ep.8 餞別
二人は造船所に辿り着いた。マカオの造船所は広いにも関わらず、ドックで船を修理する職人や、船を買いに来ている客達でかなり混雑している。
アルメイダによると、ここでプレゼントを受け取れるらしい。カイリが辺りを見回していると、クロエに背中をつつかれた。
「あの人がこっち見てるよ」
「ん?」
クロエの目線の先に、老齢の男が立っていた。東洋系の顔立ちをしている。背は男にしてはかなり低い。クロエより少し上くらいだ。
カイリが会釈をすると、男はゆっくり近寄って来た。
「ホアシ・カイリ?」
「はい。あなたは……?」
「私の名、シー・ビン。アルメイダの古い友人。こっちどうぞ」
造船所の奥へ移動するシー・ビン。混雑する人々を押し退けながら二人はついていく。シー・ビンの言葉は片言のポルトガル語であった。この人もアルメイダからポルトガル語を習ったのだろうか。年のわりに身軽ですいすいと人混みを進んでいく。
「わっ、とと」
クロエは小さいので人混みの圧力に悪戦苦闘している。カイリはクロエの左手を掴んだ。ここではぐれてしまったら探すのが面倒である。シー・ビンの姿を見失わないよう、人の海を掻き分けながら進んでいく。
「これね」
造船所奥のドックに、一隻のジャンク船が繋がれていた。ジャンク船、日本では唐船と呼ばれる。木造の帆船で、耐波性に優れており、航行速度が早いのが特徴だ。
船について、カイリはある程度の知識を持っていた。故郷の府内は貿易都市であるため、昔から様々な種類の船が来航していたからである。遠い外国から来た船乗りや水夫達に、カイリはこれまでいろんなことを教わってきた。
「これ、ホアシ・カイリにあげる。アルメイダ言った」
「「ええっ!?」」
カイリとクロエが同時に叫ぶ。
お互い顔を見合わせた。二人とも目を見開いているのが良く分かる。予想外のプレゼントに暫し呆然としたが、アルメイダの好意の厚さに胸が熱くなった。
カイリはゆっくりと目の前のジャンク船を確認する。サイズは小中型のジャンク船だ。ギリギリ外洋航行も出来そうな上、どう見てもまだ新しい。おそらく金貨50枚はする白物だ。
「あと、これもね」
シー・ビンから手渡された麻袋を開けると、中にはスナップハンスロック式の銃と、金貨が10枚も入っていた。比較的手に入りやすいミュケレットロック式ではなく、高価なスナップハンスロック式を授けてくれるところに、アルメイダの優しさを感じる。ミュケレットは暴発しやすいと言われているからだ。
とはいえ、銃については多少の知識があるだけで実際に使ったことはない。カイリは銃を手に取る。右手にずしりと感じる重み。アルメイダの笑顔が浮かぶ。
「シー・ビンさん」
「ん?」
「ありがとうございました。いつかアルメイダ様にお会いすることがありましたら、カイリは感激していたとお伝えください」
分かった。と、シー・ビンは小さく笑った。
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