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山中荘初日

 話は戻って山中荘。

 まだ山中荘の外見に関してあまり述べていないので一言添えると、とにかく古ぼけている。繁盛していたころは違ったのかもしれないが、旅館の周りには雑草が生い茂り、旅館自体にも蜘蛛の巣が張っているなど、はっきり言って宿泊施設としては最低クラスの様相だ。さすがに壁にひび割れなどがあるようには見えないが、幽霊旅館と言われるのもうなずける見た目である。

 話によると部屋は和室になっているらしいが、外から見るとあまりそうは見えない。単に、少し大きめの古びた一軒家と言った感じだ。

 さて、山中荘に入ったオカルト研の面々を迎え入れたのは、噂を裏切らない陰気な雰囲気のエントランスだった。陰気な雰囲気に感じられる原因は、おそらく生活音が何も聞こえてこないことと、天井に取り付けられている照明の光度が弱く、室内がかなり暗いせいだろう。

 きょろきょろと部員の大半が旅館の中を見ている中、谷本が声を上げて店主を呼んだ。

「すみません、予約していたオカルト研究会のものなんですが、誰かいらっしゃいませんでしょうか」

 谷本が呼び掛けてから数秒後、顔に深いしわの刻まれた、和服姿の女性が現れた。

 女性は、ほとんど足音を立てることなくオカルト研の前に現れると、外見の印象と比べると幾分か若い声で話し出した。

「ようこそ、おいでくださいました。当旅館の女将をやっております、山中千恵子と申します。何もないつまらない場所でありますが、どうかご容赦ください。それでは、さっそくお部屋に案内いたします」

 ほとんど説明されることもなく、すぐに客室に案内される。

 何もない、と言われたが、オカルト研のメンバーからしてみれば全くそんなことはない。期待を裏切らないおどろおどろしい雰囲気の館内に、全員が興奮しながら歩いていた。

 ただ、北城的に非常にきついこととして、室内であるにもかかわらず、ところどころで虫の姿を見かけるのだ。まあ山にある旅館の上、山中夫妻だけで経営している(らしい)ので、結果として掃除が行き届かずに、虫の跋扈を許してしまうのも仕方がないのかもしれないが……。

 ちなみに、オカルト研の中で虫が嫌い、及び苦手なのは北城だけである。今の時代にはかなり珍しいことだと思うのだが、北城以外のメンバーは全く虫を恐れていない。それどころか、怪異現象がおこる原因は虫にあるのかもしれないなどと考え、積極的に虫取りに行ったりもしている。

 まあそんな理由もあり、北城だけがやや体を強張らせながら、興奮気味に廊下を歩いているメンバーのあとをついていった。

 ほどなくして、十人くらいが余裕で寝られるスペースのある、やや広めの和室に案内された。

 部屋の中へ北城たちを案内すると、千恵子が口を開く。

「夕飯は七時ごろにお持ちいたします。お風呂やトイレなどは、部屋を出て左手すぐの場所にございます。先日のお電話で聞いたお話では、当旅館に出るとされる幽霊の捜索を行いたいとおっしゃっていましたね。現在この旅館にはオカルト研究会の皆さま以外宿泊されておりませんので、どうぞ、好きに調べまわってくださって構いません。それでは、失礼いたします」

 一方的にそう告げると、千恵子は部屋から立ち去って行った。

 千恵子が出て行くと同時に、赤間が大きく息を吐き出し、畳に突っ伏した。

「いやー、幽霊旅館にふさわしい陰気な女将さんっすね。説明もおざなりだし、幽霊騒ぎなんかなくても勝手につぶれたんじゃないっすか」

 谷本が諦めたよな視線を向けつつ、小さくため息をつく。

「だからそういうことを言うのは失礼だよ。それに、昔はもっと明るい素敵な人だったらしい。先輩の話では、彼女の娘さんが事故で亡くなってから、だいぶ変わられてしまったそうだよ。ちなみに、彼女の娘さんが事故死した日に前後して、幽霊の目撃談が噂されるようになったらしい」

