オカルト好き
風呂から上がり、全員が部屋に戻るころには夕食の時間である七時になっていた。
それぞれ自由に過ごしていると、千恵子が夕食を運んできた。
料理は山菜の揚げ物を中心とし、他にもローストビーフやアジと大根のマリネ、あさりのみそ汁などなど、中々豪華な夕飯だった。
味の方もどれも非常においしく、ようやく旅館らしさを感じることができた。
夕飯も終わりに向かい始めるころには、全員だいぶ酒も進んでおり、皆オカルトに対する自分の思いを語り始めていた。
ちなみに、今ここにいる六人の中で二十歳になっていないのは赤間だけであったが、赤間曰く、「十九歳と二十歳との間になんて全く差はないでしょう。劇的に背が伸びることも髪の毛が薄くなることもないんだから。だから俺は酒を飲むことに躊躇いはないっす」とのことであり、結果六人全員が酒を飲み酔っぱらっている状態である。
「俺はっすね、オカルトの中で何が一番好きかっていうと、やっぱり幽霊の話なんすよ。もちろん吸血鬼とかチュパカブラとか未知の生物も大好きっすけど、やっぱ幽霊ですかね。なんたって一番人間の近くにいる存在じゃないっすか。いつもは見えてないだけで実はものすっごく近くに、今もいるかもしれないんですよ。もうそれを考えただけでワクワクが止まんないっすよね」
「幽霊か……、確かに興味深い存在だ。実を言うと俺もオカルトにおいて最も気になっているのは幽霊なんだ。そもそも幽霊は一般的にオカルトとして認められているUMAや妖怪とはわけが違う。何せ幽霊とは死者であるとされているからだ。UMAや妖怪などはしょせんどんなに長生きをしていても、それは生者に分類される。だが、幽霊はそうじゃないんだ。それこそUMAや妖怪も死んだら幽霊になるのかもしれない。だが、重要なのはそこじゃない。俺が何より興味があるのは幽霊を殺すことはできるのか、ということだ。一般には成仏こそが死者の死とされているが、俺には信じられない。そもそも成仏とは何なのか、まずはそこから……」
「うーん、私は幽霊も妖怪も実はそんなに興味ないかな。私が興味あるのはそう言った目で見えるものじゃなくて、目では見えないけどなんだか心にずっしりとくるような、不可思議な雰囲気の場所とか物なんだよねぇ。なんかさ、幽霊も妖怪も万が一存在を確認されちゃったら、何かしら科学で説明されちゃいそうじゃん。とりあえず理由や理屈がつけられて、不思議じゃ無くなっちゃうと思うんだよね。だからそうやって科学で理由をつけられないような、形はない、でも何かある、みたいな怪奇現象にすっごく興味があるんだよね」
赤間、白瀬、柊の三人が部屋の中央に固まって話し込んでいる。北城はそこから少し離れた位置にいる谷本と幽子に目を向けた。二人も酒が進んでいるのか、やや顔を赤らめながら真剣に自身のオカルトへの思いを話している。
余談であるが、幽子の妖怪センサーである触角は酒を飲んでしまうと機能を失うらしく、しょんぼりと下を向いてしまう。
それはそうと、北城の耳に二人の会話が聞こえてくる。
「私は、憑依というものにとても興味があります。幽霊は実体がないとされていますが、条件がそろうと私達にも肉眼で見えるものでもあるようです。肉体がないこと、私たちの目で見えること、この二つの条件を同時に満たすのは、幽霊の正体が電磁波であることだと思うんです。電磁波であれば視覚に影響を及ぼして、時に姿を見せたり消したりすることも可能だと思いますし、人間の脳へ直接介入し電気信号をずらして、性格を変えたりすることもできるかもしれないじゃないですか。それに、もし電磁波が幽霊の正体なら、私の幽霊センサーも、その特殊な電磁波を感じることができるという機能を持っているだけ、ということで説明がつきます」
「僕はそういった考え方は好きじゃないな。幽霊の正体が電磁波なんて、それこそ非科学的だ。それに万が一電磁波が幽霊の正体だとしたら、幽霊とは意志ある電磁波ということになる。幽霊が意志を持って動いていることは、過去のデータを見れば明らかだからね。そうなると、どのように電磁波が意志を持てるのか、という話になってくる。まあそれも一種のオカルトであるから……」
幽子を相手に谷本は幽霊=電磁波説について熱く語り始めた。
これも蛇足だが、北城が好きなのは、オカルトというよりも、オカルトが好きでそれを語り合っている人々である。
