ep.1 フナイの街
海里は大通りを駆けていた。足より気持ちが前に進む。時折転びそうになりながらも、胸の内より溢れそうな衝動を押さえつつひたすら駆けた。
「アルメイダ様!」
勢い良く扉を開けた。その音に驚いた患者達が一斉に海里を見る。その視線に釘付けとなった海里は暫し固まったあと、申し訳なさそうに頭を下げた。
「カイリさん、病院ではお静かに」
苦笑しながらアルメイダが現れた。その容貌には無数の皺が刻まれている。ルイス・デ・アルメイダ。日本初となる西洋医学の病院を建てたポルトガル人である。さらには、ミゼルコルディアと呼ばれるキリスト教徒の互助組織を立ち上げた人物でもある。
元々医師であるが、商人としてマカオと日本を行き来し、巨利を得た才人だ。そして、貿易で得た資金を病院や貧しい人々に費やすことによって伴天連を増やした宣教師でもある。
「申し訳ございません。今、少しお時間よろしいですか?」
「分かりました。少し待っていて下さい」
アルメイダが治療の続きをしている間、海里は辺りを見回す。アルメイダが建てた病院は外科、内科、ハンセン病科を備えた総合病院である。子どもから老人まで、アルメイダの治療を必要としている患者は多い。
「お待たせしました」
アルメイダに促され、海里は個室に向かう。食卓につくと、喉が乾いたでしょう、と紅茶を勧められた。
「ありがとうございます。アルメイダ様、私をマカオに連れていって頂けるというのは本当ですか!」
「ええ。本当ですよ。フランシスコ様より承諾頂きました」
海里は飛び上がった。その弾みでティーカップが倒れそうになったのをアルメイダが抑える。海里の目にその姿は入っていない。天井を見上げ大きく口を開けている。
長年の功績を讃えられ、アルメイダはマカオにて司祭に叙階されると知らせがあったのが事の始まりであった。その際のお伴として、海里は名乗りを挙げていたのだ。
フランシスコ様、と呼ばれたのは洗礼名ドン・フランシスコ。日本名は大友宗麟で知られる所謂キリシタン大名である。最盛期には九州における最大版図を築き上げた人物で、キリスト教の布教に寛容な人物であった。
但し、数年前より敗北を重ね続けており、そのために多くの重臣を失った。拠点を臼杵城とした今も、海里のいる府内の街は、南蛮文化が花開いた大貿易都市であるため、宗麟は度々訪れていた。
出発は六日後です。とアルメイダは笑顔で告げた。
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今日は最初なので、後3話アップします。




