過去話その4:内角を抉りこむようなジェットアッパー
所謂まおー様の修行回及びギャグ回である。
まおー様の敗北=ほぼ本編終了であるため、こういう場面でしかネタに走れないのだ。
それはまおー様がまおー様になる前の話
ーーーーーーーーーーーーーーー…
獣魔領 シュールストレミング 裏山
ーーーーーーーーーーーーーーー…
半分ほど記号で埋め尽くされた皮紙を片手に持ち、
腰にチェーンベルトを巻き、ポーチを吊り下げた上裸の男。まおー17歳。
彼が何故上裸になった理由は単純である。
まおーは登山を繰り返し続け、その度に魔獣に襲われて怪我を負って入退院を繰り返した。
その度に、鎧を破損させるのでついには貸し出し禁止になってしまったのだ。
布製の服を着ようものなら即座にビリビリと破れて使い物にならなくなるので、
結局上裸スタイルに落ち着いたのだ。
今、まおーは霊山の中腹まで登っている。季節は秋になる。
見るべき人が見れば、木の葉は舞い散り、
赤と黄色のカーペットの上を歩くのはワクワクするかもしれない。
だが、まおーはそんな情景で感傷に浸るセンチなメンタルを持ち合わせていない。
「ううっ……最近寒くなってきたな」
中腹にもなれば標高も高くなり、高山病を発症してもおかしくはない。
しかし、獣魔族は病気に大して強い耐性を持っている。
そのため、上裸でもこのような過酷な環境でも生き抜く事ができるのだ。
……やっぱり寒いものは寒いわけだが
まおーはアレから修行し続けた。
ドゥンの猫パンくらいなら簡単に見切れるように、
城に作られた魔獣小屋の魔獣を相手に徹底的に格闘戦を練習したのだ。
なので、今のまおーは麓の魔獣程度なら軽くいなせる程度に強くなった。
野生のドゥンを飼いならし、中腹地点まで騎乗していくのなんて朝飯前なのだ。
だが、霊山の中腹からはドゥンも恐れて進みたがらない。
麓の王者ドゥンであっても恐れるような存在が居るということになるのだ。
がさごそと、茂みを掻き分ける音がしたのでまおーは身構える。
「なんだ…」
隙あればポーチから干し肉を取り出して逃げる準備は出来ている。
出てきたのは哺乳類。毛並みは赤黒く、人よりややサイズは大きい。
特徴的なのは太くて長い尻尾と逞しい脚の3つの部位を用いて、
兎のようにぴょんぴょん跳ねながら移動するという点だ。
尻尾と脚で移動するのであれば、腕の筋肉が発達していないのかといえばそれは違う。
鍛え抜かれた大胸筋と上腕筋から放たれる圧倒的な威圧感はまさしく強者の風格。
そう、あからさまにカンガルーなのだ。
後にまおーの書いた魔獣図鑑には彼の存在の名前は”レッドブロウ”と記される事になる。
「ヴォオオオ!」
強風が雨戸の隙間を通った際になるような篭った威圧的な鳴き声。
まおーの額からは脂汗が流れおちた。
この感覚は強者と対峙した時に近いものだ。
「ふ、ふん、家畜の貴様にはこれがお似合いだ。くれてやろう」
精一杯の強がりと共にまおーはレッドブロウに干し肉を恐る恐る差し出す。
だがまおーは選択を誤った。
カンガルーは草食なので、渡すには肉であってはならないのだ。
レッドブロウは脇を締め、しっかりとした溜めを作る。
次の瞬間、「ぶべらっ」っとまおーは鼻と口から血を吹き出す。
レッドブロウの音速の抉りこむようなアッパーがまおーのジョーを打ち抜いたのだ!
まおーはふわっと滞空した後に、背中から地面に叩きつけられた。
「ごはっ、はぁあ!」
倒れたまおーにすかさず飛び乗って拳を振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。
滅多打ちだ。まおーはただ両手で顔面を防ぎながら身体をよじる。
一撃が振るわれる度にまおーの腕に青あざが出来上がっていくのだ。
「ぐあ、やめ、やめろ。おい!、やめっ」「ヴぉおおおおお!」
レッドブロウは防御を固めたまおーに苛立ち、思いっきり振りかぶって拳を振り落とした。
「うおおおお!」まおーは横に転がって避ける。
巨大な岩石が落下したかのような轟音と共に、まおーが転がる前の位置の地面に亀裂が入る。
破砕した地面から飛び散った石礫がまおーの頬を傷つけた。
「調子に乗るなよ」
寝た体勢から放たれるまおーの右ストレートがレッドブロウの頬を打ち抜く。
一瞬、殴られた事に驚いたのかポカーンとした様子を見せる。
その隙に地面を蹴ってレッドブロウの下から脱出する。
まおーは即座に立ち上がって体勢を立て直し、ファイティングポーズを取る。
が、腕が非常に重たい事に気がつく。
レッドブロウから滅多打ちを受けた事で腕にダメージが蓄積しすぎたのだ。
その様子を見てレッドブロウは勝ち誇ったかのように吼える。
そう、何時もの十八番、困ったときには木の上に逃げるが使えない。
まおーは後ずさると背中に堅いモノが当る感覚を覚える。背後に大木だ。
「ヴぁおおおおおお!」「不味いか。これは……」
レッドブロウは尻尾で勢いよく跳躍すると同時に振りかぶり、フックを放つ。
察したまおーは全力で真横に飛び込みローリング回避を図る。
まおーの背にしていた大木にレッドブロウの拳がめり込み、
メキメキっと樹皮を抉る音を鳴らした。隙が出来たのだ。
「うぉおおおお!我に平伏せぇええ畜生がぁああああ」
まおーはヤケクソのローリングソバットをレッドブロウの後頭部に放つ。
レッドブロウは蹴りの勢いを受け、グシャッと顔面を大木に叩きつけられた。
「やったか!?」
願望めいたまおーの言葉が沈黙を破る。そして、
「ヴぉおおおおお!」
「なんだと!?」
なおも激昂するレッドブロウは大木から拳を引き抜き、まおーに対して向き直る。
愛くるしいつぶらな瞳からは考えられない程の鬼気をまおーに浴びせかける。
レッドブロウは2本脚で跳躍しながら距離を詰め、まおーに掴みかかる。
先ほどの流れで学習したのか、ジャンピングブーメランフックを放たない。
「ぐあ、放せ!があああああああ」
レッドブロウはまおーに掴みかかった勢いでヘッドロックを仕掛ける。
まおーはジタバタともがくが完全にキマった腕は外れない。
レッドブロウは締め技も手広くやるのだ!
