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おしおきされる獣人族の少女:前編

>>学園の優雅な昼食会――


「ソフィーお姉さま~、メアリお姉さまぁ~」


 赤い宝石のルビーのような瞳を輝かせ、爽快に白い髪が踊る。

 始めて着込んだ初々しい青のセーラー服を着た、ソフィーよりもさらに小さな王女が、黒髪のソフィーに抱き着いた。

 満面の笑顔をソフィーの胸にうずめる王女シャトラーニ。ぼふっという音を立てて抱き留められる。

 胸のアクセントとなっている大きな赤色のリボンは一年生であることの証だ。

 そんな少女たちが抱き合うシーンは華が咲き乱れるような美しい光景のはずだが、しかし抱き留めたソフィーの表情はかなり微妙だ。


「……。あぁ、私はこんなに無垢な女の子を――。私のような穢れた目で貴方を見てしまってごめんなさい――」

 ソフィーの謝罪に対してシャトラーニは「??」と不思議そうにその宝石のような瞳を揺らした。


「?? 何かは分からないけど、ソフィーは私の目を見開かせてくれてくれた恩人だもの。なんでも赦しますわ」

 シャトラーニは魔眼の持ち主であった。だから表情で語る言葉の真偽が見抜ける。

 あまりに強力な力のために、赤子であるシャトラーニ自らが無意識に封印を掛けたために目が見えなくなっていたのだ。

 王族の自らの手による自らの封印――

 さすがに余人の手には余るシロモノだろう。

 寝物語からの義父からの説明に、ソフィーはそんなものかと納得する。


「いや、ホッントごめん……」

 真偽ではなく、真実を知ったらシャトラーニも怒るだろうな? とソフィーは思うが、さすがに義父との逢瀬にシャトラーニの姿を使ったということを本人に語るほど、ソフィーは愚かではなかった。


「――だから大丈夫よ。戦場ではいろいろあったのでしょう。私の国のために自らの手を汚して――。そんな貴方のことを穢れているなんて」

 そんな真実を知らないシャトラーニが採用した結論は、戦場で魔物や人を殺めたソフィーが自身を穢れていると思っているという案だ。


 完全に間違っているが、ソフィーは勘違いのままにした方が良いと思い黙っておくことにした。

 まぶしい笑顔にソフィーは耐えられそうにない。

 そのゆりゆりしい、甘ったらしい雰囲気にも。

 このままではソフィーも蕩けてしまいそうだ。


 その隣でメアリがため息をつく。

 メアリは当然のように事情を知っているのだ。

 ラスト家で地下牢をソフィーに貸しているのはメアリなのだから。

 そこで何が行われていたかなどは容易に予想が付く。


(ちょっとそこ! 言わないでよね?)


 ソフィーが視線を向けると、メアリはウィンクで返した。

 その表情が、ソフィーには少しだけ可愛らしく見えた――



 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・

 ・ ・



 この世界は剣と魔法の世界である。

 戦争がおきたとき、剣は近距離戦で使われ、魔法は中長距離で使われる。

 弓はさらにロングレンジだ。ただ矢に限りがあることを考えれば魔法の方が使い勝手が良いだろう。

 近代では魔法の攻撃力はかなり上昇しており、魔術をいわゆる「主砲」として使うことが多くなった。

 大規模、広範囲で攻撃力の高い魔術で敵を薙ぎ払い、打ち漏らしたものを遊撃手が近距離で狩る。遠くのものは狩人の出番だ。

 魔術師の攻撃を耐えられるのは肉壁となる盾職である。

 だが、それも何発も喰らえば倒れる。盾職に耐えられる程度の魔術であれば「主砲」足り得ないのだ。

 そんな盾職をひたすらに魔術で強化して圧倒するか、それとも敵魔術師が盾職を崩す前に、盾職に守られた自軍の魔術師が敵軍を圧倒するか、

 そんな殲滅戦が現在の近代魔術論として流行している。


 その近代魔術論の先頭に立つのがサー・アーサー・ソフィー・ヴァイオレッタ、その人である。

 ローズ王国最強を誇る暴力発生装置の一つだ。

 当然にしてか、ソフィーの友達であるフォン・メアリ・ラストもその道進んでいた。

 まさに、筋力バカならぬ魔術バカといったところか。

 貴族であれば軍の中にあって指揮を執る位置にもある。

 メアリは軍閥派ではなく中立派の貴族だが、魔術師出身家である以上出陣の要請があることは覚悟しなければならない。


(だけど……、王族が先陣を切って砲台役として戦うことはありえないわよね――)


