新たなる証言
本編ラストだと後味が悪いとのことなので追加しました。納得できるものになっているといいのですが……
「北城先輩、唐突に申し訳ないっすけど、明日の昼休み部室に来てもらえないっすか。ちょっと話したいことがあるんですよ」
山中荘での凄惨な事件からちょうど一週間後のこと。
北城の携帯に突然、赤間から電話がかかってきた。
山中荘での事件以降、オカルト研究会は休部状態となっていたため、赤間の声を聞くのは久しぶりのこと。北城は少し驚きながらも、肯定の返事を返した。
――山中荘降霊殺人事件。密かに北城がそう名付けたあの事件は、柊明日香の逮捕という形で幕を閉じた。それも当然で、警察が嵐の中を何とか到着した際、柊は特に抵抗することなくすぐに自供を行ったのだった。ただし、山中夫妻を殺した理由は北城たちに語ってみせたこととは違い、『ちょっとしたトラブルで口論になって殺してしまった。死体の周りをいろいろと装飾したのは、犯人が幽霊だと皆に思わせるためだった』などと供述したらしい。
どうしてそんな嘘の供述をしたのか最初は分からなかったが、すぐにオカルト研が廃部にならないための処置だと気付いた。もし北城らに告げたのと同じ動機を説明していたのなら、オカルトは危険であるとされ、まず確実に廃部になっていたことだろう。
それでも、どうしてそんな気遣いをしたのかはよく分からない。
大学側から廃部を告げられなくとも、今のオカルト研究会には、これからも活動を続けていくだけの気力なんて残っていないというのに。
この一件がオカルト研の皆に及ぼした影響は激しく、特に柊と付き合いの長かった谷本部長は人が変わったように塞ぎ込んでしまった。あれほどオカルトが好きで、口を開けばオカルトの話ばかりだった彼が、今ではオカルトに関わる言葉を聞くだけで吐き気をを催すほどになっている。
谷本部長ほどではないにしても、白瀬や赤間もオカルトと名のつくものからは距離を取るようになった。オカルトにのめり込み過ぎた結果が、もし彼女と同じ末路を迎えるのだとしたら――そういう思いが彼らの中に立ち込め、オカルトへの関心を削いでいる様子だった。
それから、幽子。最後の最後に、本物の幽霊を目撃し、そこに介在する悪意というものを強く受け取ってしまったらしい。最近では幽霊センサーが反応するたびに悲鳴を上げ、周りの目も気にせずその場でしゃがみ込むようになってしまった。そのため、今は学校に行くこともなく、家に引きこもって幽霊に怯え続ける日々を送っている。
そして、北城自身はというと――
「お久しぶりっすね、先輩方。こうして全員集まってくれたことに、まずは感謝したいっす」
「御託は良いからさっさと要件を言え。このメンバーを集めたってことは、話す内容なんてどうせ一つだろう」
白瀬が不機嫌な様子で話をせかす。
かつてはよく笑い声や熱い議論が交わされたオカルト研の部室。以前はあれほど居心地のよかったこの場所も、今ではただ寒々しい印象を受けるだけだ。
それを全員が感じ取っているため、なおさら場は冷たく暗くなっていく。だが、赤間はあえてそれを意識しないようにしてか、以前と変わらぬ明るい声で言った。
「お察しの通り、柊先輩についての話っす。たくさん話したいことはあるんすけど、まずは彼女を見てほしいっす。特に幽子先輩は、勘違いしたまんまだと思うので」
「勘違い……?」
普段よりもいっそう伏し目がちな幽子が、おずおずと顔を上げて聞き返す。
赤間は全員の視線を一身に受けながら部室の外へと出て行き、一人の少女を連れて戻ってきた。
少女の姿を見て、北城と幽子の口から同時に驚きの声が漏れた。
「か、彼女は……」
「北城先輩も見てたんすね。まあ厳密には全員が見てるはずなんすけどね」
「何を言っている。そんな少女見たこと……っ、まさか、そいつは!」
少女の正体に気づいたのか、白瀬も目を見開いて少女を見つめる。
唯一谷本部長だけがピンと来ていないようだったが、赤間の次の発言を聞いて表情が一変した。
「彼女は名前を柊妖花と言って、山中荘で撮影された心霊動画に映っていた少女なんです」
赤間に紹介された少女――柊妖花は、ぺこりと頭を下げ、再度自分の名を名乗った。
「皆さん初めまして。柊明日香の従妹の柊妖花です。こんな見た目ですが明日香姉さんとは三つ違いで、今は高校三年生です。先日の件では、姉が皆さんに大変辛い思いをさせてしまいましたので、姉に代わって謝罪申し上げます。本当にすみませんでした」
もう一度深々と妖花は頭を下げる。柊先輩とそっくりな、整った顔立ち。ただ柊先輩とは異なり髪は長髪で、何より身長が小学生並みに低い。
一同が驚きのあまり言葉も出ないでいる中、赤間が彼女と出会うまでの経緯を話し始めた。
