閑話 まほーしょーじょデモナちゃん
31話の『魔女狩り』を見てからの方が楽しめるかもしれない。
時系列的には『捧げる』前後のお話です。でも魔女狩りの後にしたのはその方がシュールだと思ったから。
他意はない。
それは、姫騎士がまだ騎士王になる前のお話
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獣魔領 魔城シュールストレミング
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魔道修練場。そこは魔城の外郭付近にある領域だった。
最も、獣魔達はまほーが使えないのでこれを利用する者達は限られている。
精々まおー様か大魔道とその部下くらいである。
先代魔王の娘であるヘレナもまほーは使えるが、
魔力が高すぎて魔法を上手く制御できず、
施設を破壊する事が相次いでいるので出禁なのだ。
そして、そこに足を運ぶ者が一人、まおー様である。
だが、魔道修練場内から声が聞こえるのでまおー様は訝しむのであった。
気配を消して声の元へ歩みよってみると、
そして、
『魔に堕ち、血に濡れた剣の極意……その身に刻め!、地の剣』
ザクッと地面に剣を突き刺す音が鳴る。
『魔に堕ち、血に濡れた剣の極意……その身に刻め!、地の剣』
ザクッ
『魔に堕ち、血に濡れた剣の極意……その身に刻め!、地の剣』
ザクッ
「おかしいな…… さっきは上手くいったのに……」
と魔法が上手く発動しない事を呟く姫騎士の背後に立つまおー様が一声。
「お主、何やっとるんだ?」
「う、うわぁぁああああ、貴、貴公、ど、どうしてここに!」
上ずった声で驚きを隠さない姫騎士は顔を真っ赤にして振り返るのであった。
馬鹿正直に"詠唱"を全部行うと意外と恥ずかしい。
だからふつーは"魔法名"までしか言わなくても出来るように練習する。
初見のまほーは全部詠唱した方が良いけれど。
「あまり喚くな。余も魔法は時折練習しにくる。別に驚く程でもあるまい」
「そ、そうか」
まおー様は羞恥心からそわそわしている姫騎士を無視し、
焼却魔法練習用触媒の枯れ草を資材置き場から俵を取り出してぶちまける。
そして、枯れ草のベッドの上に立ち、天高く跳躍して叫ぶ。
『フェザーステップ』と魔法名を叫び、同時に強く空中を踏みしめる。
が、スカッと宙を蹴って体勢を崩しながら落下し、
顔面と胸を地面にうちつけるのであった。
べちゃ、わさぁっと枯れ草のベッドは舞い上がる。
それを見て「え?」と一瞬固まった姫騎士。
ムクっとまおー様は起き上がり再び天高く跳躍し、『フェザーステップ』を唱え、
べちゃ ムクッ 『フェザーステップ』 スカッ
べちゃ ムクッ 『フェザーステップ』 スカッ
べちゃ ムクッ
無表情で跳躍しては顔面を地面に打ち続ける上裸の男の姿はシュールであり、
堪えきれず姫騎士はクスッと笑うのだった。
「何がおかしい?」
「い、いや、そういうつもりじゃ……、すまない」
割と失礼だったな。と姫騎士は反省するのであった。
気がつけばまおー様には打ち身で痣が出来ていたりする。
「貴公、それ、痛くはないのか」
「慣れておるからな」
実の所、まおー様はとある事情から風魔法を練習していたりする。
しかし、まおー様は土魔法以外はからっきしなので、人一倍練習する必要があった。
当然、こんな事を続けていると怪我も多いのだ。
「その、『フェザーステップ』という魔法は一体何なんだ?」
「空中に足場を生成する魔法だ。まぁ、魔法使いにとっては大して役に立たぬ魔法だな。一般的には『エアライド』の方が使い勝手は良いだろうからな」
ちなみに『エアライド』とは、風を纏って空中を自由に飛ぶ魔法だ。
ただ、難易度や魔力消費量は『フェザーステップ』とは比べ物にならない。
まおー様は静かに目を閉じ、集中して手を前にかざす。
『フェザーステップ』と魔法を詠唱すると、
地面から階段1段分浮いた場所に風で出来た床が出来た。
「”それ”を踏んでみろ」と風の床を指差すのだった。
恐る恐る姫騎士は風の床に乗ると、何も足場がないはずの宙に乗れたのだった。
「す、凄いな……これは…… これが、魔法なのか」
姫騎士は宙に浮かぶという快挙を成し遂げ、感動していた。
自然の法則を捻じ曲げ、操る事の出来る。それが魔法なのだ。
「そうだ。そろそろ効果が切れるから降りた方がいいぞ」
「ああ…」
姫騎士は足場から降りると、風の床は掻き消えた。
ただ、たったこれだけの効果の魔法であれば、
全然役に立つ場面があるように見えない。
「貴公は何故、この『フェザーステップ』を覚えようとしているんだ」
