2章 第25話:元騎士達
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イーストエンド トイナ騎士国領 上空
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ヒポクリフに跨り空を翔る二人の男女、女は男にしがみついている形になっている。
ただ、抱きつかれている側の男は若干ぎこちない様子なのだった。
男は空銀色のフルプレートに身を包んでおり、アーメットで顔を隠している。
女の方も同様の空銀色のフルプレートを装備しているが、
頭部だけはサークレットを着用しており、金色の鮮やかな短髪が風で揺れている。
いずれも物語に出てくる白馬に乗った騎士のような出で立ちをしている。
デーモンナイトの標準装備である魔鉄製のゴテゴテした漆黒の鎧は非常に目立つため、
空霊銀製のふつーの騎士っぽく見える装備に偽装しているのだ。
女は姫騎士、デモナであった。姫騎士は結局一人で騎士国領に戻る事を選んだ。
そのため、彼女を送迎するためにデーモンナイトの一人であるクウガが付き添っている。
「貴公に助けられるのはこれで二度目だな」
「い、いえ…… ま、まおー様のご命令ですから」
以前、姫騎士が略奪部隊で体調を崩した時に魔城に連れ帰ったのも実はクウガなのだ。
彼はさり気に姫騎士のことが気になっていたりする。
なので鎧越しとはいえ、抱きつかれている今は気がきでないのだ。
ぎこちなく騎乗操作されているヒポクリフが不快そうに嘶いた。
だが、そんな様子に姫騎士も、ああ、そうか。と気づき、
腹まで回している手を腰の横まで戻し、密着している胴体を離すのであった。
自分もまだまだ捨てたものじゃないのだな。と姫騎士は思った。
それから幾刻が過ぎ、遠巻きに騎士国の集落が見える地点まで近づくと異変があった。
遠くに見えるのは煙、そして根元にあるのは、炎。
上空から集落を見下ろすと、百は下らないという数の馬とそれに跨る人間達が、
弓を持って村人に射かけ、サーベルで切り刻んでいたのだった。
特に異様とも思えたのが遠目からだと案山子のように見えたモノ、
等身大ほどある杭のようなモノで下から口まで貫かれているモノ。
それは人だったモノ。それが立ち並んでいるのだ。
その様子を垣間見た姫騎士「うっ」とえずくのであった。
「エンジョイ&エキサイティング」という怒声とも歓声とも取れるような声が聞こえる。
「な…… 何だアレは」
「恐らく件のユーミン族の連中でしょう」
「そうか…… すぐに降ろしてくれ」
「…… はい」
僅かに返事を躊躇うような素振りを見せるクウガであったが、
ヒポクリフの手綱を操作し、集落周辺の森林の付近に降り立つ。
クウガはヒポクリフが逃げないように木に縄に括り付けた。
「それでは世話になったな」
その様子を見届けた姫騎士は漆黒の剣を引き抜き、すぐに駆けようとする。
が、クウガは腕を掴んで止めた。
「何をする。放せ!私は奴らを……」
「一つ言っておきます。貴女が一人でのこのこ出て行った所で何も変わりません。あそこに居る哀れな女子供と同じ末路を辿るだけです。それでも行く気ですか」
「そうだ。だが私が行かなければ他に誰が民を助けられるというのだ。」
クウガは掴んでる腕を放し、デーモンスピアを背中から取り出すのであった。
「そうですか。ならばお供致しましょう。私如きでは精々5人も殺せれば御の字でしょうが」
クウガはかつて騎士であった。
流行り病から貧者に堕ち、
数十年前に墓参り中のまおー様に気まぐれで拾われただけの騎士。
そして、全てを諦め妥協して生きる事だけを望んだ騎士だった。
そんな彼には逆境でも尚もがむしゃらに民を思う姫騎士の生き方が眩しく映った。
それはクウガには出来なかった生き方だから。
まおー様は言っていた。それからは好きにしろと。つまりそういうことだ。
「貴公…… 何を言っている?」
「それが、まおー様のご命令ですから。私の好きにさせて頂きましょう。それだけです」
彼は姫騎士の事を慕ってはいるが、それを直接言うのは恥ずかしかった。
なのでまおー様のせいにした。そうすれば誤魔化せるのだから。
「貴公まで死に急ぐ事はないだろう」
デーモンナイトは強い。が、それは1対1に限定した時の話だ。
獣人要塞のような閉所かつ同士討ちの危険性のある戦闘域であれば無敵の強さを誇る。
しかし、馬で駆け、移動しながら矢を射かける者共を野戦で複数相手にするのは困難を極める。
いくら鎧の性能が良くても矢が隙間に入り込まないことはないし、
高速で飛来する矢に当れば衝撃は受ける。
馬に轢かれたり、複数で組み伏せられれば嬲り殺しだ。
そのような者達を正面から相手取る事ができるのは、まおー様くらいなのだ。
それは、姫騎士だって知っていた。
「貴女は死に急ぐつもりなのですか?」
「あっ……」
姫騎士は知っている。以前も同じ事をやって怒られた話だった。
袋小路に入ってしまったら自暴自棄になって玉砕すること。
「本当にあの者達を救いたいと思うのならば、貴女はもっと別の事をするべきです」
「でも、今の私に出来る事はこれくらいで…… 魔王も助けてはくれないのだろう」
何もかも失った人間が最後に取る手段。祈り、懇願。
それは、自分ではない他の誰かに救いを求めること。無責任に。ひたすらに。
だから姫騎士は魔王の温情に縋った。
一度助けてくれたから。最近仲良くなった魔族の娘がマオは優しいと言っていたから。
「それは当然です。まおー様は甘い方ですがそれでも魔王です。我々に全く利のない懇願なんて受け入れるはずがありません。そんなモノを受け入れる者なんてそれこそ勇者か神くらいでしょう」
「利、か。だが、私から与えられるものなんて、もう、何もないだろう」
「貴女は騎士である以前に姫なのです。それは貴女が自身で思う以上に大きな力です。私含め、獣魔族のデーモンナイトの多くは騎士国の出身でもあるのですから……」
「お前は… お前達は…… 」
「再度問いましょう。貴女が望むのなら私は死地に赴きましょう。元、騎士として」
「……やめておく。私の命は…… 重いのだな」
「それが上に立つ者の"役目"ですから。まおー様は甘っちょろい方ですのできっと許してくれますよ」
役目。どこかで聞いた話だと姫騎士は思うのであった。
ある者は国の代表として逃げずに魔王に立ち向かって滅び。
ある者は己に課せられた役目を呪い。
またある者は魔王を必ず滅ぼす使命を持って生まれる。
姫騎士は決意する。
「戻ろう。もう一度、魔王と"交渉"をしようと思う」
「はっ!」
ヒポクリフは嘶き宙に舞う。
無慈悲な凶刃を振り下ろされ嘆く村人を尻目に。
家を焼かれ、路頭に迷い。生きる希望を見失う人々はこれからも増え続ける。
騎士国の民は農耕民族。だから逃げる事は出来ない。
土地を捨てて逃げ延びた先で生きていく術を持たないのだから。
彼らはただひたすら奪われ続ける。抵抗する力を持たなかったが故に。
クウガ君はイケメン。
戦いは始まる前から決まっている。それが集団戦なら尚更。
英雄と呼ばれる人間がどんなに頑張っても野戦で戦ったら無理無理かたつむり。
なのでデモナちゃんの正義感に任せたら二段くっころオチ不可避という。流石にそれはあんまりだよね。




