2章 第2話:持たざる者
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イーストエンドポイント 獣人砦周辺 ゴブリン領
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トイナ騎士国から東に向かえば獣人要塞があり、
要塞からさらに東に向かえばゴブリンやオーク達の住まう領域となっていた。
ゴブリン達の体格は大きな個体でも1.4m程度と人間の子供程度に小柄であり、
身体能力も精々人間の子供と同程度でそれほど高いわけではなかった。
一方、オークは筋骨隆々な肉体を持つ事ができた代わりに、
高い知性を持つ事ができなかった。
そしてオークは人間以外を食べる事ができなかった。
彼らは貧しかった。
住まう土地も、種族としての能力も、力も、全てが貧しく劣っていた。
魔獣に遭遇すればなすすべもなく餌とされ、
人間の騎士に遭遇すればケダモノとして殺された。
獣人領には何もなかった。
雨は滅多に降らず、植物は群生しておらず、川もない。荒地だった。
井戸を掘って汲める僅かな地下水以外に彼らの生活を支える物はなかった。
しかし、何も無い土地だからこそ、獣人達はは生き延びることができた。
生き物が住むには適さない場所だからこそ、
魔獣はそこに住む事を嫌った。
貧しさの代わりに安全を手に入れた。それが獣人領なのだった。
唯一彼らが糧を得る事ができる存在があるとすれば、
農家や行商人のような人間を狙うことだった。
人間は魔獣と比べれば遥かに弱いからだ。
ゴブリン達は、オークが人間から略奪した食糧を貰う事で食いつないでいた。
オークは人間を殺して食らう事で生きつないでいた。
得られた糧は皆平等に分かち合う。
それがここで生きる彼らの共生関係なのであった。
一人の猫耳ゴブリンの少女は四等分にされた芋を手に持ち、
先行きも見えぬ生活から途方に暮れていた。
「今日も、これだけ…」
そこに一人の犬耳のゴブリンの少年が、両手に果実を持って駆け寄ってきた。
「ココ、これ、食えよ」
ゴブリンの少年は果実をココと呼ばれたゴブリンの少女に手渡す。
ゴブリンの少女は貰った果実を少しだけ見つめる。
「これどうしたの、ニト、まさか……」
ニトと呼ばれたゴブリンの少年はゴブリンの少女ココの幼馴染である。
「ああ、オークから逃げてるニンゲンから奪ってきたんだ。アイツらは一杯食べ物持ってるからな」
ゴブリンの少年は何食わぬ顔で奪ってきた果実を齧った。
「そんな事してたら危ないよ。いつか人間達に殺されちゃうよ」
一般的にゴブリンはオークと比べると戦闘能力が非常に低い。
武装した騎士は愚か、素手の大人を相手にするのでさえも危険なのだ。
この少年は、そんな危険な行為を何度も繰り返している。
少女は、苦楽を共にしたこの少年に危険なことはしてほしくなかった。
「このまま黙ってても飢えて死ぬだけだ。自分の保身のためにライノスウォーロード様を転属させたあの役立たずの魔王はどうせボク達には何もしちゃくれない。だから、ボク達は自分で戦って奪うしかないんだ」
「魔王様の悪口言ったりしたらだめだよ。魔族に見つかったら何されるかわかんないよ」
「知るものか、今魔族やニンゲンに殺されたって、明日飢えて死んだって同じさ。だからさ、ボクは他の男連中にも声をかけて獣人要塞の収奪部隊に志願しようと思うんだ。そうすればもっとココ達にも食べ物を持ってきてやれる」
収奪部隊、本来はオーク達が主導になって人間を襲う部隊である。
それにゴブリンの身で混ざるというのは危険なのだ。
村を守る騎士や行商人を警護する武装した傭兵と戦闘を行うかもしれない。
少年はさらに自分の身を追い込み、犠牲にしようとしている。
自分がこの身になった事で少年の心を縛ってしまった。
「また、奪いにいくんだね。私はニトにそんな危ない事してほしくないよ。人間達とだって話せばきっと分かって…」
少年は少女の言葉を遮る。
「それが出来ているならボク達は最初っからこんなところにはいないよ。ボク達から奪い、迫害し、追い込んだのは他の誰でもない。ニンゲンだ。ボク達は奪われてきたんだ。ボク達がアイツらから奪って何が悪い」
少年の言う事は正しい。
今は"こんなところ"で"こんな生活"をしているけれど、
昔はもっと豊かな生活をしていた。
全ては人間達によってあの地獄に送り込まれたせいだった。
最初はニト以外の仲間もそれなりに生きていたけど色んな理由で皆死んだ。
ここにたどり着けたのは結局自分とこの少年だけだった。
かつては石のスープではなく、
肉や野菜の入ったスープをたまに食べる事が出来た。
それは、一般的にはあんまり裕福という生活ではなかったと思う。
でも、今思えば幸せだったのだと思う。
でも、知らなければこの生活も幸せだったのかもしれない。
ここにいる多くの獣人達はこんな生活を受け入れている。
自分達は部外者だったから、理不尽さや憤りを感じているのかもしれない。
「ニト……」
「ココ、それじゃボクは他の奴らとも話してくるよ。今度はもっと一杯食べ物もってきてやるからな」
「うん…… 絶対戻ってきてね。約束」
「ああ、約束する。絶対戻ってくるさ」
ゴブリンの少女は去り行くゴブリンの男の背中を見つめ続ける。
ゴブリンの少女は思う。ニトを止める事は出来ないのだろうなと。
ゴブリンの少女は思う。かつてのように笑っていられたら良かったのにと。
何故、生きたいだけなのに酷い事をしたりされなければいけないのだろう。
ゴブリンの少女は手に持った果実を齧る。生きるために。
そしてただ案じる。ゴブリンの少年の無事を。
ゴブリンがんばれ♥がんばれ♥
石のスープとは、白湯に出汁としてただの石を突っ込んだもの
不幸の底は今だ知れず、幸福の味は次第に薄れていくもの
2世以降のゴブリンちゃんやオークさんにとってはふつーのこと
殺し殺されのサツバツとした環境だってふつーのこと