「うわ! それってもうその娘さんが霊の正体で決まりじゃん! なんかすごいね!」

 はしゃいだ声で柊が言う。

 もしそれが事実だとしたら、なんともやり切れない話だと北城は思う。親からしてみれば幽霊になってでも、娘が帰ってきてくれればうれしいだろう。だが、結果としてそのことが原因で旅館の経営が悪くなったのなら、かなり悩ましい気持ちになってしまう。

「さて、荷物を置いたらさっそくこの旅館の探索を行おうか。見る限り、この旅館についてからずっと幽子ちゃんの幽霊センサーが反応している。今回も霊への畏怖と敬意をもって、彼らの姿を拝ませに行かせてもらおう」

 谷本の号令の元、各自ビデオカメラや電磁波測定器、ダウンジングロッドなど、霊の観測に必要かもしれないものを装備する。

「それじゃあ行くよ」

 谷本を先頭に、オカルト研のメンバーは山中荘の探索に乗り出した。

 調べる場所は、山中荘全体だ。トイレや浴場、各客室に厨房、リネン室等々、調べられる場所は全て調べて回った。

 厨房に行った際には、山中荘の女将である山中千恵子の夫、山中康作に出会った。どうやら料理を行うのは山中康作一人であるらしい。やや渋めの顔つきをしたダンディな人であったが、眉間に濃いしわが刻まれていて、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

 それ以外には誰とも出会わず、また、幽子の幽霊センサーが強く反応する場所も見つからなかった。当然、幽霊も現れていない。

 今までの経験から、外が明るいうちにあっさりと幽霊に出会えたことは一度もなかったので、特に落胆した様子を示すものは誰もいない。

 一度自室に戻ったオカルト研のメンバーは、用意されていたテーブルの周りに集まり、作戦会議を始めた。

「さて、今までの経験通り、一回目の現地調査では幽霊を見つけることはできなかった。次に何をすべきか、皆の考えを聞きたい」

 谷本の問いに、バッグから本を取り出して読み始めていた白瀬が、本に目を向けながら答える。ちなみに本のタイトルは『狂骨の夢』。

「いつも通り、深夜に見回りを一回か二回行って、後は適当な位置にビデオカメラをセットしておけばいいんじゃないか」

 あまり興味無げに答える白瀬の態度に苦笑しながらも、柊が白瀬の案に賛同する。

「まあそれしかないよねぇ。私もそれで構わないけど、皆はどう?」

「俺も当然構いませんけど、赤間君はちょっと不満そうだね」

 オカ研合宿初参加の赤間は、もう少し積極的な行動をとりたいらしく、歯がゆそうな顔で体を揺らしている。

 一同の視線を受けた赤間は、これを機とばかりに体を前に乗り出した。

「そんなんで大丈夫なんですかね。最近の心霊番組なんかでも、たいてい最新鋭の監視カメラをセットして、後は何か異常が起こるのを待つだけ、みたいのが多いっすけど、ほとんどたいしたものは映らないじゃないっすか。実際のところ幽霊をカメラで撮るってのは、あんまり現実的じゃないんじゃないっすか?」

 谷本が真面目な表情でうなずきながら言う。

「確かに、赤間君の言うことも一理ある。心霊番組なんかではラップ音や、不気味な黒い影、他にはオーブなどが撮影されることはよくある。けれど、よく紹介される心霊動画のように、生身の人間と変わらない、人型の霊が撮られることは全くない。現に僕たちも、オーブやラップ音を観測したことはあるけど、人型の幽霊に遭遇したことはないからね。でも」

