2章 第32話:魔王の定め
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獣魔領 スカージの村
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流行り病の患者を隔離するための村、
そこは、事実上患者を魔獣の餌にするだけの最終処分場であった。
だが、姫騎士レイディアナが王に即位したことによって村は大きく様変わりする事になる。
彼女は騎士国主導でスカージの村を正式に開拓することにしたのだ。
ただ、魔獣犇く地を安全に開拓する事は困難を極めた。
そのため、姫騎士王レイディアナは魔王マオザウルフに対し、
秘密裏に開拓者の保護を要請したのだった。
魔王はそれを受諾し、開拓者が魔に忠誠を誓う事を条件にデーモンナイトで保護した。
これにより、捨てられる者達が住む村から魔王の眷族が住まう村へと変わったのだ。
新たに獣人や獣魔族が生まれる事も、病で病死する者達も減っていったのだった。
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村の外れ、おびただしい数の墓が立ち並ぶその場所に、
姫騎士とまおー様が居たのであった。
ここに居る間は姫騎士王ではなく姫騎士なのだ。
「ふふ、今思えば貴公とここでこうして会ったのは随分昔のように思える」
「デモナよ。いきなり余を呼び出したかのと思えば、昔話がしたいだけなら帰るぞ」
はにかみながら話す姫騎士を鬱陶しそうにするまおー様なのであった。
「すまない、そう邪険にしないでくれ。聞きたい事があるのだ」
「何だ?」
「先日、神王国から派遣されたと思わしき異端審問官らしき者から襲撃を受けた」
「奴らの教義では魔族は絶対悪なのだから当然やってくるであろうな」
「どうして、教えてくれなかったのだ。あのような連中が居るだなんて」
「聞かれなかったからな。前に言わなかったか?余は人間の敵だとな。言葉通り人間全てが余に対して牙を剥く。その意味を貴様は軽視しただけにすぎぬ。いずれにせよ、神王国(クソッタレ共)と戦争を始めるとは愚かな真似をしたものだな」
姫騎士は決して軽視をしたつもりはなかった。
あの場ではああするしかなかったと思ったからなのだ。
「貴公までそう言うのか。貴公にそう言わしめるあの国は何なのだ」
「勇者をけしかけ、先代魔王を滅ぼした連中よ。そして、勇者の作った遺物を用いて利権を手にし、人の世の覇権を握らんとする連中だ」
「勇者…… 勇者とはなんなんだ。あの銃器と呼ばれる恐ろしい武器だってそうだ」
「魔王を滅ぼす事を人に望まれて生まれた存在、余が死ぬまで殺す事ができぬ存在、余が絶対に勝てぬ存在。それが勇者だ」
どこか遠い目をしながらまおー様は語りを続けるのであった。
「そして、勇者の持つ力は圧倒的だ。あらゆる武人を超越した身体能力を持ち、星や神の怒りを落して国を崩し、傷を癒し、死者を蘇らせ、人心を操り、魔族を殺戮するための兵器を作る。銃などと勇者の所有する女のために気まぐれで作って気まぐれで渡しただけの玩具に過ぎぬ。アレが本気で兵器を作れば国を一撃で丸ごと消し飛ばし、魔法を振るえば一人で万の軍勢を相手に圧倒する事も可能だ」
まおー様の語りは『魔王暦』に記載された歴史。
それは歴代魔王と勇者の戦いの歴史である。
そして、歴史に記されている勇者の力は現状のまおー様如きには到底太刀打ちできるものではないのだ。
まおー様は自分が勇者に勝てない事を知っている。
自らがどうしよーもないくらい無力な事を知っているのだ。
「それが…… そんなものが勇者だと……?」
「ククッどうだ? お主が何に対して唾を吐いたのかを理解したか? 神王国…… 神と勇者に対して闘いを挑むとはそういうことだ」
自嘲気味に嗤うまおー様であった。
「ならばそんな者を相手に私はどうすれば良かったんだ?」
「お主は幸い女であるから勇者を相手にして取れる方法は二つある」
「それは何だ」
「余を殺してその首を差し出して恩情を得るか。勇者の足元に口づけをするかだ」