 視力が回復したことで普通の生活ができるようになったシャトラーニは、このローズ魔法学園に1年生として途中入学し、ソフィーをお姉さまと慕ってこうして学生参加の軍演習にも来ているのだが、ソフィーがシャトラーニに魔法を教えるには難がありすぎた。

 攻撃魔法は論外として、教えるべき魔術には癒し系や防御といったものも魔術師の体系にもあるにはあるが、ソフィーは苦手だ。

 魔法を教えて欲しいと言ってきたシャトラーニにソフィーは何と言ったらよいか頭を抱える。

 こんな時にはメアリに振るに限ると、ソフィーはメアリに目を向けた。


「ねぇ、ソフィーお姉さま。わたくしもお姉さまのように立派な魔法の使い手になりたいのぉ」


「ほらもう。シャトラーニ様! まずは基本からですわ。3年生まであと3年もあるのですし、いーっぱい勉強すれば賢い王族ですもの、すぐに追いつきますわよ」


「え~。でも、お姉さま方は私が3年生の頃にはローズ魔法学園をご卒業されてしまうんでしょう?」


「それは、そうですけれど……」


「ねぇ、お姉さま。卒業したらわたくしの護衛(SP)になっていただけませんか?」シャトラーニどこか期待を込めて言う。

 やはり王族なのだろう。喋るだけで王子様のように雰囲気がきらきらしていた。その赤いルビーの瞳が期待で輝いている。


「お嫁さんにして欲しいのではなくて?」


「――あの時は目が見えるようになって気が動転していたのですよぉ」

 シャトラーニの目が見えるようになったあと、シャトラーニがソフィーのお嫁さんになると公言して大変だったのだ。

 シャトラーニが大泣きし、家臣一同がソフィーは女性ですから、と宥めたのは最近の国内で最も有名なエピソードの一つである。

 七大魔王ベルすら退けるサー・アーサーが、今度は王女すら陥落して魅せたただの散々に尾ひれがついていたが。


「お嫁さんになって欲しいはともかく、わたくしの護衛(SP)になって欲しいというのは本当ですよぉ」


 シャトラーニは今まで目が見えないという問題があり、今までは社交界に出ることはなかった深遠の姫君だ。

 それが今では目が見えるようになり、学校に通えるまでになっている。

 目が見えるようになったことで明るくなった性格は1年同級生の間でも既に人気になっているようだ。


 ソフィーたち3年生の間でも、お昼になるとソフィーを目掛けて突撃してくるシャトラーニは可愛いと人気だ。その人気度合いとしては、男子グループがみんなのアイドルとして囲っている平民女子の娘とライバル関係くらいだろうか。もっとも3年生の間での人気の高さでいえば、3年間のお友達関係としての蓄積によって「みんなのアイドル」である平民女子の娘の方に軍配はあがるのだが。


 シャトラーニが護衛(SP)を必要としているのは本当だ。


 目が見えなかった時代とは違い、シャトラーニが活発に社交界で活躍しようとするのであれば、その身を守るための人材が必須となるからだ。

 そして女性への身の回りの世話ができ、身を守るには男性ではなく、同年代の女性の方が適任なのは言うまでもない。


「シャトラーニ様の護衛(SP)であれば毎日が楽しそうですけど、ごめんなさい。私は学園を卒業したら実家に帰ってお父さんと結婚しようと思っているので――」若干顔を赤く染めるのはソフィーだ。

