2章 第6話:ブラッディキャップ
改めて見直すといきなり戦闘状態からスタートしているのでちょっと分かりにくいかなと思ったりする。
でも騎士の行軍描写とかだらだらやっても仕方ないしって事でここからスタートです。
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イーストエンドポイント 獣人要塞
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獣人の少年ニトは遮蔽に身を隠しながら辺りを見回す。
倒れた同胞やオークの死骸には剣山のようにクロスボウのボルトが突き刺さっていた。
生きているゴブリン達も矢傷を負っており、影に隠れて呻き声をあげている。
そこは、地獄めいた光景となっていた。
無傷のゴブリン達も耳を塞ぎ遮蔽に隠れて震えていた。
多くの獣人達はこれから始まる惨劇に絶望しているのだ。
ニトは石を握り締め、高台から身を乗り出して辺りを確認する。
見渡す限りの騎士達の物量に圧倒されることになる。
クロスボウを装備している歩兵だけでも数百、
近接兵や騎兵も含めると数える事を放棄したくなるくらいだった。
ニトは騎士の群れに握り締めた石を遠投するも、
盾に僅かな傷を付けるだけという結果に帰結する。
何人かの騎士がこちらが顔を出している事に気がつくとクロスボウを向けてくる。
ニトはすぐ身を隠すと、数秒後には矢が幾百と降り注いだ。
「チッニンゲンどもめ、ボク達をクロスボウでなぶり殺しにする気か」
獣人の遠距離攻撃手段の多くは投石であり、
騎士達もそれは熟知しているので必要以上には近寄らない。
投石の遠投では盾や鎧で守られている騎士に致命傷を与えにくいのだ。
頭部を狙った精密な投石を行うにも距離が遠すぎた。
一方獣人達といえば、多くの者はまともな防具を持たぬために、
遠距離からの曲射でも十分な致命打となるのだ。
要塞内に矢の雨を降らせればそれだけで逃げ遅れた獣人を討ち取ることができた。
獣人達は遠距離からのクロスボウによる一斉射撃に対して有効な反撃手段がなかった。
あのライノスウォーロードや巨人達であれば、
岩石を投擲して騎士数人をまとめてひねり潰す事もできただろうが。
今の獣人達には頼もしい味方がいなかった。
あまりにも絶望的な状況に耐えかねたのか一人のゴブリンがニトに向けて叫ぶ。
「ニト、もう無理だよ。逃げようぜ。オレ達皆殺されちまうよ」
「逃げるってどこに逃げるんだよ。ボク達に逃げる先なんてどこにもないぞ。ここが落ちればなし崩しで獣人領にニンゲンどもは駆け込んでくるだろ。そうなればどの道皆殺しだ」
「クソ、こんなのあんまりだよ。オレまだココちゃんに告白だってしてないんだぞ」
「うるせぇ! 戦わねぇなら黙ってろ」「ゴブッ!?」
ニトはイラっときたので弱音を吐いたゴブリンを殴り飛ばした。
ちなみにココはゴブリンの男達から人気があったりする。
その様子を見かねて現場のオーク小将が激を飛ばす。
「オマイラ、無駄口くっちゃべってないで石ナゲロ」
激にもなっていなかった。
諦めたかのようにゴブリン達は皆石を握り、オーク達は石槍を取る。
数十回にも渡るクロスボウによる一斉掃射によって、
獣人要塞の防衛戦力は既に3割程失われていた。
戦場に轟く鬨の声は時間が経つほど徐々に近く、大きくなってくる。
顔を出して見渡すと隊列を組んで前進してくる近接兵達がどんどん近寄ってくる。
複数人で梯子を運んでいる様子も見て取れる。
虐殺が始まろうとしたそのときにオークの伝令が駆け込んできて叫ぶ。
「オーク大将軍からのメイレイだ。オマイラゴブリンはここフセゲ、オレタチオークは別の高台と門をマモル。現場の指揮はユウカンそうなそこのオマエがトレ」
「分かった。これよりボクがここの指揮を受け持つ」
オーク伝令はニトを指差すと返事を待たずに次の現場に向けて走り去る。
「来るぞ!、お前達は梯子を持ち運んでる奴と登ってくる奴の頭を積極的に狙え!登られたらボクがそいつの相手をする」
「クソッ! やってやる!やってやるぞ!うわぁあああああ」
狂ったかのようにゴブリン達は石を投げる。
身を乗り出して騎士に石を投げつけているゴブリンの一人に対し、
近距離から放たれたボルトが直撃する。即死だった。
果実を地面に叩き付けたかのような凄惨な死を見てゴブリン達の動きが一瞬止まる。
「怯むな! ボク達は石を投げ続けるしかないんだ!」
「「うわぁああああああああ!」」
我に返ったゴブリン達は半泣きの状態で石を投げ続けるが、
ゴブリン達の努力もむなしく、一人、また一人と踏み潰された果実が増えていった。
そして、ついには梯子をかけられてしまう。
ニトは天を仰ぎ見て、獣人領で待つ彼女の事を思う。
恐らくもう生きて戻る事は適わぬだろう。
「ごめんよ。ココ」
