第二章4 この5年で起きたこと
瀬戸一彦。それがミオの父親の名前だ。
軍人だというのはミオとして聞いたことがあるが、ミオは直接本人から所属と肩書きまでは教えて貰えなかった。
義光としてではなく、ミオとしては、ほとんど父のことを知らないことになる。
エリーアもそれを気にしてるのだろう。気を遣って話してくれた。
「貴方はあの人についてどれぐらい知ってるかしら」
「あまり話してくれなかった」
知ってるとうっかり入力してしまいそうになった義光だが、そこはミオとしての知識も大事にしようと思い、そうアプリに入力する。
「(あっぶねぇえ。そうだよ、エリーアなら親父と何回か会話してそうだ。親父なら「あの子には何も教えてなかったからな」みたいなこと言いそうだし迂闊に知ってるとか言えねぇぇえ。)」
全て義光の予備知識によるものだった。
地球の連合国とストリジアのエルサイアが合併して編成された新政府連合。
瀬戸一彦はその新政府連合所属だ。階級は少佐。
戦艦「アルテミス」に配備された「レッド」第三部隊隊長として最前線勤務となってる。
アージェリカパイロットとして適正があり、拳神サラと契約者だということもあって軍人としては有名人だ。
義光が内心焦ってるとは知らずにエリーアは話し続ける。
「あら、そう。でも、貴方は管理者としてなら彼のこと大体知ってるでしょ?私達のことを知ってるように、彼が新政府連合のエースパイロットだってことぐらい」
「えっ」
義光は反応に困った。どう返答したらいいのか分からず黙ってしまう。
そう言えば、「セイレーンの翼」に所属してるジェットも似たようなことを言っていたことに義光は気付く。
『例え管理者としてこちらのことを知ってようが名乗らせて貰う』
彼もミオのことを一人の少女としてでなく管理者として認識して自分の名前を名乗っていた。
エリーアは話し続ける。
「サリエルが言っていたわよ。貴方はなんでも知ってるって。この世界のこと、これから起こる未来のこと、何処にも所属できない代わりに全てにおいて関わることができるって。貴方のような人を各管理者が「グランドマスター」と言ってたわ。ちゃんと事実確認もしてるわよ。天界でアイナが言ってるのを聞いちゃったのよね。貴方のことを「死に損ないのグランドマスター」って言ってたわ。だから貴方は天界ではミカエル派にいたのでしょうけど、あの子に嫌われるって相当ね」
「えっ」
「まだ分からないかしら。この世界の人たち、みんな貴方のことを大体理解してるわよ。貴方の家族を含めて。貴方が外の世界から来た、この世界を創造したヒューマンだって。転生者だって、理解してるわよ」
エリーアによる衝撃のカミングアウトに、義光はショックあのあまり意識を失った。
■
義光はエリーアの言葉が理解できなかった。
この世界の人々がミオを転生者だと理解してることが受け入れられなかった。
この世界の人々にミオがこの世界の創造主であると理解されたことが受け入れられなかった。
「(俺今度こそ死ぬんじゃねぇのか。何も伝えることができず、何も知ることができずに、死ぬ。殺される。)」
義光は恐怖しか感じなかった。
理解されたことで、アイナのように自分で解決したいあまり、敵という運命を与えた義光に怒りを覚え殺そうとするのではないかと。
「(俺はこの世界が好きだ。この世界そのものが俺の人生だった。…随分な皮肉だ。愛した世界に殺されそうだって嘆いてるのが惨めだ。それでも、この世界がどんなに好きでも、世界に殺されるのだけは嫌だ。それならこの世界の人々を救ってから、死にたい。死にたくない)」
矛盾した想いが交差する。誰だって愛した我が子に殺されるのは嫌だろう。義光が抱えてる問題はそれだ。
自分勝手にキャラクターに運命を与えた。そのキャラクターと同じ世界に生まれ落ちてしまった。
この問題は簡単に解決できるものではない。
■
「意外と臆病なのね、グランドマスターって」
エリーアの声が聞こえた。目を覚ました義光はベッドに寝かされていた。
「これ、使いなさい。あげるわ。」
「(意識を失ってたのか。って、シェルのじゃないな。協会においてある予備品か)」
ペンダント型の端末だ。それを渡され義光は受けとる。
エリーアは話し続ける。
「シェルちゃんのばかり使ってられないし、これがないと話せないでしょ。休みながらでいいから貴方はもっと人と話さないとダメよ」
「ごめんなさい。ありがとう」
義光が意識を失ってる間にシェルから色々話を聞いたのだろう。
端末にはアプリがインストールされていた。義光はすぐにアプリを使うことができた。
