山中荘二日目
二日目の朝は、赤間のはしゃいだ声で全員起こされることとなった。
昨日誰よりも早く寝た赤間は、二日酔いに悩まされることもないらしく、部屋の前に仕掛けられたカメラに興味津々で、寝ぼけ気味の北城らに話しかけてきた。
「先輩方! 部屋の前に仕掛けられてる渋いビデオカメラはいったい何なんすか! つうか昨日いつのまにか寝ちゃったせいで深夜の見回りに行けなかったすけど、幽霊とは会えたんすか? ああ、でもまずはこのビデオカメラの映像を見てもいいっすか」
朝っぱらからテンション高めで話す赤間に、若干のうっとうしさを感じながらも谷本が言う。
「もちろん構わないよ。とはいえ今は電池が切れてるだろうから、充電してからになるだろうけど」
そういえば、赤間君はオカルト研での合宿は初めてだからこのカメラのことは知らなかったんだなぁ、と目をこすりながら北城は思う。
赤間がビデオカメラについて谷本に問いただしている中、現在最も二日酔いに悩まされている幽子が、携帯を見ながら呟いた。
「今日の夜から明日にかけて、台風が来るそうですよ……。もしかしたら土砂崩れが起こって、家に帰るのが遅くなったりするんじゃないでしょうか」
頭に手を当てて苦しげに言う幽子とは対照的に、赤間同様全く二日酔いに悩まされていない柊が目を輝かせる。
「それ本当! つまり嵐の山荘で幽霊と遭遇ツアーになるわけだね! 今からすっごくワクワクしてきちゃった」
「もし本当に台風が直撃してそんな事態になったのなら、オカルトというよりもミステリの領域だな」
ワクワクした様子で話す柊を見やり、白瀬が呆れたようにつぶやく。
その後、朝食を食べたオカルト研のメンバーは、各自旅館内をうろうろしたり、じっと部屋の中で本を読んだりして自由に過ごした。
寝ている間に仕掛けておいたビデオカメラの映像も確認したが、幽霊が映っていることはなく、ただただ赤間のいびきと思われる奇怪な声が流れてくるだけだった。
そんなこんなで二日目は何事もなく過ぎていき、再び夕飯の時間に。
夕飯の献立は昨日とは違い、キムチ鍋をメインとした、妙に辛めの味付けの料理ばかりがでた。別段辛い料理が苦手な人もいなかったので、特に文句を言う人はおらず和気あいあいと料理をつまんでいった。ただ、昨日の飲酒しすぎを踏まえて、今日は酒を控えつつではあったが。大体九時ごろに食事は終わり、その後は再び自由時間となった。
北城は旅館の外にでて、台風が近づいているためか、雲で覆われた夜空を見上げていた。
しばらくすると、突然後ろから声がかけられた。
「台風はまだ来ていないらしいな。柊は喜んでいたが、できることなら嵐が来る前にこの旅館を発ちたいものだ」
声のしたほうを向くと、そこには白瀬と幽子が立っていた。
北城は笑いながら言葉を返す。
「まあ俺はどっちでもいいけどね。みんなで一緒にいるなら、どんな場所でも楽しいだろうし。幽子は二日酔いはもう治ったの? 今日は一日中ぐったりしてたけど」
「はい、おかげさまで何とか。私の幽霊センサーも復活しましたし」
そう言う幽子の頭頂部からは、この旅館に着いた時と同様、髪の毛が一本、つんと上に向かって立っていた。
白瀬は興味深そうに幽子の幽霊センサーを見つめると、小さくため息をついた。
「この幽霊センサーはいまだに謎だな。どういう原理で立ったりへたれたりするのかさっぱり分からない。まあ解明されない怪異現象というのも、少しはないと面白くないがな」
白瀬の言葉に、北城と幽子は顔を見合わせて笑いあう。普段の発言やその見た目からすると、オカルトに対してはかなり否定的に見える白瀬のこういった発言は、どうにもギャップを感じてしまい笑ってしまうのだ。
二人が笑いあっているのにむっとしたのか、白瀬は一度自分の肩を寒そうになでると、旅館内に戻るように言ってきた。
「九月とはいえ夜は冷えるな。そろそろ戻って今夜のことに関して話し合うぞ。結局幽霊にはお目にかかれていないしな」
一足先に旅館の中に向かって行く白瀬の後をついていきながら、北城は幽子に尋ねた。
「今回はまだ何も怪異現象は起こってないけど、幽子的にはどうなの? やっぱりここには何かがいると思う?」
幽子は首をかしげながら答える。
「何とも言えないかな。斗真君は知ってると思うけど、私の幽霊センサーは私の意志や感覚とは無関係に働くから……。ただ、今までの経験からすると、ここまで幽霊センサーが反応してるってことは何かがいることは間違いないと思う」
「そっか。じゃあ気長に待つかな」
まあ俺にとっての目的は幽霊を見ることではないしな。北城は小さな声でそう呟いた。