「空中で自由に移動したり向きを変える手段が欲しくてな。空中に作った足場を蹴って飛べるなら戦いの選択肢が広がる。まぁ、無詠唱出来なければあまり使い物にならぬが」
まおー様は先ほど同様に『フェザーステップ』を予め発動させ、
人二人分くらいの空中に横向きで足場を作った。
それを跳躍して蹴り、横向きに一気に加速して空中ダッシュをしてみせるのであった。
「おお…… 凄いものだな」と姫騎士は素直に感嘆するのであった。
まおー様の戦闘スタイルはのーきんなのだ。
なので、のーきんスタイルで空に飛ぶ敵を倒そうとするならば、
空中の足場を何度も蹴って敵に接近する必要がある。
そして、空中では慣性に任せるしかなく、
そこを狙い撃ちにされれば回避行動が取れない。
風の壁を蹴る事ができれば無理矢理回避行動をとる事も可能になる。
落下速度を加速させて攻撃の威力を上げる事も可能だ。
だから、叫んで空を蹴ってはスカっと外し、べちゃっと潰れているのだ。
無詠唱の前段階、詠唱しながらの空中制動の練習なのだ。
まおー様は上手くまほーが使えないから。
「それで、デモナよ。お主はどういった理由でここに来ている」
「ああ、それは……」
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時は遡り、デモナは大魔道と話していた。
「半妖程度の魔力をデモナ殿から感じられますので、魔法を使えるかもしれませんな」
「魔法を?私が使えるのか?」
「ええ、まおー様の眷族となったことで魔力を有するようになったのかと思われます」
「おお、魔法を使う方法を教えてもらってもよいだろうか?」
いつの間にか内なる力に目覚めてちょっとワクワクする姫騎士なのであった。
「ええ、こちらの本をお読みになられれば使えるようになりますよ」
大魔道は『魔法大全 魔道の真髄に至るには』という本を姫騎士に手渡そうとする。
ページ数にして大よそ3000ページ分の皮紙が使われている。
その分厚さは片手で手に持つ事が出来ないほどだ。
それはハンマーですといわれても遜色ないレベルだろう。
ぺラッと目次を開くと軽く眩暈がしてくる。
そして、そして色んな意味で読めない。
この本は大魔道の分かりにくいクセ字で書かれている。
そして、非常に難解な文章で書き綴られている。
一応姫騎士でも読める共通言語を用いて書かれているが、理解できる学がなかった。
「あ、ああ、これはそのうち機会があれば読ませて頂こう。その、出来れば、触りだけを軽くご教示願えると嬉しいのだが」
と、姫騎士は『魔法大全』を返そうとする。
「それでしたら…」
姫騎士はご教示を願うだなんて頼んだ事を後悔することになった。
あーだこーだあーだこーだと。
その日は半日間ずっと拘束された姫騎士が辛うじて理解できた事は、
魔法を詠唱すれば使えるかもしれない。ということだけだった。
結局実践するのが一番だと姫騎士は理解したのだった。
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「…というわけなんだ」
「それは災難だったな。大魔道の奴は魔法の事になると早口になるからな」
まおー様も大魔道の魔法講義は正直凄まじく鬱陶しいと思ってたりする。
なので結構姫騎士に同情している。
「それで、『アースセイヴァー』という魔法の練習をしていたところなんだ。ただ、一度は上手くいったのだが、上手くいかなくなってしまって」
「ふむ、ならやって見せてみろ」
「え…その、ちょっと恥ずかしいのだが」
口上垂れ流してひたすら剣を地面にザクザク地面に刺すのは傍目からは間抜けに見える。
だから姫騎士は人がいない時間を見計らって魔法修練場に寄っていたのだった。
「魔法を使うのを恥ずかしがる奴がどこに居るのだ。お主、それを実戦で使う気あるのか」
「う…、分かった」
『魔に堕ち、血に濡れた剣の極意……その身に刻みぇ!、地の剣』
ザクッ ……… 何も起こらなかった。
緊張で言葉を噛み、その様子をまおー様にがん見されているので尚更恥ずかしい。
「うぅ…、そんなに見ないでくれ……」
「なら目を瞑って余など居ないと思ってやればよかろう。雑念が混じってると上手く発動せぬぞ。それに目を瞑った方が効果をイメージしやすい」
「そうなのか? それじゃあ…」
姫騎士は静かに目を閉じ、落ち着いて集中してから口上を垂れ流し、
地面に剣を突き刺す。
そうすると、前方においてある木偶人形を足元から伸びてきた岩の剣が貫いたのであった。
「お、おお、出来た。出来たぞ!」
「……良かったな」
姫騎士はまほーを上手く発動できた事で有頂天になる。
口では祝福を述べるまおー様だが、その心中はあまり穏やかではなかった。
