2章 第16話:デモナ
◇この小説はKENZENであり、猥雑な表現はあんまりない◇
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獣魔領 スカージの村はずれ
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石材がそこいらに転がっている草原で姫騎士が泣き続けて幾分か時が経った。
まおー様は腰に下げてある小さな雑嚢から、
すり潰してある薬草を取り出して腹筋に塗りたくり、
包帯を取り出して患部をぐるぐる巻きにしていた。
いくらまおー様が痛みには慣れてるとはいえ、
腹筋を刺されればふつーに辛い。実の所平然を装うのも単なる痩せ我慢なのだ。
一通り応急手当を終えた後でもやっぱり姫騎士は泣き続けているのだ。
先ほど腹筋をいきなり刺されたので怒ったけども、
こうも目の前でめそめそされては流石にばつが悪いまおー様であった。
「何時までそこで泣き続けているつもりだ」
「……ぐすっ」
姫騎士はごしごしと腕で顔を擦り、声に反応して顔をあげた。
涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔が見えるのだった。
「見苦しいから一旦これで顔でも拭け」
まおー様は包帯を千切って渡すことにした。
手元に顔をふけるようなものはそれ以外になかったから。
姫騎士は包帯を手に取ると顔を拭くのであった。
そして、立ち上がってまおー様に視線を移すのであった。
「……魔王、私は、今まで一体何のために戦ってきたのだろうか」
消えるようなか細い声で投げやりに姫騎士は聞くのだ。
「貴様の戦う理由なんぞ貴様しか知らぬ。生きるも、守るも、復讐に走るも、勝手にやるがよい。ここで生きる者は皆そうしておる」
「……だが、私は無力で、とてもちっぽけだ。この手では誰も…自分自身すらも守れない。父の仇も、討てない」
姫騎士を苛むのは無力感だった。
正義を果たすための力もなく、民を守るための力もなく、現状を打破する力もなく、
ただ、奪われる側に居るという無情な現実が、彼女の心を殺していった。
だが、その気持ちはまおー様にも分からないでもなかった。
「力を望むか?」
「欲しい。でも。私には、どうする事も、できないん……だ」
この女は運命に抗う術を持たぬだけ、
勇者に殺されるのを黙って待つだけのまおー様と大差ないのだ。
神の敷いた下らないレールを歩く犠牲者のうちの一人に過ぎない。
ならば抵抗するチャンスくらいはくれてやっても良いだろう。
そうまおー様は思ったのだった。
「ならばくれてやろう」
「え?…あっ」
まおー様は姫騎士の顎を指で持ち上げ、首筋に牙を立てた。
姫騎士がその一瞬で感じたのは熱だった。
刺すような鋭い痛みがそう錯覚させた。だが、その痛みはすぐになくなる。
そして、自分の中から何かが失われていくの感じ取る。
それと同時に何かが自分の中に入り込んでくるのだ。
まおー様が喉を鳴らす度に、姫騎士の全身がゾクリとうち震える。
そこにあったのは喪失していく恐怖、加えて別のもう一つの感覚。
「やぁ…らめ…ろぉ」
言葉を発しようとするも呂律が上手く回らない。それは甘い痺れ。
僅かに残った力で姫騎士はまおー様の胸を押して抵抗するもびくともしない。
また、まおー様が喉を鳴らすたび徐々に思考がぼやけていく。
真っ白に染まっていくのだ。何もかもが。
姫騎士がまおー様の胸を押す力は抜けていく、指が離れ、手が離れ、
そのうち完全に手がだらりと垂れ下がり、無抵抗に受け入れる。
無理矢理身体から引きずり出される快楽を前にただ、困惑するしかなかった。
「うぁ……!?…ああっ…、ん…ぁ…」