 ソフィーの義父好きは有名だ。なんでも相当な魔術師であると聞く。

 その実力は弟子であるソフィーを見れば一目瞭然だ。

 その師匠が志井にでないのは謎であったが。

 膝に弓を受けて満足に体が動かせないなど、義父についてはさまざまな尾ひれがついて噂になっている。

 だがソフィーはその噂を放置していた。義父が魔王などと言えるはずがない。

 変に収束しようとしてボロが出るより、適当な噂で納得するならその方が都合が良いのだ。


「え!? お父さんと結婚? 肉親同士でそういうのって赦されるのかしら?」

 シャトラーニは興味深々である。

 なにしろ魔眼によればその発言に嘘がないのだ。シャトラーニは衝撃を受けた。


「私の師匠でもあるお父さんは義理ですから。私は捨て子で、義父に拾われたんです」


「それは――、ごめんなさい。聞いてはいけない話だったわね」

 捨て子であればいろいろと苦労したであろうとシャトラーニは涙ぐむ。

 真贋を見定めることができる魔眼は、ソフィーのこの言葉も真だと見抜いていた。


「シャトラーニ様であれば大丈夫ですよ。捨て子なんてごくありふれた話ですし。それにサー・アーサーの称号を受けたとして所詮は平民である私は、学園ならともかく、どこに行ったとしても本来そこにいるべきポジションのヒトの職を奪ってしまいます。今は平時ですから、卒業したらいなくなった方が何かと都合が良いのですのよ」


「そうですか……。いろいろありますのね――。なら、メアリお姉さまは? 卒業したらわたくしの護衛(SP)になって頂けないかしら?」


「え。私は――」急に話題を振られたメアリは考えがまとまらずしどろもどろになる。


(かつての私だったら、こんなに良い話であれは二つ返事で快諾するところですが……)


 メアリは思う。

 王女の護衛(SP)ともなればその地位は約束されたようなものだ。

 かつて震えたように、理不尽に、売り飛ばされるように、政略結婚などされることもなくなるだろう。

 だが、魔法を使えるようになった今では思う。

 閉塞した過去とは違い、今やメアリには魔術師としていろいろな道が開けているのだ。


 例えば宮廷魔術師。

 例えば軍の花である『大砲』役の主任魔術師。

 例えば癒し手としての治癒術への転向だって可能だろう。


 あわよくば、ラスト家の当主にだって――


 メアリはいけすかない兄のことを思い出す。次期ラスト家の当主と目される兄だ。

 メアリが赤子だった頃に魔力を奪い、魔術師として大成したとされる兄は、いつも嫌味たらしく魔法を使える自分と使えないメアリとの差を比較してきた。


(あのとき、おそらく兄はすべて知っていて、私を弄んでいた)


 その兄とはしばらく会っていない。

 おそらく遊び惚けているのだろう。家にも帰ってきていない。


「メアリお姉さま?」


「ああ。ごめんなさい。シャトラーニ様に言われて進路のことを少し考えてしまって……」


「進路……。そうですわね。お姉様方から見れば進路ですものね。慎重に考えないといけませんわ。わたくしは王女という道しかありませんけど……。でも王女の護衛(SP)ならそう悪くないかと思いますわ。考えていただけませんこと?」

 だんだんとシャトラーニに声が小さくなる。

 その時、昼休み10分前を負えるチャイムが学園に鳴り響いた。


「あら、もうこんな時間?」


「今日は午後は体育だったかしら」ソフィーはスケジュールを確認する。


「急がないと……。ごめんなさいね。ちょっと進路は考えさせてくれないかしら?」メアリはそれだけ答えた。


「はい! それでは。また明日です。ソフィーお姉さま、メアリお姉さま! お返事はいつもお待ちしておりますからー」手を振りながら去っていくシャトラーニはまるで小さな竜巻のようだ。