何故なら、まおー様は魔法一つ覚えるのに年単位で時間をかけている。
十八番の『石柱生成』の無詠唱には30年かけていたりする。
それをこの姫騎士は僅か二日でやってのけた。
才能とでも言うべきか、そういうモノがあるのだと実感させられたのだ。
幾らか時が過ぎればこの姫騎士にいずれ追い抜かれる。人の成長はそれほど早い。
予兆を感じたのだ。そして、自分に残された時は短いのだと。
「貴公は人に教えるのが上手いのだな」
「ふん」
「…?」
姫騎士の素直な賞賛はまおー様にとって嫌味に聞こえた。
まおー様が顔を陰らせた意図が分からず、姫騎士は押し黙るのであった。
「お主、もしかすれば『フェザーステップ』も使えるのではないか」
「ん?試してみよう」
姫騎士は目を閉じ、集中して『フェザーステップ』と唱える。
そうすると、風の床が空中に生成されたのだった。
「おお、出来た!コツを掴めばいけるものだな!」
「……やはりか」
姫騎士は出来た風の床に飛び乗ってみたりする。
そして、…
『フェザーステップ』と唱え、新しく風の床を作り出し、跳んで次の足場に飛び乗る。
翼がはえたかのような足取りで、宙を駆けていくのだ。
「おお、おおおお、楽しいな!これは!」
姫騎士は無邪気に笑いながら宙にステップを踏む。
その様子を世界の終わりを見るかのような顔でまおー様は眺めていた。
まおー様が5年かけても出来なかった事を、
姫騎士は今、目の前で実現してみせている。
まおー様は姫騎士が見ていない時にギリっと歯を噛み締めたのだった。
だが、突如事件は起こった。
『フェザーステップ』 スカッ
風の床が上手く生成されなかった。そして、
気がつけば人4人分くらいの高さまで跳んでいた姫騎士のステップは虚しく空を蹴った。
一瞬何が起こったのか理解できず、姫騎士はただ叫ぶ。
「あ、あ?うぅわああああああああ!!」
体勢を崩し、頭を真下にして垂直落下を続ける。
まおー様が枯れ草のベッドを敷いていた場所ではなく、岩の床を目掛けていた。
眼前に堅い地面が迫ってくる。それは、死、そのものに見えた。
恐怖で思わず目を閉じ、ただ跳ね返ってくる風圧に身を任せる事しかできなかった。
姫騎士は下腹部に暖かいものが伝っていくが後の祭りだろう。
そして、風圧が止まる。だが、落下の衝撃はあんまりなかった。
途中で体ごと救い上げられたのだ。
「あ、あれ?」
姫騎士が目を開けると腕や胸に血を流した上裸の男が抱きかかえていたのだった。
デーモンメイルはトゲトゲしているので、上裸のまおー様が抱きかかえれば、
それは棘が刺さって血が流れるのだ。
「お主、空中を舐めておるな。迂闊にしてると。死ぬぞ?」
「き、貴公…… た、助かった。ありがとう」
まおー様はヒポクリフに幼少の頃から乗っているから空中の怖さは知っている。
そして、ヒポクリフリッターも毎年落下して大怪我をする者が絶えない。
それだけ、空中とは死と隣り合わせの危険な領域なのであった。
命を拾って安心した姫騎士は気づいた。
自分が今、"血まみれの上裸の男"にお姫様抱っこされている事に。
目の前には逞しい大胸筋があるのだ。
どうでもいいことだが、ガントレット越しに触れてみたりすると堅い感触がある。
「……降ろして貰っていいだろうか」
「最低でも頭上から落ちないように訓練はしておけ」
「それより、貴公は大丈夫なのか」
「この程度の傷は慣れてるからな。気にするな」
そういってまおー様はポーチから薬草と包帯を取り出し、
患部を処方しようとする。
「いや、せめて手当てくらいはさせてくれ」
慣れている。
つまり、まおー様は何度も何度も何度も地面にぶつかってきており、
何度も何度も何度も血を流してきているのだった。
どこを見ても古傷だらけの体だった。
「……貴公は、どうしてこんなに傷だらけなんだ」
「そうしなければ、この場に立てなかったからな」
まおー様になるのは決して楽な話ではない。
血を流し続けなければいけないのだ。弱いというのはそれだけで罪なのだ。
だからまおー様はよわっちくても、効果があんまりなくても修練は続ける。
その後、
べちゃ ムクッ 『フェザーステップ』 スカッ
べちゃ ムクッ 『フェザーステップ』 スカッ
べちゃ ムクッ 『フェザーステップ』 スカッ
べちゃ ムクッ 『フェザーステップ』 スカッ
という音が魔道修練場に鳴り続け、
『魔に堕ち、血に濡れた剣の極意……その身に刻め!、地の剣』
という声が時折間に挟まるのであった。
まおー様は何やってもセクハラにしかならないのどうにかならないんでしょうか!
デモナちゃんの微妙なエロさを表現できてたらいいな!
というどうでも良い話。