ニトは誰にも聞こえぬような小声で呟くと、ロングソードを鞘から引き抜き握り締めた。
梯子に手がかかるのが見えた。ニンゲンどもが登り終えたのだろう。
「ただでは死なんぞニンゲンども。お前たちがやったことをボクは決して許さないからな。しねぇ!」
「なっゴブリンが剣、グワァアアア」
梯子を登り終えた直後の騎士の顔面にロングソードを突き立て、払い落とす。
落ちた騎士が後続の騎士を巻き込んで下敷きにしていった。
その様子を眺めていると、下でクロスボウを構えている騎士が目に入った。
即座に顔を捻るもボルトが頬を掠めた。頬からは血が流れていた。
ニトはすぐに梯子から距離をとり、呼吸を落ち着ける。
地獄のような戦いはまだ始まったばかりであった。
騎士を3人梯子から落とした。
味方はその倍潰れた。
梯子を登り終えた騎士を2人切り殺した。
味方はその3倍切り殺された。
投げるための石もとっくになかった。
代わりに同胞の死体を投げ落とすことにした。
剣が折れた。
代わりを先ほど切り殺した騎士の死体から奪うことにした。
身体が小さいと便利だ。敵の攻撃を掻い潜って脚を切る事ができる。
味方の死体を千切って投げると敵が怯む。その間に切り殺すと楽だ。
敵を倒したらなるべく派手に残酷に殺す方がいい。敵が怯む。
さて、次はどうやって切り殺してやろうか。
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梯子を登り終えた騎士が数名、困惑と畏れの混じった表情で立ち止まっている。
血で濡れたロングソードを片手に幽鬼めいた形相で騎士達を睨み付ける血塗れの鬼がそこいた。
騎士の死体は20人以上転がっている。
その様子を見て老齢の騎士は呟いた。
「ブラッディキャップ…… 実在するのか」
老騎士は意を決すると若年の騎士に指示を出す。
「下から増援を呼んできてくれ、我々では手に余るかもしれない」
「りょ、了解しました」
若年の騎士は指示を受けるとあからさまに安堵し、梯子から降りていった。
その様子を見送ると老騎士は血濡れの鬼に向き直る。
とっくに老い先短い身であり、戦いでの死だって覚悟はしていた。
だが、それでもなお目の前の存在は恐怖を感じさせるには十分な異様をしている。
ロングソードを構える。僅かだが自分の手が震えている事に気がつく。
「何が君をそうまでさせるのかは分からないが、君の気が済むまで相手をさせてもらおう。いくぞ!」
老騎士ともう一人の騎士はお互いに距離を取り、徐々に鬼を挟むように距離を詰める。
頬を冷や汗が伝う。無意識に固唾を呑んでしまう。
僅かでも気を散らすわけにはいかない。
一瞬の油断が命取りとなる。
緊張を先に破ったのは鬼の方であった。
左手に持っていた頭ごとついた兜を老騎士に投げつける。
とっさに避けたが、視界からは鬼が消えていた。悲鳴があがる。
味方の騎士の一人が膝を切られて倒れこんでいたのを確認する。
「うわぁっやめっ」
剣が味方の騎士の頭部に突きたてられると血飛沫が舞った。
また、鬼が赤く染められていくのだ。
老騎士は鬼が剣を引き抜いて体勢を取り直す前に切り払う。
しかし、鬼は剣を手放して宙返りして避けた。
鬼は即座に距離をとると別の死体の持っている剣を即座に拾って向き直る。
死体だらけの戦場で足場が悪いなか、鬼は呆れる程俊敏な動きを見せた。
今の一撃で鬼を殺し損ねたことで、老騎士は敗北を確信していた。
常人では考えられないような動きを前になすすべもなかった。
先ほど脚を切られた騎士と同じように脚を腱ごと切られて倒れこむ。
仰向けになって鬼の顔を覗き見る。血に濡れていて表情はよく分からなかった。
「君は、なぜそこまでするのかね」
「お前らニンゲンどもから皆やココを守るためだ」
「そうか、君も騎士なのだな… 」
「お前らと一緒にするな!」
「すまないね」
老騎士は目を閉じた。
ニト君どうしてこうなったんだろう。
登場人物の中で一番主人公めいてしまっている。
シチュエーションのモデルはM&Bの攻城戦から、
攻城兵器を短時間で用意、輸送することは困難であるため、
騎士達は基本梯子をかけて攻めるしかないです。
ライノスウォーロードが何時帰ってくるかも分からないのに悠長に兵站作るのはアホっぽいというのもあります。
クロスボウの弾だって無限にあるわけではないので最終的に乗り込むしかない…という状況
破城槌くらいは丸太で代用してもよかったかもしれないけど、まぁ誤差だよね
血被り(ブラッディキャップ)とは返り血を浴び続けたゴブリンの事を呼称している。
まぁ肉体はふつーなゴブリンなわけなんですが、ナイトスレイに熟達した結果こうなった。
メタな言い方をすればニト君は上級ゴブリンなわけです。ですが所詮ゴブリンなんです。
上級モンスターの成り立ちってけっこー壮絶だと思うんですよね。




