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禁忌

作者: 宮瀬奏歌

 人間が生来持ち続ける心理の中で、「好奇心」ほど恐ろしいものはないと僕は考えている。何故なら、好奇心は時に人類を進化させるけれど、時に人の身を滅ぼすことになるからだ。


「好奇心猫をも殺す」とはよく言ったもので、猫だけでなくそれより高等な生物とされている人間も、強烈な好奇心の前では無力に等しい。強い本能は理性を押しのける。ゆえに、それは善にも悪にも正にも不正にもなり得るのである。


どんな物語でも、「絶対にやってはいけない」という忠告を守る律儀な奴は登場しない。それはその場面で何もしない人物を登場させても、話が面白くならないということであると同時に、そういう禁止令を貰った奴はそれを破りたくなる衝動に駆られるということでもある。一般的にこれは「カリギュラ効果」と言われていて、古今東西あらゆる場所で多用されている。


 「カリギュラ効果」が起きるのは、人間が本来認識できるはずのリスクが「好奇心」の前に霞んでしまうからだ。浦島太郎なんかがいい例だろう。「絶対に開けるな」と言われた玉手箱を、彼は開けてしまった。その結果、彼は老いぼれになった。これを悲劇というか喜劇というかは人それぞれだけれど、まぁ、それは別にどうでもいい。とにかく、浦島太郎は好奇心に負けて、目の前の「中身が何かわからない」というリスクを忘れてしまった。それが重要だ。


 僕は軍の兵器開発部門に所属する研究員の一人である。そんな僕は、つい先日、人間の「好奇心」を利用した兵器を開発することに成功した。こいつは、これを見た人の「好奇心」を最大限増幅するもので、だから、これを使えば、どんなに用心深い敵も自分の「好奇心」に負けて罠に引っかかるのだ。まぁ、今はまだ試作の段階だから、この兵器を所持しているのは僕がリーダーを務める地下研究室の人間だけだけど。上にはスパイがいないとも限らないので、まだ公表していない。それに比べて、僕の部下たちは大いに信頼できる。ここ最近入ってきた研究員はゼロだし、皆少なくとも五年は一緒にいるからわかる。ここにはスパイなんていないし、ましてや裏切り者なんて現れるわけがない。


「室長。今日はこれで失礼させていただきます」


「ああ、うん。お疲れ様」


 時刻は午前二時。最後まで研究に付き合ってくれていた女性研究員も帰って、研究室にいるのは僕一人になった。光源の少なくなった部屋で椅子にもたれかかり、壁の色と蛍光灯で真っ白くなっている天井を見上げて溜息をつく。


 僕は今までに数々の兵器を生み出してきた。それらは皆賞賛されて、今や僕は殺人機械を生み出す存在として、軍に必要不可欠な存在になりつつある。自分の開発したものが多くの人の命を奪っているという現実から目を背ける気は勿論ない。そのことに罪悪感は感じるし、僕はきっと誰にも許されないんだろうな、とも思う。


 だけど、後悔とかそういうのがあるわけではないのだから、自分でも不思議だ。


 僕はこの仕事に誇りを持っている。必要とされていることに、喜びを覚えている。故に、僕は殺戮兵器を作り続ける。味方を減らす元凶として敵さんから命を狙われるのはもちろん嫌だけれど、必要とされず社会から排斥されるよりはマシだと思う。僕はこれ以外の才能を何一つ持ち合わせていないから、ここから放り出されたら絶対に生きていくことはできまい。


「さて、と。もう少しで実用段階。頑張ろう」


 僕はそう口に出して、自分を奮い立たせた。


 「好奇心」を利用した兵器の開発も大詰めだ。徹夜すれば、明日の朝には完成しているはずである。効果は試してみないとわからないけど、その辺は実際に使う人にお願いしよう。研究員である僕がやるわけにもいかないし。


 これから自分がやるべきことを頭の中でリストアップし、机に向かおうとしたところで、ふと喉の渇きを覚えた。そういえば、ここ数時間何も飲んでいない。


「コーヒーでも淹れるか」


 そう呟いて、僕はインスタントコーヒーの瓶を探した。すると、先ほど帰った女性研究員のデスクの上に目的のものが見えたので、僕は手を伸ばし、それを確保する。


「ん?」


 その時、僕の視界の端を茶色い何かが掠めた。白と黒の多いこの部屋で、茶色があるのはとても珍しい。


 その茶色い何かに目をやると、女性研究員のデスクの上に、何とも可愛らしいクマのぬいぐるみがちょこんと置いてあった。よく見ると、手に「絶対に触らないでください」と書かれた紙が貼ってある。余程大事なものなのだろう。


 しばらく見つめて、僕はそのぬいぐるみに、あのいつも堅苦しく無愛想な女性の意外な一面を見たような気がして、思わず笑ってしまった。彼女は僕がどれだけ「もう少し気軽にして」と言っても「嫌です」の一点張りで、まるで譲ろうとしないのだ。その彼女がこんなものを持っていたなんて、驚きだ。まぁ、それはそれで可愛らしいからいいけどさ。


 それにしても、普段の僕ならそんなこと気にも留めないはずなんだけど。というのも、僕にとっては部屋の中がどうあるかなんていうのはどうでもいいことなのだ。僕にとって重要なことは他にある。


 だが、今日は違った。普段は気にも留めないはずのその些細な事象が、今日の僕は無性に気になった。何故だろう。理由がわからない。


 まぁ、理由がわからなくても、僕はどうやったって研究者だ。一度気になったことはできるだけ解決したい。解決しないと落ち着かない。それが未解決のまま放置されることを、僕は望まない。