今の姫騎士はふわふわとした浮遊感と幸福感に包まれていた。
顔は紅潮し目はとろけ、身体全体は脱力しきってしまっていた。
半開きの唇からは涎をたらし、だらしのない恍惚しきった表情。
緩みきってしまった下腹部には温かな湿り気が滲み、それは腿を伝っていく。
もう、全てがどうにでもなってしまえばよいとさえ思い始めていた。
この心地よさに溺れてしまえばと。
「ふぅ……ぅ…」
吐息が漏れる。心地よさを前に意識がまどろんでいく。
何もかもが真っ白になろうかという時に、突如その時が終わった。
終わってしまった。
まおー様は姫騎士の首筋から牙を抜いたのだった。
そうすると彼女の思考が徐々と覚醒していくのであった。
「はぁ…… はぁ……ぁ?」
まおー様は姫騎士の顎を持ち上げていた指の拘束を解く、
それまでは全ての重力がまおー様の指に集中していたのだが、
そこから先の重力は姫騎士の足にかかった。
脱力しきった状態でいきなり地面に降り立ってしまったため、
ぷるぷると生まれたての小鹿のように足が震え、
自身の体重を支えきれずに後ろに転倒し尻餅をつくのであった。
「うわっ、痛っ、な、私に…… 一体何をした」
「どうやら上手くいったらしいな。気分はどうだ」
「え……?」
1週間前からずっと身体に圧し掛かっていた倦怠感が抜けていた。
姫騎士は身体を起こして立つと身体が驚く程軽くなっていた。
身体にできた斑点も消えている。つまり、病が治っているのだ。
それどころか異常な程感覚が鋭くなっていた。
音、臭い、視界、が以前の数倍敏感に感じ取れるようになっていたのだ。
余りに嗅覚が鋭くなったために、羞恥心を覚えるほどだ。
姫騎士は無意識にまおー様から距離をとってしまった。
ただ、姫騎士自身は気づいていないが、瞳の色が紅く染まっているのであった。
そして、八重歯が鋭く伸びていた。舌を転がした時の感覚でこちらには気がついた。
姫騎士は自身が何か別のモノに変わってしまったのではないかという考えから、
身体を抱えてわなわなと震える。
なお、タワーシールドな胸囲に変化は一切ない。彼女は平坦なままなのであった。
「貴様を余の眷族にした。まぁドラウグルの奴が言う事もたまには役に立つのだな」
「私を…… 化け物に変えたのか、貴様は、何故そんな事をした」
「ふん、今の貴様なら余を殺せるやもしれぬぞ?試してみるか」
まおー様はチェインベルトに吊るした鞘から一本の漆黒のロングソードを引き抜き、
姫騎士の足元に投げさす。それは施しだった。
姫騎士にはまおー様の行動を一切理解できなかった。
化け物に変えられてもうこの魔王に操られてしまっているのだろうか?
否、頭の中は何も変わっていない。だから、理解できないのだ。
何故、この魔王は姫騎士に力を与えたのかということを。
「一つ聞きたい。貴様は何がしたい」
「さて、騎士王の行く末を見てみたいだけよ。ここで終わらせるには余りにもつまらぬ話だと思っただけにすぎぬ。さて、どうする?騎士王の意志を継いで余を殺してみるか」
「お父様は、"この事"を知っているのか?」
「知っている。その上で獣人は皆殺しだそうだぞ?」
「…… 獣人を皆殺しにした先に騎士国に救いはあるのか?」
「さて、どうだろうな?あるかもしれないぞ?ククッ」
姫騎士には父の行動も理解できなかった。まおー様も教えてくれない。
何故、こんな残酷な真実を知って尚、元自国の民に剣を向けるのかを。
騎士王は人間の民を守るために戦ったのだという事は姫騎士は知らない。
救える人間には限度がある。その範囲は騎士国の民だけなのだ。
ただ、騎士王と姫騎士では民の範囲が違っていた。
そして、もう王ではない姫騎士では騎士王の意志を継ぐ事はできない。
