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片桐素子は彼氏が欲しい

作者: まるだまる

たまには短編をと思いまして。

 どうも、お初にお目にかかります。

 語り部を務めさせていただきます片桐素子(かたぎりもとこ)と申します。

 大学2年生の二十歳でございます。


 舞台は都市部にあるファミレスです。

 時間帯によって混雑もしますし、「私は店の置物か?」と自分で揶揄するくらい暇な時もあります。

 まず、何故にバイトを始めることになったかをお話ししましょう。

 ずばり、男です。

 ええ、隠しも致しません。

 ただ、彼氏が欲しかったのです。


 男欲しさに友達から聞いた話を真に受けてバイトを始めたのがきっかけです。


 今ではこの考えが間違っていたことに気付いています。

 バイトではなくて合コンとかに参加していた方がまだ彼氏ができていた可能性は高いでしょう。

 しかしながら、当時の私はそんなことを考える余裕すらなくしており今に至ります。

 出会いというのは色々な場所に隠れていると、私は思っています。

 バイトなんかしてるとその時間も作れなくなり、ゲームで言うエンカウント率を自ら下げてしまったとも言えるでしょう。


 生まれてこの方、彼氏という存在は一度もいたことがありません。

 私自身が恋愛というものに無頓着というか、無関心だったせいでしょうか。

 胸が高鳴るとか、キュンとしたとか、異性にドキドキするとか、そんなシチュエーションに出会うことなく生きてきました。


 感性もおかしいかもしれません。


 誰もが認めるイケメンアイドルを見ても、「おお、これがイケメンアイドルというものか」と思う程度で、世間一般的な女子の反応である「格好いい」とか「憧れる」といったものを何も感じませんでした。

中学生や高校生の頃も「ナニガシ君がこっち見た!」と、叫ぶ同級生の女子にも全く共感が持てませんでした。


 そんな異性に無関心な女がそこら辺の男子を見て、恋愛感情など生まれる訳もありません。高校生までの私は、ただルーチンワークのように、変化の少ない日々を怠惰に過ごしていただけのような気がします。


 そんな私でも大学生になると生活に変化が生じました。

 いわゆるサークルの飲み会やら、合コンへの誘いが増え、自発的であったり、半ば強制であったりと、それなりに参加したのでした。


 まあ、高校生の時と違って、色恋にまつわる話の多いこと。

 いや、色欲の多いことといった方が良いでしょう。


 肉食系男子はあわよくばお持ち帰りしようと、色んな子に駆け引きをしています。

 肉食系の女子なんて自分からアタックに行ってる人もいました。


 私は人畜無害に認定されている草食動物なので、こそこそと目立たぬようにしていたこともあり、巻き込まれることはなかったです。

 私の楽しみといえば、飲み会とか合コンに出ると家では作らないような料理が食べられる、それだけで十分幸せといった気持ちで参加してました。

 ちなみに草食系男子数人と「ご飯美味しいね」と語り合うことはできていたので、私自身がコミュ障というわけでもないと思います。


 私が考えを改める原因になったのは、私の周りにいる友人たちがみな恋愛脳の持ち主だったからです。

集まるとすぐに男の話題。

「彼氏が欲しい」だの、「誰それ君かっけー」だの、「今の彼氏が好きすぎてやばすぎる」だのと男の話題が中心となっています。

 私も空気を読んで「あー欲しいねー」とか、「そうかもねー」とか、「うぜぇ」とか、相槌を打ったりして過ごしています。


 その友人たちと一緒にいる時間が長いせいか、私もその感性に徐々に侵されたのだと思います。

 これはまずいのではないか。

 いや、まずいだろう――私はもう成人だ。

 恋愛を知らずに大人になってしまったぞ。

 あれ、これもしかして終わってる?

 私自身が今まで抱くことがなかった「彼氏がいないこと」や「恋愛を経験していないこと」に危機感を感じてしまったのです。


 自覚してからというもの、友人たちと一緒になって、どうすれば恋愛や彼氏ができるか考えました。

 流行のメイクや服装を勉強し、ちょっとでも見栄えを良くして、すこしでも可愛く見えるよう努力もしました。

 しかし、その努力の甲斐もなく彼氏どころか恋愛相手ができません。

 これでも頑張ったんです。合コンとか友達のつてとか頼って、男の人とも積極的に会話するようにもしてたのです。でも、私を口説こうとする人とか心惹かれる人が現れてくれませんでした。


