ep.2 ナガサキの街
ナウと呼ばれる南蛮船が、府内を出航し長崎に寄港した頃には辺りは薄暗くなり始めていた。海里は甲板の上で街の景色を眺めていた。カイリが立ち寄ったこの翌年、長崎の街はポルトガル領となる。そのため、ランドマークとなった長崎岬のサン・パウロ教会を始め、長崎の街並みには欧風建築が多い。
時の藩主、大村純忠はキリシタン大名であり、長崎の港一帯をポルトガルに差し出したのである。平成の世を生きる私達からしたら信じられない話だが、史実である。
その後、豊臣秀吉が長崎の街を取り戻すまでの一二年間、この街は神父やキリスト教に入信した日本人で溢れかえっていた。
「カイリさん、どうしました?」
甲板に上がって来たアルメイダが声をかける。海里はアルメイダに目礼をした後、驚きを口にした。府内でも欧風建築物を目にすることはあるが、この長崎ほど多くはない。
「アルメイダ様、ここはまだ日本ですよね」
「はい。ナガサキの街です。但し、港一帯はポルトガルの領土となるようです」
アルメイダは軽く答えた。彼らからしたら、領土が増えるのは自然のことであるため、特に何も感じないらしい。しかし、海里の胸中は違った。日本の領土をポルトガルに奪われるのだ。心中複雑である。
ちなみに、海里はアルメイダに医学を学んだがキリスト教に入信はしていない。キリスト教の教えに素晴らしいものもあることは理解しているが、信仰しないと地獄に落ちるという考え方にどうしても納得がいかなかったからだ。
さらに、一神教の概念にも反発を覚えた。幼い頃から海里は宇佐神宮由来の檮原八幡宮を詣でていた。どちらの神宮も祭神は三神おり、その中でも特に海里は神功皇后が好きであった。
「私達が訪れるマカオもこのような街並みなのでしょうか?」
海里の声は暗い。あれほど楽しみにしていたのに、このやるせない感情はどうしたことだろう。知識で知っているのと、実際に目の当たりにするのとでは、物事は全く違ってみえることが良く分かった。
マカオはもともと明の街であった。そこにポルトガル人が訪れ、居留権を得た。領有しているのは明であるが、多くの南蛮人がおり、欧風建築物で溢れかえっている。いずれ、長崎の街と同じくポルトガルに奪われてしまうのだろうか。
「マカオは素晴らしい街ですよ。さあ、食事をとりに行きましょう」
甲板を下りていくアルメイダに遅れないよう、海里も足を進めた。この先、いよいよ日本を離れることになる。幼い頃より夢であった外国へ行ける。
ふと、海里は街の方を振り返った。
最後に目にした長崎の街は海里の胸に深く刻み込まれた。
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