 その竜巻とは違い、空は雲一つない晴天で夏を告げていた――



 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・

 ・ ・


 空は快晴――

 絶好の運動日和である。


 近代魔術戦の潮流が大規模魔法による砲台戦術、俗にいう大艦巨砲主義であるのに対し、昔の潮流 (オールドタイプ)というものももちろん存在する。

 それは魔力の多くを身体へとまわし、肉体強化によって中近距離の白兵戦を行う、いわゆる肉体言語魔法を使うものである。

 それはかつて勇者と呼ばれる存在が考案し広めたものだ。

 ローズ魔法学園もかつてはその肉体言語魔法が授業のメインであったこともあり、いわゆる騎士階級の男性が学生のほとんどであったことさえある。

 そんな肉体言語魔法の使い手は、いまや盾職として知られていた。

 その役目は砲台を守る、まさに肉壁だ。


 ソフィーたち3年生のうち、そのオールドタイプの潮流の雄として名を欲しいままにしているのが、仲良し庶民グループの代表、獣人族の娘であるバステト・スターである。

 3年生の仲良し3大グループの一角、その中心人物であるワーキャットの彼女は強い相手には並々ならぬ対抗意識を持っていた。

 そう、最近台頭してきたメアリにもである。


「ふっふっふ。最近ちょっとできるようになったからといって、粋がるのもいまのうちニャ! それに至高のソフィー様と仲良くなるとかッ ありえないしッ」


 バステトはソフィーに自身の村を救われたことがあり、それでローズ魔法学園に入ったという経緯があるため、ソフィーのことは崇拝していた。それゆえにぽっと出のメアリのことが気にくわない。

 長めの猫しっぽを振り、そのしっぽの美しい毛並みの髪と同じシアン色の猫耳がゆれ、まるで招き猫のように手首を曲げて威嚇する。

 そう、バステトは極めて真剣に威嚇しているのだが、いかんせん見た目が可愛すぎた。

 爪を立ててニャーと唸る。

 みんながそれに和んだ。

 そしてそれはいつものことだ。

 いつもパステトは、3つある3年生の仲良しグループの一つ、王子様たちがちやほやする平民の娘、マリー・ヒロインと常に戦いを繰り広げていたのだから。


「負けませんわよ! 魔力が使えるようになった私の強さを見せてさしあげますわッ」

 魔力をその身に循環させながらメアリは言い返す。

 思えば学園生活でライバルと戦うとか、メアリはかつてはひどく憧れたものだ。


「私だって負けません!」そこにいつの間にかマリー・ヒロインも加わる。

 いつも王子様たちにちやほやされるだけあって、マリーの実力もそれなりにある。

 王子様たちからの声援は、いつだって彼女に向けられているのだ。それに答えないはずもない。


 頃合いを見た先生が「よーぃ。ドン!」と声を掛ける。

 魔力を肉体に還元し、そうして女子の長距離走は文字通り魔力の火花を散らしながら始まるのだ。

 メアリ、パステト、マリーの順で他の学生をぶっちぎり、一瞬で走り去っていく。


「いいわね……。元気があって……」ソフィーはそれをじっと眺めていたが、しかし先生から「お前もさっさと走れ」とどやされるのであった。



 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・

 ・ ・



「くそッ。あのメアリが我がラスト家の当主候補だと! 女のくせに忌々しい……」


 メアリの兄は場末の酒場の一角でドンと、机を叩いた。

 暗くてじめじめしたその酒場は、あまり料理は上手くなく、値段も少々高いと散々な評価をされている。

 が、そのためそれほど人が入って来ず、ただ飲んだくれたり、さまざまな陰謀を巡らせるには都合の良い場所であった。


 歴代のラスト家の持つ魔力量のおよそ2倍――


 強大な魔力を有したメアリの兄が驕り高ぶり、その素行悪さから人身が離れていくのは仕方がないことかもしれない。

 その兄の周囲に素行の悪い連中が集まるのも自明のことだ。


「さんざんいじめてやってきたのに、メアリのやつ、まだ懲りずに魔術師として勉強していやがったのか……」


 まるで兄にその才能を奪われたかのように魔力が無かったメアリは、救国の英雄とされるサー・アーサー・メアリ・ヴァイオレッタによってその力を開花させ、魔力保有量に至っては今では兄の持つソレより余裕で超えているという。

