逃げる少女
少女視点
私は脇目も振らず駆ける。背後からは獣の様な息遣いが聞こえている。恐怖でどうにかなりそうな頭を働かせてどうしてこんなことになったのかを思い出す。
あれはほんの数分前。私はいつの間に眠っていたのかベンチに座っていた。目を開いて飛び込んできたのは見慣れたコンクリートジャングルが緑のジャングルに変わり果てた光景だった。
「何…これ?」
混乱する頭で必死に何が起きたのか考える。
すぐに諦めたけれど。そこまで頭が良い訳じゃないし、何よりこの時は夢を見ていると思っていたから。
でも、その考えは直ぐに打ち砕かれた。近くで私と同じように眠っていた(歩道で眠るのか?なんて考えはなかった。)サラリーマン風の男性が起き上がって辺りをキョロキョロと見渡していた。気持ちはわかる。そして、私に気付いて近づいてきた。
その瞬間だった。
「グルルルァァァ!!」
吠え声と共に全長二メートルはあるだろう犬?狼?が何処からか飛び出してきて男性の頭を噛み砕いた。飛び散る血潮とぐちゃぐちゃという咀嚼音。
現実味のない光景が逆に私の頭を覚醒させた。
【逃げろ】
脳内がそれだけに支配された。未だにサラリーマンの死体に食らいついている狼から全速力で逃げ出した。化け物もそれに気づいたのか一声吠えて追いかけてきて今に至る。
「なんなのよ!もう!」
文句も言いたくなる。言っても仕方ないのだけど。疲れで重くなった足と回らない思考のせいか、私は足元の突きだしている根っこに気づかずつまづいてしまった。倒れこむ体。私の背中を踏みつけて唸る化け物。私は絶叫していた。
「きゃぁぁぁあ!」
助けなんて来ない。よしんぼ来たとしてこの化け物相手に何が出来ようか。それでも叫ばずにはいられなかった。
「ふっ!」
化け物が今にも私に止めを刺そうとしているその時、幼い少年の声がした。瞬間、体の重みが消える。顔を声のした方へ向けるとそこには回し蹴りでも放ったかの様なポーズをしている赤いパーカーを着た男の子(推定小学6年から中学生1年位?)が居た。
「ん、大丈夫?」
男の子は無表情で私に手を差し伸べた。私はお礼の言葉と共にその手を取って立ち上がる。やっぱりちっちゃい。こんな子が化け物を蹴り飛ばしたのかと驚愕する。
「ちっ。大して効いてないか。…走れる?」
平然と立ち上がってこっちに向かって唸る化け物を見て舌打ちをしたあと問いかけてくる。意図は読めた。無言で頷くと彼も頷く。昔の偉い人は言いました。
「三十六計逃げるに如かず」と。