#1
2020年春、18:27。
私はあいも変わらず下北沢のぼろアパート2階ベランダで煙草を吸っていた。
別に煙草は好きじゃない。カッコいいから吸ってるってのと多分、彼氏の影響だろう。適当にコンビニでパッケージが可愛いのを選んで買ったのを今も繰り返している状況。
「遅いな。」
ベランダからアパートの前に咲いてる陽気な桜をじっーと見つめていた。ピンクだな。それ以外の感想は特に思い浮かばなかった。彼氏、裕太くんの帰りを待っていた。
彼氏も私と同じ大学生で、大学は違うんだけど、付き合ってすぐに同棲を始めた。
別に実家でも良かったんだけど若さ特有の勢いってやつだ。何かぼんやりとした物に憧れて下北沢のぼろアパートに住み始めた。部屋の中は紺色の布団が乗ったセミダブルベッド、そんな大きくないテレビ、彼氏のリッケンバッカー335、そんなメジャーじゃないアイドルのポスター、あとは日常雑貨やら何やらだ。
ベランダから見える机の上にはお酒の缶と嘘みたいに灰で
満ちた灰皿が置いてある。
「愛子ー。」
桜の木の右側にある狭い道から聞き慣れた声が聞こえた。
「おかえり。」
「また煙草吸ってる。知ってる?煙草って身体に悪いんだよ?」
小道にいる裕太くんとぼろアパートの2階で煙草を吸っている私の会話が始まる。
「知らないから煙草吸ってるんだよ。」
クソみたいな言い訳を言ってみると裕太くんは、
「確かに。」とクソみたいな返事をしてぼろアパートの階段の方に消えていった。
ドアの前で鍵を差し込む音、ドアノブを回して引く音が聞こえる。
「そういえば、これ、知ってる?」
裕太くんはただいまも言わずにベランダに来てネイビーのダウンジャケットのポケットからスマホを取り出す。
何かあるとすぐニヤケながらネットのニュースだったり話題の動画や写真を見せてくる。
いつもは知らないって言うのが定型文だったけど今回ばかりはその事について知っていた。
「和歌山の海の方で宇宙人が見つかったんだっけ。」
そう言うと裕太くんは知ってんのかよって言う顔をしたがすぐに宇宙人の話題について話し始めた。
「そうそう。早朝に砂浜から大きな音がしたから地域の人が見に行ったらしいんだけど、初めに見つけたのテンションが上がった中学生だって。」
「なんで見つけた子のテンションまで把握してるの。」
そう言うと裕太くんはスマホをスクロールし始めてまた私に見せた。
動画だ。そこには和歌山の砂浜っぽい所と手振れがひどい動画がSNSに投稿されていた。
「お父さん!ヤバいって!!なんこれ!宇宙人やん!!なんこれーー!!!」
動画自体は1分程で終わっていたが、確かに和歌山のお父さんと息子の中学生が滅茶苦茶にテンションMAXで動画撮影をしているのが分かった。
「息子さんのテンションしか、分からなかった、よ。」
私は煙草を口に咥えながら裕太くんの方に視線を移す。
そうすると裕太くんはまた口角を上げて、
「宇宙人の写真もあるんです。」とまたスマホをスクロールし始める。
「あれ、結構可愛いんだね、宇宙人って。」
率直な感想がそれだった。
全身真っ白でインベーダーの頭に角が生えているタイプの宇宙人。人でいう眉間部にクリッとした目がある。
足はなんだろ、皮膚か何かに包まれていてよく分からなかった。
「可愛くない?これ。」
裕太くんがスマホの画面を自分の方に戻してまたスマホをスクロールし始める。
「可愛い。サンリオの新キャラかな。」
「だとしても勝負に出たな、サンリオ。」
心の中で確かに、と呟く。
「あと、これ知ってる?」
次に見せてきたのはSNSで炎上したくだらない動画だった。あれ?もう宇宙人終わりなの?
「「今から洗濯機に入りまーす!!」」
同い年ぐらいの男子大学生がバイト先?っぽい洗濯機に入って爆笑しながら回転している動画だった。
裕太くんは割とこういう動画が好きなのでよく見るんだけど、こういう時の返事は大体これ。
「モラトリアムだな〜〜。」
裕太くんは無感情の確かにを私に言って部屋に戻った。
私も部屋に戻ろう。