真実は分からなくても
北城が常々思うのは、霊とは人の思いの塊ではないかということだ。そう言う意味では、相手が死者だろうが生者だろうが、他人の思いに強く影響されることを霊に憑かれるというのではないかと思っている。
だから、今ここでこれから行うのは、除霊だ。皆に憑りついてしまった柊先輩の霊を、少しでも取り除く。それを柊先輩だって望んでいるはずだから。
一度大きく深呼吸をした後、北城は口火を切った。
「僕も赤間君と同様、柊先輩が山中夫妻を殺したという事実を受け入れられなかった。赤間君はそこで柊先輩について調べに行ったみたいだけど、僕は山中夫妻について調べてみることにしたんです。山中夫妻の死体を見たときから過っていたある考えを確かなものにするために」
「ある考え?」
うつろな目をした谷本が、無意識にか北城の言葉を繰り返す。それに対して軽く頷き返すと、この一週間ずっと調べていたことについて話し出した。
「そもそも山中荘は廃業寸前の旅館でした。というか、僕たちがおそらく最後の客になるだろうという事でしたし、実際これからも山中荘でやっていこうとする意志は見られませんでした。そこで気になったのが、山中夫妻は旅館がつぶれた後にどうするつもりだったのかということです。どこかに引っ越す予定があったり、何か働き口を見つけていたのか。いやまず、彼らにはどの程度の私産が残っていたのか。警察に対していくつか情報提供をするついでに、僕は何とかそれらのことを聞き出しました。そして分かったのは、山中夫妻には引っ越しをする予定があったようには思われず、旅館がつぶれた後の働き口は不明であること。加えて、借金こそなかったものの、あと一か月持たない程度の貯金しかなかったことが分かりました」
「おい、待て……。それって、もしかして……」
白瀬が口をわなわなと震わせながら目を見開く。谷本部長や赤間も同様に、北城の言いたいことが分かったのか口を半開きにして固まっている。
誰もが言葉を忘れたように立ち尽くす中、妖花が恐る恐るといった様子で、
「自殺、だったということですか?」
と呟いた。
少しばかり部室の空気が変わってきたことを感じつつ、北城は大きく頷いて見せた。
「そう、山中夫妻はおそらく自殺したんです。娘を失って生きる気力を失った彼らは、結局立ち直ることができなかった。だから、最後の最後に降霊術というオカルトに頼りながらも、すでに死ぬ決意をしていた」
「待て! あの死体が自殺と呼ぶにはおかしな状態だったことはお前も認めたはずだろ! あれは殺人を偽装するために自殺に見せかけたものと――いや、まさか、そういう事か……」
「ちょ、白瀬先輩何を一人で納得してるんすか! 山中夫妻の死体は自殺に見せかけられたものじゃなかったっていうんですか? でもそれなら、山中夫妻の腹にあった複数の刺し傷は一体――」
「逆だったんだよ、赤間君」
うつろな目に少しだけ光を取り戻した谷本が、自身を納得させるかのように言葉を紡ぐ。
「確かにあの死体は自殺と呼ぶにはおかしな点が多すぎた。だから僕たちは、自殺に見せかけた殺人なんじゃないかと考えた。でも、逆だったんだ。あれは、自殺を殺人に見せかけるための装飾だったんだよ」
「そ、その考えは確かに否定できないっすけど、そんなことをする理由がないじゃないっすか! それに柊先輩は自分で殺したって認めてるんすよ。俺だって柊先輩が悪人じゃないって信じてるっすけど、殺人を犯したことを否定するのはいくらなんでも」
赤間の言葉を聞き、再び部室に重たい影が差していく。しかし、今なら――妖花の言葉を聞いた今なら、ずっと解き明かせないでいたその理由に説明をつけることができる。
底なし沼のような雰囲気に飲まれぬよう、北城は大きく一歩前に踏み出した。
「そう、谷本部長が答えてくれた山中夫妻の自殺説。これを認めるには、どうして自殺を殺人に見えるよう偽装したのか。なぜ柊先輩は自分が山中夫妻を殺したと証言したのかの二点が問題だった。僕にもこの答えが導き出せなかったから、ここまで山中夫妻が自殺を考えていた証拠を見つけ出せても皆に話せなかったし、警察も柊先輩が犯人だということで捜査を終了させてしまった。でも、赤間君が連れてきてくれた妖花さんの話を聞いて、ようやくその答えにたどり着いた」
「私の証言から、姉の真意にたどり着けたのですか?」
自分の発言を思い返しているのか、視線を宙に漂わせながら妖花が質問してくる。
「うん。柊先輩が降霊術を使って山中夫妻を励まそうとしていたこと。そして、山中夫妻は元から自殺するつもりだったこと。この二点から、山中荘であった本当の出来事を推測できる」
「一体、どんな……」
期待と困惑の入り交じった声が聞こえてくる。今この瞬間こそが霊を祓う時であると悟り、北城は一際大きな声で語りだした。