 そんなメアリを兄は気に入らなかった。

 今や次代当主として父である当代の当主ですら「ラスト家の次代当主はメアリだ」と公言してはばからない。

 メアリが赤子の頃にその魔力をムリヤリにして引き抜き、メアリの兄に引き渡したのはその父だというのにいい気なものである。

 そのムーノの掌返しにもメアリの兄はムカついていた。


 メアリなど取るに足らない女だと思っていたのに。

 せいぜいが、政略に使う道具としてしか、メアリを兄は見ていなかった。


「なぁ、お前らもそう思うだろう?」


 うんうんと普段素行の悪い周囲の取り巻きの男たちも同意する。

 彼らは次期ラスト家の当主である兄には興味があるが、ラスト家を負われたただのアホウには興味がない。

 彼は優秀な金づるであった。

 少し煽てれば、ちょっとした便宜を図れば、気前よく金を吐き出してくれる。

 ならばこの兄貴を当主にしてやるにはどうすれば良いか。

 男たちは卑下た笑いを浮かべた。


「そんなヤツは一度〆てやればいいのでやんす」

「そのメアリ嬢は金髪で可愛いって聞いていますぜ」

「ローズ魔法学園の3年生ですか。それはまた極上で萌えますなぁ」


 口々に取り巻きの男たちは言う。

 彼らは一人の少女をその欲望の毒牙に掛けようとしているのだ。


「あぁ、そんなに可愛い娘ならたまには暴漢に襲われてしまうこともあるかもしれないな」


 兄はそんなことをことごなげに言う。

 自身の妹だというのに。なぜなら自分にとってもはや邪魔な存在だから。

 兄は自らを高めるのではなく、周囲に穴を掘ることを選んだ。


「暴漢に襲われ心を病んだ少女か――そうなれば社会復帰は難しいだろうな」

「そうでやんすねぇ」

「まぁ、なんて可愛そうなんでしょうか」

「それはまた萌えますなぁ」


 闇よりも黒い、嗜虐の心がメアリの兄の中を渦巻き満たす。

 おあつらえ向きに、メアリの兄の周りには暴漢役になってくれそうな人材が周囲にいた。


「だがどうします? メアリの傍にはサー・アーサーがいるでやんす」

「あいつは戦場で何百体もの魔物をぶっころしている本物ですぜ」

「あれはさすがに俺たちでも……」


 彼らは有能な人材で腕っぷしも強い。

 だが、生粋の戦闘魔術師であるサー・アーサーの称号を持つソフィーに敵対できるほどの能力はない。

 そんなものがあればこんな場所で燻ってはいないだろう。


「あぁ、それなら俺に良い手がある――」


 ソフィーの兄は陰謀を巡らせた。

 確かあの学年にはヤンチャで有名な獣人の娘がいたはずだ。

 獣人は基本的に頭が悪い。だから付け入るスキは必ずあるはずだ――



 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・

 ・ ・



「もう我慢ならんのニャ! メアリ! 決闘にゃ! ニャーと勝負するニャ!」


 お昼休みのさなか、メアリは獣人のバステトからいきなり手袋を投げつけられる。

 クラスメイトがメアリとパステトに視線を向けるが、それも一瞬のことだ。

 いつもパステトは王子様グループでちやほやされている平民の娘、マリーにライバル意識を持っており、何かとちょっかいを掛けていた。

 それの延長線上だと思われたようだ。

 ちなみに、パステトとマリーの対戦は9:120で、マリーの圧勝であった。


(あれ? 今日は私なの?)


