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遥か彼方のパトリア ~西方航海録~  作者: 備後来々
第2章 東南アジア
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ep.23 駆引き

 カイリはチャム人親子に、コエーリョから巻き上げた銀貨と銅貨を手渡す。どうやら金貨は所持してなかったようだ。親子は何度もお礼を言いながら宿屋を後にした。少しは生活の足しになれば良いが。


 宿屋の部屋にカイリ達四人とコエーリョが残る。このままこうしているわけにはいかないし……。カイリが切り出す。


「さて、と。取り敢えずコイツを引渡しに行くから、皆は自分の部屋に戻ってくれて良いぞ」

「アニキ、俺も行くぜ」


 ツァンが息巻く。その様子を見てカイリは考え込む。思えばコイツもマニラで追い剥ぎやってたんだよな。うーん。まぁ、ツァンの場合は若すぎたというのもあるか。だが、カイリと出会っていなければ、いずれ人身売買にも手を染めていたかもしれない。


 そういう意味では、コエーリョも可哀想なところもある。ツァンにとってのカイリにあたるような人物と出会っていれば、この国で命を散らすこともなかっただろう。座り込んでいるコエーリョの前でカイリは腰をおとす。


「ひとつ教えろ。このリストに書いてある商会は、人身売買をしているのか?」


 コエーリョは無言。暫しの沈黙。カイリが立ち上がると業を煮やしたツァンがコエーリョを引っ立てた。そのままカイリの目の前に連れてくる。


「言いたくないなら構わないが、話すなら総督府に連れていくのを考えてやっても良いぞ」


 カイリの言葉に、クロエやエルネストが驚いた顔を見せる。コエーリョも同様の表情をしていた。ツァンは無表情。どうやらコイツだけは芝居だと分かっているらしい。


 これは駆引きだ。相手から情報を引き出すには綺麗事だけではやっていけない。言うなればカイリは今、コエーリョの弱味につけ込んでいる状態。コエーリョの頭の中では命の天秤がシーソーのように振れていることだろう。ここで話して我が身が救われる可能性に賭けるか、情報を漏らさずに総督府から解放される可能性に賭けるか。


 情報を漏らせば商会からの信用を失い、下手すれば彼らから命を狙われる。漏らさなくてもカイリが総督府にリストを渡せば、厳しい拷問にかけられるかもしれない。コエーリョは苦悶の表情だ。


「はい、時間切れ。ホントに馬鹿だな、お前は」

「待ってくれ!言うよ!言うからっ……!」


 コエーリョが叫ぶ。追い詰められた人間には、強制的な言葉を投げ掛けることで反応を引き出すことが出来る。カイリは駆引きを成功させた。


「そのリストは、人身売買を扱っている商会のリストだ」

「だろうな。じゃあ、行くか。ツァン、総督府までよろしく頼む」

「なっ……!」


 カイリの容赦ない一言に、コエーリョは絶句する。

ツァンは笑いながら、間抜けな男を羽交い締めにした。


「時間切れって言っただろ。お前が勝手にしゃべっただけだ」

「なんてヤツだ!お前っ!殺し、むぐっ……!」


 カイリはコエーリョの口に銃を無理矢理捩じ込んだ。

凍りつくような視線を突き刺す。


「……それ以上喋るなら本当に殺す」

「うぐ!むぐぅぅぅ……」


 コエーリョが悔し涙を流す。分からないんだろうな、とカイリは思う。自業自得。人を騙し売ってきた男の末路にぴったりの言葉だ。


 一連のやり取りを見ていたエルネストは固まったまま動かない。真面目な男の目に今のカイリはどう映っただろう。クロエに至っては口を真一文字に結んだまま目に涙を浮かべている。まだ幼いこの子にはちょっと刺激が強すぎたかもしれない。カイリはクロエの頭に優しく手を乗せる。


「また明日な。今日は疲れただろうからゆっくり休め」


 そう言ってカイリは笑顔を見せた。クロエの顔が引きつる。やがてその表情はみるみる崩れていき、カイリの胸に顔を埋めた。

お読みいただきましてありがとうございました。

明日もよろしくお願いします。

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