ep.10 航海士風の男
レストランの入口から、悠然と席に移動する男。
ロココ調の立派な黒服を身に纏い、腰には銀鞘のサーベルを差している。見るからに航海士だが……。
「絶対自分の船持ってるだろ」
「それは聞いてみないと分からないよ」
そう言いながらも、クロエは席に着いたまま移動しない。手にしていたパンを美味しそうに頬張っている。……俺に行けってことね。まぁ、当然といえば当然か。
「何してるの?行かないの?」
「行くよ。でも、あの人が食事を終えてからだ」
「真面目だねー」
ころころと笑うクロエ。食べ物を口に含みながら笑うな。行儀が悪いぞ。どちらにしても、お願いをするのに空腹の相手と、お腹を満たした相手とでは成功率が違う。その辺の機敏は大切だ。
その事をクロエに話すと、怪訝な顔で返された。一呼吸おいて、日本人ってみんなそうなの?と聞いてきたが、カイリは微笑で答える。相手への気遣いに人種は関係ないだろう。航海士風の男が食事を終えるまで、クロエと談笑を続けた。
「失礼致します」
「はい?」
タイミングを見計らって、カイリは男に声をかけた。
近くで見ると、意外にも若そうだった。カイリより少し上くらいだろうか。どうやら服で補正されていたようだ。
「お見受けするところ、航海士の方かと思いまして。マカオは初めてですか?」
「ええ。そうですよ。ポルトガルから父と一緒にやって来たところです」
家族連れか……。カイリは内心ため息をつく。父親と来てるってことは、商会の息子といったところだろうか。まぁ、この際知り合いをつくるのも良いだろう。カイリは思い直し自己紹介をする。
「私は、ホアシ・カイリと申します。初めまして。日本人です。日本はご存知ですか?」
「これはこれは。エルネスト・ゴメス・フアナ・サラザールです。すみません。ハポンは分かりません。どちらにあるのですか?」
「ここから、北東の方角に海を越えた場所にあります。ちなみに、島国です」
エルネストと名乗った男は日本を知らないらしい。
ポルトガルから見たら、日本の知名度はそんなものなのだろうか。そういえば、クロエは日本を知っていたな。ただ、彼女はマカオに数年滞在していたらしいし、当然知っていてもおかしくない。
「エルネストさん。不躾なお願いで申し訳ないのですが、私達は今航海士を探しておりまして。もしどなたかご存知でしたらご紹介願えないかと思い、声をかけさせていただきました」
「ええっ!?」
エルネストが驚く。そのまま、大きく目を見開いてカイリを見つめている。予想外の反応に今度はカイリが驚いた。
「えっと……。何か、驚かせるようなことを言いましたか?」
「あ、これは失礼。……その。航海士は見習いでも良いのでしょうか?」
見習いでも海図が読めれば問題ない。カイリがそう答えると、エルネストの表情が明るくなった。
「実は……昨日。父と大ゲンカをして、勘当されてしまいました。それで途方にくれておりまして。もし、良かったら私を乗せていただけないでしょうか?」
二人の間に流れる短い沈黙。
逆にお願いをされてしまった。
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