 メアリがそんな風に思うのも当然だろうか。

 隣にいたソフィーとシャトラーニは目を丸くしている。


「勝負の内容はもちろん肉体言語魔法ニャ。放課後、軍体育館で勝負するニャ!」


 パステトは今にも唾が飛びそうな勢いだ指をさしながらメアリに大声で叫んでいる。


「まぁ、3年生同士の決闘ですの? わたくし見てみたいですわッ」

 面白そうといいながら手を合わせて大喜びしたのは、隣で話を聞いていたシャトラーニだった。

 完全に興味津々といった表情でそのルビーの瞳を輝かしている。


「ほほぅ。ローズ学園の普通学生の実力というのも気にはなるかな」

 それに続くのはソフィーである。


「いやダメニャ。これは決闘にゃ。メアリ一人で来るのにゃ! もしニャーが負けたら見せられないのニャ」

「それなら審判とかはどうされますの? どちらが勝ったとか決着つかないのではなくて?」

 シャトラーニが当然の疑問を口にする。


「そ、それはこっちで用意するニャ」

 返ってきたのは妖しさ満点の回答だった。


「それじゃぁ、放課後、待っているからニャ!」

 パステトは投げつけた手袋を回収すると、返事も聞かずに席を離れる。

 マリーからは遠くでご愁傷様といった視線が来たので、メアリは頷いて返した。

 マリーはいつもこんなことをしているのだろうか。


「妖しいわね」一連の流れを眺めつつ感じたソフィーの素直な感想だ。


「妖しいですわね。お姉さま。何か陰謀の匂いがします」どことなく真剣なシャトラーニはしかし可愛らしい。


「でも放課後行くしかないのでしょうか? 放置して『勝った! 不戦勝ニャ』とか言われるのはシャクに触りますし、こういったのことも学園生活で一度はやってみたかったですし……」


 メアリは今までの生活から魔術が使えるようになってしみじみと良かったと、魔力を取り戻すのに協力してくれたソフィーに感謝した。


「学生同士の決闘……。私も憧れますわ」

 それはシャトラーニの情操教育にはすこぶる悪いものだったが。


「やっぱり一人で行くべきかしらね?」


「(じゃぁ、私がこっそりとついていってあげる。純粋な勝負だったらメアリが負けそうでも介入しないけど、もし何かあるなら私が介入する。それで良いでしょう?)」

 ソフィーは他から聞こえないように小声でメアリに囁いた。

「(えぇ、いいわ)」それにメアリが答える。


「(あ、シャトラーニ様はお留守番ですからね。何かあったらいくら私でも複数同時には対処できないし)」


「(えー)」

 シャトラーニはいかにもつまらなそうな声を上げるが、こればかりは仕方がないだろう。



 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・

 ・ ・



「さぁ勝負するニャ」


 前屈みでまるで猫のような仕草をする猫型獣人のパステトは、肉体言語魔法で魔力を身体の隅々にまで既に廻している。その技術は並外れたものだ。

 一方のメアリも負けてはいない。

 魔力を全身に廻す技術的には長年の経験の差でパステトに軍配があがるが、自身をめぐる膨大な魔力の寮は、パステトとは5~6倍以上の差があるのだ。

 魔王から授かり浸透させた魔術師など人の世界でそうそういるはずものない。

 戦闘技術的な面についてもメアリには不利だが、魔力にあかせばだいたい互角か、それ以上ぐらいにはなるだろう。


 審判役としてメアリの兄が出てきたことには驚いたが、彼は傍観役を決め込むつもりらしい。

 パステトにいろいろ吹き込んだのか、パステトはかなりのやる気だ。


(さて、どんなことを言われたのでしょうね……)


 嫌味たらしい兄のことだ。

 きっとあることないこと囁いて、パステトを私にけしかけたのだろう、そんな風にメアリは判断する。

 始まりは静かに、中は激しく――

 肉体言語魔法により拳で語りあうスタイルはメアリも嫌いではない。

 何よりもストレスが発散できる。


「く……、なかなかやるニャ」

「貴方もね……」


 拳で戦い会うこと数分――


 だんだんとお互いに息が切れてくる。魔力に余裕があったとしても、精神的なものはそうではない。

 パステトもメアリの大魔力を相手に戦っているのだ。精神のすり減らし方は通常よりも激しいのだろう。

 肩で息をしているような状況だ。


「これで……。拳で語り合えば……。ニャーもメアリと仲良くなれるのニャ。メアリのお兄さんがそういったのニャ」

「(嘘……、兄はそんなこと言うような性格じゃ……)」


 そんな会話の応酬をしていると、不意にメアリの兄がパステトに近づく。

 メアリの兄は、名状しがたいバールのような棒を手に持っていた。


 パステトはメアリの兄のことを味方だと思っているのでそんな不意の行為に反応できない。

 メアリの兄が手にしたバールのような棒をパステトの首筋に当てると、パステトはびくんと体を震わせた後に身体ごと崩れ落ちた。

 それはまるで麻痺の呪術を受けたような――

 いや、本当に麻痺の術式なのだろう。

 メアリには青白い魔力の光が聞こえた。


(スタンの魔道具? 一体何をする気なの?)


