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生まれつき目を悪くした王女:前編

>>ラスト家:メアリの寝室――


 メイドの控室にいたメアリはその日、ソフィーの痴態をすべて薄く開かれた扉の向こう側から見てしてしまっていた。

 メアリは≪静止≫の術式でその場に強く縛られていたのだ。身動きすら許されない、目すら背けられない状態であった。

 そして事が過ぎ――、綺麗な花が堕ちた後で、気絶したかのように眠るソフィーを後にして男はメアリの前にやってきた。

 ソフィーの義父だという魔人の青年だ。

 メアリは震えあがる。


「後のことは頼むよメアリ(・・・)

 そこに、メアリは違和感を感じた。

 彼が襲ったのはメアリ(・・・)ではなかったのか?


「貴方、まさか知っていて……」


「俺は魔人だ。いかに容姿が違っているからといって気づかないはずがないだろう? まして、キミの魔力はまだほとんど俺のモノなのだから――」


「――」


「俺はソフィーのことが好きなんだ。娘としてはではなく女として。だが、ああもお父さんお父さん言われてしまうとちょっと手が出しずらくてな? 分かるだろう?」


「――」


 この男とがソフィーのことが好きだということは分かった。

 だが、ソフィーはどうだろうか。

 その答えは聞くまでもないような気がしたが。


「じゃぁ、改めて頼むよ。じゃぁな……」


 一陣の風が吹く。それは転移魔術だろう。

 メアリ―は急速に眠気を感じる。

 メアリには一連の刺激は強すぎたのだ。


 目覚めた後に、もはや男の姿は無い。


 雨はやんだものの、空は気持ちを沈ませるかのように曇っていた。



 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・

 ・ ・



「あぁ、ソフィー。ソフィー。ごめんなさい……」


 目覚めてから急速に頭の働きだしたメアリはすぐさま立ち上がると、眠気を訴える体を無視してソフィーの横たわるベットに直行していた。

 すぐさまベットに≪清掃≫≪清潔≫の魔法を掛けて清めを行う。

 メアリは簡単な生活魔法であれば一瞬で習得していた。

 血や唾液などの汚れはそれで一瞬にして綺麗になり、跡形なく消え失せる。

 そしてくぐもった涙声をあげるソフィーをすぐさま着替えさせた。

 ソフィーの着る服は見るも無残に引き裂かれている。こればかりはどうしようもない。

 ソフィーの素肌を隠す用途にはまったく役に立っておらず見れたものではない。


「え、いいよ……。こちらこそ、お父さんが迷惑を掛けてごめんね」

 申し訳なさそうに謝るソフィーに、メアリはその身体を強く抱きしめた。


「ねぇソフィー。貴方はこんな結末でいいの?」


「お父さんはあれ絶対気づいているでしょう? よく考えたら、お父さんは魔人なんだから、身体から溢れ出る魔力の性質に気づかない訳ないものね……」

 ソフィーは知っていてこうなったようだ。

 だから抵抗しなかった。メアリのために代償をその身で――


「あんなお父さんでもソフィーは好きなの?」

「うん。大好き……。お父さんとは物心ついた時から、お父さんのお嫁さんになりたかったんだ……」

「そう……」

「でね。メアリ。もうちょっとだけ、えっとあと何日か。メアリの代償の身代わりになりたいなーとかいったら、メアリは怒る?」

 上目遣いのソフィーに、メアリはドキリとする。

 だが言われた内容には賛同しかねた。


(私の姿で? あれを?)