「これとても美味しいよね」とか「幸せそうに食べるよね」とベクトル違いの会話がいつも繰り返される。

何故、食事の会話ばかりなのでしょう。


 いや、気付いてましたよ。

 私はモテないのだと、男に無関心すぎるというのはただのな言訳なのだと。

 異性より目の前の食べ物に関心が行き過ぎる食いしん坊なのだと。


 何を基準に男が格好いいのか、全くと言っていいほど分からないです。

 モテないことは気付いていましたけれど、私の琴線というものも自分のことながら理解できておらず、努力した結果が出せないとなると落ち込むものです。


 彼氏を捕まえるにはどうすればいいのか。

 自分で分からないのであれば、経験者に聞くことにしました。


 友人の中で唯一彼氏のいる子は、バイト先で彼氏を捕まえたようです。

 バイトとなると、同じ大学生の中だけではなく、一緒に働く相手のほか、お客さんもいる。私が聞いた友人の彼氏は社会人だそうで、バイト先の常連客だったそうです。相手の方はとても優しいようで、ノロケ話をよく聞かされます。ノロケ話を聞きながら、何度も「別れてしまえ」と思ったことです。


 まあ、その時の私の心境はどこかに置いておいて、彼女の話を聞いてバイトをしてみようと思ったのでした。

 現時点の環境を第三者の介入により変化を促してみるという作戦に出たのです。


 手短なところと訪れたのがファミレスです。

 他にもバイトは色々とあったのですが、近場で男の人もそこそこいるというイメージで選びました。

 制服も露出が少なくて可愛い感じだったのが気にいっていたのです。

 まさかトントン拍子で採用されると思っていなかったです。


 こうして、私はファミレス「アミーズ」のアルバイトを始めたのでした。

 しかし、私の思惑とまったく一致しません。

 男性は確かにいるのですが、相手がすでにいたり、心惹かれるイベントのようなことが全く起きないんです。


 色恋を気にするのなら、私自身の容姿はどうなんだと気になさる方もいるでしょう。一応、大学生なのでちょっと背伸びして、なんとか周りから「おかしい」と言われないレベルで擬態には成功しています。危機感を持ってからは流行のメイクとか服装にも気を遣ってます。


 先ほどモテないと述べたとおり、私はモテません。

 異性から好きと言われたことなんて一度もありません。

 とはいえ、顔は不細工というほどでもありません。

 自分で言うのは何ですが、そこそこ整っていて、目鼻立ちは悪くない方です。

 何が足りないのか自分で分かりません。

 一つだけこれのせいかもしれないというのはあります。


 私は友達から「可愛い」と言われたことはありますが、「きれい」とか「かっこいい」と言われたことは一度もありません。


 なぜなら、私は「ちびっこ」だからです。


 友人は「可愛いじゃん」とか「ちっちゃくて羨ましい」とかよく言いますが、代われるものなら代わっていただきたい。


 私は身長135センチ、体重32キロと、ものすごく小柄な生き物なのです。

 この夏、小学4年生の従妹に身長で抜かれている事実が発覚しました。

 まだ大丈夫と思っていたのに、一瞬世界が止まりました。


 胸は巨乳でもないし、貧乳でもない、お飾り程度にあるのが分かる程度です。

 親戚からお尻の形だけはとても褒められるので多分いいのでしょう。

 今までスタイルは大きく崩れたことがないので、あまり気にしたことがありません。


 低身長は両親からの遺伝なので、とっくの昔に諦めてます。 

 何が大変かというと、体に合う洋服を探すのが大変なのです。

 大人用の服はSサイズでも袖丈が長すぎたり、ぶかぶかで大きいときがあります。デザインを気に入っても、体に合うサイズのないことが多いのです。


 最近のお店は高い棚が多いので、踏み台を置いてくれてるところもあります。

 しかしながら、踏み台に乗っても圧倒的に背が足りなくて手が届かないんです。どうしてSサイズを低い所に置いてくれないのでしょうか。


 時にはプライドを捨てて、子供服に手を出すこともあります。

 最近の子供服は大人びた服も大いにあるので誤魔化すことができてます。

 特に冬のインナーとか、子供用のがぴったりサイズなので一番ですね。


 他にちびっこの難点なところを挙げるなら視界が狭くなりやすいところでしょうか。

 自分より背の高い人が前にいると壁になって前方の視界が塞がれるのは分かると思いますが、背が低すぎるとほとんどの人が壁となるのです。


 人混みの中でよく大人が子供に「前をよく見て歩きなさい」と言うけれど、前を見ても大人の背中しか見えないから、その先なんて分からないのですよ。子供と同じ視線の高さで言ってもらいたいです。


