ep.19 ホイアンの街
潮風が生温い。カイリは船から陸地を眺めている。少し離れた海岸近くに点在してそびえる五つの山。それぞれが独立して存在感を醸し出している。大理石で出来たこれらの山は五行山と呼ばれ、信仰の対象として昔から人々に畏敬されてきたらしい。
ファイフォ。日本名では会安として知られるベトナム中部の港町をカイリ達は訪れていた。交易で栄えたこの辺り一帯を治めているのは、チャンパ王国である。チャム人が大部分を占める王国で、彼らは現代ベトナム人の大半を占める越人とは違う。チャム人は彫りが深く、褐色肌の巻髪が特徴の海洋民族である。
ちなみに、ホイアンの有名な日本人街は、まだこの時代にはない。よって、最盛期は千人を越えたと言われている日本人達も、もちろんいない。
エルネストによると、この街では砂糖や米の他に、伽羅が採れるらしい。マカオまでの航海中に父親から聞いたそうだ。伽羅は香木の中でも最高級品とされている代物だ。
マカオとマニラの往復だけでは、リスクがある。そう、提案したのはエルネストだ。彼は交易品の在庫問題を危惧していた。例えば、生糸。これは今マニラで売れるためカイリ達に限らず多くの商人がマニラへ届けている。その結果、もしマニラで生糸の供給過多が起こった場合、利益を乗せて売りさばくことが出来なくなり大損することになる。
それを防ぐため、今回カイリ達がやろうとしているのが三角交易である。マカオ、マニラ、そしてホイアン。この三ヵ所の交易品をそれぞれの街へ届けることで、利益を確保しリスクも軽減できる。
「良い香りだね」
「これが?変な匂いだろ」
「うるさい。子どもは黙ってて」
「お前の方が年下だろうが!」
クロエが伽羅を手にしながら、ツァンと口喧嘩している。総督府で契約した後、カイリはクロエとツァンの三人で交易所を訪れていた。伽羅は沈香の一種で、その香りは焼香の匂いに近いと言える。好みの別れる香りだろう。
交易所で砂糖と伽羅を仕入れ、三人は宿屋に向かう。エルネストとはそこで落ち合う約束をしていた。
「ああカピタン、良いところに」
「どうした?」
宿屋の前で、エルネストが中年夫婦に何かしら言われている。言葉は分からない。エルネストも同じようで、困っているという。カイリはクロエに宿屋の人を呼んで来るように伝える。
夫婦は何かを懸命に訴えているように見えた。母親に至っては涙まで流している始末。取り敢えず、まずは落ち着くようにジェスチャーで伝えていると、クロエが宿屋の人間を連れてきた。言葉を訳してくれるようにお願いする。
「娘を返して欲しい、と言っています」
「ええっ!?」
「はぁ!?」
皆が一斉にエルネストを見た。
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