ep.25 小麦色の娘
「イヤ」
「いや、だから話を……」
「カイリには私が居れば良い。他の女は必要ない」
「クロ坊、ちゃんとアニキの話を……って、痛っ!」
「誰がクロ坊だ」
クロエがツァンの脛を蹴飛ばす。その顔は無表情。ブルネイの宿屋の一部屋に五人が集まっていた。
「まずは、お互いに落ち着きましょう」
年長者のエルネストが発言する。この頃には、エルネストもポルトガル語以外にある程度のスペイン語を話せるようになっていた。カイリとツァンも同様である。クロエの教え方が良かったのだろう。皆の会話がスペイン語に統一されるまで、さほど時間はかからなかった。
イルは不思議そうな顔で四人の会話を聞いている。この娘は、スペイン語は分からない。先程聞いた限りでは、ブルネイの言葉とポルトガル語が話せると言うことだ。
総督府に来ていた髭の男性は、イルの養父らしい。そして、彼女の家出の原因もその養父にあった。彼が性的対象としてイルのことを見始めたことに対して嫌悪を覚えたらしい。
イル・ビンティ・イブラヒム。彼女の本名だが、実は母親がブルネイ人で父親がポルトガル人のハーフらしい。そのせいか、イルの肌はよく見ると褐色というよりは小麦色に近い色をしていた。
「あのー、そろそろ話しても良い?」
業を煮やしたのか、イルがポルトガル語で会話に割って入ってきた。ツァンだけ、彼女が何を言ったのか分かっていないようだ。クロエはイルの方を見ない。エルネストが頭を抱える。三人各々の反応で大体の事態を飲み込めたのか、イルがカイリに耳打ちする。
「あの小さい子、アンタの彼女?」
「どういう風に考えたらそうなるんだ」
「だって、お揃いのブレスレットしてるじゃん」
そう言われてカイリは左手首を見る。イルの言うことは最もだ。こんなのつけてたら、そりゃそう思われても仕方無い。
「話がややこしくなるから、ちょっと黙っててくれるか?」
カイリはクロエ以外の三人に退出を促した。まぁ、イルにはエルネストが上手く話してくれるだろう。カイリは腕を組んで考え込む。さて、どうやって説得するかな。クロエはベッドの上で膝を抱えて俯いたままだ。
「イルは何か神託を宿しているのか?」
カイリの質問にクロエは首を振って答える。小さな溜め息。何がそんなに気にくわないんだ?カイリは天を仰ぐ。
「あの女は絶対にカイリのことを好きになる」
唐突なクロエの一言にカイリは固まった。何だ、突然……。どういうことだ。カイリは気を持ち直して優しく訊ねる。
「……なんでそう思うんだ?」
「カイリは優しすぎる。そして、強い。女なら誰でも好意を持つよ」
お前もか?とは聞かない。クロエがカイリに好意を持っているのは、流石にカイリでも分かる。嫉妬。クロエを包み込んでいる感情の正体だ。
「まぁ、仮にそうだとしても俺が応えなかったら問題ないだろ?」
「じゃあ、あの女が付き合ってくれないと死ぬって言ったらカイリはどうする?」
クロエの容赦ない質問に再び固まるカイリ。どうするかな。死なれたら困るしなぁ。
「ね?そこで考えてしまってる時点で、カイリは多分要求を受け入れるよ。優しすぎるから、相手に合わすの」
カイリは状況を忘れて感心する。なかなか鋭い。自分でも気付かなかった弱点だ。クロエの洞察力は素晴らしいということが改めて良く分かった。
「ひとつだけ条件。私とキスして」
カイリはずっこけそうになる。なんで、そうなるんだよ。
意味が分からんと伝えるが、クロエは頑として聞かない。思わずカイリは吹き出してしまった。イルを受け入れる交換条件。それがまさかのキス。自分の置かれた状況が複雑過ぎて逆に面白くなってきた。まぁ、別に減るもんでもないしな。
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