魔法陣と死体
「うん……、もう朝か」
窓がガタガタと揺れる音を聞き、北城は目を覚ました。
周りを見ると、幽子だけが眠そうに目をこすりながらも、布団から体を起こしている。他のメンバーはまだ眠っているようだ。
北城は窓のそばに近づくと、まだ眠気から解放されていないボーっとした頭で考えた。
「台風、か。ものすごい風と雨だな。これだと本当に土砂崩れとか起こりそうだ。ふぁぁ……」
小さくあくびをしていると、幽子が窓の外を見つめながら寄ってきた。
「本当に台風が直撃しちゃいましたね。これで柊先輩が言っていたように、嵐の山荘で幽霊と遭遇ツアーになったわけですね」
「そうだね。まあとりあえず皆を起こして朝食をもらいにいこっか」
携帯を取り出して時刻を確認してみると、時刻は午前八時になっていた。
昨日寝たのがおそらく午前一時頃だったはずだから、大体七時間寝ていたことになる。
北城と幽子は手分けしてみんなを起こしていく。一番起こすのに手間取ったのは赤間だ。布団にしがみついて寝ており、なかなか起きようとしなかった。
何とか全員を起こし、とりあえず厨房へと向かう。厨房へと向かう途中、ふと、異様なにおいをかぎ取った北城は、寝ぼけ眼のメンバーを振り返った。
「なんか入口の方から変なにおいがしませんか? ちょっと見に行ってみません?」
北城に言われて、各自異臭に気づいたらしい。怪訝な表情を浮かべながら、全員で受け付けのあった玄関の方へと向かう。
玄関に近づくにつれ、異臭も徐々に濃くなっていく。
まもなく玄関前までたどり着いた彼らの前に、異様な光景が姿を現した。
魔法陣らしきものの上に、山中夫妻がまるで抱き合うかのように密着しながら、お互いの背中を包丁で刺した状態で固まっている。二人の全身は自分たちの血で真っ赤に染め上げられており、白で描かれていたと思われる魔法陣も赤く塗りつぶされている。それだけでも異常な光景だが、その異常さを補強するかのように、玄関口の扉には大量のお札が張られ、開かないようにされていた。
唖然としてその光景を見つめる六人。
自分の嗅いだ異臭の正体が血の匂いであることに気づいた北城は、一度大きく深呼吸をして酸素を脳に回すと、ゆっくりと後ろに立っている仲間のほうを振り返った。
全員が唖然とした表情のまま固まってこそいるが、叫び声を上げたり、気を失うものはいない。さすがはオカルト研といったところなのか、単に異常な事態に神経がマヒして、何も考えられていないのか。
この異様な状況の中、最初に口を開いたのは赤間だった。
「こ……れって、死んでるんすよね。朝からドッキリを仕掛けてくるような人たちじゃなさそうでしたし」
震える声で赤間が聞く。だが、赤間の問いに答える声はなく、再び静寂が訪れる。
次に口を開いたのは谷本だ。
「……これだけの時間微動だにしていないんだ。死んでいることは間違いないだろう。まずは、警察に連絡しないといけないな」
独り言のように小さな声で呟く。が、警察に連絡すべきと発言したものの、いまだにこの惨状から目を離せず、動こうとはしない。
「やっぱ死んでるっすよね……。誰かに殺されたんすかね……」
赤間の二度目の発言に、全員が体を強張らせた。目の前に死体がある。ということは、誰か彼らを殺した人間がいるということ。当たり前のことだが、この場においては限りなく大きな意味を持つ。なにせ、死んでいる山中夫妻を除けば、この旅館にはオカルト研のメンバーしかいないはずなのだから。
誰もが動けず、お互いを警戒しあうように見始めた中、白瀬が「くだらない」と吐き捨てた。
「お前らどうかしているぞ。この状況を見れば、これが心中であることは一目瞭然だろ。こんなところでお互いに猜疑の目を向けている暇があったら、今すぐ警察を呼びに行くべきだ」
「そ、そうっすよね。この状況は明らかに心中っすよね。じゃ、じゃあ俺、スマホ取りに部屋に行ってきます」
「わ、私もついてくわ」
白瀬の言葉に、場の空気が少しばかりだが和らぐ。赤間と柊が携帯をとりに部屋に戻っていくのを眺めながら、北城はこれが心中でないことを伝えるべきかどうか迷っていた。
北城が見た限りでは、山中夫妻は背中に刺してある包丁以外にも、腹側に何か所も刺したような跡があったのを発見していた。
白瀬がこのことに気づいているのかどうかは分からない。気づいたうえで、この緊張状態をほぐそうとあえて今の発言をしたのかもしれない。
ただ一つ言えるのは、山中夫妻は何者かに殺された、ということだけだ。
しばらく言葉も交わさずに立ち尽くしていると、赤間と柊がやや顔を青ざめさせながら戻ってきた。
「警察に連絡はできたんすけど、台風のせいでこの近辺で土砂崩れがあったとかで……」
「来れるのは早くても今日の夜か、遅ければ明日の昼過ぎになるだろうって言われたわ」
二人の報告を聞き、谷本は小さく頷くと、皆に声をかけた。
「分かった。すぐに来れないのなら仕方ない、とりあえず部屋に戻って、警察が来るまでじっとしていよう。土砂崩れが起きているのなら、車でふもとまで逃げることも出きないしね」
当然反対の声は上がらない。そもそも取れる行動なんて限られているのだから。
それぞれ重い足を引きずりながら、部屋へと引き上げていく。
部屋へ引き上げる途中、北城は何か不審な音はしないかと耳をそばだてていたが、台風による風と雨の音以外は何も聞こえなかった。