新訳1章 第5話:勇者タカシよ。死んでしまうとは情けない
タカシ君に対する死体蹴りが、今!始まる!
祝ユニーク1000人達成記念。わーいわーい!
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ノース村
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身体という感覚が消え、意識だけが浮かぶ真っ黒な世界。
……これが、死か。昔やっていたゲームでは死ねば画面が暗転していた。
それに近いのかもしれない。
痛みもなく、温かみもなく、冷たさも感じない。何もない世界。
神らしき存在に拾われなければ、俺はここにずっと置き去りにされるのか。
1年か10年か100年か1万年か1億年か。
世界という概念そのものが消滅するまでの膨大な時間。未来永劫か。
どれだけの時間、そこに留まるのだろうか。意識が残ったまま。
それは、嫌だな。それなら意識ごと消え去った方がマシだろう。
死という概念は考えれば考えるほど吐き気を催してくる。
いずれ必ず迫ってくるもの。その先がないもの。
それを考えさせられるこの空間は、地獄だな。
突如、真っ白な光に包まれ、また黒い世界になった。
だが、身体という感覚がある事に気がつく。
ひんやりした鉄のような硬い物が背中にあるのが分かる。
閉じた瞼に刺激を感じる。恐らく、光がある。指が動く。
俺はゆっくりと瞼を開けた。刺すような光に目がくらんだ。
神官帽子を被った胡散臭いおっさんが俺を見ていた。
「おお、勇者タカシよ。死んでしまうとは情けない」
……俺は生き返った。どういう理屈なのかは知らないが。
生き返った人間に対してかける言葉の第一声がこれってどうなんだよ。
って純粋にツッコミたい気持ちになるが抑える。
「ここは?」
「ノース村の教会です」
どうやら死んだ後に復活する地点は"教会"になるらしいという事だけは理解する。
ある種のご都合主義的な展開ではあるが、死んでも生き返る。
という事を体験させられてしまった。
あの下種魔族……ライノスウォーロードと言ったか。アイツのせいでな。
次に会った時は絶対にぶっ殺してやる。という決意をキめた。
「ところで、俺はどうやって生き返ったんだ?」
「神のご加護と奇跡によって生き返ったのです」
……つまり分からないって事だな。
この胡散臭いおっさんに聞こうと思った俺が馬鹿だった。
「勇者タカシよ」
「ん?」
「どういった理由から死に至ったのかをお聞かせ頂いてよろしいですか?」
何故それを聞く必要があるのかは分からない。
だが、答えない理由もなかった。
「ああ、ライノスウォーロードとかいう魔族がいきなり現れて殺された」
「おお、なんという事だ。魔族が人の領域に侵攻してくるとは」
目の前の胡散臭いおっさんは事実を深刻に受け止めている。
そういえば、いきなりこの世界に飛ばされてから、
この世界がどういうモノなのかをロクに調べていない。
魔族、ライノスウォーロード。そして、魔王。
恐らく俺が倒すべき存在について、俺は何一つ知らないのだ。
「魔族って何なんだ?」
「魔族とは、一言で言ってしまえば人間の敵です。暴力を信条とし、人を憎み、人を殺し、人から物を奪い、世界に混沌をもたらす者です。そして、人間よりも遥かに肉体的に強く、得体のしれない力を行使する者共です」
まぁ、分かりやすい悪役そのまんまだな。
ライノスウォーロードの下種っぷりを見ればまさにその通りと言っていいだろう。
その事で聞きたい事も増えた。
「じゃあ、ライノスウォーロードって奴を知っているか」
「東の果ての地には人々への略奪を働く獣人という野蛮な種族がおり、その獣人共の統率者です。性格は狡猾で残忍、かつて獣人共を率いて東の国を滅亡させたとも言われております。そのため、大陸の北部に位置するこの村にライノスウォーロードが出没するのは不自然なのです」
「なるほど、つまりそんなヤバイ奴が俺を直接殺しにきたのか」
もっと早く教会に寄っておくべきだった。
そうすればもっと手のうちようがあったのに。
が、教会がこんな情報を抱えているなんて知ったこっちゃない。
神とやらにもっと世界について質問しておくべきだった。
今さら遅いが。
「勇者タカシ。魔族の目的が貴方であれば、もしかすればこの村は焼き討ちされてしまうかもしれません。急いで別の村に向かってください」
「……そうだな。早くこの村を去るか」
「それと、もし、急いで経験値をお稼ぎになられるのでしたら、この村より北にあるノースエンド地方に人々を困らせるゾンビがたくさんおります。まず、そこでお力を付けられるとよろしいかと思います」
「ああ。色々ありがとう。助かった」
何か会話に違和感を感じるが気にしてもしょうがない。
俺は胡散臭い神官帽子のおっさんに軽く礼を言って教会を後にする。
改めて自分の状態を確認してみると、
装備は死んだ直後の状態になっており、ボロボロだ。
ハルバードで貫かれて穴の開いた皮鎧、
切り飛ばされた腕は生えてきているが、服も破けたまま。