 自身には影響はないとはいえ、使われるのは自身の姿だ。たとえ少しだけとはいえ、気持ちよくはい、そうですかと答えるわけにはいかなかった。


「普通に怖るわね」

「それは困ったわね」

 ソフィーは思案気だ。そんな表情も可愛らしい。

 確かに愛くるしいのだが。


「だったら、普通に告白すればいいじゃない。好き同士なんだから」

「お父さんに? それはやだ……」

 頬を赤く染めるソフィーに、ソフィーとあのソフィーの義父はお互いに似たもの同士のメンドクサイ性格をしているなと思う。


 ちょっと風変わりな友達様だが、自分だっていままで魔法が使えず、風変わりな暮らしをしてきたメンドクサイ女であるという自覚がメアリにはある。


 だから――。メアリは素直にそれを口にした。


「もう……、じゃぁそんなメンドクサイ性格のソフィーには何か面白そうなシチュエーションを考えてあげるよ」

「え、あ。ありがとう……」


 満面の笑顔に釣られメアリは笑ったが、頭の中ではどうしたものかと途方に暮れていた。

 空の雲は薄れ晴れに向かいつつあった――



 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・

 ・ ・



 そのおよそ2か月後、梅雨が終わり、初夏の兆しがはっきりと見え始める昨今である。

 サー・アーサー・ソフィー・ヴァイオレットとフォン・メアリ・ラストの2人は夜会に出席した。


 派手な白の王宮で開かれるその夜会は、同級生の王子が主催し、月に一度開く主として学生向けの宴席である。

 ソフィーの恰好は男装の麗人姿だ。

 王国軍人が着るその服装には、ソフィーに送られたいくつもの勲章が輝いている。

 そのソフィーがエスコートするのはフォン・メアリ・ラストであった。

 淡いピンク色のドレスが蜂蜜を溶かし込んだかのように輝く長い金髪によく映えていた。

 魔力を身に着けた彼女はめきめきと頭角を現し、リスト家の長男すら凌駕するのではないかとの実力をたった2か月で示すに至った。

 なにしろメアリの父親が手のひら返しをしてすり寄るほどだ。

 いままで冷たかったあの父がである。困惑せざるをえない。

 メアリはあんな父よりもソフィーの義父のような方がいいな、と一瞬思ったが本当の肉親関係でアレは禁断すぎるだろうと思い返した。


 そんな中、体の凹凸(おうとつ)のラインが露骨に分かる軍服姿にソフィーは恥ずかしそうにしていた。

「女らしいソフィーが軍服とか、とても可愛いらしいけど、なんだか勿体ないね」

 だがソフィーは声を掛けられて背筋を伸ばし、メアリに向き合った。

「あら? 私のエスコートじゃメアリは不満なの?」

「ううん。そんなことないわ」


 もともとソフィーが、サー・アーサーの称号を得たのは先の戦争によるものだ。

 一度は軍人寄りの恰好をしてくださいと、北の将軍に泣いて頼まれたらそれは引き受けざるを得ない。

 ソフィーが軍関係の派閥組だと強烈に知られることは、ソフィーにとっても都合が良い。

 一方の中立派として知られるリスト家は、むしろ後ろ盾になると軍閥の娘と仲良くすることに今のところ何も言ってこない。


 そんなソフィーたちの元には、さまざまな人間が寄ってくるものだ。

 華やかな舞台で音楽は美しいのだが、その実、夜会とは陰謀術中渦巻く世界だと知り、ソフィーとメアリは参加を少しだけ後悔する。


「はは。こういったことにも慣れていだたくては……。ソフィー名誉男爵」

 そんなソフィーをいたわるのはこの国の王子様だ。

 王子様だから余計に気づかれするのだが。労わってくれているといのは分かる。

 すくなくとも王子様が去るまでは、他のニンゲンが割り込んでくることもないだろう。


「あら、王子様に置かれましてはご機嫌麗しゅう」ソフィーは答える。


「長い挨拶などは無用だ。同学生同士、そして同じクラス同士の仲だろう。そうでなくてはマリーが恐縮してしまう」


「あら?」ソフィーはそこで、王子様の傍で隠れるように立っている少女を見つける。

 あれは確かマリーと呼ばれる平民の少女だ。その彼女は黄色いドレスで王子様の後ろに隠れるように立っていた。

 いつもは王子様のグループで、王子様たちからちやほやされている。


 だが普通は貴族以外呼ばれることはない。貴族たちの社交の場だ。

 獣人が中心となった庶民代表仲良しグループの子たちはだれも来ていないことからもそれは良くわかる。

 王子主催の夜会であるから、誰を参加させても良いだろうが、それでは格式というものはどうなるのだろうか。


(でも、そんなこと言ったら私なんて平民どころか、捨てられた孤児だったわけだし……)