「山中荘で僕たちを眠らせた柊先輩は、予定通り山中夫妻と協力して降霊術の準備を始めた。床に魔法陣を描き、扉にお札を張り、その準備はほとんど完成していった。そして、後は妖花ちゃんを幽霊役として呼び寄せて降霊の儀式を行い、どうにかして山中夫妻に生きる元気を取り戻させる、というところまで進んだんだ。でも、ここで柊先輩が予想していなかったことが起きる。それは、山中夫妻が既に心中する決意をしていたことから生じた誤算。
指示された通り山中夫妻は魔法陣の上で互いに抱き合った。後は一滴血をたらして、目を閉じて娘のことを思い浮かべるだけ。でも、元から死ぬつもりだった彼らは、そこで柊先輩に見えないよう互いの腹を包丁で刺し合い心中してしまったんだ。そもそも死ぬつもりだったのに降霊術を頼んだのは、死んですぐに娘に会うためだったんだと思う。だから、柊先輩に気付かれて邪魔されないよう腹に包丁を突き立てた。また、腹に何度も刺したような跡があった理由は、自分たちが確実に死ぬためというのと、降霊の儀式に使う血の量が多ければ多いほど娘を呼び寄せられると考えたからだろう。とにかく、そうして山中夫妻は降霊術の最中に心中してしまった。
当然柊先輩は焦ったし困惑したはずだ。本来は生きる気力を取り戻させるために行うはずだった降霊の儀式で、逆に依頼主を死なせることになったんだから。普通ならこの場合、救急車を呼ぶなりして山中夫妻の救命に努める場面だっただろうけど、彼らの出血量からもう助からないと判断した。それと同時に、柊先輩は二人の死に強い責任を感じてしまった。自分が余計なことをしなければ、山中夫妻は心中することはなかったんじゃないか。自分は、彼らに死ぬきっかけを与えてしまったんじゃないかと。
そこで柊先輩は、せめてもの贖罪に彼らの死が自殺であることを隠そうとした。自殺というのは今の社会では容認されにくいものだし、まして降霊の儀式を行っている最中に自殺なんて、世間でどんな風に採り上げられるか分かったものじゃない。それに自殺は宗教的に見ても禁忌とされていることが多いから、死んだ後でも彼らが不幸になるかもしれない。だから、自分が彼らを殺したことにして、死後にまで山中夫妻に汚名が着せられることを阻止しようとした。たとえ自分が殺人犯の汚名を着せられることになろうとも。
その結果は、僕達が知っている通りだ」
これが、あの日山中荘であった本当の出来事じゃないかな。僕はそう締めくくり、皆の顔を見回した。
誰一人として、言葉を発することなく、今の考えを理解しようと努めている。
勿論これは、あくまで推論でしかない。根拠と呼べるようなものは最初に述べたように、山中夫妻が自殺しようと考えていたらしい、ということくらいだ。だから、ただの妄想だろと切り捨てられればそれを否定することはできない。
でも……。
「柊は、とかく責任感の強い人だったからな……」
「信じ難いことは変わらないが、山中荘で述べていた理由よりもはるかに納得はできる……」
「そうっすよ、柊先輩が意味もなく山中夫妻を惨殺するなんて考えるよりこっちの方がよっぽど!」
「うん……明日香姉さんが人殺しなんて、やっぱりあるはずなかったんだ!」
皆、僕の意見に賛同してくれた。
心の底では仲間を信じたいと思っていた彼らにとっては、これ以上ない解答。否定の声なんて出るわけがない。北城も、この考えが絶対ではないにしても、大部分真実を含んでいるはずだと信じている。
オカルト研の部室からはいつの間にか重苦しい空気が消え去っており、代わりに一筋の希望を確固としたものにしようとする興奮の熱が広がっていた。赤間や谷本はさっそくこの話を警察に伝え、柊先輩の無実を訴えかけようと話している。それに対し、白瀬や妖花は無策で行ってもまともに取り合ってもらえないだろうから、何か証拠を集めてからの方がいい。加えて柊先輩を説得させる方法も考えるべきだ、と無実を勝ち取るための方策について言及してきている。
そんな興奮と熱気に包まれた彼らを尻目に、北城はずっと黙って事の成り行きを見守っていた幽子の隣に並んだ。
「どう、幽子も僕の考えが正しいと思う? それとも、私情を挟み過ぎたただの妄想だと思う?」
「もちろん、斗真君の考えが正しいと思いますよ」
普段はあまり見せないような、少し茶目っ気のある笑顔で幽子が答える。その笑顔を見て、ちょっとした疑問が北城の中に広がっていった。
笑顔が見えるのは単に今の考えに賛成してくれるからだと思うが、それを抜きにしても今日の幽子にはちょっとした違和感がある。白瀬が妖花を糾弾していた時、堂々と嘘をついて妖花を庇ったこと。妖花の話を聞き終えた後、まるで北城の考えを読んでいたかのように話を振ってきたこと。
そして、今もこの結末が分かっていたように、谷本たちから離れ一人微笑んで立っていること。
全てを話し終えてほっとしたからか、どうにもそれらの疑問がとても気になり始め、北城は声を低めて質問した。
それらの疑問を黙って聞き終えた幽子は、何もない真っ白な壁に笑顔を向けながら、言った。
「幽霊がね、全部教えてくれてたんだ」