「さっきの話の続きだけどね。私達別に貴方をどうこうするつもりは全然ないの。ただ、少しでも貴方に5年が経った今を知って欲しいだけ」
「(ほんとかよ。俺は恐ろしくて迂闊なこと全然言えねぇぞ)」
ただし、エリーアの話にも一理あった。この世界の情勢はよく変わりやすい。
この世界の人々がミオをどう思ってるかを知ることができただけでも利益は大きいだろう。
「まず、エルサイア防衛戦ね。これは日本で起きた神崎事件の後すぐにこっちで起きたことなの。それが五年間続いた。貴方が天界のミカエル側に加わったことで、ミカエル派がエルサイアの結界を壊そうとして戦争を仕掛けてきたの。貴方はいつも最前線にいたわ。皆、貴方を退けるために必死だったの」
「私のせいで」
エルサイア防衛戦。それは義光もよく知っていた。
それは本編でも起こる戦争だ。
本編だとミカエル派ではなくデメテル派が先に戦争を仕掛けたことになってる。
後藤カノンと翔一という日本人が、デメテル派の二人が新政府連合を圧倒した。
それがなくなったことになる。
「今のところデメテル派にもミカエル派にも不穏な動きが見られないから、エルサイア防衛戦は終わったとみんなは思ってるわ」
「うん。」
エリーアもそう思ってるのだろう。ほっとした様子で言う。
義光もミオらしく会話しようと思いアプリに入力する。
「(俺って、どれぐらい強かったのかとか聞かないとなぁ。他にも聞きたいことはあるが、まずはこれからだな。一気に聞くと叱られそう)」
義光は情報が多すぎて悩んだ。まず何から話すべきか考えた。
エルサイア防衛戦が終わったことは理解できた。その間、何があったのか義光は聞かなければいけない。
ミオらしく話そうと言葉をアプリに入力した。
「私はどれぐらいの力量だったの?塔の管理者よりずっと弱い?」
「グランドマスターらしい質問の仕方だけど、例えがざっくりね。自分を卑下するならもっと他にあるじゃない。魔物より弱い?とか。まぁ、今までの話を聞いて自分が普通よりも強い存在と感じてるなら許すわ」
「ごめんなさい」
義光とミオはサリエルに操られてた時の記憶がない。
義光がこの世界をよく知る外の世界から来た人間だということは知れ渡っている。
なら、エリーアが分かる範囲の質問をするべきだ。義光は自分に似た存在と比較しないと意味が無いと考えた。
「それにそうね。理性が無い転生者っていう共通点なら貴方もあの子も一緒だものね。そういう意味なら引き合いに出てきても大丈夫ね。そうね、力量的にはほぼ互角。貴方の方が少し弱いと思うわよ」
その言葉に義光は頭が痛くなった。もっと弱いを期待した。
「(互角って評価はあれだ。きっとジャンヌ・ダルクの仲裁が入って天界も新政府連合どっちも撤退しないといけなくなったとかの時にそういう、彼女との対決があったんだろうな。それでギリギリまで接戦したと。そんな感じか?)」
紀元前から存在する塔コアスピアには様々な役割がある。
地球とストリジアを行き来するための中間地点。人工精霊の製造、精霊歌の実行、アージェリカの起動や精霊歌の実行に必要なスフロン水晶の製造、結晶石の製造etc。
「あの子のことはどれぐらい分かるかしら」
「大体、分かります。ジャンヌ・ダルク。99代目管理者。私と同じ転生者。外から来た私と違い、彼女はこの世界の過去から来た。終末戦争でミカエルが放ったPNTウイルスが原因で理性を失う。塔の機能は正常に動き、天界と新政府連合の仲裁の役目を補うがそのやり方はウイルスの影響により極端。暴徒そのもの。彼女が現れたら各自撤退が余儀なくされる」
「正解。うん、認識の誤差はないわね。そう、貴方はそのジャンヌ・ダルクとほぼ互角だったの。本当に大変だったんだから」
それを管理するのが彼女、ジャンヌ・ダルクだ。彼女は99代目の管理者になる。
歴代の管理者達から力を貰い、彼女はこの世界で1位と2位を争う実力者になった。
彼女も義光と同じように歴代の管理者から選ばれ、塔を管理するために、過去のこの世界(架空の中世ヨーロッパ)からこの世界に転生させられた。義光とは前世の住んでた世界は違うが、ある意味義光と同じ立場の人間だ。違う点は、義光にはこの世界についての予備知識があるが、彼女は前世のことしか知らないことだろう。未来や、可能性までは分からない。
手短とはいえ、ここで彼女についても常識に関して違いがなかったことを知れ義光は安心する。
「これから起こりそうなことも聞きたかったんだけど、お迎えが来たみたい」
「?」
エリーア言うと扉の向こうから声が聞こえた。声から紫髪の男性、シュテーであることが分かる。
「新政府連合の連中が数名と、ミシェルが来た。開けていいか」