そして、手持ちの貨幣袋を確認すると半分になっていた。
神官帽子のおっさんが抜き取ったんじゃないかこれ。という疑念が沸く。
いずれにせよ。
武具の行商人が寄るまでちんたら待つなんてやってられない。
服だけミリィの店で新調し、とっとと村を離れようと思う。
……そう思ってミリィの店に寄った時、俺は咄嗟に物影に身を隠した。
そう、金髪の雑魚が生きて帰っていたのだ。
服はボロボロに破れてところ所が擦り傷で血を垂れ流し続けている。
何やら、ミリィに訴えている様子が遠目から分かる。
俺は金髪の雑魚を見捨てた。それが既に村に広まりつつあるのが分かった。
今は補給を諦め、とにかく次の村まで逃げよう。そう考えた。
だが……村の出口に着いた時に、アイツが居た。
「よう、勇者サマ?また会いたかったぜ?」
「……な……なんでお前が、ここに……」
何だよ、これ、
村の外に出ようとしたらライノスウォーロードが待ち構えている。
こんなのありかよ。
「そりゃあ、勇者サマだけをぶち殺し続けろっていう総大将からの命令なンでな」
「ふざけるな! お前、まさか村を焼き討ちしにきたのか」
「ンア?そんな事しねぇよ」
「は?」
「お前が諦めてこの村で骨を埋めるなら俺様は何にもしねぇぜ? 出ようとするならこの場でぶち殺してやるがな!ゲッハハハハ」
下種な嗤い声が辺りに響く。
異変を聞きつけて続々と村民達が集まってきた。不味い……
「なんだありゃ?」「化物だ!」「ありゃタカシじゃないか」
野次馬が続々と集まり続け、そして
「アイツだ!アイツが魔族を村に呼び込んだんだ!」
怒気を孕んだ声を上げたのは金髪の雑魚だった。
そして、言っている事自体は間違っていない。
魔族の狙いは俺。呼び込んだと言っても否定できない。
「タカシがか?」「おいおい…」 村民の間に動揺が走り、ざわつく。
「いや、違う。俺は呼び込んだわけじゃ……」
「おいおい、勇者サマよう。つれねぇなぁ? 一緒にあの金髪ジャリをボコにした仲だろう?」
「違……」
「そうだ!俺はあいつらにこんな目に遭わされたんだ!タカシの奴に殺されかけた」
金髪の雑魚を生かしたのはこれが狙いか。
俺を村八分に追い込むために。
「俺は殺そうとしてなんかいない! あれは仕方なかったんだよ」
「うるせぇ!そういうんならさっさとそこの魔族を倒してみろよ。勇者なんだろてめぇはよ」
金髪の雑魚の声に宿るのは憎悪だ。俺を憎んでいる。
おかしいだろ。逆恨みもいいところだ。
憎むべきなのは実際に殴ったライノスウォーロードの方だろ。
ライノスウォーロードを倒せだって?レベルも上げずに倒せるわけないだろうが。
無茶振り言ってんじゃねぇよ。
「そうだ」「早く魔族を追い払え」「勇者なんだろ!」
ことあるごとに勇者を自称していたのが不味かった。
もはや引けない状況に追い込まれた。だから、俺は、逃げた。
「あ、おい」「逃げたぞ」
村の逆側の出口に希望がある事を夢見て。だが……
「遅かったな?お前が居る場所なんて丸わかりなンでな。逃げても無駄だぜ?」
先回りされていた。
「なんでだよ!なんで俺の居る場所が分かる!」
ふと、障害物もないのに不自然な影がある事に気がつく。
ようやく理解した。空に飛んでいる悪魔の像と馬達、あれは見張りなんだ。
俺が居る場所は逐次監視されている。だから、拠点の村をすぐに襲撃もできた。
機動力の勝る馬が相手では逃げられない。こんなのありかよ。
俺は実質詰んでいる。ふざけんな!
また、野次馬が集まってきて怒声を浴びせられる。
「逃げてんじゃねぇぞ!」「さっさと魔族を倒せ!」
「糞が、クソッタレがあああああ」
もう、ヤケクソでライノスウォーロードに突っ込んだ。
「ゲッハハハハッようやく観念したか。ほらよ」
「うわっ! ってぇ」
だが、雑に蹴り飛ばされた。地面を引きずりながら転げまわる羽目になる。
実力差は歴然だった。
「くそ、『ヒール』、うおおおお!」
俺はヒールをかけてすかさずライノスウォーロードに切りかかろうとするが。
「まぁ、あんまり変にいたぶって同情されても面倒だしな。ここらで死ンどきな」
ハルバードを薙ぎ払う予備動作が見えたのが俺の最期の記憶だった。
…世界がまた暗転する。
首から下がすっぽ抜ける感覚を覚えているのは世界広しと言えど多分俺だけだろう。
あまり痛くない殺し方が出来るんなら最初っからそう殺せよ。クソが。
どうなるんだ。俺は、ここから。
目が覚める場所はノース村でないことを祈るしかない。
この村には俺はもう、いられない。だから頼む。
自分を勇者だと自称しちゃったりすると。大抵ロクな事が起こらない。
勇者というのは行動の結果、人々から称賛される称号じゃないとね。
役目から勇者になっちゃった結果がこれ。
神からホイホイ力を与えられたからってそれで増長してもいけない。
歴史として"前例"が残ってればいくら強くっても対処法もふつーに考えられてしまうので、
タカシ君の末路は必然なのだ。
……まぁ、実行するのはまおー様である必要はなかった気がするけど。
まおー様が弱いからこそこういう搦め手をとったという事で一つ。