「貴公はふざけているのか!」
「……ふざけてなどはおらぬ。代々生まれた勇者は女をかき集めており、女共の願いは叶えてきている傾向がある。最も、勇者に対して盲目の親愛を持ち、従順である事が条件だがな。そして、余が死ねばまだ力を手にしきっていない勇者をライノスウォーロードが討ちとって終わる。それで余の首を使って異端の嫌疑を晴らせば神王国も大人しくなるだろう」
現状、まおー様の死によってのみ勇者を倒す事が出来る。
勇者さえ倒れれば必ず負ける戦いではなくなる。
それ以外を望むならば勇者に股を開いて媚を売れと。
そうすれば飼われている間は幸せを教授できると。
「さて、聞こう、騎士国の姫よ。今はレイディアナだったかな?余を殺してみるか?」
まおー様は何時ぞやのように腰に下げた石材研磨用の漆黒のロングソードを姫騎士の足元に投げさす。
そして、まおー様は己の死を望んだ。
そうすれば、あのあほっぽい魔族の娘が助かるから。
ついでにそこの姫騎士も助かるし皆ハッピーなのだった。まおー様を除いて。
「…… そんな事が出来るわけないだろうが!」
「む?」
「忠誠を誓った主君に剣を向ける騎士がどこに居る。我々を侮るのもいい加減にしろ。」
だが、姫騎士はすでに魂をまおー様に捧げた身なのだ。
前と同じく投げ刺されたロングソードを受け取らなかった。
「貴様の父を殺し、貴様の国を袋小路に追いやったのは余だぞ?憎しみのまま刺し貫けばよかろう」
「だが、私と国を救ってくれたのも貴公だ。第一、私の身体も、心も、国も、これだけ滅茶苦茶に汚しておきながら、今更自分は勇者に勝てないから殺せだと?そんな無責任を許せるか」
姫騎士の身体はまおー様の眷族となってとっくに魔族であるし、
姫騎士の心はまおー様に捧げ、人殺しとなって穢れ堕ち、
姫騎士の国は今や流行り病患者が眷族と化している。
ついでに姫騎士は初めて求愛されている。まおー様の無知故の事故だけど。
ここまで汚しておいて放り投げられるのは溜まったものではない。
拾った犬とその子犬は最期まで飼え。そう姫騎士は言うのだ。
「吠えおるわ。女」
「それに、貴公は辛くはないのか? 私だったら、ただ殺されるのを待つだけの運命は嫌だ」
かつて姫騎士はこの村でのたれ死ぬだけの運命を前に絶望しきっていた。
姫騎士はそれがどれほど辛い事なのかを知っている。
「……辛くないといえば嘘になる。この腕に抱きたいモノもかつてはあった」
まおー様はあのアホっぽい魔族の娘と対等になるためにまおー様になった。
だけど、今その手に抱いてしまうと後が辛くなるから。やめた。
呪いは残したくはないし、勇者に奪われるのなんて以ての外だから。
まおー様はピュアなのだった。
「ならば貴公はソレを抱くべきだ。それを守るために戦い続けろ」
姫騎士は汚れ堕ちても民を救うことだけは諦めなかった。
そして今も、ようやく手にした光明を守るために戦い続ける事を選んだ。
だが、その機会をくれた当の本人がこの様ではと姫騎士は思うのだ。
「それを守る方法は余の死でしか果たされぬ」
「そんな方法で守られて嬉しいものか!貴公は魔王じゃないのか? ならば敵対する人間共も勇者も全て滅ぼし、奪い尽くす気概を見せてみろ」
姫騎士の口から出たのはヤケクソ気味た妄言だった。
魔王とは世界に混沌をもたらす者。その役目を全うしろと言うのだ。
「貴様、自分が今一体何を口走っているのかを理解しているのか?」
騎士国以外の人間はどうでも良い。それはもはや狂気だ。
「ふ、ふふふ… それに、私はどの道地獄に堕ちる。もう、引き返せないんだ。だから、貴公にも付き合ってもらうぞ。共に堕ちる所まで堕ちようじゃないか。一人で先に死んで楽になるだなんて許さない」
姫騎士は狂っていた。熱で浮いた瞳でまおー様を見据えていたのだ。
民を守るという一点であらゆる物を捧げた結果、
縋る先が神ではなくまおー様になってしまった。
「貴様、狂っておるぞ」
やや引き気味で冷静に指摘を加えるまおー様であった。
「貴公が狂わせたのだ。だからその責任を取れ。私が貴公に民を捧げたのだから貴公にはそれを守る義務がある。今や騎士国は魔族領も同然なのだから」