 ソフィーのメアリに向かう視線に気づいたのが、王子様はマリーに対しすかさずフォローに回る。


「あぁ、私は常々、庶民でも学園で一緒に学ぶ生徒であるならば、こういった場所を体験させるのも悪くはないと思っているのだ。クラスで人気の獣人の娘には断られてしまったがね」

 そう言って、王子は後ろに隠れるマリーをソフィーの前へと押し出した。

 マリーは気恥ずかしそうにしているが、やがて意を決したようにソフィーの前にでた。


「そういえば話すのは初めてかしら? サー・アーサー・ソフィー・ヴァイオレッタ様。私はマリー。マリー・ヒロインと申します」


「あらご挨拶ありがとう。お友達になりましょう」

「えぇ。喜んで」しかしマリーはそれに何か考え込むように思案をする。


「ありがとう。ソフィー。君とは友達になれそうだよ。マリーともよろしくな」

 王子様はにこやかな笑顔を浮かべ、そして別の貴族の方と話をするために去っていった。

 王子様は常にきらきらを振りまいていて、それはまるで嵐が遠ざかっていくかのようである。


「?? 何か私、言質を取られるようなことをしたのかしら?」

「さ、さぁ……」

 貴族社会に弱いソフィーはメアリと顔を見合わせるが、どちらも初貴族社会デビューの処女夜会であったため、何が王子を満足させたのか分からない。


 次にソフィーが挨拶をしたのは、宰相の娘だ。

 宰相の娘は先ほどの王子様と婚約しており、学校卒業と同時に結婚することが決まっていると聞いていた。

 貴族同士はよほどのことが無い限り、一度婚約すると婚約破棄などをすることはないようだ。

 でも王子様の後ろをひよこのように付いていくマリーを見ると、そこはかとない不安がよぎった。


「おーほっほ。メアリ様はなんでもついに魔法を使えるようになったとか。おめでとうございます!」

「ありがとうございます」メアリは軽くお辞儀をして答える。


 ツンデレが金髪縦ロールなのはローズ魔王学園の伝統、形式美なのだろうか。

 宰相の娘は、それは見事な金髪の縦ロールの美女である。

 殿方の視線を釘付けにするかのようにふくよかな胸を強調する真っ赤なドレスは、彼らを魅了してやまないだろう。

 どうにも絵にかいたように高飛車な感じがするが、意外にも女子ウケは良かった。

 彼女は恋愛以外のお悩み事に関しては即解決に尽力する、女子グループのとりまとめのような役割を担っていたからだ。

 同クラスの庶民グループからの受けもいい。

 庶民グループを取り仕切っている獣人の娘は、何かと王子様グループのマリー・ヒロインをライバル視して突っかかって行くが、それを仲裁するのがこの宰相の娘であったからだ。


「ところでどうですメアリさん。ソフィー様。私の派閥に入りませんこと?」

 出てきた言葉はイキナリの直球であったが。


「私は軍閥ですので――。メアリも私に気を使って貰っているのですよ」ソフィーは自分の軍服と胸の勲章を示した。

「え、えぇ……」ソフィーに急に言われ、メアリもアドリブで同調する。


「そ、そ、そ、そうですわね。私としたことが……」

 しょんぼりとした雰囲気を醸し出して去る宰相の娘に、ソフィーは悪い人ではないのだけれど……、といった感想を持つ。


「私が魔法が使える前に声を掛けて頂けたなら、間違いなく付いていったのでしょうが――」

 メアリも困惑気味だ。


 その後も宰相の娘は有力そうな人物に次々に声を掛けているらしいが、うまくいっているかどうかは、ソフィー達には分からない。


 やがて宮廷音楽隊による音楽が鳴り響き始め、ダンスが始まると華やかな夜会は一層盛り上がり始める。

 だが、ソフィーはいままで夜会にでたことがなくダンスの経験などありはしない。

 メアリは教養として練習はしているのでできないことはない。他人と踊るのはかなり不安だ。

 ソフィーもサー・アーサーの名前を授与されてからニンゲン世界のダンスも多少は訓練したのだが、今は男装の麗人である。そして男子と女子ではダンスのステップが違う。だから特にソフィーが踊ることは難しいだろう。


(それに――)