なので今も積極的には話に加わらず、皆が熱く語り合っている姿を笑顔で眺めていた。
七時から始まった夕食兼酒宴はそのまま五時間ほども続いた。
ちょうど十二時を過ぎたころ、谷本が立ち上がり口を開いた。
「さて、そろそろ一度見回りに行ってみようか。この時刻なら幽霊さんも恥ずかしがらずに出てきてくれるかもしれない。ただ、幽子ちゃんの幽霊センサーが使えないのは不安だけどね」
だいぶ酒を飲んでいるはずだが、ろれつが回らなくなるほどは酔っぱらっていないらしい。
そんな谷本の様子とは対照的に、幽子が顔を真っ赤にしながら、ふらふらと頷いた。
「わ、わらしの妖怪センサーは、酔っぱらてても、きちんとあたらきますよー。ふふふふふふ」
完全に出来上がってしまっている幽子を見て、比較的酔いの浅い北城が止めに行く。
「幽子は寝てた方がいいよ。その状態で、この暗い旅館を見まわるのは危険だから」
「えー、そんなことないでふよー。まだまだ元気で、見回り、くらい、余裕、ですー」
ふらふらしながらもついてこようとする幽子を、谷本とともに何とか寝貸し付ける。ちなみに布団の方は、九時ごろに千恵子が運んで部屋の隅に置いてくれた。
幽子の他には、赤間が大きないびきをかきながら既に眠り込んでいる。
「少し、お酒を飲ませすぎましたね」
「ああ、明日は少し酒は控えるか」
北城と谷本はお互いに顔を見合わせて笑いあう。
結果、見回りをするのは北城を含めた四人で行うことになった。
夜になると、他のお客が誰もいないためか、旅館内はどこも真っ暗になっていた。
北城たちはそれぞれ懐中電灯を点け、あたりを照らしながら歩いていく。
「うわー、これもうお化け屋敷そのものじゃない。こういう暗闇ってなんかぞくぞくして好きー」
酔っぱらっていることもあり、暗闇を全く恐れることなく進んでいく四人。
ふと、北城の向けた懐中電灯の光が廊下の片隅にあたる。そこに照らされたものを見て、北城は疑問の声を上げた。
「あのさ、そこにこんな落書きあったっけ?」
北城の声につられ、懐中電灯が照らしだしている場所を全員が見る。
そこには子供の落書きのような、乱雑に描かれた人の絵が描かれていた。
その落書きを一瞥すると、白瀬がふっと息を吐いた。
「くだらないな。その程度の落書きだったら、いろんなところに書かれていただろう。大方、山中夫婦の娘が生きていたころに、旅館中に落書きをして回っていたんだろ」
そう言ったきり、白瀬はもう興味を無くしたかのようにすたすたと歩いていってしまう。谷本や柊も特に興味を持たなかったらしく、白瀬に続き、再び暗闇の中を歩いていく。
北城は一人首をかしげながら、彼らの後をついていった。
漆黒の帳に包まれ、音も四人が廊下を歩いていく音しかしない。
不意に、谷本が口を開いた。
「怪異現象が起こる場所は、たいてい生活音がほとんどしないんだ」
「急にどうした? 今の静寂も怪異現象のせいだとでも言いたいのか」
「別にそういうわけじゃないさ。ただ、静寂は幽霊が出現するための重要なファクターであるように思えてね」
「確かにね~。ラップ音とかって、うるさい場所じゃ起こらないしね~。単に起こっても気づかないだけかもしれないけど」
ケラケラと笑いながら、柊が言う。
フン、と鼻を鳴らしながら、白瀬が言い返す。
「その考えは間違ってるな。静寂や暗闇は、あくまで人が幻覚や幻聴を起こしやすくなるに過ぎない。もし幽霊が死者であるとするならば、本来時間やその場の状態に縛られるはずはないんだ。人が死ぬ瞬間は千差万別なのだからな」
「それを否定はできないけど、僕は幽霊が死者だと断定してはいないからね。それに死後の世界がどのようなものか分からない以上、そこにどんな制約が生じるのかは、僕ら生者では想像もできない」
「ぬふふ、二人とも難しく考えすぎなんだよ~。幽霊が暗闇とか静かな場所でしか出にくいのは、単に自分の存在を主張したいからでしょ~。人がいっぱいいる場所で現れても、気づいてもらえないかもしれないからさ~」
「それは違うだろ。もし本当に幽霊が自分のことを認識してもらいたいなら、大勢の人の前で現れたほうが……」
幽霊の出ると噂の旅館で、真夜中に幽霊について語りながら旅館内を探索する人たち。後ろから三人の姿を眺めていた北城は、その光景だけでも、十分オカルトであると感じていた。