ルリ色の箱
パルルは、ルリ色の箱を見つめた。いつものように、箱の正面のガラス窓の中では、一人の女の子がすずやかな声で話していた。
「金星では、宇宙オリンピックが……」
「火星に向かっていたロケットが……」
「土星を訪問した、木星王国の代表団は……」
女の子は、暗いできごとも、明るいできごとも、にこにこしながら話した。パルルは、女の子が自分に向かって話しかけているような気がして、そのくりくりとした目に、うっとりした。
箱のガラス窓から女の子が消えると、パルルはため息をついた。そうして、
あの子は、なんていう名前なのだろう――。
いつものように、同じことを考えた。もう一年も前から、毎日のように考えていることだった。自分を幸せな気持ちにしてくれる女の子の名前を、知らないなんて――。それが残念でしかたなかった。
そんなパルルに、とつぜん幸運が訪れた。
「地球へ出張してくれないか」
社長のことばに、パルルはおどろいた。そして、よろこんだ。
おどろいたのは、自分のような下級星人が、宇宙の中心都市である地球に行けるとは、思っていなかったからだ。
そして、よろこんだのは、地球にいるあの女の子に会うことができる、そう思ったからだ。
女の子に一目会って、名前をきこう――。パルルは心に決め、地球へと旅立った。
地球に着いたパルルは、仕事を終えると、さっそく宇宙放送センターをたずねた。
パルルが女の子に会いたいと言うと、センターの男の人が笑った。
どうして笑われたのか、わからずにいると、その人はパルルに言った。
「じゃあ、こちらに来なさい」
パルルは、うれしくなって、男の人についていった。
男の人は、ある部屋のとびらを開けると、箱を指さした。
「あれが、君の会いたがっている女の子だよ」
パルルが見ると、そこには大きな箱が置かれていた。ルリ色に輝いていた。
「この箱が、あの女の子を、つくりだしていたんだ」
そう言ってから、男の人は、すまなそうな顔になり、
「実は、これね、お疲れさまってことになったんだよ。何しろ、この業界は流行り廃りが激しいんでね」
男の人は、意味が分かるかな? とパルルにきいた。そして、おどろいて目を見開いたパルルに、
「もう、あの子には会えないんだよ」
いたわるように言った。
パルルは、
「そうですか」
と呟いてから、ルリ色の箱のそばに近寄った。そして、手でふれてみた。
すると、パルルにこたえたように、箱が小さな音を立てた。
本当にそんな音が聞こえたのか、パルルには自信がなかったが、たしかに聞こえた気がした。
パルルは、ルリ色の箱に声をかけた。
「今まで、ありがとう……」
ルリ色の箱をやさしくなでながら、
「そして、これからも……」
そう言って、女の子のかわいい顔や声を、心の中に思い浮かべてみた。
パルルがふれても、箱はもう、なんの音も立てなかった。
それでも、女の子のすずやかな声や、にこやかな顔は、パルルの心から消えることはなかった。
パルルは、とても幸せな気持ちだった。