無計画に傀儡政策を取ったまおー様はここで後悔することになる。
姫騎士の忠誠なんて口だけだろうと思ってこれっぽっちも信用してなかったし、
眷族の大量生産を始めるとは思っていなかったし、
まさか神王国に対して牙を剥くとも思っていなかったからだ。
人間の口約束なんてどうせ不利になった途端すぐ破ると思ってたので、
掌返してまおー様を切って終わるという目論みも外れてしまった。
この姫騎士は変な所で義理堅く強かなのだった。
「では余にどうしろと?」
「これからも私と騎士国を助けて欲しい。代わりに貴公の敵は私が討つ。勇者も神の使途もな」
「その先にあるのは破滅だけと知ってもか?」
「それでもだ。私は貴公を信じたい。騎士国を取り巻く苦境を救えるのは勇者ではなく、貴公だけだ」
まおー様は大きく溜息を吐き、投げさしたロングソードを拾いなおすのだった。
「……本当に面倒なモノを拾ってしまったものだな。お主、間違いなく後悔するぞ」
復讐を諦めて単なるデーモンナイトになったかと思えば、
いきなり王となり、面倒事を大量に持ち込んだ。
そして、魔領だけでよかった守る範囲が増え、戦線が延びてしまった。
「くどいぞ。貴公もいい加減腹を決めろ。足掻けばきっと何かあるはずだ。私だってそうだったんだから」
「そうか、そうだな」
まおー様に絡まる鎖が増えていく。
死ねない理由が増えていく。それらは死ぬ事でしか救えないというのに。
気まぐれで拾っただけの子犬がまとわりつき、鎖のリードを引っ張るのだ。
低い崖から高い崖の方へと。
暫く無言のまま時間が過ぎていき、ふと、肌寒い風が通りすぎた。
獣人要塞での戦いがあった頃は鎧を着ていると蒸れるくらい熱い日だった。
それから幾月か時が過ぎ、収穫の季節が近づいて来ようとしていた。
「そう言えば、最近寒くなってきたな。貴公はその格好のままで寒くないのか」
「余はこれで慣れているからな。雪が降ろうがこのままだ」
だけど相変わらずまおー様は上裸のままだった。
むきむきの上腕二頭筋や大胸筋を見せびらかしたままだった。
そして、チェーンベルトと腰巻からちらりと覘かせる大腿四頭筋は逞しかった。
「この際だから言うのだが、貴公の体は目に毒だから、その、何か着た方が良いと思うぞ」
「そうなのか?」
「そうだ。それと、ここに居る間くらいは私のことは貴公が名付けたデモナと呼んで欲しい。王になるとそれはそれで結構疲れるんだ」
姫騎士は時折思う。
騎士だった時は自分の事だけで手一杯だったけどそれでも許された。
けれど王となってからは色々考えないといけなくなった。
でも、まおー様の下に居る間は単なる騎士でいれるので居心地が良かったのだ。
「その気持ちは分からぬでもないな。年上の連中に畏まられると疲れるのよな。余もここに居る間くらいしか気を抜けなくてな」
お互い、王となるには未熟すぎた身であり、その責任に潰されそうになっていた。
だからこそ分かる互いの苦労というものもあった。
周りに騎士が居ないこの場だからこそできる他愛もない話をするのだった。
血なまぐさい話ばかりだと気が滅入ってくるから。
「時折は、会いに来てもいいか?」
今となっては姫騎士の話相手も随分と減ってしまった。
王となってからは騎士と訓練する事もなくなってしまったし、
侍従も騎士も皆畏まってばかりなのだから。それは少し寂しいのだった。
「まぁ、好きにするがいい」
話を要約すると
デモナ<神王国やっべ、まおー様に話聞こう
まおー様<神王国をどうにかするなら余をぶった切れ
デモナ<いやだめでしょそれ。イキロ
まおー様<分かった
でも会話回しは色々残念な気がする。クライマックスフェーズなのに。サクーシャの力量不足が悲しい。
この話でやりたいのは、
私の初めて(意味深)を奪ったんだから責任とってよね!ってのをシリアヌスでやりたかっただけなんだ。すまない。
次章からはなろう定番の奴隷少女回になります。
タカシ君が奴隷商人をぶっ殺して哀れな奴隷少女を"善意"で救うお話になります。