「妖花ちゃんと出会ったのは一昨日のことっす。山中荘での一件が忘れられなかった俺は、柊先輩がどうしてあんなことをしたのか知りたくて、彼女の家を訪ねたんすよ。俺はオカルトが大好きっすけど、だからってやっぱり人を殺そうとだなんて思ったりしません。そしてそれは、やっぱり柊先輩だって一緒だったんじゃないかって。だから、先輩があんな凶行を行った理由が、もしかして何か別にあるんじゃないか。そう思って彼女の家に行ったんす。その時に、たまたま妖花ちゃんと出会ったんです」
赤間の言葉を受け、妖花がこくりと頷き同意を示す。
てっきり赤間はオカルトについて避けるようになっていたのだと考えていた北城は、少し驚いて赤間を見つめた。
だが、北城以外の皆は赤間のそんな行動よりも、妖花に関心が向いているようだ。
眉間に深いしわを刻み込んだ白瀬が、詰問するような口調で妖花に迫る。
「そんなことより、こいつが俺たちの見た幽霊の正体だと。だったら、こいつもあの殺人に関与していたということか。いや、柊先輩を唆したのも……」
「そんな! 妖花ちゃんは別に――」
「皆さんには、いくつか話さないといけないことがあります」
擁護しようとした赤間の言葉を遮り、妖花は谷本を見つめた。
妖花が明日香先輩の従妹だと知り、一時は驚いた表情になっていたものの、今はまた憔悴した表情に戻っている。白瀬は妖花に対して疑惑の視線を向けているようだが、谷本にそんな気は全くないらしい。すでに起こったことに対し、もう掘り起こさないでくれと言った様子を見せている。
だが、妖花は躊躇うことなく彼女の知る真実を語り始めた。
「まず、白瀬さんの疑いは最もですが、私は明日香姉さんの殺人に手を貸してはいませんし、姉さんが殺人を犯すつもりだったことも知りませんでした。ただ、あの時私も山中荘にいたことは確かです。そして、あの心霊動画の撮影に私が協力したことも事実です」
「ふざけるな! 心霊動画の撮影に協力し、しかもあの時山中荘にいたんだろ! なのに柊先輩が行った殺人に手を貸していない? まさか、信じられるわけがないだろう!」
妖花の言葉を聞き、さらに激昂する白瀬。赤間がおろおろと彼を落ち着けようとするも、全くの逆効果。もはや誰の言葉も届きそうにないほど興奮しきった瞬間、
「落ち着いてください白瀬君。彼女の言っていることは嘘じゃないと思います」
幽子が口を挟んだ。
今までずっと黙っていた彼女の発言に驚き、白瀬の勢いが少ししぼむ。だが、当然収まりはついておらず、すぐに幽子に食って掛かった。
「なぜだ? お前だって明らかにこいつが怪しいのはわかるだろ。あの山中荘にいたというが、ただ隠れていただけでは何度も館内を探索した俺たちに見つからないでいられるわけがない。柊先輩か山中夫妻のどちらか、もしかしたら両方の協力があったということだ。そして、わざわざ俺たちにその姿をさらさせないようにした理由なんて――」
「そこら辺の細かい理屈は分かりませんが、私の幽霊センサーに彼女は反応していないんです」
きっぱりと、全く理屈の伴わない理由が堂々と告げられる。予想していたのとは大きく異なる返答に、白瀬は戸惑い一歩後退した。
「な、何を言うかと思えばそんな……」
「白瀬君も私の幽霊センサーについては認めてくれていましたよね。どういう原理で働くのか分からない、怪異現象だって」
「それは、そうだが――」
「白瀬君には教えていませんでしたが、この幽霊センサーは幽霊以外にももう一つ反応する相手がいます。その相手というのは、殺人を犯した人間です。幽霊センサーが反応する理由としては、おそらく殺人を犯した人は霊に憑りつかれるためでしょうね。もし私の言葉だけでは信じられないというのなら、斗真君に聞いてみてください」
「……北城、今の話は本当なのか?」
半信半疑と言った様子で白瀬が聞いてくる。
北城は一瞬幽子へと目を向けた後、すぐさま頷いて彼女の言葉を肯定した。
「うん。そんなに回数は多くないけど、確かに幽子の幽霊センサーは人に反応することがある。そして反応する人は例外なく、過去に殺人やそれに類することをした人物だったんだ。現に一度、幽霊センサーが働いたことによって殺人犯を捕まえたこともある」
北城の言葉を聞き、白瀬が悔しそうな顔で沈黙する。
今まで幽子の特殊能力(?)を信じてきただけに、非現実的だと反論したいけど反論できないジレンマに悩まされているようだ。
さて、一人苦悩している白瀬には悪いが、実際のところ今の幽子の話は嘘である。幽子が殺人犯を捕まえたというのは事実であるが、彼女のセンサーが人に働いたということは一度もない。あくまで妖花さんが殺人に加担していることを否定するための、幽子の作り話である。幽子の真意は分からないものの、北城も妖花が殺人に加担していないと考えていたため、咄嗟に嘘に乗ったのだ。