 ソフィーには好きな人がいる。大好きな義父以外の男に腰を触られるのは面白くない。

 だから、盛り上がりに反してソフィーとメアリは泣く泣く夜会から去ることにした。


 そして、さらに二人は王宮で道に迷った。


 こうして、彼女たちの初めての夜会は、最悪の出来で終わる。

 だが王宮で道に迷うことで始まる物語はこれからが本番なのである。



 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・

 ・ ・


(きれい……)


 そこは王宮の中庭だ。

 雨があがり、快晴となった光を受けた花々は、夜になってもなお鮮やかさを保持しており、周囲にほど良いかおりを放っている。

 赤、青、黄色といった色の花々は、中庭にさまざまな色を添えていた。


 ソフィーは美しさに見とれて歩いているが、メアリはいつの間にかこんなところに来てしまい気が気ではない。

 誰かに見つかり怒られて戻った方がまだ良いかもしれない。

 だが、すでにどこを歩けば戻れるのか、もうメアリには分からない。

 広い王宮をなんの情報もなく女二人で歩くのは厳しすぎた。


 もともと他国から万が一攻められても容易には陥落しないようにという設計の元で作られた王宮だ。

 基本的に迷いやすい上に王宮内のそれぞれの場所などは機密である。もちろん、王宮の地図などは超がつく軍事機密であった。2人が事前に地図を手に入れられないのも当然だろう。

