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遥か彼方のパトリア ~西方航海録~  作者: 備後来々
第2章 東南アジア
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ep.24 ブルネイの街

 湾内を水上家屋(カンポン・アイル)が埋め尽くしている。その数は計り知れない。コエーリョをホイアンで引き渡してから一ヶ月。カイリ達はボルネオ島にあるブルネイの街を訪れていた。


 ブルネイ。現代では、ブルネイ・ダルサラーム王国として存在しているイスラム教王国だ。カイリが訪れる数十年前までは、ボルネオ島の大部分とフィリピンの一部まで勢力を広げていた。


 その後、ポルトガル人やスペイン人の来航によって、徐々に勢力を削がれていくことになるのだが、この国は世界一長く続く王朝として現代まで存在している。遠い昔から、マラッカや中国の王朝との交易拠点として発展してきた。


 総督府との契約の為、カイリは一人ブルネイの街を歩く。今回クロエは珍しくついてこなかった。少し体調が優れないらしい。今頃宿屋でゆっくり休んでいるだろう。水上家屋(カンポン・アイル)には、居住地は勿論のこと屋台や商店が数多く存在している。王宮は陸地に設けてあり、イスラム様式の装飾がきらびやかに施されていた。


 ホイアン総督府からの謝礼や、三角交易の利益でアルメイダ商会はそこそこの資金を確保できた。当面は、世界を見て回るという本来の目的に舵をきれそうである。


「××××××!」

「×××!××!」


 総督府で契約を行っていると、突然大きな叫び声が聞こえてきた。カイリが声のする方へ目をやると、髭が特長的な現地人らしき男性が窓口で声をあらげていた。


「あれ、なんて言ってるの?」

「娘が家出したから探してほしい、と言っている」


 カイリにブルネイの言葉は分からない。総督府の人間はポルトガル語が話せたので通訳を頼む。家出か。カイリは考え込む。穏やかではないな……コエーリョみたいな例もあるし。


「名前と年格好は?」

「イルと言うらしい。年は15歳。癖っ毛で褐色、年のわりに胸が大きいって」


 胸が大きいって……。自分の娘だろうに。いや、そこまで切羽詰まっているってことだろうか。まぁ、そんな感じの娘を見かけたら声をかけてみるか。カイリはマニラで仕入れた密蝋と、マカオで仕入れた陶磁器を売却するため交易所に向かう。


「あ、いたいた。アニキ!」

「ん?お前、船の留守番はどうした?」


 息を切らせながらツァンが近寄ってきた。クロエの看病はエルネストに任せ、ツァンには船の留守番をお願いしていたのだが。


「いや、それがさ。船に勝手に乗り込んできたヤツがいてさ」

「はぁ?」


 ツァンがあれこれ説明するが、どうも要領を得ない。取り敢えず交易所は後回しにして、ひとまず船に戻ることにした。


「そういえば、船にはエルネストが残っているのか?」

「いや、エルのアニキはクロエのとこだ……痛っ!?」


 カイリはツァンに拳骨をかます。


「お前は馬鹿か。じゃあ、船にはその得体の知れないヤツと水夫しかいないじゃないか。そいつが水夫を脅して出航したら船を盗まれてしまうだろうが」

「あ、そっか。いや……でも」

「二度と同じことはするなよ」


 カイリが念を押すとツァンはしおらしくなった。まだゴニョゴニョと小さな声で言っているが、急いでいるので無視する。


 港に着くと、船は係留されていた。カイリは胸を撫で下ろしながら甲板にたどり着くと、上部のデッキから大声が投げかけられた。


「アンタが船長?思ったより若いわね。てか、アンタ何人?ってポルトガル語分かる?」


 捲し立てられる言葉に暫し茫然としながら、カイリは頭上の少女を見つめる。隣に控えるツァンがそれみたことか、と口を尖らせているのが分かる。デッキの手摺を乗りこえ、その少女は甲板に向かって飛び降りた。


 癖っ毛で、褐色肌で、胸が大きい。


さっき聞いた年格好の娘がカイリの目の前に立っていた。

お読みいただきましてありがとうございました。

明日もよろしくお願いします。

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