目に見えるゴースト
「白瀬、俺は谷本部長は犯人じゃないと思う」
突然の北城の発言に、部屋にいる全員が驚いたように北城を見つめた。
怪訝そうな顔で白瀬が聞いてくる。
「部長が犯人じゃない、どうしてそう思うんだ?」
「白瀬の発言は一見筋が通ってるように見える。でも、部長が先輩から合宿場所についての情報を集めていることさえ知っていたなら、先手を打っておくことは可能なはずだ」
「まあな。だが確率は低い。もしそれを実行しようとしたのならば、ここの旅館に泊まっている山中夫妻を始めとして、複数の人に嘘をついてもらわなければならなくなる。それに……」
「分かってる。谷本部長が最も疑わしいことは。ただ、それは絶対じゃない。現状谷本部長を犯人だと断定するのは不可能だ」
白瀬の言葉を遮るようにして、北城は言い切る。いまいち北城の意図がつかめないのか、白瀬が困惑気味に聞いてくる。
「要するに、今俺たちが犯人を探し出すのは無理だから、おとなしくしていろと言いたいのか? だが今お前は……」
「あのポスター」
再び白瀬の言葉を遮り、北城は無理やり話を続けた。
「あのポスターで一か所気になる言葉が入ってたんだ」
「気になる言葉? 確かに胡散臭い内容だったっすけど、別におかしな言葉はなかったんじゃないっすか?」
不思議そうな表情で赤間が口を挟む。
北城はポスターに書いてある、ある言葉を指さして言った。
「この言葉。『怪奇現象』って書いてあるのが読めるだろ。怪奇現象っていうのは、皆も知っての通り、現代の科学で解釈ができないとされる奇妙な現象を意味する言葉だ。ただ、部長はこの怪奇現象のことをいつも、『怪異現象』って言ってるんだよ」
ふん、と白瀬が鼻を鳴らす。
「何を言うかと思えばそんなことか。たったそれだけのことで部長が犯人じゃないとするのはあまりに浅はかだろ」
ここで挫けてはいけない。反論の余地がいくらでもあることは覚悟のうえである。北城は真剣な表情で白瀬を見つめ返す。
「少し誤解を招きそうな言い方だけど、俺は皆がオカルトについて語っている姿をずっと見てきたんだ。だから、谷本部長がいつも怪異現象って言ってきていたことを知っている。なあ白瀬、このポスターが犯人にとっても見つけられるのが予想外のものだった、てのには賛成してくれるよな」
「それは、まあそうだな。それが出てこなければ、俺が部長を疑うこともなかったわけだからな。それに、見つけてほしかったのならもっとわかりやすい場所に置いておいただろうし……」
「そう。だとすれば、このポスターで仲間の誰かを身代わりにしようという考えは、犯人にはなかったはずなんだ。それはつまり、普段使っている自分の言葉を、あえて変える必要性がないことを意味している」
「それだって、絶対ではないだろ」
北城の気迫に押され、目をそらしながらそう呟く。
いったん深呼吸をした後、全員の顔をゆっくり見渡しながら北城は話を続けた。
「俺が知っている限りでは、『怪異現象』という言い方をしているのは俺、谷本部長、白瀬、そして幽子の四人。『怪奇現象』という言い方をしているのは柊先輩と赤間君の二人です」
「な、俺はやってないっすよ!」
「私が犯人だって言いたのかな?」
慌てふためいた様子で首を振る赤間と、不敵な笑みを浮かべながら北城を見返す柊。
二人の顔を交互に見返した後、北城は柊の方に視線を合わせた。
「俺が犯人だと思うのは、柊先輩です」
「うーん、赤間君じゃなくて私が犯人だと考えた理由を聞いてもいいかな?」
自分が殺人犯扱いされているというのに、それをちっとも気にせずに微笑む柊。彼女の異様な態度に気づいたのか、北城以外の全員が柊から距離を取った。
「簡単な話です。赤間君は、この合宿に来るまでオカルト研で代々使っているビデオカメラの存在は知りませんでした。それにもし赤間君が犯人なら、ビデオテープに自分のいびきを録音しておくことは忘れなかったでしょうから」
「でも、やっぱり北城君の考えだと、私が犯人だって断定するには不十分なんじゃないかな。いくらでも別の解釈ができると思うよ」
いまだに笑みを崩さず、まるでこの会話を楽しむかのような態度をとる柊。その態度を見て、北城は自分の考えが間違っていないであろうことを確信した。
北城は話を変えて柊に迫る。
「山中夫妻の死体を見て、ずっと気になってたんですよ」
「気になってたって、何をかな?」
「どうして犯人は、もっと心中であるかのように演出しなかったのか、ということです」
北城の言葉を聞き、クスクスと不気味に笑いながら、柊は続きを話すように急かしてくる。
「それでそれで、具体的にはどんなところに?」
「……犯人には、偽装工作をする時間は十分にあったはずなんです。にもかかわらず、あえて腹部を何回も刺し、心中というにはあまりに違和感のある状況を作った。そうじゃなくても、そもそも心中ではなく、行きずりの強盗にでも襲われた風に細工することだってできたはずだ。にもかかわらず、そうはしなかった。犯人の目的は、山中夫妻をただ殺すことでもないし、それを警察にばれないようにするためでもないんだと思いました」