 なぜ地図が軍事機密なのか? それはそうだろう。例えば王宮内の王様の住まいが敵に知れているのであれば、そこだけを責めれば国は落ちるのだ。

 王宮に住まうものは必至で自分たちの生活する場所は覚えるが、それ以外は基本知らされていない。

 そんな迷宮のような王宮にある庭園は広く、ソフィーを魅了するには十分であった。

 ソフィーはベル様の青白い草花で統一された庭園が一番だと思っていたが、様々な色を宿すこの庭園もまた格別なものがあると感心している。


 そんな庭園に見とれ2人は気が付けば奥へ奥へと進んでいた。

 そして、池のある場所に2人はたどり着く。

 小さいが眺めの良いその小池は、昼であれるならば王族たちの良いデートスポットになることだろう。


 そこに、池の傍で佇み冥想を続ける少女がいた。


 少女は気配に敏感なのか、ソフィーとメアリの足音に反応して顔をソフィーたちの方に向ける。

 足音は庭に茂る草でほとんど聞こえないにも関わらずだ。

 それでも少女は目を瞑ったままであった。

 やせ細った、不健康そうな、しかし上等な穢れの無い上質の白シルクを身にまとう少女である。

 白桃を思わせる透明でみずみずしい肌の持ち主で、誰も踏みしていない初めての雪のような白髪の――、しかし瞳の色は閉じられたまま分からない。


「どなた? 魔法使いさんたち」

 その少女に目は見えないのだろうが魔力の流れが見えているのだろう。

 ソフィーたちが魔法使いであることを見破っている。


「これはこれは? 貴方は妖精さんですか? 私は薔薇の花溢れる今生の王国でサー・アーサーの称号を拝命しております、ソフィー・ヴァイオレッタと申します」

「私はフォン・メアリ・ラストと申します」

 それに対しソフィーはうやうやしく礼をする。

 メアリもそれに倣った。


「あら? 先の大戦の英雄さんですの。私は妖精さんではありません。シャトラーニと申します」

 その言葉にソフィーはメアリに対してひそひそ話を始めた。


『ねぇメアリ、誰だか分かる? 国の偉いニンゲンさんなんて、私、分からないのだけれど?』

『シャトラーニ様といえば、フォン・シャトラーニ・ローズ様しかありえないでしょう。私たちローズ王国の第一王女の――』

『それじゃぁやっぱり偉い人なのね? 私平民出身の貴族だからそういうのに疎くて。階級章とか胸に付けてれば分かるんだけど、女性だとね』

『もちろん偉い人に決まっているでしょ! 王位継承順位でいったら3番か、4番くらいなんじゃないかしら?』

『へぇそうなんだ……、じゃぁ、どうして目を開くことが出来ないのかしら? 周りに護衛の方とか見られないし?』

『ええーと、確か確か生まれつき目を悪くされているらしくて――』

『え? 仮にもお姫様なんでしょう? この国の? だったらお金とか積めば治癒術士とか幾らでも――』

『それが――』


 そんなひそひそ話をシャトラーニはしっかりと聞いていた。


「聞こえていますわよ」

「あ、ごめんなさい。シャトラーニ様。シャトラーニ様の気分を害そうなんて気持ちはなくて……」

「えぇ良いのです。私の目が悪いのは生まれたときからなので……」


 目の見えない彼女がそうやって王族、つまり家族からも見放されていることは、こうして庭園で一人佇んでいることからも容易に想像がついた。


 なにしろ警護の人すらいないのだ。


 この前まで魔法が使えず、同じような境遇に陥っていたメアリとしてはどうしても居たたまれない気持ちになるのは仕方がないことだろう。


「お医者様や薬師様が言うには、この目の病気が直るとすれば最早特級ポーション、それも眼球特化型でなけば回復はあり得ないのだそうです。そしてこの王国内ではそのような特級ポーションが作れるものなどいなくて……」


 それは確かに難しそうだとメアリは納得する。


 特級を超えるポーションはもはやヒトが作ることはかなわず、天界や魔界でなければ存在しないとされるものだ。稀にダンジョンの宝箱から見つかるか、という程度。その確率も非常に低く、部位欠損も治すようなポーションであれば需要は高く、あれば大抵の場合高値で取引され、そしてすぐに使われてしまう。


 ましてや、その特級、それも眼球特化などというものは。

 おそらく赫眼の魔王の封印ですら開封させるような代物となってしまうことだろう。


 そのようなものはこの世の中に流れてよいものではない。

 あれば必ず戦争の火種になる。


 だからこそ王国の第三王女という身分でありながら、その瞳の回復を断念せざるえを得なかったのだろう。

 こうして捨てられるように王宮の泉近くで時を過ごさねばならないような日々を送ることになるのだ。


「で、なんとかならないの? ソフィー」

「ありますわよ。眼球特化型の特級ポーションですわよね。部位特化の特急ポーションであればお父さんから、私が旅立ちするときに全種類頂いていますから」

「な、なんて過保護な……」さすがにメアリはソフィーの義父の過保護っぷりに呆れた。


「え? うそ……」

 そんな言葉にシャトラーニは口をあんぐりと広げたままになる。


 手に入らないとされた特級ポーション、その眼球特化型をソフィーは持つという。

 さすがは英雄の名前を欲しいままにするサー・アーサーであると感じ入らずにはいられない。


 だが、そのような高価なものはきっと金銭では手に入らない――


「その特化型ポーションを私に使っていただけないでしょうか? どのような対価でも支払います。私でできることならば何でもいたします」


「えーっと……」ソフィーは考えを巡らせる。

「まさか……」メアリは次にソフィーが言おうとすることに察して震えた。

「ならばシャトラーニ様、貴方の髪の毛を1本いただけないかしら? それでお父さまも満足するでしょうから……」

「えぇ、そのようなもので宜しければいくらでも……」

 シャトラーニは自らの頭に触れると、早速とばかり1本の髪を引き抜く。

 そこに躊躇というものはなかった。


「ちょっと、ちょっと待って! シャトラーニ様。貴方は仮にも国王の娘なのよ。女の魔力は髪と子宮に宿るもの。その髪を何の目的に使われるか分かったものではないのに、良く考えて!」

