山中荘到着
キキッ
ブレーキ音とともに、二台の車がその旅館の横に停車した。
「へぇ、ここが『山中荘』っすか。名前の通りマジで山中にあるんすね。雰囲気もいい感じで、これなら幽霊が出るって言われてもすっげぇ納得っす」
身長は百七十ぐらい。髪を赤髪に染めた、軽薄というよりも子供っぽいイメージの男が、車から降りるなりそう叫んだ。
赤髪の男に遅れて運転席から出てきた男が、それを落ち着いた口調でたしなめる。
「あまりそういうことを大きな声で言うものじゃないよ。これから三日間この旅館でお世話になるんだ。それと、山中荘っていう名前なのは、山の中にあるからじゃなくて、経営しているオーナーの名前からとったものだからね」
男二人がそんな話をしていると、後部座席からボーイッシュな雰囲気の女が一人下りてきた。
女は目の前に立つ古びた宿を見て、口に手を当てて感嘆の声を上げる。
「うわー、すっごいねこれは。赤間君じゃないけど、ここで幽霊が出ても何も不思議じゃないって思うよ」
「こら、柊まで何失礼なこと言ってるんだ。宿の人が気分を害してしまうだろ」
「まあまあ、今は私たち以外誰もいないんだし。あ、幽子ちゃんたちこっちこっち。見てみてすごいよここ! ここだったら私たちオカルト研も、悲願の幽霊との接触を果たせるかもしれないよ」
柊に手招きされ、彼らとは別の車から降りてきた三人の男女が、柊らのもとに向かってきた。
そのうちの一人、北城斗真は、苦笑しながら柊に言った。
「毎回同じこと言ってますよね、柊先輩って。でも、確かに期待が持てそうな佇まいですね。それに……」
北城は自分の後ろを歩いてくる、一人の少女に目を向ける。少女は腰まである長い黒髪に、目元を隠す前髪をもち、それこそ幽霊のような雰囲気を持ち合わせている。ただ、どういうわけか頭頂部に生えている一本の黒髪だけが、重力に逆らうように上に屹立していた。
北城はその上に向かって突き出している黒髪を見て「うん」、と何かに納得するような声を出した。
「それに、幽子の幽霊センサーがかなり反応してるみたいですし、何か不可思議なことに遭遇するのは間違いないんじゃないですか」
幽子と呼ばれた少女が、ほほを赤らめながら否定する。
「そんな、私の幽霊センサーなんて当てにならないよ。この前行った心霊スポットだって、センサーが反応してたわりに結局変な音がしただけで、幽霊になんて出会えなかったし」
謙遜した態度で、首を横に振る幽子に、赤間が熱い声援を送る。
「そんなことないっすよ。確かに幽霊にこそ会えてないものの、幽子先輩のセンサーが反応するときって何かしら怪奇現象が起こるじゃないっすか。いやー、今回の合宿も楽しいことになりそうっすねぇ」
まだ旅館に着いたばかりだというのに、早くもテンション最高潮ではしゃぎまわる赤間。そんな赤間に対し冷たい視線を向けながら、北城たちと同じ車に乗ってきた、眼鏡をかけた神経質そうな男が口を開いた。
「いい加減立ち話はやめにして、旅館の中に入らないか。幽霊に会えるかどうかは、実際ここに泊まってみればわかることだろ。なにせ、この旅館は幽霊が出るって噂で廃業に追い込まれたらしいからな」
男の言葉に従い、全員がはしゃぐのをやめ、これから二泊三日滞在する『山中荘』、通称『幽霊旅館』へと足を踏み入れていった。