ep.3 東シナ海
カイリには両親がいなかった。正確に言うと、六歳まではいた。カイリが六歳の頃、疫病で亡くなったのだ。当然、カイリも疫病にかかったのだが、その小さな命を救うことを両親は優先した。
幼いカイリを治療したのがアルメイダである。高熱で朦朧としながらも、両親はなんとかカイリをアルメイダの病院まで運んだ。そして、そのまま息絶えた。この話はカイリが快方した後、アルメイダから聞いた話である。
カイリはその後、孤児院に引き取られる。当時の孤児院としては珍しく文字の読み書きを教わることが出来た。神功皇后に憧れて弓の修練にも励んだ。カイリには弓の才能があったようで、狙った的には必ず当てることができた。八歳の頃には野うさぎを仕留め、十歳の時には猪を仕留めた。
その事が評判を呼び、大邦主様(大友宗麟)に拝謁したのが十一歳の時である。そこで、アルメイダと再会した。
それ以降、カイリはアルメイダより医学の教えを受けることになる。アルメイダは神学校への入学を勧めたがカイリは断った。しかし、アルメイダはそれでもカイリに目をかけてくれ、奇妙な子弟関係が出来上がった。
ポルトガル語の読み書きを教えて貰い、医学の知識も得る事ができた。清貧で温厚なアルメイダはカイリの師であり、父であった。
「カイリさん、あなたの夢はなんですか?」
ある日、アルメイダからカイリに向けられた言葉だ。
カイリは世界を見てまわりたい、と答えた。アルメイダは小さく笑った後、カイリに所蔵の地球儀をプレゼントしてくれた。そして、一言付け加えた。
「誰にも負けないものを一つだけ持ちなさい。そうすれば、あなたは万海の波頭を越えて行けるでしょう」
洋上で、東シナ海を眺めながらカイリは昔を思い出していた。
今回のアルメイダの従者は、カイリを含めて五人である。カイリ以外は皆、神学校出身者であった。希望者は数十人にのぼったという。貴重な枠を与えてくれたアルメイダにカイリは頭が上がらない。
思えば、なぜアルメイダ様は自分に目をかけてくれたのだろう。幼い時に助けてもらった者は数えきれないほどいるだろうし、神学校入学を拒んだ自分は普通ならそこで関係が終わるものではないだろうか。弓の腕前には自信があるが、アルメイダ様にとってそれが大事とも思えない。
カイリが自問していると後ろから声をかけられた。
「それは、カイリさんの熱意が本物だったことと、貴方が神託を授かっているからですよ」
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もうひとつは13時にアップ予定です。