 快いシャトラーニからの返事に狼狽えたのはメアリだ。

 だが、声に敏感にシャトラーニには分かる。

 メアリは何か嘘をついていると。

 微妙なトーンの変化でそれこそ手に取るように。だが、嘘をついている部分がどこなのかはまでは分からない。

 仮にも王族なのか。女の魔力がどこに宿るのか。何の目的で使うのか、それとも良く考えるべきなのか――

 だが例えば何の目的で使うのか知らないことが間違っているとして――、だからどうしたというのだろうか。目が治るというのに。


「えぇ構いません。髪の毛一本ごとき、どのようなことにでもお使いください。ソフィー様。それでこの私の瞳が治るのならば――」

「ならばこれを――」ソフィーは都合よくその特級ポーションを手にしていた。


「本当に、どこにそんなものを隠し持っているのよ。あの剣といい……」

 メアリのツッコミには『アイテムボックスから』とソフィーは返す。

 今度はそのアイテムボックスとやらの術式を教えて貰おうとメアリは誓った。もちろん代償なしで。


 適当にそんなことメアリが考えているうちに、シャトラーニは渡されたポーションをごくごくと飲み干していた。

 そこにもなんの躊躇もない。毒かもしれないのに。それほど目が治ることを切望していたのだろう。

 青臭いポーションは非常にまずいのか、シャトラーニは顔を盛大にしかめている。

 しかし、やがて身体に熱を帯びたかのようにシャトラーニは震え出した。

 シャトラーニは小さなうめき声をあげて身体を自らの腕で抱きしめる。

 その身体が緑色に発光した。


「ちょっとソフィー。大丈夫なんでしょうね?」もし王女の身に何かあれば、功績のあるソフィーはともかく、メアリの命はないだろう。


「よく魔力の流れをみなさいメアリ。彼女の魔力が眼球に集まって、(のろい)を外に押し出そうとしているのが聞こえないの?」

 メアリは言われ目を細める。

 魔力を聴くように感じると、確かにシャトラーニの目の周りに魔力が集まっていることを見ることができる。


「ま、まさか……」これはシャトラーニの声だ。自分でも信じられないのだろう。

 そのシャトラーニの目がゆっくりと開かれる。

 その小さな赤い光を放つルビー色の瞳が、はっきりとソフィーを映し出す。


「見える……、はっきり見えるわ……。かなり霞んではいるけれど……」

「涙腺も復活したのです。泣き止めば霞も消えますわ。ポーションの効きは正常そうですわね」

 ソフィーは目が霞んでいる理由を端的に答えた。

 ソフィーはポーションの効きが正常か、シャトラーニの魔力の音を聞きながら確認しているのだ。

 医者のような口調になるのは仕方がない。

「すごい……、すごいよ……。世界にはこんなにも色が溢れているんだ……」

「良かったわね。シャトラーニ様」

「あ、ありがとう。ソフィー様。メアリ様」

 シャトラーニのそのルビーのような瞳には涙があふれている。

 月明りは湖面で反射し、ソフィーたちを淡く照らしていた――



 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・

 ・ ・


 シャトラーニ姫の目が見えるようになったとの報告は、王宮内をすぐに駆け回り、それどころか1日で国内外の人々にまでそのことを知られるようになる。

 そのことをなしたのがサー・アーサー・ソフィー・ヴァイオレッタであったことが分かると、彼女のローズ王国内での重要性はいっそう増したものとなっていく。

 それとともに魔術師メアリの名が初めて歴史に記された瞬間でもあった。

 メアリに至っては次期ラスト家当主を推す声も出るほどで、当の現当主もそれに乗り気であった。

 唯一の問題としてはシャトラーニ姫が、軍服を身にまとうソフィーのことを男だと間違えて『サー・アーサー』と結婚したいと無理難題を言いだしたことくらいだろうか。もちろん周囲は大混乱である。

 もちろんソフィアは名の通り女性である。シャトラーニはそれに気づくとショックで2~3日寝込み、さらに混乱を拡大させたのは、シャトラーニ姫の茶目っ気によるところだろう。



 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・

 ・ ・



 少女2人だけで王城を歩いていく姿を怪しんだ青年兵士は、彼女たちを呼び止めた。


「あー、えーと、どこに行こうと言うのかね?」呼び止めたはいいが、美しいその姿に青年兵士はドギマギする。

 相手は貴族なのだろう。一人はドレス姿だ。

 なぜかもう一人は軍服の麗人であった。おそらく軍閥のニンゲンだ。

 呼び止めて失敗したと感じた。その幼い胸にある勲章の数々に青年兵士は凍り付く。

 階級章は――大佐階級だ!


