ep.5 マカオの街
人、人、人である。
カイリは澳門の街に圧倒されていた。マカオ。東シナ海に面する明朝きっての巨大貿易都市だ。至るところに欧風建築が建ち並び、明の人間だけでなく東南アジア、インド、中東、アフリカ、ヨーロッパの人種が混合されている。日本よりに南に位置しているせいか、冬なのに少し暖かい。
この街は、四年前にマカオ司教区としてカトリック布教区の中で独立し、東アジアにおける宣教師の一大拠点となった。そのことをカイリはアルメイダから既に聞き及んでいる。
「帆足、何をしとっとや。立ち止まっとらんで、早う歩け」
「ああ。すまんすまん」
カイリに声をかけたのは、アルメイダに同行する伴の一人、高橋という男だ。肥後熊本からわざわざ、府内の神学校に入学をした青年である。高橋もカイリ同様、白い修道士服に黒のマントを羽織っている。
カイリとは同い年だということもあり、船上で最も打ち解けた男だ。藩外出身者というのもあっただろう。他の三人は府内出身であり、神学校に属さないカイリのことを快く思っていないようだった。
「にしても、こん街はすごかなぁ。府内の何倍あるとや」
「そりゃあ、東洋を代表する貿易都市だからな」
宿泊先へと移動するアルメイダ一行に、各々感想を述べながらついていく。司祭叙階式は十日後になるという。それまで、アルメイダとカイリ達五人は新年を挟みながら各教会や神学校を訪れる予定である。
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カイリが泣いた日、アルメイダはカイリのことを護衛役として伴に加えたと話してくれた。普通であれば、教徒ではないカイリをマカオに連れていく意味はない。しかし、アルメイダはカイリのために一芝居をうった。
マカオは治安が悪く、賊が頻繁に出没する。ポルトガル商人だけでなく、神父や司教も教われる対象になると。多少事実も含んでいるが、今のマカオでわざわざ強盗を働くような輩は少ない。何故なら、明朝はマカオに税関を構えているため、税を納める南蛮人を守らなくては明の官史に責任が及ぶからだ。自然、取り締まりは厳しくなる。
アルメイダの芝居はうまくいき、応募者の中で護衛に適任な者を一人選抜することになった。大友宗麟は弓の名手として彼に拝謁したカイリのことを覚えており、それを許した。
木製ベッドの上に仰向けとなり、天井を見つめながらアルメイダの言葉を思い出す。彼がいなければ、カイリは既にこの世に生はなく、己が何者かを理解することはなく、母から授けられた神託を他の者に託すことはなかっただろう。
与えられた恩に報いる方法はただ一つ。自分の夢を叶えることに他ならない。
「万海の波頭を越えて行く……か」
小さく呟く。このまま日本に帰るわけにはいかない。世界を見てまわりたいという夢を実現するには、今行動を起こすしかない。
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