まおーの意識は徐々に遠くなり、闇が全てを支配する。
「が、ぁ……」
締め落されて無残に気絶するまおー、
ソレを見て満足したのかレッドブロウはまおーに興味を失い、
ぴょんぴょんとどこかへ去っていく。
……その一部始終を眺めていたガーゴイルがまおーの元に降り立つのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…
まおーの意識が覚醒した時、医務室のベッドの上にいたのだ。
「ここは…… 俺は…生きてるのか?」
「マオ……良かった…!」
見舞いに来た魔族の少女が涙を流しながらまおーに抱きついた。
まおーはどぎまぎしたのでやんわりとヘレナの肩を持って放すようにした。
「お、お?ヘレナか。一体何が……」
「もう、マオは裏山で死にかけてたんだよ?」
ここでようやくまおーは自分の置かれた状況を理解する。
「そうか…… 俺は…… 負けたのか…… 弱いんだな…… 俺は……」
まおーは静かに視線を下に傾け、ベッドを見るのであった。
あの戦いは終始劣勢だった。それだけ実力差が開いていた。
ローリングソバットに至ってはなりふり構わず殺す気で放った攻撃だ。
その威力は下手な鉄製武器より鋭利で強烈な一撃。だったはずなのだ。
だが、それもレッドブロウには通じていなかった。
霊山の麓の魔獣とは比較にもならない強さと凶暴性を持つ中腹の魔獣達、
あれは氷山の一角に過ぎない。
まおーは自分のやろうとしている事の無謀さを思い知る。
大魔獣フレースヴェルグの住む場所は霊山にある霧の頂。
そこに住む者達の強さは、また一段階上がるということになる。
それを使役、つまり殺さず捕まえるという事の無謀さを思い知るのだ。
「そう、マオはよわっちいんだから。もう危ない事やめよう。ね?」
「く…くそぉ……」
悔しがるまおーを見て魔族の少女は静かに覚悟するのであった。
「ねぇ、マオ。私、魔王……やるよ」
「ま、待て!ヘレナ。それには及ばん」
「マオまで死んじゃうなんて私、嫌だよ」
「俺は死んだりしないから大丈夫だ。だからもう少し待とう。な?」
「なんで? マオはなんでそんなに魔王になりたいの?」
答えは簡単。好きな女の子に望んでもいない魔王をやらせたくないからだ。
魔王になるのは目の前の女の子と対等になるためにも必要なことだ。
というのを馬鹿正直に言うまおーではない。
「世界征服して人間共に俺の名を知らしめるためだ! 折角の男の夢を掴むチャンスなんだ。だからもうちょっと待ってくれよ」
「もう……」
「誰にも言うなよ?今のままだと恥ずかしいからな」
「うん。でも、やっぱり心配だから今度は私も付いていくね」
「い、いや。大丈夫だって」
「それにちょっとだけお外だって見てみたいもん」
魔族の少女は籠の中の鳥のような生活をしている。
だから、自由奔放に外を出ているまおーの事が時折羨ましかったりする。
「……分かったよ。今年は……怪我治すのとリハビリもあるから…無理だな。それじゃ来年の今頃辺りにでも行こうぜ」
「うん」
次はこんな無様な姿を見せられないと心に誓うまおーなのであった。
当然ながら後に、大魔道にこっぴどく怒られることになる。
一応は城の当主なんだから命は粗末にするなという理屈だ。
だが、そんな事でへこたれるまおーではない。
よりいっそう厳しい戦闘訓練に励む事になる。
ふつーのデーモンナイトではもう、まおーの相手にはならない。
だから、ちょっと怖いライノスウォーロードおじさんに教えを乞うた。
なお、非常に鬱陶しいがられた。
ジェットアッパーか~ら~の~ブーメランフックでまおー様がhageるお話。
鹿の方がネタとしては面白かったかもしれない。そういうお話。
鹿だったら名前をダーク♂ホーンにしてたかもしれない。
カンガルーはムキムキマッチョだし、ボクシングもやるしヘッドロックもやる。
でも一番ヤバイ攻撃はヤクザキックと尻尾アタック。まおー17歳はまだそこまで戦えなかった。
正直負け戦の方が書いてて楽しいのである。