「ほ~、中々よく考えてるねぇ。じゃあ何が動機だと思うの?」
「……それは、分かりません」
北城はこぶしを握り締め、悔しさをにじませながら言う。ただし、その悔しさは、動機が分からないことではなく、一年以上一緒に過ごしてきた人物の考えを、さっぱりと理解できていないせいだが。
「ただ、もし俺の考えが正しいのなら、犯人は自白してくれるんじゃないかと思ったんです。そもそも犯人は、自分が人殺しであることを隠そうとはしていないのではないかと思って……」
必死で絞り出した北城の言葉に、柊は満足そうにうなずいた。
「うん。じゃあ君の頑張りに答えて、私も白状するとしましょうか。山中夫妻を殺したのは、私、柊明日香で間違いないよ」
あまりにも堂々とした犯人の自白に、一同言葉を失い、呆けたように見つめ返す。
皆の様子を満足そうに見まわした柊は、聞いてもいないのに自分のやったことを語り始めた。
「おおよそは北城君と白瀬君の考えで間違いはないかな。二日目の夜に、君たちに睡眠薬入りのお茶を飲んでもらった後、山中夫妻と協力して、降霊の準備、もとい殺人舞台の準備を行ったんだよ。あ、夕食の料理が辛めのもので統一されていたのは、皆が夜にお茶を飲みたくなるようにってことで山中夫妻に頼んでおいたからなんだ。殺人自体は楽勝だったよ。娘さんのことを、目を閉じて深く念じてください、って言って、目を閉じたところを背後からズブリ。後はカセットテープを入れ替えてアリバイ作り終了。まあたいしたことはやってないね」
いまだに床にへたり込んだままの谷本が、声を震わせながら聞く。
「どうして、どうしてそんなことをしたんだ……」
柊はきらきらと瞳を輝かせながら、さも楽しげに答えた。
「もちろん、オカルトな雰囲気を味わいたかったからだよ」
「は……、何を言ってるんだ」
唖然とした表情で白瀬が呟く。他の皆も、全く理解できないものを見る目つきで、怯えた視線を投げかける。
そんな視線を向けられていることに気づきもせず、陶酔しているかのように柊は語り続ける。
「この旅館でも話したけどさ。私はオカルトな雰囲気が大好きなんだよ。人が死んでいる、しかも降霊の儀式をした姿で。そしてビデオカメラには謎の少女の姿が……! くーっ、言葉にするだけでもすっごくワクワクするシチュエーションだよね! 一度でいいからこんな環境に身を置いてみたかったんだよ。動機っていうなら、それが動機かな」
いまだ言葉もなく唖然とする一同をよそに、くるりと柊は顔を北城に向ける。突然視線を投げかけられびくりと震える北城を気にせずに、柊は普段と変わらぬ楽し気な口調で問いかけてきた。
「ねぇ北城君、二つだけ質問があるんだけどいいかな?」
「……なんですか」
「一つはさ、どうやってあのポスターを見つけたのかってこと。あれは私も処分するために探したんだけど、結局見つからなかったんだよねぇ。あれさえ見つからなければ、こんなミステリみたいな結末じゃなくて、もっとオカルトな結末を迎えられたかもしれないのに」
「幽霊が教えてくれたんですよ」
ちらりと幽子を見た後、固い口調でそう答える。
予想外の答えだったのか、一瞬ぽかんと固まった後、柊は腹を抱えて大笑いし始めた。
「な、なるほどねぇ~。幽霊が教えてくれたのか~。それは仕方ないなぁ~」
ひとしきり場の雰囲気も読まずに笑い続けた後、何とか笑みをこらえると、二つ目の質問をしてきた。
「もう一つ。以前から思ってたんだけど、北城君ってよく私たちのこと見てるよね。オカルトの知識もそれなりにあるのは知ってるけど、君が楽しそうにオカルトを話しているのは見たことがないんだよ。ねぇ、君はどうしてオカルト研に入ったのかな?」
「……俺は、オカルトを楽しそうに話している人を見るのが好きなんですよ」
オカルト好きの人は、幽子のことを気味悪がったりしませんからね。誰にも聞こえないような小さな声で、北城はそう続けた。
後半のセリフは聞こえなかったはずだが、柊は幽子と北城を交互に見ながらにやにやと笑みを浮かべた。
と、柊は笑みを浮かべたまま、全員を見回しながら言う。
「そうだ、最後に皆へプレゼントがあったんだよ。君たちが見た、ビデオに映ってた白いドレスを着た少女だけど、あれは、正真正銘の幽霊だからね。以前私がこの旅館に泊まった時に偶然撮影に成功したんだ。今もこの旅館のどこかにいると思うよ。それに北城君なんかは、あの幽霊ちゃんが書いた落書きも見つけてあげてたしね」
「? それはどういう……」
北城が聞き返そうと口を開いた途端、旅館を揺るがすような雷鳴が鳴り響き、突如部屋の電気が消えた。
皆がパニックになる中、不意に寒気を感じ、北城は窓の外に顔を向けた。北城の後ろで、幽子の「ひぃ」という悲鳴が聞こえる。
二人の視線の先には、真っ赤なドレスに身を包んだ小さな少女が、窓の外で微笑んでいる姿が映っていた。
少々話の流れが強引な気がしましたが、どうでしたでしょうか? 評価や感想をお待ちしております。