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終焉世界  作者: ミノ
終わりの途中
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04 灰に取り憑かれし者

 目的地の宿場町が見えてきた。長時間席に座りすぎてケツが痛い。


 道中で新しめの死体が転がっていたのを見た。外傷はなかったから灰の毒にやられたんだと思う。


 無視して通り過ぎたが、別に俺が薄情だと思わないでほしい。


 灰の毒が回った地面を掘り返して弔うのはそれだけで危険が伴う。荷台に載せて街まで運ぶのも喜ばれないだろう。これ以上墓を増やしていたら土地が全部死体で埋まってしまう。


 目的地の宿場も、ひとつ前のところと大差はない。つまり、寂れていて活気がなく、死にかけている。


 護法軍から指定されている場所はここの馬屋で、荷台のものを引き渡せばひとまず仕事は終わりだ。


 ウロコ馬にはかなり無理をさせてしまった。距離はともかく載せている荷物がやたらに重い。


 長方形のいかにも頑丈そうな箱は固く封をされていて、中身については聞いていない。軍に依頼されているのだから武器やら何やら、そういう軍需品が入っているのだと思う。多少興味はあるけど、手間賃の上積みが気前良かったのは詮索するなという意味も含まれている。余計なことを考える必要はないだろう。


 今ははとっとと護法軍の連絡員とやらに引き取ってもらって、宿で休みたい。


 馬車を停めて、俺は馬屋の様子をうかがった。管理人らしきおばさんがいるだけで、他に人影はなかった。


 俺のもの以外には馬車も停まっていない。荷物は人間の力で運ぶような重さじゃないから、つまり相手はまだ来ていないということになる。


 ――こっちに待たせる気か?


 俺は防毒マスクの中でうんざりとため息をついた。それに合わせたかのようにウロコ馬も小さく鳴いた。馬というよりはヤギとウシガエルをミックスしたような声だ。


 誰かがやってくる気配もなく、仕方なく馬屋のほうきを借りてウロコ馬の背中や馬車の幌にかぶった灰を払い落とした。サラサラとこぼれる灰は、角度によってはやや青みがかって見える。なんて言えばいいのか、駅前のハトの羽根みたいな、そんな感じだ。その色は灰から毒性の抜けていない証でもある。


 あらかた掃除は終わったが、まだ誰も現れない。


 はやく防毒隔壁の中に入ってマスクを外したいのにそれもできない。


 まさか相手がその隔壁の中でのうのうとしているなんてことはないだろうな――そう疑うと、何かどんどんそんな気がしてきた。よく考えれば馬屋で荷物を引き渡せと言われただけで、誰がどんな風に接触してくるかは気にしていなかった。護法軍なら特別な紋章を付けているはずだから――制服を作っている余裕なんてない――すぐわかるとしか思っていなかったからだ。


 ウロコ馬が濾過水を飲んでいる様子をぼんやり眺めながら、やることもなく俺は自分が御者の仕事をあてがわれた経緯を思い出していた。


 と言っても大した理由じゃない。どんどん死んでいくクラスメイトの連中や、どんどん疲弊していくこっちの人間を相手にするよりは、異世界の妙な姿をした動物の世話をしている方が気が楽だったからだ。

 

 その時、急にどこかで雷が鳴った。


 俺も、ウロコ馬も、馬屋の管理人のおばさんも、同時に驚いて音のした方角に振り向いた。


 灰白色に煙っているものの、今日は晴れている。晴れているというか、いまは乾季にあたる時期なので灰は降っても雨が降ることはごく稀で、雷鳴が響くというのはちょっと考えられない。


 雷でないなら何なのかと言えば、それは……。


 今度は馬のいななきが聞こえた。それはどんどん近づいてきて、車輪の音もする。どうやら馬車の走っている音だ。


 ついでに誰かの叫び声も載せて、とうとう馬屋から見える距離まで馬車が近づいてきた。全速力で、しかもそれは本物の馬車だ。つまり、ウロコ馬じゃなくて、地球で言う農耕馬に似た本物の馬――毒の灰のせいでほとんどが死滅したはずの大馬を二頭立てにして引かせている、この世界にかつて存在していた馬車だ。


 馬の頭には専用の防毒マスクがつけられ、背中には馬用のマントまで被せられている。


 そして御者の席には――マスクとフードを引きちぎられ、顔中の穴から血の泡を噴き出している男がいた。


 何度も見たから知っている。


 灰の毒を直接吸い込んで、気管から肺、あとおそらく胃まで毒が回ったんだろう。毒と言っても爛れるとか神経毒とかそういうものじゃない。内臓が砂山みたいにボロボロ崩れて、致死率は100%。


 だがそれよりも問題なのは、その大馬車がまっすぐ馬屋の方へと突っ込んでくるコースをとっていることだ。


 いかにも特別製といった感じの屋根付きの荷台には護法軍を示す紋章が掲げられ、そして……。


 その屋根の上には、異様に手足の長い丸裸の男がへばりついていた。


 病的な青白い肌。その手足はまるでバッタか何かのようで、人間のように見えてまるで人間ではない。そいつは狂ったような叫び声を上げ、馬車の屋根を引き裂こうとしているようだった。


 しかし見ていられる余裕はそこまでだ。


 大馬車は、本当にそのまま馬屋に突っ込んできた。


 俺は驚いてその場を離れたが、そうしなければ轢かれていただろう。


 酷い状況だった。


 貴重な大馬は柵に激突して横倒しになり、同じように屋根付きの馬車も車輪が壊れて横転した。御者だった男は地面に投げ出され、痙攣しながら血を流し続けている。


 そして――屋根から振り落とされた人間もどきが、しばし手足を上に向けてもがいたあと、四つん這いに姿勢を立て直した。


 ――最悪だ。


 俺はマスクと灰合羽の中でどっと汗がにじむのを感じた。


 御者の男は毒を吸って死んだ。


 目の前の男は、毒を吸っても死ななかった。


 体組織が崩れる代わりに、まるで違う何かに変わってしまったのだ。


 人間の中には、何割かそういう奴がいる。そういう奴は、人間じゃなくなる。人間じゃなくなったそいつは――人間の敵になる。


 灰に取り憑かれた悪鬼、フィーンドとなって。


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