新訳1章 第2話:俺の名は勇者タカシ
旧訳の死刑宣告のタカシフェーズのお話をちょっとだけ加筆しました。
それと経験値と素材稼ぎの様子をちょっとだけ生々しくしました
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ノース地方 大森林
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「ち、噛まれちまったか。まぁレベル上がったからいいけど」
黒髪の男はそう言いながら倒れているワイルドウルフから剣を引き抜いた。
辺りを見渡せば大小様々な狼達が血を流して倒れている。
小さな狼に覆いかぶさるようにして倒れている狼もいる。
「す、すげーなタカシ。まさか魔獣の群れをやっつけちまうなんて」
そう言う金髪の男はプルプルと震えていた。
一般人は武器を持っていても狼の群れを前にしたら逃げるか動けなくなるのが普通だろう。
「当然だぜ?なんたって俺は『勇者』だからな。『ヒール』」
『ヒール』と唱えた瞬間、光が黒髪の男の腕を包み、噛み傷と痛みが消える。
その様子を眺めていた金髪の男は興奮していた。
「うぉおおお、すげー、何だそれ」
「『回復魔法』っていうんだぜ?俺だけが使える特別な力さ」
タカシと呼ばれた黒髪の男は得意げに金髪の男に対して言った。
『回復魔法』とは、勇者であるタカシだけが使用することができる神の奇跡である。
どんなメカニズムなのかは解明できていないが、受けた傷が元通りに直ってしまうのだ。
「よーしそれじゃ毛皮を剥ぐぞ」
「えっ?」
明らかに困惑する金髪の男をよそに、
タカシは一体の大型なワイルドウルフの死体の近くにしゃがみこんだ。
そして、剥ぎ取りナイフを腰から引き抜き、ワイルドウルフに対して突きたて、引き裂く。
ずちっぶちっと肉から皮を引き剥がしていくのだ。
ぶちっぶちっぶちっぶちっぶちっ……と時間が過ぎていった。
引き剥がされた後の狼の残骸は白と赤の筋肉が露出していた。
ソレを見ていた金髪の男はウッとえずくがタカシは気にする様子を見せない。
タカシは肉の欠片がこびり付いた毛皮を紐で縛ってまとめるのであった。
「なぁ、タカシ、それどうする気だ?」
「ああ、折角狩ったんだから毛皮を売るんだよ。だからお前連れてきたんだし」
タカシは金髪の男を荷物運びとして連れてきている。
重くかさばる物を持ったまま戦闘するわけにはいかないし、
魔獣一匹でも素材はかなりのサイズになる。
そのため、以前の冒険では泣く泣く戦果を捨ててきた。
だから勇者といえど仲間は必要なのだ。
「でも、うちの村で毛皮の買い手なんて居ないぜ?」
「え?」
「そんなの加工するなんて都市の工房にでもいかないとやってないんじゃないか?」
「まじかよ…… 剥ぎ取りナイフなんか持ってきて損したわ」
そう言ってタカシは剥いだ毛皮はドスっと地面に投げ捨てる。
だが、タカシはすぐに名案が思い浮かんだ。
「なぁ、なめし皮だったら売れるか?」
「……ミリィの所でなら買い取ってくれるんじゃね?」
ミリィとは服飾屋の娘であり、
ノース村では数少ない美人のうちの一人だったりする。
結構モテるしタカシも狙っていたりする。
「おっしゃ、なら皮細工スキルにポイントふっちまうか!」
「ん…?」
金髪の男は皮細工スキルという良く分からない単語をいぶかしんだ。
タカシは再び毛皮を拾い上げると袋に詰め込むのであった。
その頃には日が陰り始め、夕暮れになりそうになっていたのだ。
「今日の所はここで引き上げるか」
「夜は危ないから早く帰ろうぜ」
「ああ」
袋詰めの毛皮を2セット、タカシと金髪の男でそれぞれ持ち帰る。
傍から見れば密猟者のそれにしか見えないが、
タカシは勇者なのだ。
帰路の途中、
食料ついでにその辺でぴょんぴょん飛び跳ねている兎を捕まえていった。
タカシの以前の冒険で捕獲した兎は食料としてそこそこマシな部類だったからだ。
兎の毛は素手で雑に毟り取って毛皮袋に雑につっこんでおく。
その際に兎がピャーと鳴いてうるさいけどタカシにとっては知った事ではない。
兎は声帯を持たないので鳴き声を出さないはずだが、異世界なので関係ない。
ノース村の宿屋で出す飯は麦や野菜ばっかりで味も淡白で対して旨くないし、
タンパク質がないと洋食慣れした現代日本っ子のタカシにとって辛いのである。
なんせ、貧乏なノース村では塩すら貴重品なのだから。
肉から取れる出汁は貴重な旨み成分なのである。
なので、タカシはノース村に住み始めてからは"毎日"大森林で兎を狩っている。
狼とか猪とかを鍋にしたら臭い上に不味かったのでやっぱり兎なのだ。