 そうして、最終的に、何故気になるのかも、何が気になるのかもわからないまま、僕はぬいぐるみに手を伸ばす。沸き立つ好奇心で目が曇ったまま、手を伸ばす。


 僕の指先が、それに触れてー



 *    *



 巨大な爆発音を聞いて、私は立ち止まった。


 振り返ると、後方にあるビルから火が上がっていた。紅い炎が闇を照らし、黒い煙が、ユラユラと濃紺の夜空に吸い込まれていく。


「……………」


 私は黙ってそれを眺めた。消防車のサイレンが、真夜中の静寂を引き裂き、目の前を通り過ぎた救急車の赤い光が私を染めた。驚くことはないし、言うことは何もない。こうなるのは、わかりきっていた。彼が作ったものであるならば、試作品も完成品も大差はない。私はそれを、五年という歳月の間に知った。


 ああ、やはり彼は天才だったのだ。天才的な人殺しだった。自分をも殺してしまうほどの、天才だったのだ。本当に、死んで良かった。あれが生きているから人が死ぬ。私の家族も、友人も、大切な人は大抵あいつのせいで死んだ。やつは絶対に許されてはならなかった。


 だから、私が断罪してやった。私の行いに、間違いなど微塵もない。私は正しい。本当はやつのいる部所に就いたその瞬間に殺してしまいたかったけれど、なかなか機会が見出せずにそのまま五年が経ってしまった。しかし、それは結果的にいいことだったのかも知れない。あいつの全てを知った上で、しっかりと葬ることができたのだから。


 それにしても、彼は可哀想な殺人鬼だった。


 彼には選択肢が少なすぎたのだ。できることが少なくて、やりたいことを見つけられなくて。言われるがままに兵器を作っていた。マリオネット。操り人形だった。


 部下思いの彼は、身近な人間を疑うことを知らなかった。五年の歳月が、彼の目を曇らせたのだ。時間は往々にして人の感覚を麻痺させる。好奇心と同じように。


 あの兵器を埋め込んだぬいぐるみを見た彼がどんな表情をしたのかは容易に想像できる。優しい人だ。きっと、微笑んでいた。まぁ、死ぬ直前に微笑むことができたのは彼にとって不幸中の幸いというやつだろう。笑いながら死ねる幸せなやつなんて、私は一人も知らない。


 サイレンは未だ止まず、炎も煙も止まる気配がない。これ以上見ていても、徒らに時間が過ぎるだけだ。


「……帰ろう」


 私はそう呟いて踵を返すと、再び歩き出した。もう振り返ることもない。思い残しも未練も何もない。


 俯いて歩くと、長い間切らずに放置していた髪の毛が視界を狭めた。月を背にしてできた私の影が、のっぺりと石畳みの地面に張り付いていた。影の表情は黒に塗り潰されて読むことはできず、同時に自分の顔も見ることはできない。今自分が何を感じ、何を思っているのかも、影のように黒く塗り潰されって見ることはできない。私は今、どんな顔をしているのだろう?


 悲しくはない。そして、嬉しくもなかった。ただ、いつの日かにぽっかりと胸に空いた空洞が、虚ろに口を広げているだけだった。


 喜怒哀楽どの感情もここにはなく、虚無感だけが、私の身体の中に巣食っていた。


 天を仰ぎ見て、長く垂れ下がった黒髪の隙間から月を見た。



「あは……あははは……」


 笑いがこみ上げてくる。乾いた笑い。虚ろな声。自分でわかるくらいに、私は不安定だった。


 宵闇に笑い声が響く。サイレンの音に混じって、私の声が聞こえる。それは風に乗って、流される。


「……ぁ、ああ……うぁ、あ……」


 やがて、笑いは嗚咽に変わる。久しぶりの涙。悲しい時の、涙……。



 胸が苦しくて、息が詰まりそうで。私にはもうすがれるものは何もない。彼は死んだ。目的は果たした。私は彼の死とともに、生きている理由を失った。


 私は彼に生きる理由を与えられていたのだ。でも、それももう、ここにはない。


 私は彼を殺し、復讐を果たすことで自由を得た。復讐という縛りから解放されて、何をしてもよくなった。


 私は空っぽになったのだ。





 そして、私は気づく。




 ……ああ。



 私は禁忌を犯してしまったのだ。



 やってはいけないなんていわれたら、やりたくなってしまうじゃないか。



 復讐なんて何も生まない。実際何も生まれなかった。



 復讐しちゃダメって言われたら、復讐したらどうなるか、気になってしまうじゃないか。



 自分の心はそれで休まるのか。



 私の世界に平和は訪れるのか。



 復讐によって何か生まれるものはあるのか。



 これも好奇心だ。私は好奇心に心を殺された。そして、自分の本心を確かめないまま、曇った視界で彼を殺した。



 復讐を果たして、確かに答えを得た。



 全て、否、否、否。



 私の心は休まらない。



 私の世界に平和なんてない。



 復讐をしても何も生まれない。




 月の下で私は泣いた。


 虚しくて、苦しくて、悔しくて。私も彼も、なんでこんな世界に生まれてしまったんだろう。こんな煉獄に。


 何も残らない。


 これからどうすればいいのかもわからない。






 禁忌を犯した代償は、あまりにも大きかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] すごいです。
2015/12/01 22:28 退会済み
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