「それにさ白瀬、もし妖花さんが山中荘での殺人に関わっていたら今この場には絶対に来ないと思わないか? 警察も僕たちも彼女の存在には気づけていなかったし、柊先輩も彼女のことを話したりはしていなかった。だからここに来さえしなければ疑われることだってなかったはずなんだ。だから、彼女がこの場にいること自体が、妖花さんの無罪を証明していると僕は思うよ」
「……確かに、その通りだな。悪かった、話を続けてくれ」
一度深呼吸をし、白瀬は何とか冷静さを取り戻したようだ。小さく頭を下げ、妖花に続きを話すよう促してきた。妖花もそれに応えるように頷くと、話を再開した。
「どうして私が心霊動画の撮影に協力したのか、延いては山中荘にいたのか。それは、明日香姉さんからある頼みごとをされていたからです。まず心霊動画に関してですが、あれは皆さんを驚かせるためのいたずらとして撮られたものです。だから、その、申し訳ないのですがあまり深く考えて協力したわけではありません。ちょっとしたサプライズのお手伝いとして撮影に参加しただけなんです」
「まあ、柊ならそれくらいのことを考えていても不思議ではないな」
呆れ声をにじませながら、力なく谷本が呟く。その言葉を聞き、妖花は一瞬苦笑いを浮かべるも、すぐに真剣な表情に戻った。
「それで、私が山中荘にいた理由ですが、降霊術の手伝いをするためだったんです」
「降霊術の手伝い? どういうことだ?」
「赤間君の話では、皆さん姉が作ったポスターを見たのですよね。黒魔術を利用した降霊術で死者との対話を実現させる、といった内容のポスター。あれを山中荘で本当にやろうと思っていたんです。もちろん霊なんて呼び出せませんから、霊の代わりを私が代行して、ですが」
「……つまり、お前と柊先輩は降霊術を語った一種の詐欺行為を働こうとしていたのか?」
想像もしていなかった告白に驚き、白瀬が唖然としながら聞く。
妖花は伏し目がちに首を横に振ると、手と手を合わせて胸の前に持ってきた。
「誓って、詐欺のつもりはありません。依頼人を騙そうとしていたことは事実ですが、それでお金を儲けようとしていたわけではなく、私達の目的はあくまでも依頼人に生きる活力を取り戻させることでした。たとえ嘘の降霊術でも、それで生きる気力を失った人々に光を与えられるなら。そう思って、数年前から私と柊姉さんでこの活動を行っていたのです。そして、今回の依頼主は山中夫妻だった」
「だから、お前も山中荘に来ていたというわけか。降霊術で呼び出される幽霊役として。しかし、今の話が本当ならどうしてあんなことに――柊先輩が山中夫妻を殺すような事態になったんだ」
「それは、私にも分かりません……。もともと私は山中荘から少し離れた場所に停めておいた車の中で待機していました。それで、降霊術をやるという段階になったら山中荘に行き、そこで幽霊の振りをする予定だったんです。段取りとしては、お札によって入り口を閉ざし、霊的なものを逃げられなくする。その状況を作り出したら、魔法陣の上で山中夫妻の血を一滴ずつたらしてもらい、抱き合うようにしてから呼び出したい人を強く念じてもらう。そこに私が登場して、何かしら生きる気力を与えるような言葉を――といった手筈でした。
でも、いくら待っても姉から連絡は来ないし、嵐も強くなってきたのでそのまま山中荘に入ることはなく、家に帰ることにしたんです。きっと何か理由があって降霊術は中止することにしたんだろうと。でも、その間に姉は……」
震える声で、妖花が目に涙を浮かべながら俯く。その泣き顔を見て、オカルト研のメンバーは一様に今までの不躾な質問を恥じた。
よくよく考えてみたら当然のこと。彼女が柊先輩を誑かした犯人でないのなら、今彼女が感じている辛さはオカルト研のメンバーと比べても決して劣らないはず。まして、柊先輩が降霊術を行おうとしていたことを知っていた分、山中夫妻への死の責任すら彼女は感じているだろう。
そんな中、今この場でまるで犯人のように責め立てられ、疑われている。どれほどの重圧に耐えて話しているのかを、もっと理解しておくべきだった。
どう声をかけていいか分からず一同が黙していると、幽子が足音を立てずに妖花のもとまで近づいていき、彼女の頭を優しく撫でた。
「ごめんね妖花ちゃん、あなたの気持ちを考えずに一方的に質問してしまって。でも、有難う。あなたが勇気を出してここに来て、今の話をしてくれたから、私達にもちょっとだけ希望が見えたよ。ね、斗真君。あの時山中荘で起こった殺人事件に対するもう一つの解釈。斗真君なら何か思いついてくれたんじゃないかな?」
幽子の言葉を聞き、全員の視線が北城に集まった。
突然皆から注目を浴びて、少し気圧された気持ちになるものの、幽子の言葉通りもう一つの解釈は思いついていたし、話すつもりでいた。
柊明日香という人物を、オカルトに憑りつかれた異常者としてではなく、北城たちが知るオカルト研究会の仲間として受け入れられる、もう一つの考えを。