「そもそも幽霊は、無理に見つけようとする類のものじゃないんだよ」

 谷本の言葉を引き継ぐように、白瀬が続ける。白瀬の言葉が理解できないのか、赤間が不満そうに聞き返す。

「それってどういうことっすか? 無理に見つけようとするものじゃないって、今俺たちは幽霊を見るためにこの旅館まで来たわけっすよね?」

「ああ、それは間違ってない。だが、あくまで心霊スポットに来ただけであり、幽霊の存在を積極的に探しに来たわけではない」

「?」

 いまだにさっぱり意味が分からないで首をかしげている赤間を見て、北城は補足説明をする。

「心霊スポットってさ、幽霊が出るから心霊スポットなんだよ」

「はあ? それはそうじゃないっすか」

「でさ、その幽霊を見る人たちは、事前に何か準備をして霊を見るわけじゃないんだよ」

「! ようやく言ってることが分かってきたっす。つまり、本来霊を見るのに準備をする必要も、特別な行動を起こす必要もないってことっすね。そもそも、そんな準備をする必要がなくても幽霊に会えるのが、本来の心霊スポットだと」

 白瀬が大きく頷く。

「そうだ。それに、下手に一般の奴らと異なる行動を取ったら、それこそ幽霊を警戒させて、遭遇できなくなってしまうかもしれない」

 赤間が納得したように頷く。話がまとまったのを感じたのか、携帯で時間を確認しながら谷本が言う。

「じゃあ方針は決まったね。夕食の時間まであと三十分ちょっとか……、まあこの時間は自由行動ってことにしようか」

 各々、畳の上に寝っ転がって本を読んだり、窓辺によって外の景色を眺めたりし始める。

 北城も自分のバッグから本を取り出し、窓辺に移動するとさっそく読み始めた。ちなみに本のタイトルは『ホーンテッドキャンパス』。

 しばらくの間ゆったりとした時間が部屋の中を流れていたが、突然、鼻歌を歌いながら自分のバッグをガサゴソと漁っていた柊が、大きな声を出して振り返った。

「よし、幽子ちゃん、お風呂に入りに行こう!」

 手には着替えが入っていると思われる袋を持ち、爛々と目を輝かせて幽子を見る。

 幽子は時間を確認すると、少し困ったような口調で答えた。

「今からですか? もう少しで夕食になりますし、その後のほうがいいんじゃ」

「夕飯前にさっぱりしておきたいじゃん! てことで、早く早く」

 柊にせかされて、幽子が急いで風呂の準備を始める。ほどなくして風呂の準備ができた二人は、楽しそうに声を上げながら、浴場へと向かって行った。

 二人の後ろ姿を見送った後、赤間が目を輝かせながら残っている男衆を見てきた。

「……」

「……」

「……覗きになんていかないぞ」

「ほんとっすか?」

「……」

 まったく、赤間の発想は本当に子どもだ。いくらこの旅館にオカ研以外誰もおらず、事前の調査から男湯に女湯を覗くことのできる覗き穴を発見しているとはいえ……。まさかこの年になって覗きなんて……。

 男四人は無言で荷物からタオルなどを取り出すと、静々と廊下に出て行った。

 言わずもがな、行先は浴場だ。

 浴場まで行き、とりあえず裸になり、素早く風呂場へ移動。足音をできるだけ立てないように気を付けつつ、誰からともなく覗き穴に向かって行ったところで、

「ね、幽子ちゃん。面白いものが見れたでしょ」

 と後ろから柊の声が聞こえてきた。

 硬直する四人をよそに、幽子の驚きを含んだ声が聞こえてくる。

「はい。まさか皆さんがこんなことをするなんて。ある意味今までで一番の怪異現象です。これまでの合宿でもやっていたのでしょうか?」

「いやー今までは無かったんじゃない。ただ、今回は赤間君がいたからねぇ。基本的にむっつりな三人は、自分から覗きに行こうなんてしないだろうけど、誰かがきっかけを作ってくれたら話は別ってわけだよ」

「なるほど、そういうものですか……。勉強になりました」

 背後で続く女二人の会話を聞きながら、男たちは相変わらず硬直したままだ。

 その後もしばらく話を続けていた柊と幽子だったが、満足したのか会話をやめて風呂場から出て行き始めた。

 去り際に、柊が大きな声で独り言をつぶやいた。

「もちろんいないとは思うけど、まさかまた、性懲りもなく覗きなんてしようとした人がいたら……。ま、そんな心配する必要ないよね」

 一点の濁りもない、すがすがしい声を出す柊に、男たちはしばらくの間、呼吸をすることもできずに硬直していた。



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