 メアリは身構える。

 パステトが崩れ落ちて戦線離脱したことに呼応してか、周囲から目つきの悪いゴロツキどもが現れたのだ。


「お兄様。これはいったい……」

「あぁ、ちょっと君たちを可愛がってやろうと思ってね」


 素行の悪そうなゴロツキどもは無遠慮にメアリを視強する。


「うひひ。魔法学園の女ざんす」

「あぁ、どれだけの味わいだろうか」

「俺ぁお貴族さまとか、猫耳とか初めてだぜ。萌えますなぁ」


 何のことを言っているか分からないが、メアリにはそれが酷く下賤なものの言いようであることは理解できた。

 今までの戦いはメアリとパステトを互いに消耗させようという兄の戦術だったようだ。


(まさか、兄がここまでやるとは……)


 ソフィーは本当に身の危険を感じた。

 このままでは押し倒され、彼らの欲望の贄にされてしまうだろう。


 しかし、この身体はすでに魔力を多く消費している。


 ゴロツキどももそれなりに戦闘経験があるのか、その身に魔力を巡らしている。

 一対一では取るに足らない相手かもしれないが、複数人ともなると全てを捌くのは簡単なことではない。

 そして一人にでも押し倒されてしまえば、後は――


(いや……、そんなのは……)


 ゴロツキがメアリに手を伸ばさんとしたまさにその時、厳かな楽器演奏がその場に響き渡る。


(これは一体……、こんな場所でなぜそんな音が聞こえるの――)


 聞こえるのはグランドピアノだろうか。それに鈴の音のような歌唱が混ざる。


「『Wer reitet so spat durch Nacht und Wind...』……」


 その歌声に、世界が一瞬にして凍り付く。

 それは心象の風景だ。

 さむざむとした雰囲気が世界を支配し、そらを冷たく湛え始める。


(一体どこから……)


 メアリが声がする方に目を向けると、左手を胸にあて右手を広げなからゆっくりと歩いてくる一人の少女。

 その少女の名をメアリは知っている。


「『 Es ist der Vater mit seinem Kind; er hat den Knaben wohl in dem Arm, er faβt ihn sicher, er halt ihn warm...』」


 続く詠唱は止まらない。

 少女の足元からは不思議なことに花畑が広がっていき、一瞬でメアリの視界を紫色の花で埋め尽くした。


「『Siehst, Vater, du den Erlkönig nicht? Den Erlenkönig mit Kron und Schweif...』」


(これが――、あまたの魔物を滅ぼしたというあの紫式魔術――)


 メアリを襲うゴロツキどもは、そんな異常な風景に身体を動かすことができない。

 その一面の紫の草花に点々と混ざるシミのように青白い花は人の生き血を啜ったものか。

 それは魔王城の中庭に咲き誇る、ヒトを養分とする魔花。

 ゴロツキどもの周囲に咲く花は、その魔花と同じ青白い色をしていた。

 そんな草花がゴロツキどもに覆いかぶさっていく。


 するとどうなるのか。


 メアリはそれを見ていることしかできない。


(なんて綺麗――、でも……)


 感情的に歌いあげる少女は、氷の女王かのように冷たく、はかなく、そして美しい――

 ソフィーは息を飲んだ。

 なんて悲しい曲なのかと。


(これが近代魔術の最終系、ローズ王国最強にして至高の『砲撃の討ち手』、紫式の魔女と唄われしサー・アーサー・ソフィー・ヴァイオレッタの真の力――)


 ぐにゃぐにゃと崩れ落ちるゴロツキどもは、花に覆われ液体のように体が崩壊して息絶えていくのみ。


「『In seinen Armen das Kind war tot...』」


 こうしてソフィーの詠唱が終わった時にはすでに全てが終わっていて。


 その場には歌い手のソフィーと、腰を抜かしているメアリ、麻痺の魔道具で崩れ落ちるバステト以外誰も存在しなかったのだ――



 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・

 ・ ・



 地下牢――


 一瞬だけ薄く開かれた入口の扉に視線を飛ばす。


(あ――。やっぱりお父さんが変な顔をしている……)