「あぁ――、えーっと。そうだ! 北の――、北の将軍様にご挨拶に行こうと思って――」

 そんな麗人の彼女はしどろみどろで、どこか焦った口調で答える。


「それなら反対側ですよ?」青年兵士はそっけなく答えた。内心の動揺を抑えて。平静を装って。

 それに、青年兵士にはこれは普通に道に迷ったのだろうと察しが付いた。王宮に普段出入りするものでなくては王宮内の行き来は難しい。

 ソフィーとしては案内なんて恐縮だと思って断ったのだが、青年兵士にはお貴族さまの傲慢な考えで案内を断ったのだろうと映った。これだから偉い人たちは――


「あぁ、やっぱり北の将軍様だから北側だと思ったら南方向でしたのね」


「そちらは西方向ですが?」青年兵士は冷静だった。


「……。おーほほ。ここはどうでしょう? 申し訳ありませんが案内してくださいます?」


「(やっぱり、道に迷ったんだな)はい、北の将軍様ですね。案内いたします」


「はぃ、お願いします――(いや、本当はお家に帰りたいんだけど……)」


 ソフィーたちはいまだ、王宮で道に迷っている――



 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・

 ・ ・


 その夜――


 世界から切り離されたリスト家の地下牢に来るのはこれで何回目になるだろうか。


 石畳の上には上質な天蓋付きのダブルベットが置かれている。そのベットは純白で染み一つない。

 ベットに備え付けられた魔道具によって恒常的に≪清掃≫≪清潔≫の魔術が掛けられているからだ。

 そのベットはソフィーの私物だ。

 エディ―とソフィーが一緒に住んでいた邸宅の、具体的にはソフィーの部屋から持ってきたものである。

 魔界の蜘蛛の糸で編んだベットの手触りはいつも滑らかで、ソフィーの心を落ち着かせる。

 これだけのものを用意するとなればヒトの世界では難しいだろう。


 ベットの上にはその主であるソフィーが腰かけていた。

 だが、お風呂あがりのソフィーの艶めかしく濡れた黒髪ではなく、髪はストレートの白髪で、その身体は華奢な少女のものだ。

 ソフィーは術式を使いシャトラーニ姫に変化していたのだ。


 そんな場所で、そしてベットを持ち込んでまで、彼女はなぜ変化の術式を使うのか。

 その理由は、王女の姿になったソフィーの隣に腰掛ける義父にあった。


「それで、眼球特化の特級ポーションが欲しいというのは、君か?」

「シャトラーニですわ……」恥ずかしそうにソフィーは答える。

 義父はソフィーの腰にそっと手をまわす。

 びくりとソフィーの身体が震えた。

 ソフィーはされるがままだ。

 ソフィーが身にまとうものは既に薄く白いキャミソール一枚だけであり、こうして触れ合うことで互いの体温の感じることができる。

 ソフィーの顔は既に耳まで赤くなっていた。


「特級ポーションごときくれてやろう。だが、それには代償というものが必要だ。あぁ、そうだな……、俺から名前を囁くのはやめようか。俺はソフィーという名の娘が好きなんだ。だが彼女は抱くには崇高すぎる。キミには彼女の代わりになってもらおう……」

「そんなに、ソフィーという女性のことが好きなんですの?」

「あぁ、もちろん。一人の娘ではなく、一人の女性として愛している。だから……、君は俺のことをお父さんとか呼んだりするなよ。俺のことはエディと呼ぶんだ――」


(あぁ、やっぱり完全にバレてますわね。変化の術式は――。そりゃぁ、変化の術式はお父さんが教えてくれたのだから、分からないはずないか……)


 義父は腰に当てた手を引いて、ソフィーをベットに組み伏せた。

 エディはソフィーに覆いかぶさる。顔はすぐそばだ。二人は見つめあう。


「分かりましたわ――。え、エディ……。それからその『ソフィーさん』は言っていました。貴方のお嫁さんになりたいって。でもエディ本人の前では恥ずかしくて言えないらしいわ」

「そうか……。俺も好きだよ。娘ではなく、ソフィーを俺の女として染め上げたい。――本人には恥ずかしくてとても言えないがな」


(これから、私は、娘としてではなく、女として――)


 互いに息遣いがはっきりと聞こえる。

 二人とも顔は恥ずかしさで真っ赤になっていた。

 恥ずかしさに耐えられなくなったのか、ソフィーは目を閉じた。

 体は既に触れ合っており、目を閉じてもエディの鼓動すらもソフィーには感じることができた。


(これから、私が何をされるのか……)


 そんなことは分かっている。

 期待と、不安と、エディの温もりからくる安らぎと――


「あぁ、可愛いよ。健気で、やさしい。そんなところが……」


 義父はそのソフィーの唇を、自らの唇で――


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