今、自分が獣人を皆殺したとしても、
流行り病を根絶できなければ悲劇は何度でも繰り返される。
それは、ニトと呼ばれた獣人の少年のような復讐者を生み出し続けることだ。
姫騎士にはそれを解決する術はない。もう、人の世に戻る事はできないのだから。
騎士国の民はもう、姫騎士を受け入れてはくれない。
自分はもう化け物になってしまったのだから。
ただ、一点救いがあるのだとすれば、病を治す方法を見つけた。
「……なぁ、魔王、私にそうしたように、病になった者達を治してやることはできないのか」
「一度歪みきった人の精神は二度と元には戻らぬ。狂気に染まった者共に力を与えてやる道理もあるまい?それに、貴様が治ったのは単に運が良かっただけに過ぎん。眷族にするのは必ずしも成功するわけでもないらしいからな」
人の肉を食らってしまえばもう二度と戻れない。
姫騎士は自身の正気を保っていられるのはすごーく運が良かっただけなのだ。
たまたま、まおー様が墓石を作りに来たときにたまたま気まぐれで眷族にしてもらったにすぎない。
「貴様を殺してしまったら、救える人々が減ってしまう。だから、剣は……拾えない」
今の姫騎士ならばあの大虎の化け物くらいは倒せる予感があった。
だが、目の前の男を殺す事は、簡単ではない。
それに、殺す意味も…… 復讐心を除けばなくなってしまった。
視線を落す姫騎士をつまらなさそうに見据えるまおー様がいた。
「ふん、つまらんな。それでどうする気だ」
「私に、何か出来る事がないか? せめてこの村に来るような哀れな者達を一人でも助けたい」
敵にこのような願いを申し出るなど我ながらどうかしていると思う姫騎士であった。
だが、まおー様を殺しても事態は何も解決はしない。
そして、姫騎士はまおー様の気まぐれで力を手にしてしまった。
流行り病を克服してしまった姫騎士には、
力を手にした以上、責任と義務があるのだ。騎士として
まおー様は悩むような素振りを見せる。
「実のところライノスウォーロードの代わりに獣人共の指揮を執る人員が不足していてな。その代わりでもやったらどうだ」
「私にこの手を汚せと、言いたいのか」
「別に嫌ならやらなくても構わんのだぞ? だが、他のデーモンナイト共では略奪の勝手が分からんので少々殺しすぎてしまうかもしれんがな、クククッ」
近頃漆黒の騎士による虐殺が増えた経緯はこれだった。
それを思えば、ライノスウォーロードは非常に"上手く略奪していた"のだ。
「……それで、犠牲者の数を少しでも減らせるのならば…… 私は……」
鬼にでも畜生にでもなってやろう。
それは、誰かがやらなければいけない役目だった。
獣人も騎士国の民もどちらも切り捨てるわけにはいかなかった。
視線でまおー様に答えを返すのであった。
「そうか、ならば貴様は今度からデモナとでも名乗るとよい」
結局最後までまおー様は姫騎士の名前を知らない。
なのでもう適当に名前をつけた。
ちなみにデモナとは"デーモ"ンナイトおん"な"という、
まおー様迫真のネーミングセンスからきている事は、まおー様以外に知る由はない。
姫騎士レイディアナは既に死に、
化け物と成り果てた自身には丁度良い名前だと思ったのだ。
「分かった。暫くは貴公の元に着いてやる。だけど忘れるな、私は民の為に剣をとるだけだ」
「ふん、好きにしろ」
姫騎士は地面に落ちたスティレットを拾い、後ろ髪をバッサリと切り落とした。
鮮やかな金色の髪を投げ捨てるとそれらは風に舞って散っていた。
だが、そんな姫騎士の決意の様子なぞ意にも介さず、
まおー様は投げ刺したロングソードを回収して鞘に戻したのだった。
……冷静になって見直すと彼〇島のパ〇リになっていたというオチ。
吸血くっころネタは王道故……致し方なし