 いまにも吹き出して笑いそうなのをなんとか堪えているような表情に、ソフィーも笑いそうになるがソフィーもなんとか耐えた。


 あの扉の向こうでは流行の小説である「家政婦は見た! 見ましたわぁ~」よろしくメアリとバステトがこちらの様子をがっつり覗っていることだろう。

 メアリからはバステトに「ここで見ていることがバレるとバステトもがっつり『おしおき』されますわよ。アレのように」と脅しを掛けている。

 バステトはまさに息をひそめるように大人しくなっているはずだ。


 ソフィーはいま、ベットの上で縛られている。

 さすがは魔術師家の地下牢だ。拘束具であればいくらでも置いてあった。


 手枷によって両手を封じられ乱暴にベットへと押し倒されたソフィー。

 その身体は猫耳少女へと変貌を遂げている。

 バステトの髪を使い、ソフィーはバステトの身体に変化したからだ。


「あぁ、やめるにゃ。やめるニャ……」

 いやいやのポーズをソフィーはする。身体に合わせて言葉使いも猫獣人語にした。

 その正面にいるのはソフィーの義父だ。

 義父はすでに全裸で、逞しい肉体を躊躇なくさらしていた。


「はは。せっかくソフィーがお膳立てしてくれているというのに、やめる訳がないだろう」


 義理はソフィーの顔に手を伸ばし、その猫耳を指で堪能し始める。

 本来ソフィーの身体には存在しない猫耳だが、好きな人に触られた感触は思いのほか気持ちがよく、触られるたびに身体がぴくぴくと反応してしまうのは、もうどうしようもなかった。


 だが、その指がいつもより少し冷たく感じるのはなぜだろう。


「それで? ソフィーの友人であるメアリを害しようとしたのは貴様かね?」

 入口の扉にも聞こえるような大きな声で、義父はソフィーに問いかける。

 低く、脅すような声である。

 そう、雰囲気を察した義父は怒った振りをしてくれているのだ。


「ちょっと、ちょっとだけなのニャ。だから赦すニャ」

「はは。赦すわけがないだろう? その報いをたっぷりとその身に刻んでやる――」


 そして乱暴な動きで義父はソフィーを捕まえると、ソフィーの身体ごと表裏にひっくり返した。


(え!?)


 仰向けにされるソフィー。


(まさか、後ろから――)


 猫獣人がよく着る半ズボンを膝までずり下げられ、膝から下は義父の足で強引に脱がされた。

 これではお尻が丸見えだ。じたばたと動こうとするが体重を掛けてのしかかる義父からは逃れることはできない。

 シアン色の猫しっぽで義父を叩くが、まったく効果があるようには見えない。


「あぁ……、ちょっ、ちょっと怖いニャ――」


「少しくらい怖いくらいがいいのだろう? だってこれは、おしおきなんだから」


「おしおき……」


 顔はすぐそばだ。赤い声を耳元で囁かれ、ソフィーの顔が火照る。

 義父はその右手をお尻へと伸ばし――その猫しっぽのつけ根で掴む――


(あ――。そこは――)


「なぁ、猫の獣人というのをもふもふしたいときは、どこをもふもふすれば良いんだ? 猫耳と猫しっぽしかもふもふ成分がないのだが……」


(そんなの分かるわけないじゃない……。本当の私は猫獣人じゃないんだから――)


 義父は指でわっかを作り、ソフィーの猫しっぽを上下にこする。義父風のもふもふなのだろう。

 しっぽを動かしてソフィーは抵抗を図ろうとするが、その刺激の強さにだんだんと力が抜けて落ちてしまう。


(いやよ。だめだよこんなの――、こんなのって――)


「じゃぁ、俺もちょっと本気を出してみようかな――」


(え!? 今までのでもお父さんは本気じゃなかったの?)


「あー。いや……」

 ソフィーのその声に甘い響きが入るのを義父が確認すると、義父は猫しっぽを撫でながら左手を――

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