ep.13 契約
アルメイダ商会旗揚げの翌日、カイリとクロエはマカオ総督府を訪ねた。エルネストにはドッグの船を確認してもらうようお願いしている。後程、合流する予定だ。
総督府で契約することで交易が可能となる。カイリは契約金として金貨1枚を支払い、商会の登録をして貰った。これで、マカオで交易品を仕入れたり、納めたりすることが可能となる。
交易所に向かう途中でクロエが訪ねてきた。
「何を仕入れるの?」
「やっぱり、生糸だろうな」
生糸。日本では絹、白糸とも呼ばれる。蚕の繭から取り出す動物繊維であり、独特の光沢が特徴だ。シルクロードの由来ともなった中国を代表する交易品である。
カイリは、交易所で生糸を金貨5枚分注文した。これを何処に売りに行くかが重要だ。日本に売りに行くのが一番無難だが、カイリは日本に戻るつもりはない。
また、売却先の街でも契約が必要なので、何処が最適かマカオに滞在している間に散々頭を悩ませた。結果、一つの街を交易品の売却先として考えるようになった。
「マニラに行こうと思う」
「マニラ?」
クロエが頭を傾げる。無理もない。マニラはスペインが植民した新しい街だ。カイリも最近まで知らなかったのだが、たまたまその情報を酒場で仕入れることが出来た。
マニラ。現在のフィリピンの首都である大都市で、ルソン島の中西部に位置する。この頃は、まだ開発途中なので現地人とスペイン人、それて中国人が入り乱れていた。
開発途中ということは物資が必要ということでもある。既に、カイリと同じように考えた商人がルートを開拓しているだろう。でも、まだまだ入り込む余地はあるはずだ。
「まぁ、カイリが決めたなら良いと思うよ」
マニラの説明を一通り終えると、クロエはそう言った。特に意見はないらしい。エルネストにも後程投げ掛けてみよう。
二人は造船所に向かう。エルネストが船で待っている。朝方別れたのだが、いつの間にか辺りは夕暮れ時になっていた。クロエがカイリの手を握る。そこまで人が込み合っていないんだが。カイリは小さく笑う。随分となつかれたものである。
「そういえば、クロエはどこでアルメイダ様と知り合ったんだ?」
「マカオだよ」
「いつ?」
「5年前くらいかな。神父さんに紹介されたの」
聞けば、クロエはその神父に連れられてマカオまで来たらしい。物心ついた時には既にマカオに居たらしいので、かなり小さい時に海を越えて来たことになる。
その神父さんが亡くなった半年前から、ガイドをしたり時には盗みを働きながら一人で生きてきたそうだ。
「なんとか、それまでやってこれたけど、もう限界かなと思ってた時にカイリと出会えたんだ」
「なるほどな」
初めてクロエと会った時、彼女は薄汚れていてかなり痩せていた。今なら、あの時強引に付いてきたのも分からなくはない。会話はあっけらかんとしていたが、実際命懸けだったんだろう。
少し、クロエの握る手に力が込められた気がした。
カイリが左隣を見下ろすと、クロエは笑顔で一言告げた。
「仲間にしてくれてありがとう。これからもカイリの側にいるからよろしくね」
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