 前を歩いていた人が避けた途端、何かにぶつかる、ぶつかられる、ぶつかりそうになるというのはざらです。私が視野外にいるのか、相手に気付いてもらえないこともあります。傍に私がいるのを気付いてなくて視認した途端びっくりする人もたまにいます。


 大嫌いな所は満員電車とか混みあうところです。

 大きい人に囲まれると視界が狭いうえに潰されることが多いからです。


 吊革とか生まれて一度も使ったことがないです。

 背が足りなくて届かないので、吊革を持てないのです。

 そんな人間が電車に乗ったら、手摺につかまるために端っこを確保しようとします。


 ここが私の安全圏、誰にも譲らない――そんな気構えです。


 しかしながら、押し込まれて中へ流されたときはもう最悪です。

 自由意志がまずない。ひどいときは何故か足も浮いてます。

 重力とか引力とか仕事してくださいってくらいの状態です。

 もみくちゃにされたまま、圧死という言葉が脳裏に浮かぶこともざらです。

 身動きも取れず降りたい駅で降りられないことや、人の動きに流されて降りたくもない駅で降ろされることもしばしば。


 満員電車に乗ったあとは、けっこうな確率頻度で脳が酸素不足を起こしてフラフラしています。生死にかかわる問題だと切実に思います。


 世の中は「ちびっこ」に対して、もう少し愛情を注いでもよいと思います。

 女性専用車両とかあるけれど、個人的にはちびっ子専用車両が欲しいです。

 吊革を持ってみたいです。


 まだまだ「ちびっこ」について、言いたいことはあるのですけれど、延々と愚痴が続きそうなので話を切り替えます。

 これから私の日常についてお話していきたいと思います。


 大学での講義を終えると、私は友達とのおしゃべりをそこそこ堪能したあと、バイトへと向かいます。

 大学から徒歩20分と、それほど離れていないので気楽に通えてます。


 お店の裏口から入り、通路の右手にある更衣室で着替えます。

 個人ロッカーを与えられているのでそれを使ってます。

 着替え終わると事務室に向かい、ここでタイムカードを挿入して勤務開始となります。


 この事務室は休憩室としても使われているので、休憩中の人がいることもあります。

 今日もどうやらその様子です。

 ここのキッチンチーフをしている小山さんが、パイプ椅子に腰を掛けて休憩中でした。

 もうすぐ30歳になるというこの小山さん。

 私のことをとても可愛がってくれています。

 小山さんは結婚されていますので、私の対象外です。


「こんにちは~」

「お~、素子ちゃん今日も可愛いね~」

「ありがとうございます」


 私が勤め始めてから顔を合わせる度に、この挨拶を繰り返しています。

 もうなんだかお約束みたいになっています。 

 

 小山さんは私の制服姿を上から下までまじまじと見る。

 不思議と小山さんに見られても嫌な気分にはなりません。

 そもそも、いやらしい目で見ていないのが丸分かりなのです。


 ちなみに私が着ている制服は、本物の制服ではありません。

 小学生の職場体験用の物で、本物の制服を模して子供用に作ったものです。

 私の身体に合う制服は既製品にはなく、これしかなかったのです。


「今日もちっこいね~」

「元々ですから」

 

 この制服を着ると、より幼く見えることは自覚しています。

 しかし、自覚するのと言われるのでは大きな差があるのです。

 

「まあ、今日も一日頑張れよ」


 小山さんは立ち上がると、私の頭をぽんぽんとして部屋を出て行きました。

 頭を撫でられることや触られることは、全然気にしていないので構わないのですが、衝撃でさらに背が縮まないかだけが心配です。


 タイムカードを挿入して、ホールに向かいました。

 ホールに向かう途中、厨房に「片桐入りました」と声をかけます。

 この辺は社内規則というか、職場のお約束みたいなものです。


 私の声を聞いて、厨房から反応が返ってきました。 


「素子ちゃんキター!」

「天使来た!」

 

 うざいのがいます。

 一人は同じ大学1年生の後輩男子――周防亮介(すおうりょうすけ)

 もう一人が高校中退して、フリーターしてる2歳年下の男の子――東海林昂太(しょうじこうた)


 亮介君は黒ぶちメガネの似合う、黙っていればクールそうな男の子。

 昂太君はまだまだ子供っぽさが残っている野性味溢れたやんちゃな男の子。


 友人が言うには、二人とも見た目はとてもいいらしいのですが、私はそう思えません。

 だって、こいつら馬鹿ですし品位の欠片もないからです。

 こんな奴らを相手に恋愛しようだなんて思わないので対象外です。

 