毛も手軽にとれて売れるし小遣い稼ぎの効率もよい。
本来は小遣い稼ぎの香草摘みのために大森林にまで赴いたタカシであったが、
今日はうっかりワイルドウルフの巣に踏み込んで群れに襲われたので全滅させた。
そういう日なのだ。
実の所、香草を取るだけなら別に大森林に赴く必要はない。
平野でも自生していたりする。むしろ、日が当りやすいのでそちらの方が良く育つ。
タカシにとっては経験値稼ぎと冒険のついでなのだ。
大森林を後にするタカシと金髪の男の様子を空中からじっと見つめる悪魔の像が居た。
だが、タカシも金髪の男も普段は空を警戒しないので気づく事はない。
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この世界に転生してから大よそ1週間になる。
ノース村とかいうクソ田舎付近で意識が覚醒したので、
手持ちのスマホを適当な理由つけて行商人に売って資金にして武具と宿代を工面した。
この世界の言語は日本語と同じように理解できるよう翻訳されているそうだ。
字も読める。まぁ、それくらいやってもらわなきゃ困るわけだが。
俺が神らしき人物から貰った能力は3つある。
一つは『勇者サーチアイ』、相手の強さが大雑把に分かる能力だ。
例えば、あの荷物持ちの金髪の雑魚や兎を『勇者サーチアイ』で見ると
『練習相手にもならないただの雑魚だ』という風に評価される。
俺のレベルより4以上低い相手がこれに当る。
同レベルくらいで『丁度良い相手だ』となるし、
俺よりレベルが高い相手だと『強そうだ』となる。
現状見たことはないが『とてもとても強そうだ』とか、
『その強さは計り知れない』とかもいるらしい。
今の俺のレベルは5でワイルドウルフを見ると『弱そうだ』くらいで評価されるわけだ。
この辺が一番狩りやすくて経験値稼ぎの効率がいいと思う。
一度『強そう』な大猪と戦ったらかち上げを食らって痛い目にあった。
俺は学ぶ男だから『強そう』な相手と戦うような愚はしない。
次に貰った能力はスキル習得能力だ。
レベルアップ時に取得したスキルポイントをふってスキルを習得することができる。
例えば『ヒール』や『皮剥ぎ』や『皮細工』や『剣技能Ⅰ』なんてのがそうだ。
俺を転生させた神らしき奴に『ヒール』と『リフレッシュ』と『ペインキラー』系列は優先して、
習得しておけとアドバイスされたので習得している。
『ペインキラー』で狼に噛み付かれてもチクッとする程度の感覚に抑えられるわけだ。
正直これがなかったら大猪に殺されていたかもしれない。
まぁ、このくらいの救済措置がなければ勇者なんてやってられないってマジで。
クソトラック運転手のせいで俺の輝かしい大学デビュー生活はおじゃんにされ、
飯が不味い上に不衛生なこんな辺境に飛ばされているんだからな。
最後の能力は不死身である事らしい。
魔王を倒すまでの間は死んでも生き返る事ができるそうだ。
老衰について神らしき奴に質問したら、勇者のままなら老化しないらしい。
まぁ、相手の強さが分かるしレベルを上げればチートスキルも取り放題。
だから死ぬ事なんてそうそうないわけだ。
さて、折角集めた皮が腐る前になめしてしまわないといけない。
なので、銅貨を払って家畜小屋とまな板を宿屋から借りて作業にとりかかる。
習得した『皮細工魔法』をかけながら、ナイフで毛皮にこびり付いた肉をそぎ落とす。
あまり強くそぎ落とせば毛皮が破れてしまうので、慎重に肉と脂を剥ぐ。
この辺の感覚はスキルを習得した瞬間から何故か理解できてしまう。
なので、今の俺は革製品を作る見習い職人程度の技量がある。
逆に、生前の現代知識を思い出そうとすると霞がかかったかのように思い出せなくなる。
例えば、電気や蒸気機関という概念や仕組みがあったはずだが、
その原理について思い出そうとしても全然内容を思い出せない。
スキルを介してしか、物を作れなくなっているのだ。
まぁ、レベルさえ上げればどうでも良い話だ。
習得可能なスキルには電気魔法というものもきっちり存在するんだし。
そうして俺は一枚のワイルドウルフのなめし皮を仕上げる。
艶々していて我ながらハイクオリティな出来だと思う。
明日、これを服飾屋の娘のミリィにあげて好感度をあげようと思う。
どうせ、経験値稼ぎついでにタダで幾らでも手に入るものだし。
気に入らなかったらレベリングついでに別のモノを大森林から取ってくればいいだけさ。
素材稼ぎって結構エグイのですわよ?
兎さんは激痛を感じるとピャーって鳴くんですってよ。
狼さんは家族想いなので子を守るために戦うんですよ。