騎士団長と思い出
「つ、いた……」
俺は運が良かった。
危険な野生動物やさっきのオーガにも出くわすこともなく森から出れたのだ。
「いそ、ごう!」
言葉もだんだん言いにくくなってきた。
目がボヤける。
意識が朦朧と……
「ウガァァァアア!」
大きな声を出し、意識を復活させる。
いそ、
「ごふぁ!」
吐血した。 大量に口から血が出てくる。
それでも守るんだ…………
守るんだ……
守るんだ。
守るんだ!
「にい様!?」
不意にアリアの声が聞こえた。
着いたんだ…… 村に。
伝えなきゃ。
「アリ、アぁ、森にオーガが、出た!」
「そんなことより、にい様が!」
「それより、早く、他の騎士団に……!」
「に、にい様!?」
それで俺の意識は途切れた。
目を覚ます。
知らない場所だった。
タイルが敷き詰められており、沢山の花が綺麗に飾られて噴水が涼しい。
俺はそこを歩いて回った。
しばらくして小さなログハウスを見つけた。 なぜだろう? 俺はこの場所を知っている。 とても懐かしいような、暖かくって、なんだか安心する。
「すいません」
ログハウスの中には小さな明かりがついていたので声を出して人がいないかを確認する。
「はいはい、今行きます!」
中から声が聞こえる。 聞いたことがある声だった。
「いらっしゃい、まぁまぁ入って!」
なんか見たことがある気がする。
小さい頃かな?
綺麗な女性だ。
アリアとなぜだか顔立ちがにている。
アリアが大人になったらこんな人になりそうだな。
「そうじゃなかった、えっと……ここって何処なんですか?」
俺は急いで現実に戻らないと、オーガが必ず村を襲ってしまう。
「戻る方法って───」
「いいから、いいから。 座ってお話ししよう?」
俺は一旦ログハウスの中に入り、中にあった椅子に腰かけた。
「ねぇねぇ、アリアちゃんは元気にしてる?」
「は、はい……」
この人はもしかしてアリアの知り合いなのか?
「アシュリーも元気にしてるのかな?」
違ったらしい……。 俺とアリアの共通の知り合いとなると……。
駄目だ、さっぱりわからん。
「まぁ、落ち着いてよ、君はこんな怪我じゃ死にはしないから」
「いや、流石にあの傷で動けば死んでますよ。 ここってもしかして天国なんですか?」
「うん~、ちょっと違うかな? 確かに私は……。 うん、違うよ!」
言葉の間は気になるけど追求してはいけないだろう。
「おいで!」
膝をポンポン手で叩いている。
何をしたいのか分からない。
「むぅ~、昔は喜んで寝っ転がったのに……」
なるほど……膝枕か……。
って…………
「いやいやいや、待ってください! そんなこと知らない人にしてもらうなんて……」
「大丈夫だから! 怖くないよ~? 痛くないよ~?」
何だか怖くなってきた。
「ぐすん、ぐすん、アシュリーがグレた……」
「わ、わかりましたよ!」
俺は覚悟して女の人の膝に頭を乗せた。
ふっと頭が触れられる。
「今まで皆を引っ張っていってくれてありがとう。 でもこれからもよろしくね。 頑張ってアシュリー───」
その手は暖かかった。
懐かしくって……
『ダァ!』
あれ? なぜだろうか?
物足りない?
「にい……」
「にいさ……」
「にい様!」
目を覚ます。
俺はどうやら生きているらしい。
アリアが泣きながら俺に抱きついてきた。
「痛たたた!」
「す、すいません!」
アリアはすぐに離れてくれ……
「痛い! 痛いから!」
なかった。
「それより、他の皆は?」
「他の団員たちは村の入り口などで見回りに行っています。 リドールさんは他の騎士団に応援要請に行っています!」
リドールは騎士団員の中でも随一の足を持っている。 彼ならすぐに応援を呼んでくれるだろう。
「俺も警備に」
「流石に休みましょう、にい様……」
アリアから釘を刺された。
だが……
「俺は親父から任されたこの村を守らないといけない義務があるんだ。 アリア、今は守らせてくれ」
「それじゃあ、にい様に聞きます。 その体で何ができるんですか?」
俺は自分の体に右腕がないことを思い出した。 さっきまでの不思議の夢の中では俺は普通に2本の腕があったので忘れていた。
「今のにい様では剣は持てません。 今、出来る事と言ったらここで安静にして、もしモンスターが現れたときに住民たちを避難させることです!」
確かに俺が出来ることはそれぐらいだろう……だけど
「ここにはアリアだっている。 俺は違うことをしていた方が村の皆を守────」
「うるさいんですよ!」
へ?
アリアが唐突に大きな声をあげたのでビックリする。 というかアリアは今まで俺がしたいことを全部させていてくれた分、どちらかというとアリアに怒鳴られた部分の方が一番驚いている。
「にい様はいつも勝手すぎます! 村の皆を守りたいだとか、親父から皆の事を頼まれたとか! 何でそんなに皆を守りたがるんですか!? なんで回りの人の事を気遣ってくれないんですか? なぜ周りを、にい様を思ってくれている人のことを考えてくれないんですか?」
「さっきからのアリアが言っている事はわかった。 だから俺はそれに答えようと……」
「それなら私たちにもっと頼ってください! いい加減に、私たちにもにい様を守らせてください!」
あぁ、本当だ。 俺はアリアが言う通り周りが全然見えてなかったんだ。
アリアが大声で叫んでいた分、村の人たちにも聞こえていたみたいでさっきから「騎士団長さまをお守りするぞ~!」なんて聞こえてくる。
「きしだんちょーさま?」
小さな女の子が駆け寄ってきて声をかけてくれた。
「どうしたの? 何かあった?」
「んーん、ただね、この前、きしだんちょーさまに助けて貰ったから、次は私が守ってあげるね?」
そう言えばこの子、一昨日川で溺れていた子だ。 こんな風に助けた人たちから守られるって不思議な気持ちだし、何だか嬉しい。 今までやっていたことが無駄じゃなかったと思えてくる。
「あと、将来大きくなったら、きしだんちょーさまと結婚してあげる!」
「ブフゥッゥ!」
近くで聞いていたアリアがむせた。
何か飲み物でもむせたのだろうか? さっき物凄いあわてて飲み物飲んでいたし。
それより、今はこの子への返事だろう。
「あぁ、大きくなったらな?」
「本当に!?」
「あぁ、騎士に二言はない!」
「やったぁ!」
まぁ、大人になればこの手の話は忘れていることが多い。 無難に答える方がいいだろう。 しかしさっきからアリアのテンションが一気に下がっているが大丈夫かな? そういや、アリアも小さい頃はにい様のお嫁さんになる! なんて事いってたなぁ。
「に、にい様の浮気者……」
「なんで!?」
もうすっかり場は和んだ。
俺は、いや俺たちは皆で力を合わせてもオーガには勝てない。
ここからはオーガが森にあるものを食い散らかし、村に降りてくる時間が先か、それとも応援が来てオーガを倒してくれるのが先か? それで運命が決まる。
俺は、騎士団は、村の皆は、神に祈ることしかできなかった。