 二人は私の声を聞くや否や、厨房から飛び出してきて私の前に跪きます。

 これは私が望む「モテ」ではないのは確かです。

『モテ』ではなく『弄り』なのです。

 

「お手をどうぞ、マイエンジェル」

「待ってたぞ、俺の天使」


 私はこの二人を真性のロリコンだと疑っています。

 世の中のロリコンなど死滅してしまえばいいと思います。

 

「ああ、そのほんの少しアピールしている胸さえなければ素子ちゃんは完璧なのに」

「惜しいよな、その流行メイクで台無しにさえしなければ素子ちゃんは完璧なのに」


 こいつらマジでうざいです。

 私のことを中途半端で不完全なロリ形態と罵るのです。

 年下のくせに私のことを「素子ちゃん」と呼ぶのです。


「お願いだから僕のことを『お兄ちゃん』と呼んでくれないか?」

「俺は『お兄ちゃんのことなんて好きじゃないんだからね』とツンデレて欲しい!」  

  

 ……あなたたち、私より年下ですよね?

 

「殺すぞ?」


 私は目いっぱいドスの利いた声色を使って脅してみました。

 

「「……可愛い~!!!!!!」」


「おい聞いたか昂太君、こんなちみっこい子が『殺すぞ?』って言ったぞ」

「ああ、聞いたぞ亮介さん。迫力だそうと声を低めに言ってるけど、全然迫力ないどころか、逆に可愛く聞こえた。これ狙ってるのか、狙ってるのか?」


 どこかに包丁はないだろうか。

 切れ味を試したい物体が二つほど目の前にいます。


 私は二人の相手をするのに疲れたので、プイと顔を背けて無視することにしました。


「見たか康太君! 幼き姫君が伝説の『ぷいっ』をしたぞ!」

「ああ、俺も見た。あれが伝説とまで言われた幼女がご機嫌斜めの時に使う『ぷいっ』だな!」


 切れていいですか?

 そう思っていると、感動している二人の後ろに小山さん。

 二人の頭にゴンと拳骨を落とします。


「お前らさぼってんじゃねえ! 素子ちゃん嫌がってるじゃねえか」


 ざまあみろです。

 小山さん最高です。

 小山さんならプライドを捨てて、お兄ちゃんと呼んでもいいです。


 二人は小山さんにぺこぺこ謝りながら、厨房に戻っていきました。

 ところで私に謝罪はないのか。


 厨房前のカウンター内からお客様のいるホールを覗いてみます。

 午後のティータイムの時間とあってか、お客様もまばらです。

 いわゆる暇な時間帯といえるでしょう。


「おー、素子来てたのか」


 覗き込んでいる私の姿を見つけて、背の高い女の人が声をかけてきました。 

 正社員でホールチーフの篠原真姫(しのはらまき)さんです。

 これぞ大人の女性という感じで、私の憧れでもあります。


 口調こそぶっきらぼうな口調ではありますが、推定165センチ、メリハリの利いたスレンダーボディ、あなたはどこぞのモデルさんですかと言いたくなるスタイルの持ち主です。

 きれいな手、透けるような白い肌、嫌味のないメイク。

 どれをとっても勝つことができないだろう相手です。


「今日も遅刻せずに来たね。よしよし、ちくしょう本当に可愛いな、素子は」


 そう言って真姫さんは私の頭を撫でくりまわします。

 真姫さんも小山さん同様にとても私を可愛がってくれます。

 私がバイトに入ってから一から十まで教えてくれたのが真姫さんでした。

 とてもいい人です。私と違ってモテモテなんだろうなと思います。


「今日は何かいいことあった?」 


 厨房前のカウンター内での多少のおしゃべりは許容されています。

 お客様からの呼び出しや食事の提供等の業務が発生していないときは、基本ここで待機するのが私たちの仕事でもあります。待機時間を利用して少しばかりの雑談といったところでしょうか。

 さぼってるわけではないのであしからず。


「これと言ってないですね。亮介君と昂太君にまた弄られましたけど」

「あとで絞めとく」

    

