ep.11 羅針盤
「これが、私の羅針盤です」
エルネストが羅針盤を見せてくれる。羅針盤。仰々しい名前だが、簡単に言うとコンパスだ。羅針盤は中国で発明された。それが、ヨーロッパまで伝わり今では外洋航海には欠かせない必須アイテムである。
話を掘り下げていくと、エルネストはどうやら自力でポルトガルまで戻らないといけないらしい。彼の父はリスボンでそこそこ名の通っている商会のボスであり、権力者であった。
商会の後継者として、エルネストは手塩にかけて育てられたそうだ。今回、マカオまでやって来たのも彼の見聞を広げる為とのことだ。ここまで聞いていると、なぜ彼が勘当されたのか理由が分からない。
「私には将来を誓い合った人がいます」
エルネストは十八歳。カイリより二つ上だ。どうやら、そのフィアンセが原因らしい。彼女はパトリシアという名前で、エルネストの父親の商会、サラザール商会のライバルであるオリヴェイラ商会のボスの娘であるという。
これまで、二人のことは秘密にしていたエルネストだが、航海中に将来の話を父親とした際に彼女のことを切り出した。
これが、父親の逆鱗に触れた。結局、マカオまでお互いが折れず平行線が続き、親子の縁を切るという結論に至った。ただ、自力でリスボンまで戻ることが出来たら、もう一度話は聞いてくれると約束を交わしたそうだ。
「だから、本当に声をかけて貰えて助かったのです」
「それは良いけど、リスボンにいつ行けるかなんて分からないぞ?」
カイリはエルネストにハッキリと言う。今のところ、リスボンに行くことを第一に考えるわけにはいかない。旅の途中で立ち寄ることはあるだろうが、いつになるか保証は出来ないからだ。
「もちろんです。私は、自力でリスボンまで戻らないといけません。リスボン行きの船にただ乗るわけにはいかなかった。しかし、航海士としてもまだ見習いなので、私に航海を任せてくれる船がマカオにあるかどうか不安だったのです」
「まぁ、御礼はこの子に言ってくれ。貴方を勧誘しようと言い出したのは彼女だから」
えっへん、と胸を張るクロエ。エルネストはクロエにお礼を言っている。真面目な人だな。カイリは、その光景を眺めながらクロエがエルネストを勧誘した理由を考えていた。やはり、“神託”がらみなのだろうか。
机の上に置かれた羅針盤の針は、北の方角を指している。何はともあれ、海図を読める仲間が出来たことは大きい。年上だが、真面目そうな人なので問題はないだろう。
因みに、舵手は誰でも出来るらしい。もちろん、舵の扱い方は覚えないといけないが、エルネストが理解しているので教えてもらうことにした。いずれ、機会ができたら専門の舵手を雇っても良いし。
船長兼舵手兼医者は、俺。航海士はエルネスト。クロエは……、また今度話し合うにして。俺の負担が大きいのは仕方がない、か。
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