能力や攻撃する際の総合火力が優れている者がよく使う手段の一つだ。カナンは何人かそれを行える人達を知っているが、それでも自分より年下の女の子がそんな方法で戦うなんてと実際目の当たりにすると、資料を読んでてもぞっとしてしまった。