 亮介君や昂太君も真姫さんに頭が上がりません。

 なにせホールチーフですし、仕事もバリバリこなし店長からの信頼も厚い御方です。

 ぶっきらぼうな口調がたまにあり、怒るとそれはもう本当に怖いのですが、とても優しい方でもあるのです。小山さん同様メリハリのある御方です。


 かれこれ3か月、恋愛経験や彼氏を目的に始めたバイトなのですが、結果的に失敗でした。

 店員との恋愛はみな対象外、亮介君と昂太君以外にも男の人はいるけれど彼女持ち。

 私に残されている対象はお客様だけだったのです。これも縁が見つかりません。


「はぁ……」

「どうした素子。溜息なんてついて、幸せが逃げるよ」

「いやほら、私このバイトを始めたの動機が動機じゃないですか」

「ああ、男が欲しいってやつだね。動機は不純だけど、ちゃんと仕事はしてるんだし、私は問題ないと思うけど?」

 真姫さんには正直に言ったのですが、告白したあの日の真姫さんからの温かい眼差しが未だに忘れられないのは何故でしょう。

「結果を出せてないなって思って」

「……ああ、その件についてはどうとも言えないというか。素子にその気があるのかどうかも不明というか……私の目から見て、素子が男を欲しがっているようには見えないのだけれど」


 欲しいです。


「これは失礼な言い方になるかもしれないけど、素子が積極的に動いたところでどうにもならないという気もしてる。素子を見てると手を出してはいけないと思うのよ」

「どういう意味です?」


 何か気になる発言をされました。

 手を出してはいけないとは、どういうことなんでしょうか。


「まあ、中にはそういう嗜好を持つ者もいるだろうけれど……」


 ああ、なんとなく分かった気がします。

 私が最も嫌う言葉に関連することなんでしょう。


「素子に求愛するということはロリコンの可能性が高いとみえる。ちっこ過ぎて背徳感が凄すぎると思うんだよね。あとは小山さんみたいに父性が先に出ちゃうんじゃないかと思う」


 ここでも「ちびっこ」であることが邪魔するのか。

 好きでこの容姿をしてるわけじゃないのですが。


「素子には『愛でる』とか『尊い』という言葉がよく似合うと思うんだよね。その外見と声はロリコンのためにあるといってもいい」


『愛でる」とか『尊い』という言葉はよく耳にしたことがあります。


 私の声はいわゆるアニメ声というものらしく、声まで幼いのだそうです。

 私のコンプレックスの一つでもあります。

 職業が声優とかならまだしも、若いうちはいいですけど年齢を重ねて幼い声というのは引かれると思うのです。私も真姫さんみたいに大人な声というか落ち着いた声を発してみたいです。


「逆にそれを武器にすればましだと思うけど、素子はそれをしないし。だから素子が男を欲しているようにも見えないんだよね。どうしても男が欲しいというなら相手が多少のロリコンであっても許すべきじゃないかな」

「私、ロリコンは多少どころか1ミリだって嫌いです」

「そこ。それ。素子には言いづらいけど、それ自己否定しているとしか言いようがないんだよね。そこを認めて許容範囲を広げるのも大事じゃないかな」


 それは無理というものです。

 確かに私はちびっこです。

 需要と供給という点で考えるならニーズに合っているのかもしれません。

 しかし、私という人間を通して己の欲望を達成しようとする輩を相手にする気はなりません。

 人は中身だけじゃないというのも分かっています。分かっているつもりです。

 相手にそれを求めすぎるのはエゴだというのも分かってます。


 でも、嫌なものは嫌なのです。

 もし、私が普通のサイズだったら好きと言ってもらえなかったと思うのです。

 私としては外見も中身も丸ごと包み込んでくれるような男性が理想なのです。

 理想が高すぎるのでしょうか。

 

「努力してることは分かるんだよ? 最初に会ったころより可愛さ増し増しだからさ」


 なんということでしょう。

 真姫さんに可愛いって褒められました。

 心の底から嬉しいですが、やはり「可愛い」なのですね。


「許せる心を持つのも、妥協するというのも大事なんじゃないかな」

 真姫さんの言葉がすごく心に残りました。


 週に3回のバイトですが、それなりに続いています。

 かれこれ3か月、意外と順応できたようです。

 亮介君と昂太君のことを除けば、周りに恵まれているのでしょう。


「おつかれさまでした~。お先に失礼します」


 バイトの時間が終わり、挨拶を済ませたあと裏口から出ます。

 狩人が収穫もなしに家路に向かう時の心境はこんな感じなのでしょうか。

 夜道をとぼとぼと家に向かって帰る私はつい呟いてしまいました。


「今日も何もなし……と」

 

 明日こそは、明日こそはと、夢見ています。

 最悪クリスマスまでには何とかしたいけど、不安でいっぱいです。


 

 私、片桐素子は彼氏が欲しいです。


        

 

お読みいただきましてありがとうございます。

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